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08.国立学院、辞めるって・・

 中立国エスタニアを護る騎士団長、ルフ=トライヴは黙々と書類にサインをしていた。濃い灰色の毛に覆われた手が器用にペンを握って動いている。

 だが、彼が得意とするのはデスクワークではなく、敵を駆逐し、護る為に戦う事。その証拠に灰色毛皮の下に隠れているのはしなやかな筋肉。時に柔軟なバネとなり、時に硬い鎧と化すそれは大型肉食獣に相応しい武器である。だが残念ながらサインを書くのには必要とされず、戦いの最中であれば鋭く光る薄青色の目も今はつまらなそうに書類の上を滑っている。

 執務机に詰まれた書類は全て内容を確認して承認のサインをするだけのものばかりだったが、そもそもデスクワークは性に合わない。体を動かしていないと落ち着かないのだ。こんな風に文字ばかりを目で追うぐらいなら、走りこみでもしている方が余程いい。

 それでも騎士団長という責任ある役職についているという自覚はある。だから与えられた仕事を放棄するような真似はしない。しないが、つまらない事には変わりない。執務室の中はルフ一人。部下が見ていないのを良いことに牙の並ぶ口をくわっと開け、思いっきり欠伸をした。

 ちらりと壁掛け時計を見れば、業務終了まで残り二十分。あと少しの我慢だと狼の肉体を窮屈そうに革張りの椅子に収め、再びペンを走らせていく。定時になったら愛しい妻が待っている自宅へ即帰ってやる。静かな執務室のドアが開いたのは、ルフがそう思った時だった。


「ルフ!開けるぞ!!」

「・・・どうぞ。」


 ドアの向こうから聞こえたのは切羽詰った声。聞き覚えのあるそれにペンを置いた。応えるルフの声がいつも以上に低くなってしまったのは面倒事の予感がしたからだ。ノックもなしに乱暴にドアが開くとほぼ同時にルフは椅子から立ち上がる。大型獣人用の頑丈な椅子がぎしりと鳴った。


「ルルルルルフ!!!」

「なんでしょう。陛下。」


 動揺している相手とは反対に、ルフは冷静な声で客人を出迎えた。

 飛び込んできたのは色味の薄い金髪に、夕焼け色の瞳を持った壮年の人族の男性。細身だが黙っていればそれなりに威厳があるように見えるだろう。けれど彼、エストニア国王アドルは情けない顔をして、ルフの目の前で執務机に両手をつき項垂れた。


「コ、コリンが・・」

「コリン殿下がどうかないさいました?」

「国立学院、辞めるって・・」

「もう?」


 一見すれば恐ろしい狼の顔で、ルフは薄青色の瞳を丸くした。

 十五の頃から騎士として王族に仕えているルフだ。勿論王太子殿下一人一人の事も良く知っている。第四王子コリンは現国王夫妻の末息子でありながら、誰よりも知識を吸収する事に貪欲な子供だ。ルフの次男と同い年で、今年十一になる。

 そのコリンは昨年度兄王子達と同様王立学院に入学したが、すぐに通わなくなってしまった。陛下が何故と問うてもつまらないと言うだけ。そこで今年度から国立学院へ転校したのだ。


「まだ通い始めて一月も経っていないでしょうに・・」

「国立学院は良いって言ってたじゃないか~~!!!」

「そんなこと言われましても・・」


 国王の悲痛な訴えに、ルフは鋭い爪の付いた手でボリボリと頭を掻いた。

 確かに陛下の前で国立学院の話をしたのはルフだ。自分の次男ルーが現在国立学院に通っており、一年次とても楽しそうに学院での出来事を話してくれた。ルフも、そして現在同じ騎士団で働いている長男も決して勉学は得意ではなかった。それなのに次男ルーは勉強が面白いと言っていたので、雑談のつもりでその話を皆の前でしたのだ。

 つまりルフは勉強を頑張っている息子の話をしただけで、王立学院よりも国立学院の方が良いとは言っていないし、転校を勧めた訳でもない。ルフの話を聞いて決めたのはあくまで陛下と第四王子コリン。その責任を問われても困る。


「そんなに早く結論を急がなくてもいいのでは?」

「うぅ・・。」

「コリン殿下と息子のクラスは違ったと思いますが、私も息子に学院の様子を聞いてみますから。」

「でも・・コリンはもういいって。」

「決めてしまわれたのですか?」

「うん。コリンは一度決めたことは曲げないから・・」

「はぁ・・。陛下とは違って意思が硬いですな。」

「うるさい!」


 要は愚痴を言いにきたのであって、相談しに来たのではないようだ。どうせコリンに国立学院を勧めたのは陛下自身だから、結果が伴わず息子にかっこ悪いと思われる、とかそんなくだらない事でクヨクヨしているのだろう。

 今や国を統べる王とは言え、ルフにとってアドルは幼い頃から顔を突き合わせてきた間柄。親しい者しか知らないが、元々事あるごとにナヨナヨクヨクヨする浮き沈みの激しい男なのだ。国民の前で堂々とした姿を見せているのは、彼を傍で叱咤する妃がいるからこそ。出来た女性が妃になってくれたお陰でアドルは威厳を保っていられる。だからアドルはともかく、妃には尊敬の念を抱いているルフなのである。

 いつまで経っても中身の変わらない幼馴染を慰めるように、ルフは自分に比べて随分と細いアドルの肩をそっと叩いた。

 

 



【補足】


ルフ=トライヴ:騎士団長であり、狼族の中でも大型の種族。トライヴ侯爵家現当主。


アドル:中立国エスタニアの現国王。実は妃の尻に敷かれているヘタレな人族。

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