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神とか…いるわけねーじゃん

第一章

 第一話  「神とか…いるわけねーじゃん」



「って聞いてんのか五十嵐!!」

心臓を貫く罵声で、五十嵐勇は教科書に突っ伏していた頭を跳ね起こした。

「はいっ、聞いてます!」

ちっ、せっかくいい心地だったのに…と、胸奥で愚痴りながら、勇は声を張り上げた。

「そうか?じゃぁ今何ページか言ってみろ」

「え、えーと…」

教官のたしなめるような口調に反抗しようと、勇は教科書のページを確認した。が、

「教官、こいつの教科書によだれと思われる液体が付着しています」

クラス…というよりは講堂に近い部屋の中で爆笑がはじけた。

が、黒板の前の教官は違った。

「んだとぉ!?五十嵐お前終わったらちっとついてこい!」

「なーに―――!!?」

この教官に呼ばれるということはすなわち死を意味する。

しかも普通の教科書と違い、何年使っているかわからない支部管理の強者の教科書である。

よだれを垂らすなど天皇陛下に空手チョップを食らわせたような重罪だ。

クソッと舌打ちして告げ口した隣の同期をにらみつけた。

視線に気が付いたのか、同期である川島誠也は机の下でピースサインをした。

うわ、こいつうっざ……!!あとで殴り倒す!!

膝の上で握りしめた拳に静電気がパチッとはじけた。

川島は「こわいこわい」とでもいうかのように俺との距離を少し伸ばした。


やがて長い長い講習が終わり、俺は教官に一発締められた後、多くの部員の溜まり場となっているフリースペースに向かった。

案の定、奴はそこにいた。

俺は早足で川島の座っているテーブルへと向かうとバン、とテーブルをたたいた。

「どうした、そんな殺気飛ばして」

川島は部外者かのような口調で言い放った。川島は結構長身で、座っていてもその頭の位置は高い。

しかもそれがかなりイケメンというのがまたさらに気に食わない。

「お前これで俺階級落ちたらどうするつもりだよっ!」

そう怒鳴って俺は胸につけている「二等防衛士」の階級章である並んでいる二つの十字架を見せつけた。

去年ゼンザス防衛隊ネクラフ支部に入隊し、こないだようやく試験に合格して得た階級である。

川島の胸にも同じ十字架がつけてあったが、あくまで顔は冷静である。

「大丈夫大丈夫、よだれ一滴で階級落ちないって

 そんな話聞いたことないし。

 それに、荒川教官は結構お前のこと気に入ってるし」

「お前がそうさせたんだろうが…!てか、気に入られてねぇ!」

荒川克之教官は、さっき勇を怒鳴り散らした、部員の間でも「鬼」で有名な御方である。

「おいおい、せっかくの休憩なんだからもう少し休めよ。次からまた射撃訓練だぜ?」

まだ腹の虫はおさまらなかったが、川島の言葉ももっともなのでひとまずそこで区切りをつけた。





「あぁくっそ、五十嵐!貴様何発弾無駄にする気だ!!」

「げっ」

勇の苦手分野の一つである射撃訓練の途中で、荒川の罵声が飛んだ。

射撃訓練は二列に背を向けるようにして並んで行い、教官達はその間を巡回する。

しかし、列が途方もなく長いため、一人一人の指導をしていては他の部員に目がいかない。

そのため、教官は訓練後に色々とアドバイスすることが多く、訓練中に声をかけることはない。のだが、

「お前もっと腕上げろ!当たってねぇのに乱射すんの止め!!」

荒川は勇の腕を乱暴なまでに握り、揺さぶった。

ちくしょー、このお節介教官は……

勇はちっ、と内心舌打ちした。

実際のところ、訓練用の武具はすべて旧式のものでコストを最大限に抑えている。

ゼンザスにはシピアを持たない人間、つまり非能力者も多く、

ネクレフ支部防衛課ではシピアと非シピアの割合が7:3ぐらいだ。

そういった防衛員は妖魔駆除を研究部開発の『シピア弾』を使った銃器で行うことが多い。

しかし、いちいち訓練でシピア弾を使っていてはあっという間に予算が底を尽きるので一般の弾を使う。

なぜわざわざシピア弾を使うのかというと、それは妖魔に物理的攻撃は全く効かないからだ。

シピアを妖魔にぶつけると、それを妖魔は、自分が持っているシピアで相殺する。

つまり、攻撃するたびに妖魔のシピアは減っていき、それが底を尽きる=妖魔の死となる。

しかし、シピアを持った防衛員も、それが全く効かない妖魔も存在するため、この訓練は必須である。

「発砲止め!屋内に戻れ!」

やっと終わった!

