02.再就職は厳しいようだ
(世知辛い・・)
学院をクビになって二週間。ユンはどんよりとした気分で役所からの帰り道を歩いていた。
学院長からクビの理由を語られることはなかったけれど、思い当たるフシはある。それはユンが自主的に行っていた『補講』だ。
ユンのクラスも例に漏れず、人族と獣人族の生徒が半数ずつ在籍していた。けれど知力には種族的な違いがある。当然人族に合わせれば、獣人族の生徒はついていけなくなってしまうのだ。ここで問題になるのは学院のカリキュラムが人族に合わせて組まれている事。そしてそのカリキュラムは国が作っている事。
この国の王族も学院の教職員も皆人族が中心。だから当然のように人族に寄せたものになる。担任を持った当初、それに気付いたユンはカリキュラムの見直しを提案した。けれど国が決めたものに学院から口は出せないと即却下。ならばと、授業についていけない獣人族の生徒向けに放課後補講の実施を提案した。けれどそれも却下。何故なら時間外に授業を行い、生徒の帰宅が遅くなるのは保護者の同意が得られないからだ。
では何故獣人族の保護者の同意が得られないのか。それは種族的に獣人が人族より知力が劣るのは当たり前だと学院も獣人の保護者も思っているから。知力に優れた人族は文官として王城や各領地の役所で働く事が多く、獣人族は身体能力を活かし騎士や兵士、商人・第一次生産者になることが多い。そんな獣人族にとって学院では最低限の知識を得られれば良く、優秀な成績を収めることなど期待してはいない。特に貴族の地位を得ている獣人族にとって学院に通うことはステータスでしかないのだ。
人族の為のカリキュラム。そして勉学を重要視していない獣人族の保護者。この二つが大きな壁となって、両種族の生徒へ平等な授業を行う事を阻んでいた。
獣人族の需要がないのだから、補講など行う必要がない。けれど本当にそうだろうか。それはあくまで人族と獣人族の“大人達”の意見だ。現場でクラスの生徒を見てきたユンにはそうは思えなかった。だって獣人族の子達だってもっと学びたい、理解出来るようになりたいと思っている。それに種族が違うからといって劣等感など感じて欲しくない。何より勉強を、学院に来る事を楽しんでもらいたかった。
同僚と上司の理解を得られなかったユンは、希望する獣人族の生徒向けに補講用のプリントを作り、それを宿題として出す事にした。すると獣人族の生徒達全員が持って帰ってくれた。嬉しかったし、何より生徒達自身がそれを必要としているのだとはっきり分かった瞬間だった。
けれど補講の時間が得られない以上、あとは授業や休憩時間帯にやるしかない。授業中には出来るだけ質問の時間を設け、休憩時間に補講プリントの採点をし、昼休みにも生徒達が訪ねて来やすいようできるだけ教室にいる事にした。段々と獣人族だけでなく人族の生徒達も混じるようになり、授業中には沢山の手が挙がるようになった。そうしてユン以上に生徒達が努力した結果、ユンのクラスは定期試験の平均点がトップになった。
その間もユンは職員会議でカリキュラムの変更や補講の必要性を訴えた。けれどそれがまずかったらしい。ユンの主張は学院の方針に合わない、他の教職員との輪を乱すと事あるごとに副学院長から小言を言われる毎日。クビの原因もそこに違いない。
(あのハゲ!!頭皮にしがみついた僅かな毛髪も全部抜けてしまえ!!)
学院の教員になることは昔からの夢だったから、クビになったのは大きなショックだった。けれどなってしまったものは仕方がない。
ユンが住んでいる王都に学院は二つだけ。ひとつは王族も通う伝統あるアランシア王立学院。もうひとつはユンが働いていたシュベール国立学院。貴族出身ではないユンが教員になれるのは国立学院しか道はなく、そこもクビになった今教員へ復帰できる道は存在しない。
ならばと家庭教師に雇ってくれる家を探した。けれど、そもそも家庭教師を雇うのは人族の貴族の子女。そして学院の教員達の多くも家を継がない貴族の子息がほとんど。貴族同士の繋がりなど平民のユンには良く分からないけれど、どうやらユンが国立学院の教員をクビになったことはあっと言う間に貴族間で広まったらしい。求職情報を求めて役所に行ってみたけれど、そんな人間を雇ってくれる家などないと担当者に言われてしまったのだ。
(仕事、どうしよう・・・)
どうやら再就職の道は厳しいようだ。