04.王子様が入学してきたんだよ
新しい月になって二週間が過ぎた。学院では新学期がすでに始まっているというのに、ユンにはまだ家庭教師先が見つかっていない。流石にずっと仕事をしない訳にもいかないので、王都で一番大きい国立図書館で書庫・資料整理のバイトを始めている。
そんな図書館バイトの帰り道、大通りを歩いていると懐かしい声が聞こえた。
「ユン・・先生?」
「え?」
声のした方を振り返る。四・五メートル離れた先からこちらを見ていたのは灰色の子犬・・もとい狼族の少年だった。
「ルーくん?」
「先生っ!!」
名前を呼ぶと、一直線にこちらに駆けてくる。流石脚力の強い狼族だけあって、そのスピードは目を見張るほど速い。
「先生!ユン先生!!」
「うん。ルーくん久しぶりだね。」
ユンがそう声をかけると喜びの表情が一転、彼は薄水色の瞳を涙で潤ませた。
「せんせ~・・。なんで・・なんで学院からいなくなっちゃったの・・」
「ルーくん・・」
彼、ルー=トライヴは去年度ユンが担任をしたクラスの生徒だった。ユンが解雇されたのは一年間のカリキュラムを終えた終業式の日。クラスの皆とはお別れの言葉を交わすこともできなかった。夏休みを終えて学院に行ってみたら急にユンが居なくなっていて、皆を驚かせてしまったらしい。生徒達からすれば黙って居なくなってしまったのと同じなのだから、それも当然だ。
「ごめんね・・。急に学校を辞める事になったから挨拶も出来なくて。」
「どうして辞めちゃったの?僕らの成績が良くないから?」
「そんなことないよ!!」
成績が良くないなんてとんでもない。人族の生徒と比べるとどうしても獣人族の生徒は劣ってしまうけれど、それでもルー達は諦めずにユンの補講にも最後まで取り組んで頑張ってくれた。他クラスの獣人族の生徒達に比べれば断トツに成績優秀だったのだ。
ユンはその場にしゃがみこんでルーの頭を撫でる。薄水色の瞳から今にも零れそうな涙の雫をそっと拭った。
「皆はすごく頑張ったわ。辞めなきゃいけなくなっちゃったのは私の努力が足りなかったからなの。ごめんね。」
大通りに設置されたベンチに移動して二人並んで座る。ルーは学院のエンブレムが刺繍されたエンジ色のジャケットを着ているから、丁度学院から帰る所だったのだろう。彼が落ち着いた頃を見計らって、ずっと聞いてみたかった学院の様子を訊ねた。
「新しい学年が始まってどう?楽しい?」
「・・・。」
「ルーくん?」
「・・あのね、先生。」
「うん?」
「クラスは楽しいよ。新しい友達も出来たんだ。」
「そう。良かった。」
二年次にはクラス替えがある。学院は勉学と基礎体力を養う為の場だから、イベント事が少ないので実はあまりクラスごとの交流がない。その分新たなクラスメイトと過ごす日々は新鮮だろう。
先程まで垂れ下がっていた灰色の耳がピンッと持ち上がったのを見て、ユンは安堵の息を吐いた。
「あ、あとね!今年から王子様が入学してきたんだよ。」
「王子・・?」
「うん。第四王子だって。えーと・・」
「こら、ルーくん。歴史の時間に現在の王族の方々について習ったでしょう。」
初等科では歴史の授業で真っ先に習うのが現在の王族と近隣の国々についてだ。
「えへへ・・。あ!思い出した!コリン殿下だ!」
「そうね。第四王子様はコリン殿下ね。今年で十一歳の筈だから確かに入学してもおかしくない年だけれど・・」
通常王族とそれに連なる貴族、留学中の他国の王族は王立学院に入る。その為王立学院の生徒は上級貴族が主で、人族が七割を占めている。慣例通りなら勿論コリン殿下もそちらに通う筈なのだけれど、どういう訳か彼は国立学院の方に入学したらしい。
(そう言うことか・・・)
いくらユンが学院の方針に関して口を出したとは言え、たった一年でばっさりクビを切られた理由が分かった。次年度から王族が入学することを知っていた学院側は、大人しく自分達の指示に従わないユンが王族の目に付いたら不味いと慌てて解雇したのだ。問題視していたカリキュラムは国が定めたもの。王族の前でそれに文句をつけるなどあってはならない事なのだろう。
ユンがユンである限り、どうあっても解雇される運命だったらしい。
「先生・・?」
「あ、ごめん。なんでもないの。勉強はどう?頑張ってる?」
「・・・・。」
「?」
「先生、僕・・授業についていけないんだ。」
「え?」
【補足】
ルー=トライヴ:国立学院二年生。ユンの元教え子
狼族トライヴ公爵家の次男