荒川の声で勇は銃を放り投げて飛び上がった。

その時である。屋外スピーカーに「ツ――ッ」と通電の音が入った。

『総務課より防衛課へ。

 アグニックス第四交番周辺でレベル4の妖魔を確認。

 各部隊長及び防衛課長は直ちに第5会議室にお集まりください』

支部屋内に向かう防衛員たちからざわめきが起こった。

「…行ってくる」

我らが第一部隊長は教官たちにそう告げると、駆け足で屋内に向かった。

「かっけぇなぁ、滝浦隊長」

そう言って勇のもとへ駆け寄ってきたのは、かの川島である。

滝浦玄助三等防衛佐官、20年以上もネクラフ支部に身を置き、第一部隊隊長としては5年も務めている。

「あぁ、ちょっと…ショートな事もあるけどな」

ショートというのは短気というのと行動が速いという二つの意味を兼ねているのを知ってか、

川島は苦笑した。


そうしてしばらくして、再び放送が入った。

『防衛課より第一部隊へ。

 荒川班、井上班所属の防衛員は直ちに第三作戦会議室へ出頭してください。

 繰り返します。荒川班、井上班所属の防衛員は第三会議室へ出頭してください』

二回繰り返すのは馬鹿な奴がいるから、と考えてのことだろう。

「何?どこだって?」

そのバカの一人である勇は川島へ聞いた。川島は眉間にしわを寄せる。

「第三会議室だよ、お前耳大丈夫?」

川島は片耳を人差し指でコンコンとたたいた。

「ちょっと聞きそびれただけだろ!」

勇がむきになって反発するのを見て川島は笑った。

「お前ちょっと荒川教官に似てるよなー」

「似てないッ!」

二人でやり合いながら会議室がある二階へと足を運んでいると、

「よっ、今回アンタらとだね」

階段の踊り場から聞こえた無邪気な声に、二人は顔を上に向けた。

「あぁ、そうだな」

「よろしく」

「ちょっ、何その無感情!」

抗議したのは桐山颯希二等防衛士である。有り余る元気が逆効果な印象だ。

「いいもん、アンタらの荒川二曹よりうちの井上二曹の方がいいもーん」

「…そうかもな」

勇はよだれの一件と射撃訓練の一件で荒川に対する不満は結構たまっていた。

それに対し、桐山の上官(本来は全下等防衛員の上官なのだが)の井上春樹二曹は温厚で有名だ。


三人は階段を上りきると、早歩きで廊下を歩いた。


第三会議室に入ると、もうすでにほかの隊員は来ているようだった。

「ギッリギリね」

「お前が話しかけてきたからだろ」

「静かに」

副隊長の威圧的な声で、室内はしんとなった。やがて誰かがドアを閉める。

「これから作戦会議を始める。

 時間もったいないからさっさと終わらせるぞ。

 雷撃隊は鈴原、伊藤、若松、五十嵐の四名。

 水撃隊は…」

副隊長がテキパキと編成を組む中、勇は雷撃隊に、川島は狙撃隊に、桐山は水撃隊の中に入った。

「以上、編成終わり。あとは現場行く途中で班長から聞いてくれ。移動開始!」

隊員たちは即座に地下駐車場へと降りていき、勇達もそれに続く。

基本的に車両はトラックで、班に一台用意されているのでそれを使う。

「じゃ、あとは現地で」桐山を見届けると、勇と川島は荒川班トラックに乗り込んだ」


「よーす」

「あっ、鈴原士長」

移動中、トラック内で話しかけてきたのは鈴原遼士長だ。勇や川島のよき先輩となっている。

「君ら今回3回目ぐらい?」

「…そうですね」

川島は思い出すようにして答えた。

二士以下の下等防衛員は、訓練を主としているので出動はまれである。

今回はたまたま訓練終わったところだったので「じゃぁ連れてくか」という話になったらしい。

「まぁレベル4だし大したことないでしょー」

鈴原はごろんと、トラックの壁に背中をもたれかけた。

「そのレベルってどうやって決めてるんですか?」

勇は結構前から気になってたので聞いてみた。

「単純にシピアの容量だ。あれ、講座でやってないん?」

「いや、こいつ馬鹿なもんで……」

勇は反論する前に川島に口元を押さえつけられた。

なんなんだよコイツ……!

