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09.お前のやる気があるのなら

 

「お帰りなさい、あなた。」


 あの後結局国王アドルの酒につき合わされ、すっかり自宅に帰るのが遅くなったルフを迎えてくれたのは自分よりも一回り小さな狼族の女性。彼女の顔を見るなり、鋭い狼の目が緩む。


「あぁ、すまない。遅くなった。」


 出迎えの言葉に答えると同時に、妻の頬に自分の頬を擦り合わせた。濃い灰色をしている自分とは違い、狼族の妻の体毛は柔らかく優しい茶色。風呂上りなのか良い香りの妻に癒され、疲れていたルフの尻尾がユラユラ揺れる。

 子供達の前では決して見せない甘え方に、余程疲れているのだなと妻ハーシェは悟った。黒を基調とした騎士団の上着を脱ぐのを手伝いながら、ルフに声をかける。


「お風呂の準備は出来ているけれど、今夜はもうご就寝なさる?」

「あー、いや。ルーはもう寝たか?」

「いえ、まだ部屋で起きていると思うわ。」

「そうか。寝る前にちょっと話をしてくる。」

「はい。」


 しばし愛しい妻と別れて二階へ上がる。貴族街に建てられたこの屋敷で暮らしているのはルフとその妻ハーシェ、そして次男のルー。ルフのもう一人の息子である長男は騎士団の寮に入っているので今はいない。騎士になって三年は訓練の為全員入寮が規則になっているからだ。長期休暇や年末年始でなければ帰省する事はないので、職場で長男と顔を合わせるルフを妻や次男はずるいと責めるが、血の繋がった息子だとしても騎士団長であるルフにとって相手は部下。新人とは滅多に顔を合わせないし、会ったとしても私語を交わす事はない。出来る事と言えばせいぜい大きな怪我は無いか、同僚たちと上手くやっているか周囲から話を聞く程度だ。

 今は主のいない長男の部屋の隣に明かりのついている部屋を見つけ、ルフはそのドアを叩いた。


「ルー。入るぞ。」

「父上?」


 部屋に入ると自分の幼い頃そっくりの次男がベッドの上で寝そべって本を読んでいた。あと一時間もすれば日付が変わる遅い時間だからか、すでにゆったりとした寝巻きに着替えている。

 体を起こしたルーの隣にルフも腰を下ろす。体の大きな父狼の体重で、ベッドが随分と沈んだ。


「まだ起きていたのか。」

「うん。これ、キリの良い所まで読もうと持って。」

「歴史の本か・・。」


 分厚い本の表紙に書かれたエスタニア伝記の文字を確認し、ルフは素直に感心する。自分がルーの年齢だった頃は大人しく本を読んでいた覚えが無いというのに、次男は随分と勉強熱心だ。


「父上はお酒を呑んできたの?」


 狼族は鼻が利く。息子に飲酒を言い当てられたルフは、ぐりぐりと小さな頭を撫でて苦笑した。


「あぁ。陛下に付き合わされた。・・・ルーは今学院の二年になったんだったな。」

「うん・・。」

「どうだ?学院は楽しいか?」

「・・・・。」

「ルー?」


 てっきり一年の時と同じように「楽しいよ!」と答えが返ってくるものだと思っていた。けれど三角の耳は垂れ下がり、ルーの目は閉じた本の表紙に落ちた。


「どうした?勉強が難しいのか?」

「・・うん。」

「そうか。まぁ、学年が上がればその分レベルも上がるからな。そんなに気を落とさなくても難しくなるのは当たり前なんだぞ?」

「でもね、父上・・」

「うん?」

「授業についていけないんだ・・」

「そうか・・」


 クラスメイト達に置いていかれて落ち込んでいるらしい。二年に上がった途端ついていけなくなったら、それは自信を無くしてしまうだろう。自分達のような獣人族は人族と比べればどうしても知能は劣る。ルフなど授業について行けなくても獣人族はそういうものだと早々に割り切っていたが、息子はそうもいかないようだ。

 割り切れない、諦められない。それはつまり自分や長男とは違い、かわいい次男が勉強を好きな証拠。


(ふむ・・。)


 少し前まで楽しそうに学院の話をしていた息子の顔が浮かぶ。それに比べて今はどうだ。家に帰ってもこうして歴史の本を読んでいる、ということは勉強が嫌いになったわけではない。やる気があるのに、自信がない。自分には経験のない悩みだとしても、親としては放っておけない状況だ。


「なら家庭教師を雇うか?」

「え・・。いいの?」


 息子が驚きの表情で顔を上げる。それもそうだろう。獣人族がそこまで勉強熱心になるなんて異例の事だ。


「獣人族が学院にも通って、更に家庭教師をつけるなんてのは聞いた事が無いが。お前のやる気があるのなら手配してやるぞ。どうだ?」

「うん!!ありがとう父上!!」


 パッとルーに笑顔が戻る。再び大きな手でルフは息子の頭を撫でた。息子の小さなしっぽが嬉しそうにパタパタ揺れる。


「ハーシェの爺さんは狼族にしては珍しく本の虫だったと聞いている。きっとお前はそちらに似たんだろうな。」

「お爺様が?」

「あぁ。」


 狼族の中でも妻ハーシェの種族は比較的穏やかな気性をしている。外見は自分そっくりな次男だが、中身は妻の血が濃く出ているに違いない。

 さて、早速どんな家庭教師をつけるか妻に相談しようと立ち上がった時、ルーが「待って!」と声を上げた。


「僕、家庭教師になって欲しい人がいるんだ!」




【補足】


ハーシェ:騎士団長ルフ=トライヴの妻、ルーの母親。

     茶色い毛色をした穏やかな気性の狼の獣人。

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