06.ノートの準備はいい?
「先に正解を言うと、これは1/2です。」
「1/2・・」
ユンの言葉を繰り返しながら、ルーがノートに書いていく。
「1つのオレンジを2個に割った内の1個。分母は1つのものをいくつに割ったかという数字。分子は割った数の内それが何個あるかを示しているの。」
ユンの手元を見ながらフンフンとルーが頷く。同時に揺れる髭がなんだか可愛い。
「この場合、1つのものを2つに割ったから分母は“2”。私が今持っている大きさは2つの内1つだけだから分子は“1”」
今度は割ったもう片方だけを上に掲げる。
「じゃあこっちを分数で表すとどうなる?」
するとルーは首を傾げた。
「2/2・・・?」
「どうしてか説明できる?」
「分母の2は2個に割ったから。分子の2はさっきのが1個目で、これが2個目だから?」
「成る程。分子はね、『何番目』っていう順番を表すものではなくて、『いくつあるか』という数量を表しているの。」
「あっ!分かった!!」
「はい!じゃあルーくん。正解をどうぞ。」
「1/2!!」
「正解!!」
ルーの水色の目がキラキラとオレンジを見つめている。正解したのが余程嬉しかったのか、灰色の尻尾までパタパタ揺れた。そんな彼を見てユンも自然に笑みが零れる。生徒のこんな笑顔を見られることが、教師のやりがいだとユンは思う。
「こっちもあっちも、どちらも1つのオレンジを半分にしたものだから答えは同じ。ほら並べてみると大きさが一緒でしょう?」
「うん!」
「どちらも1/2である事が分かったわね。はい、じゃあどんどん行くわよ。」
今度は2つに割ったオレンジの実を、元の通りにくっつけて見せる。
「はい。これは数字で表すといくつ?」
「・・・1個?」
「そう。最初と同じ1個ね。今私が目の前で行った一連の動作を数式にする事できるの。ノートの準備はいい?」
「はい!」
「まず、こっちは1/2だったわね。そしてこっちも1/2。この足し算をノートに書いてみて。」
分数の足し算の式の式自体は授業で見たからだろう。鉛筆は止まることなくスラスラと数式が書き込まれる。
「当たり!『1/2+1/2』ね。じゃあ次、答えは?」
「えっと・・・」
鉛筆が止まってしまった。計算となると途端に難しく考えてしまうみたいだ。
「分からなくなっちゃったらもう一度オレンジを見てみて。」
顔を上げたルーの目に映ったのはまん丸の形に戻ったオレンジの実。
「あ・・1?」
「正解!まずは授業で習った通りに計算してみようか。分母は足さないで、分子は足すのよね。そうするといくつになる?」
「2/2・・」
「そう。2つに割った内の1個と2つに割った内の1個を足すと、2つに割ったオレンジが2個になるわね。」
「うん。あっ・・・そっか!分母は『2つに割った』って“意味”だから“オレンジの数”じゃないんだ。」
「そう!もしここで分母も足してしまうと2/4。つまり4つに割った内の2つになってしまうわね。じゃあ、試しにこのオレンジで2/4を作ってみて。」
新しいオレンジを渡すと、ルーは膝の上にノートと鉛筆を置いて皮を剥き始めた。鋭い爪がある分ユンよりも剥くのが早い。そして実の房を慎重に四等分する。その内二つをユンに差し出した。
「当たり。4つに割った内の2つだから、これが2/4ね。ねぇ、ルーくん。これとこれを比べてみて。」
今度は最初に二つに割った1/2のオレンジとルーが割った2/4のオレンジを見せる。
「どっちが大きい?」
「あれ、同じだ・・」
「そう。同じだよね。1/2と2/4は同じ量を示しているの。さっき計算した2/2と1も同じだったよね。じゃあ今度はその説明をするよ。」
バラバラになったオレンジは一旦紙袋の中に戻し、今度はノートに書きながら説明していく。ルーが分かった!!と目を輝かせる頃には、すっかり空はオレンジ色に染まっていた。