と、勇が内心腹を立てているところに、鈴原は説明した。

「妖魔とか俺ら一人一人にはシピアの容量っつーもんがあって、まぁ基本的にそれがなくなったら死ぬってことだわ。

 んで、妖魔はその大きさで9つぐらいにレベル分けされてんだ」

「レベル1が1000以下、2が2500以下、3が4000以下、4が5000以下っていう感じだ」

優等生の川島は鈴原の説明を補足した。お前には聞いてねぇーっつーの。

「お前よく覚えてんなー、俺もうろ覚えだのに」

鈴原は本気で感心してる様子である。

「この容量は俺らにもあって、ときどき測定されるんだわ。覚えてない?」

そういえば、と勇は頭を回転させた。この前、呼び出されて色々やってたな……

確か4200とうんちゃらかんちゃら。

「あれってこれ量ってたんですか?」

「お前知らないでやってたのかよ!!」

川島は怒鳴った。鈴原はハッハッ、と笑う。

「一応訓練とか駆除作業とかでも使えるシピア量が自分の何パーセントかって決まってるらしい。

 まぁ普通はそんなこと考えないけどなー」

一人一人のシピア量と、妖魔のシピア量を見比べて、適切な編成を執るのが隊長の役割である。

その時、『比数』というものが絶対的に不可欠で、ある妖魔のシピアの種類に対する耐性みたいなものである。

例えば、ある妖魔の雷の比数が1で、シピア量が1000だった場合、こちらも1000の雷シピアを妖魔にぶつければ駆除成功となる。

また、炎の比数3だった場合はこちらは炎シピアを3000ぶつける必要があるので効率が悪い。

逆に水の比数0.5だったら水シピア500ぶつけただけでイチコロだ。今回の妖魔もこういう感じだ。

「そういうことも考えて編成組むんだから相当大変だよなー」

移動中に説明を終えた鈴原は立ち上がって、前のほうに歩いて行った。

「現場到着だ!

 狙撃隊はトラックに残って水シピア弾を使用!雷撃隊及び水撃隊は外出ろ!」

荒川の怒鳴り声で一斉にトラック内があわただしくなる。

「じゃぁな」と小銃を抱えた川島に別れを告げると、勇はよっと、トラックを飛び降りた。


トラックを降りると鈴原が待っていた。こっちこっちと手招きされるがままかけていくと、遠くの方を指差した。

「あーれ、見えるか」

勇は鈴原の指の先を雑草が生い茂る原までずーっと追いかけていく、と、

「……なんだ?」

500m程離れた所に、何やら動く影があった。何かとじっと目を見張っていると、

「あれが今回のターゲットだ。典型的な二足歩行の恐竜種で、鋭い歯による攻撃と火球を吐きかけてくる。注意しろ」

「うわっ!?って、は、班長!」

勇は思わず前のめりに倒れた。

勇と鈴原の間に、後ろからひょっこりと荒川が顔を覗かせていた。

「どうした、俺はただ警告をしただけだぞ」

いや、だからそれが怖ェんだよ!

クククと笑う鈴原を見て、ますます機嫌が悪くなる。

「こっちから仕掛けますか」

「そうだな、向こうから向かってくる様子はねぇし、速攻で行った方が手っ取り早い。

 何しろ「今日は君らの実力検査だからね」

荒川は怪訝な顔をした。

荒川の言葉を奪ってやってきたのは

「あー!!井上班長ぉ!」

桐山がいかにも可愛子ぶって手を振ってきた。

ま、またお前か……

勇はさっき倒れていたことも幸い、まさに「orz」な状態となった。

井上は桐山に苦笑いしてこちらを向きなおした。

「何してる。お前らの班統率しなくていいのか」

井上は妙に不機嫌だ。

「こっちは滝浦隊長が仕切ってくれてるからね。こっちの班見て来いって」

「それはたいそうなお節介だな」

お前が言うかそのセリフをッ!!!

