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07.先生、また会える?

 夕暮れの街の中をルーと並んで歩く。商店街を抜け、高級住宅街に入る別れ道で二人は立ち止まった。この先にあるルーの家、トライヴ家は初代当主がその功績から侯爵の位を得た有名な騎士の家系だ。元教師という関係上親しくしてくれているけれど、元々平民のユンとは身分において天と地の差がある。


「ごめんね、遅い時間になっちゃって。家の人心配していないかな・・。」

「ううん、大丈夫!先生、今日はありがとう。」

「どういたしまして。こちらこそ、声をかけてくれてありがとう。久しぶりにルーくんに会えて嬉しかったよ。」

「・・先生、また会える?」


 先程まで笑顔だったルーの表情が僅かに翳る。ユンは彼と目線を合わせるためにしゃがみこみ、少し硬い灰色の毛をすくように頭を撫でた。


「うん。学院を辞めてもこの街で働いているから、いつでも会えるよ。」

「本当?」

「勿論。」


 パッとルーの瞳が輝く。安心したせいか、自分を撫でるユンの手に今度は気持ち良さそうに目を細めた。ユンは彼が元気になったことを確認して、手を振って別れた。

 自分が担任をしていた頃と変わらない、元気なルーに戻ってほっと息をつく。そうしてしばらく彼を見送っていたけれど、小さな狼の背が見えなくなった途端ユンから笑顔が消えた。


(皆、大丈夫かな・・・)


 学院をクビになって以来、自分の事ばかりで生徒達の事まで気にかける余裕がなかった。今日ルーから聞いた話はそのことをユンに強く自覚させた。そして同時に気付かされた事がもう一つ。すでに学院の教師ではない自分では彼らの助けになることが出来ないのだ。


(居るのよね。教師の中にも偏った考え方の人が・・。)


 高級住宅街とは逆方向へ足を向けながら、ルーの話を反芻する。生徒の質問を受け付けない新担任。普通に考えてありえない事だ。もしかしたら新担任は獣人族への偏見を持っているのかもしれない。もしくは質問の時間を設ける事で、授業が遅れる事を避けようとしているのか。


(このままじゃ、ルーくん・・・いやルーくん達は勉強が嫌いになってしまうかも・・)


 分数の問題を解く事が出来てあんなに嬉しそうだったのに。教師の考え方一つで、彼らのやる気や努力が報われないなんて・・。


(そんなの、おかしいよ・・・。)


 けれどもう、ユンは教師じゃない。教師に復帰できる道もない。自分の無力さと現実への苛立ちに、ユンは教壇に立っていた時のように前を向くことができなかった。





 * * *


「よう、コリン。国立学院はどうだ?」

「・・・どうもこうも。やっぱりつまらない所でしたよ。」


 すげない弟王子の返答に年の離れた兄ノリスはおや?と片眉を上げた。

 中立国エスタニアの第四王子コリンは今年初等科二年生になる。上の兄達と同様、元々王立学院へ入学したのだがどうも彼には合わなかったらしく、何かと理由をつけてはサボるようになってしまった。どうしたものかと両親共々心配していた時、騎士団長を務めているルフ=トライヴ侯爵がこんな話をしていたのだ。自分の末息子が毎日楽しそうに国立学院に通っている。しかもそれは学友に会えるからではなく、勉強が面白いと家族に話して聞かせているらしい。それを聞いた父王は国立学院の教師が良い教育をしているようだ、と判断した。そこで翌年から国立学院へ行ってみるか、とコリンに勧めたのだ。

 結果興味を持ったコリンは二年次から国立学院へ通うことになった。そこで国立学院はどんなものかと第三王子ノリスが声をかけた所、先程の答えが返ってきたという訳だ。


「つまらないって言ったって、まだたったの二週間だろ?」

「そうは仰いますが、教師なんてどこも皆似たようなものですよ。何を訊いても教本を丸暗記したように同じ答えしか口にしないのだから。」

「お~、手厳しいね。」


 薄い色味の金髪に白い肌。王族特有の赤茶の瞳。一見して天使のような容姿をしている幼い弟に似合わないトゲのある言葉にノリスは苦笑した。

 コリンは勉強が嫌いで学院をサボっていた訳ではない。むしろその逆だ。勉強熱心だからこそ様々な項目について自分が納得できるまで調べるし、質問もする。だが次々と出される彼の鋭い視点の質問に今度は教師の方がついていけなくなり、妥協の出来ない弟は不満を募らせてしまった。そうして学院に行くのがつまらなくなってしまったのだ。

 トライヴ侯爵の話を聞き、希望を持って通わせてみたのだけれどコリンを満足させることは出来なかったらしい。


(うーん、国立学院もダメだったか・・)


 こうなったらレベルの高い学院を探して他国に留学させるほか無いのかもしれない。


「だがしばらくは国立学院に通ってみるんだろう?」

「いえ、王立学院に戻ろうかと思っています。」

「いいのか?」

「えぇ。どちらも同じなら、慣例にしたがって王立学院に席を置いた方がマシでしょう。」


(席を置く、ね・・。)


 わざわざ『席を置く』という言い方をしたのは、戻った所で王立学院に『通う』気は無いという事だろう。両学院はすっかりコリンからやる気を奪ってしまったらしい。


「では、これから父上へその旨を相談しに行ってきます。」

「・・あぁ、じゃあな。」


 わざわざ一年だけ通った王立学院から転校させるほど、コリンを可愛がっている父王のことだ。彼の口から先程の報告を受けたらさぞ残念がるだろう。そしてそれはノリスも、そして他の兄王子達も同じこと。年の離れた、そして優れた頭脳の為に大人達から倦厭されがちなこの弟王子を家族は皆大切にしているのだから。


 


【補足】


コリン(10):エスタニア国第四王子。国立学院初等科二年生。

       手を抜く事を知らず、とことん追求しないと気がすまない。


ノリス(13):エスタニア国第三王子。王立学院高等科一年生。

       面倒見の良いコリンの実兄。

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