勇は顔だけ上げると荒川をキッと睨みつけた。

「とりあえず、始めますか」

「…そうだな」

鈴原の言葉で、荒川は腰につけた無線機を手にした。

「こちら荒川。これより雷撃隊、及び水撃隊による速攻を行います、オーバー」

『こちら滝浦。了解、速攻隊の指揮はお前に任せる。オーバー」

「了解」

えー、お前が仕切んのかーと、内心不満全開の勇には目もくれず、荒川はまた無線機を操作した。

「雷撃隊及び水撃隊へ。只今より先方の妖魔への速攻作戦を開始する。

 雷撃隊を先頭にして突っ走れ。気づかれたら鈴原、伊藤のみ電線銃準備。

 水撃隊は後ろから吹っ飛ばすまで攻撃し続けろ。 

 合図を出したら放水止め。水撃隊は全員後ろにはけ、雷撃隊の残り二人は直接ぶん殴れ。電線銃も発射許可。

 水撃隊は絶対に水に触れるな。そこまでやったらあとは徐々に前に引きつつ狙撃隊と合同で叩く」

そこまで言って、荒川は無線を切り、向こうの方へ走って行った。

「士長、電線銃ってなんですか?」

勇が尋ねると、鈴原は腰に差していた少し大きめの銃を取り出した。

「これだ。発射すると、さきっちょにかぎ爪付きついた鎖が出てくる。

 銃本体は地面にさせるようになってて、あとは鎖通して電気流すの」

「なるほど……」

勇が感心していると無線が入った。

『速攻を開始する、全員位置につけ!』

さっき雷撃隊が先頭っていったっけ…などと記憶をたどりながら、水撃隊が待機しているところに走っていく。

「緊張する〜?」

鈴原が聞いてきた。一見馬鹿にしているように聞こえるが、これが普通なのだ。

「まぁ、慣れるもんじゃないデス」

「はは」

と、話しているうちに『準備!』という短い無線が入る。

二人は黙って前を見据えた。敵はまだ気づいていない。勇はぐっと足に力を入れた。



『走れッ!!』



速攻は迅速かつ圧倒的だった。

不意を突かれたティラノサウルスのミニチュア版のような妖魔は、横に転がった鈴原に目が行き、かみつこうとするが、

後方の水撃隊の放水が横から直撃し、2秒と持たずに横転する。それを機に、準備していた鈴原たちが電線銃をお見舞いした。

鋭い鉤爪が妖魔を襲い「ギャァ」と悲鳴を上げる。

そんなことはお構いなしに、勇は拳を青白く発光させ、思いっきり妖魔になぐりつけた。

『ズバババッ』と稲妻がほとばしり、一斉に辺りは煙を上げる。

もちろん、鈴原たちも電線を通して電撃を食らわせる。

「攻撃止め!総員戻れー!」

やがて、荒川が怒鳴った。

放電しっぱなしだと、服やらなんやらが全部だめになるので、早々に切り上げる。

鈴原は鉤爪だけを切り離し、電線を回収する。

勇はもう一発だけ、と最後の蹴りを入れると、ダッシュでトラックの方へ走った。

あとはもう狙撃隊と水撃隊の防衛戦である。

全員、50m程離れたところで膝をつき、体勢を整える。と、煙が上がっていたところからかの妖魔が出てきた。

眼光が赤く輝き、口から煙を吐いている。

うぉ、迫力あんなー、などと感心している場合ではない。

「雷撃隊はトラック戻れー!

 狙撃隊及び水撃隊は真っ向から攻撃しろ!絶対に包囲するな!」

射程が一直線である放水は、妖魔を包囲している状態では味方に流れ弾が当たる可能性があるからだ。

水撃隊が前に出て、トラックに開いた射撃口から銃口が見えたとき、

「ボッ」

妖魔が天を見上げ、口から火球を吐き出した。

ヒュ〜〜〜〜と、花火のようにゆらゆらと昇っていく火球を見とれていると、また荒川が叫んだ。

「回避―――――ッ!!」

勇が一瞬コケ?とした状態で首をかしげていると、上の方で何かが輝くのが見えた。

見上げると、火球がパッと数十個に分裂して、ミルククラウンのように舞った。そして――

『ゴッ』「!?」

分裂したそれぞれの火球は、それぞれの隊員のもとへと正確に突っ込んできた。もちろん、一つは勇に。

回避の準備ができていなかった勇はそのまま硬直して目をつぶる、と。

『ズザッ』

抱きかかえられるようにして、勇は草むらに突っ込んだ。後方で炎上音が聞こえる。

「鈴原士長!」

突っ伏す勇の背中に乗っていたのは鈴原だった。どうやら間一髪、回避に成功したらしい。

鈴原は起き上がるとピースサインを見せた。

「借り1ね」

そういって鈴原はトラックの方へと駆けて行く。残った勇には苦笑しかできなかった。




「アホかあいつ」

荒川はつい愚痴をこぼした。ご丁寧に井上がそれを拾う。

「事が起こって判断するタイプだね」

井上のその説明はまさに勇ピッタリである。

回避と言っているにもかかわらず、攻撃されてないから動かない。だが井上はその後を間違った。

「荒川も昔こんなだったね」

「井上ェ!!」

荒川は思いっきり井上の手首をつかみ、上に掲げた。

「あッつ!!ちょっと手加減しろよ焦げちゃうよ!」

「知ったことか!」

井上は荒川の手を振り払って、手首にフーフーと息を吹きかけた。

シピアーは、自分のシピアに対しては耐性を持っているので荒川に被害はない。

「これより指揮権は滝浦隊長に移行する!!チャンネル切り替え!!」

やけくそのように怒鳴った荒川を見て井上がクククと笑った。


             *


「ちょっとアンタ何してんの?」

案の定突っかかってきたのは颯希である。勇はため息をついた。

「さぁな」

「アンタさぁ、回避って言われてんのに何でボーッとつっ立ってんの?

 鈴原士長いなかったらアンタ黒焦げだよ!?わかってる!?」

「はい、わかってます、すみません、もうしません」

一方的に切り上げてそそくさと逃げる。その時、滝浦隊長から無線が入った。

『水撃隊はあたりの消火をしつつ遠方から放水し妖魔を少しずつトラックに誘導しろ!

 合図したらトラックの脇から狙撃隊と共に叩く!雷撃隊は待機ッ』

それは天の救いに等しく、颯希はそばにあった燃え盛る炎を消しにかかった。

勇はスタスタとトラックの方に戻っていった。

トラックを除くと、もう鈴原は先に入っていた。

「お疲れ」

「お疲れー」

「…お疲れ様です」

川島と鈴原の声掛けに、勇は沈とした表情で答えた。

「なんだ、さっきの奴か」

川島は弾倉を取り換えながら聞いた。それもあるが、

「あんの桐山マジぶっ殺すッ!!!」

思いっきり蹴ったトラックの底から、バシッと火花がはじけた。

「ちょっとトラック痛むでしょー。いくらすっと思ってんの」

「知りませんッ!」

金のことに関してはその右に出るものがいない鈴原は勇が蹴ったところをすりすりとさすった。と、

『ズグオォンッ』

外から爆発音が聞こえ、トラックが微妙に揺れる。辺りがざわめきに包まれた。

「何、どした?」

鈴原は川島のところにある射撃口から外を覗いた。

「どうなってます?」

直径5cm程の射撃口は、一人だけでいっぱいいっぱいで、二人覗くことは不可能だ。

「あー」と鈴原がしばらく唸った後、顔を戻して出口の方に歩いて行った。

「これはのんびりお花に水やりしてる場合じゃねぇな。

 ちょい命令無視になるが外出るぞー」

「え、ちょ」

ちょこちょこ命令を無視して行動するのが鈴原だ。勇もそれにつられて外に出た。




「う…ぉ……」

勇は外に出て思わずつぶやいた。

無理はない、直径10mはあろうか深さ30cmぐらいのクレーターがぽっかり出現していたのである。

しかも、辺りに火球が飛び散ったのか、消火作業もむなしく轟々と燃えている。

「桜井二曹負傷!」

「木戸士長負傷!右腕重度の火傷です!」

辺りには負傷報告の声が響き渡る。勇達は駆け足で荒川達のもとへと向かった。

「おぅ、鈴原。今呼ぼうとしてたところだ。

 水撃隊は消火作業に専念すっから雷撃隊でうまく回せ」

「了解です」

鈴原は滝浦の指名に敬礼し、ほかの雷撃隊を呼びに戻った。一応、命令無視にはならなかったらしい。

ほっと安堵して勇も戻ろうとしたとき、後ろから声がかかった。

「五十嵐、お前なんでここにいるんだ?」

ビクッと振り向くと荒川だった。

「え、いや、今呼ぶところって言ってたんじゃ…」

「今呼ぼうとしてたのは鈴原だけだ!中度の命令無視!減点!!さっさと作戦考えて来いッ!」

「な――――――――!!!!」

ず、ずるいッ!士長――!!

とぼとぼ戻っていく途中で、勇はちらっと横目で戦場を見やる。

今のところ、残った水撃隊が接近を食い止めているらしかったが、そんなことはどうでもよかった。


「おっ来たな」

川島と鈴原が何やらニヤニヤ笑っていた。どうやら鈴原が察して川島に伝えたらしい。

「どうだったー?」

鈴原の完全に他人事口調がまた勇を不機嫌にさせる。

「中度の命令無視で減点です…って先に行くのが悪いでしょう!?」

「何言ってんの、俺は自分の任務を全うしただけ―」

「そうそう、勝手に出てったお前が悪い」

川島にも刺され、勇にはもはや答える気力がなかった。

「さて、冗談もこの辺にして。作戦考えるよー」

鈴原は残りの伊藤と若松を呼び、四人の作戦会議が始まった。

「電線銃はもう使ったから無駄にはできないっしょ。接近でやるか、無理やり空気通すかのどっちか」

いくらシピアの含んだ雷とはいえ、電気は電気なので、空気を通して攻撃するのは無謀だ。

「接近だな」

若松が胡坐をかきながら言う。

「そーすっとどうする。なるべく一撃で決めたいんだよなー」

水撃隊は速攻と消火、それに今の食い止めでかなりのシピアを消費している。頼ることはできない。

鈴原は頭をポリポリとかいた。

「弾薬の方はどうなってんの、川島?」

若松が問いかけた。向こうでいそいそやっていた川島は振り向いて、「あと3分の1ほど」と答える。

「今のとこ一番シピア出せんのが…」

「五十嵐と俺だ」

若松が答えた。実際そうなのだが、勇的にはあまり気が向かなかった。

「じゃぁ、まず伊藤が奴の気をひく。そこらへんにピロピロ電気流してもいい。

 したら俺と若松で後ろから蹴っ飛ばすから、様子見てお前が殴って」

全員が無言でうなずき、外から妖魔の鳴き声が聞こえた。

もう、考えている余裕はない。それは向こうもこっちもだ。

躊躇はするな、一撃で決めろ。

鈴原にしては決めた言葉にうなずき、俺は外に出た。]


『こちら荒川。聞こえるか?オーバー』

荒川からの個人連絡が入り、一瞬何かと思ったが、川島はすぐ答えた。

「こちら川島、聞こえます。オーバー」

あえて要件は聞かず、それだけ言って送信を終える。

『今から雷撃隊がケリつけてくる。が、もし最後の一発でも倒れなかったらお前が撃て』

「い、しかし誤射の可能性が」

仲間がいるのにそこに銃弾を撃ち込むのは相当熟練した狙撃手でないと不可能だ。

仮にも二等防衛士でシピアが主力の川島にとって、それは適任ではない。

それを押さえつけるかのように荒川は言った。

『今回は訓練生の実力テストだ。撃て』

荒川はこちらの言い分など聞く耳も持たず、それで通信を切ってしまった。

もう一度かけようかとも悩んだが、これ以上反発するのは悪い。

川島はほかの狙撃隊に気づかれないよう、こっそりとまた弾倉を取り付けた。


                  *


妖魔は沸騰していた。

体表から湯気を吹き出し、煙がその姿を取り巻いている。

「いくぞ」

水撃隊が全員撤退し、残るは雷撃隊のみ。これで締めなかったら終わりだ。

『ギャガ…』と、妖魔が小さな唸り声を発し、火球を天に飛ばす。今度は誰も何も言わない。

火球が分裂し、舞い上がった最高潮の地点で、勇は前転した。

潜り抜けるように火球をかわし、残り三人を見渡す。鈴原は頷いた。

「うおおぉぉぉぉ!!!」

伊藤は正面から突っ込み、その顔面に飛び蹴りを入れた。

伊藤の雄叫びと、青白い閃光と共に、妖魔が大きく後退する。

それを見計らって鈴原が跳び、どこから持ち出したのかわからないような金属バットを妖魔の上から振り落とす。

『グオォアッ』

弾けた爆発音と共に妖魔はひるむ。その瞬間を逃さず、若松は顔面にこぶしを叩きつける――つけた。

鈴原はもう見ない。

――攻撃を食らわせた直後にまた攻撃すれば、妖魔は反射的に倍以上のシピアを使う。それを利用しろ。

「くっ!!」

少し遅いか。いや、まだだ。

青白い閃光が飛び出し、妖魔が後ろに吹っ飛ぶ。

「終わりだッ!!!」

勇は横から突き飛ばすようにして飛び蹴りを食らわせた。

妖魔はもう悲鳴を上げない。

吹っ飛んだ妖魔はそのまま倒れこみ、静寂が訪れた――が、

『ゴアッ』

「!!?」

倒れた死体のはずの妖魔から火が噴いた。

とっさに後ろに下がる。この距離でも感ずる熱気は相当だ。

駄目だったか……

勇は唇を噛み、鈴原が無謀にも空気放電しようとしたその時――

『ズパンッ』

一発の火戦が妖魔に直撃した。炎が一瞬揺らぐ。

妖魔はズズッ、と足を引き寄せ、立ち上がった。

二発目。

妖魔はバランスを崩すも立ち続ける。

そして、3発目――

妖魔はバタリと倒れこみ、炎もろうそくの最期のように消え去った。


「…おつかれさん」

ヘタッと座り込んでいる勇の肩に、鈴原はぽんと手を乗せた。勇はくるりと、後ろを向き、鈴原を見上げた。

「よくやった。よだれの件はこれで相殺かな?」

「あ、ありがとうございます…って!」

なんで知ってるんですか、とは聞かずに、再び顔を芝生に落とした。

鈴原が情報に敏感であることを忘れていた。

「それより」

鈴原は待機しているトラックの方を見つめて口を開いた。

「誰だったんだろうね」

「さぁ……」

勇も一つだけ開いている射撃口を見つめしばらくそこに座り込んでいた。


                  *


「よくやった!上出来だぞ川島!」

トラックから出てきて、へろへろと倒れる寸前の川島の肩を、滝浦はグイッと組み、ガハハと笑った。

荒川も苦笑してその様子を見つめる。

「二階級ぐらい昇級させるか」

「駄目です」

荒川は名物、猟眼でキッと滝浦を睨みつけた。

いくら実力テストとはいえ、二階級も進級されては荒川の立場も危うい。

その様子を見て、付き添っていた井上はクスクスと笑った。

荒川は自分でも分かるほど頭から湯気を噴き出して怒鳴った。

「何がおかしいッ!」

「お前がおかしい」

井上の率直な言葉に、荒川は返す言葉がなかった。

「さて、今回はこれで終わりか」

滝浦がポーンと川島を横に突き飛ばすと、誰にとなく尋ねた。川島はいそいそとその場を立ち去る。

「そのようですね、片付けも特に必要としないでしょう」

井上は、未だ煙を上げる原っぱを見つめながら答えた。

「消火作業は水撃隊によりほぼ完了しています。弾薬回収も必要なしです」

シピア弾は、妖魔に当たればそれでよいのだが、外れるとシピアが中に詰まったまま放置されることになる。

数が少なければさほど心配はないが、多く残っていると万が一シピアが漏れた時に危険だ。

「そうだな、『壁』の外だし人民への被害も心配ない。あとは交番に任せる」

「「帰還します!」」

両班長は敬礼するとトラックに戻った。



「うわっ!ど、どうしたそのドヤ顔!」

「五十嵐、使う言葉間違えてるよ」

鈴原に一釘刺されながらも勇は盛大に仰天した。

トラックに乗って帰還する最中、運転席の方からのしのしと亡霊のようになった川島がやってきたのだ。

「まさかお前が!?」

鈴原から、川島が滝浦たちに捕まったという情報は聞いていたが、川島が撃っていたとは。

「……あぁ」

川島はそれだけ吐き出すように告げると、どっかりと腰を下ろした。

勇はよてよてと、四足付きながら川島に近づいていく。

「なんかご褒美とかあったのか?チョコなら俺にも分けてくれ」

「いーがーらーしー」

普段は余計なことは言わない鈴原だが、その拳が頭に落ちてきた。

「いっt、だって川島だけってなんかズルいじゃないスかー!」

勇は今度は嫉妬の目線で鈴原を睨みつける。

「もういい、帰ったらチョコやるから黙ってくれ」

「マジで?わーい」

「……第一部隊の汚点だな」

勇の素の歓喜の声に、鈴原はそう吐き捨てると、寝入ってしまった。

「…五十嵐」

川島は唸るように声を発した。

「何?」

勇は万歳していた手を下ろして、真面目に聞いた。真面目に。

「お前はこの仕事どう思う」

「仕事…?」

どう思うとはどういうことか。沈黙が流れ、トラックの走行音が鳴り響く。

「お前は神に選ばれた人として、この仕事をどう感じるかってことだ」

「神に…選ばれた人…?」

嶷帝は7人の神々を生み出し、嶷帝の死後、志の神は他の6人を殺した。

6人の人間に残した最後の力、シピアを持つ人間は、すなわち『選ばれた人』だ。だが、

「俺は、おとぎ話は信じない」

今朝の授業を思い出す。確かに寝ていたが荒川のある言葉だけは正確に聞き取った。

――人間様が後から作り出した単純な「おとぎ話」

そう、所詮おとぎ話。勇達が今こうしてここにいるのには他の理由があるはずだ。

「ただ、俺はこの仕事を誇りに思う。守ることは…大事だ」

「…そうか」

川島はそれだけ言って、鈴原と同じように眠り込んだ。もうトラックの中に話し声はほとんどしない。

守る、こと…

勇は自分のセリフをもう一度心の中で唱えた。

「神とか…いるわけねーじゃん…」


自然と声は湿っていた。





「おい、勇!さっさと起きろよ!」

父の声で目が覚めた。もう朝か。

もぞもぞと布団を足でベッドからけり落とし、転がるようにして起き上がる。今日も学校。

「顔洗って!歯磨いて!」

「んー…」

まともに返事をする気力もなく、頭に芸術ともいえるほどの寝癖を付けた自分と鏡で対面した。

歯ブラシをとり、コップに水を注ぐ…が。

「揺れ…てる?」

コップに入った水がかすかながら振動しているのが分かった。地震か。その時――


『きっ、緊急事態発生!東防壁エリア内にレベル9の妖魔が侵入!繰り返します!

 東防壁エリア内に妖魔が侵入、住民は直ちに地下に避難してください!!』


なーんだ、また避難か。

当時はレベルや緊急事態などという複雑用語は覚えていないもんだから、

放送役がやたらとあわてているのがおかしかった。

「勇!急げ!さっさと来い!」

その時母は朝ごはんを作っていたらしく、洗面所の勇を呼びに来たのは父だった。

「なんでそんなあわててるの?」

「いいから来い!」

強引に腕を引っ張られ、そのまま洗面所を出た。

持っていたコップが手を離れ、パリンとガラス質の破壊音が響く。

「あぁ、あなた、どうしましょう…」

「心配するな、とにかく地下に!」

これほどまでに困惑する母を見たことがない。

父はもう片方の手で母の背中を押すようにして支えると、地下への扉を開けた。


いつもなら5分でもう一回放送が流れ、外に出られる。しかし今回は長かった。

いくら待っても放送は流れない。

薄暗い地下室の中で、母と父とで何十分、あるいは何時間も待った。

どれくらい時間がたっただろう。突如、低い天井からパラパラと粉が降ってきた。

抱きしめる母の力が強くなる。そして――

青空が、待っていた。地下なのになんで?と考えていると、そこに…いた。

狼のような、黒く、大きく、恐ろしい、妖魔が。

そいつは上から地下室の中に飛び込んできてそして…


一瞬。

辺りは赤に染まった。

抱きしめていた母の力がすぅっと抜け、ぱたりと倒れた。父もうずくまったままピクリとも動かない。

自分の腕に付いた、誰のだかわからない赤を見つめ、そして上に駆けあがったそいつを見上げた。

強い、顔だった。

こちらをじーっと見つめ、やがて…去っていた。

感情が噴出したのはその後だ。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

放送が流れていたようだが、そんなものは耳にも入らなかった。

血に染まった母を抱き上げ、魂尽きるまで叫び続けた。


のちに「東の大惨事」とまで呼ばれるようになったこの事故は、20数名の死者を出し、

重軽傷者を含めれば被害者数は3桁を突破した。両親はその20数名の中の二人。

もともと勇の両親はシピアーで、気づいていなかったが、自分自身もそうだった。

おとぎ話は何回も聞かされている。その時はその話を丸々鵜呑みにしていたが……

「神がいるのならそれは死神だ」

葬式に参列しているとき、そればかり考えていた。

なぜ神がいたのに親が殺されなければならないのか?

志の神だと?ふざけるな。

そんな事情は聴きたくもない。

神様の存在意義が全く意味不明だ。

こんなことはもう起こさない。守りたい。いや、守る。

ただ、それだけ。


                 *


「五十嵐、もう着いてんぞー」

「え?あ、はい」

鈴原の声で目が覚め、トラックを飛び降りる。

その時の決意が、勇を今この場所に立たせている。

「もう今日は訓練とかないです…よね?」

辺りはもう夕焼けに染まり、実践もしたことなのだが、あの鬼は何をするかわからない。

勇はおどおどしながら鈴原に聞いた。

「分からん」

鈴原は持ち前の適当さでそう一蹴すると、屋内に入って行ってしまった。

「五十嵐」

「あっ」

背後から 近づいてくるは 鬼の声

「何勝手に詠んでんだ、てか鬼とは誰のことだ?あぁん?」

「い、いえっ!なんでもありませんよ!(エスパーかぁ!!!!)」

目の前の荒川に冷や汗を流しながら、勇は必死に弁解した。

「まぁいい。今回の件だが、力が足りなかったとはいえよくやった。

 戦術的にも非常にレベルが高い。誉めてやる」

「え?あ、はい」

普段ならほめるなどという行動は絶対に見せない荒川の声に一瞬戸惑いながらも返事を返す。

「それと今日はもう訓練はなしだ。デカい仕事が1個入ってるからゆっくり休め」

「え?あ、はい」

なんか多いぞこのフレーズとも思いながら屋内に向かう荒川を見送り、勇は脱力した。

後ろから川島が声をかけてきた。

「デカい仕事ってなんだ?」

勇は肩を竦めて言った。

「さぁ…」

お互い疲労がすさまじいため、会話には発展しない。無言のまま帰寮の道をたどった。

勇と川島は同室で、部屋は綺麗に2分割されている。

唯一国境をまたいでいるのは小さな丸テーブルだけだが、これも半円ずつに分割だ。

部屋にあるのは2つのベッドと冷蔵庫。これは1個しかないので公正なるじゃんけんで川島領に入っている。

帰寮してから二人でシャワーを浴びに行き、夕食はカップラーメンで済ませ、床に就いた。

部屋の電気を消すと辺りは完全に静まり返る。唯一聞こえるのは虫の鳴き声と冷蔵庫の駆動音。

そうして勇は眠りについた。


妖魔は普段、人間の前には姿を現さない。

人間が妖魔を狩るようになったのは3000年前。それだけあれば妖魔も学習する。

しかし、表に出てくるようになるのには主に二つの理由がある。

まずは好奇心もしくは無知の為に出てくるもの。

前者は東の大惨事の時、後者は先日の件の場合だ。この場合は単体で出現することが多く、自ら撤退もする。

そしてもう一つの訳が、究極の飢えだ。

自分たちの生息区域に喰うシピアが存在しなくなり、やむを得ず人間のシピアを食さなければならない場合。

もちろん、シピアーの持つシピアも、そこら辺の妖魔よりかはずっと『おいしい』。

しかし、逆に殺られてしまうリスクがあるので妖魔達は好き好んで食べるわけではない。

それでも餌がなくなり、飢えが限界に達した時、妖魔たちは群れを成して突撃してくる。それはもう、狂気だ。


「防衛戦?」

翌日、第2作戦会議室で勇の声が響き渡った。辺りから白い目が飛んでくる。勇は竦んだ。

集まっているのは第一部隊全員である。私語は厳禁だ。

上蔵間副隊長は一つ咳をすると話を進めた。

「その通り。イディオット統括交番から3日前に連絡を受けた」

イディオットはネクラフの南部に位置する山岳地帯だ。生息する妖魔の数が膨大すぎて、近年問題になっている。

イディオットには全体を囲うように13の交番が設置され、それをまとめるのが統括交番だ。

規模的にはネクラフで2番目に大きく、『交番』と呼ぶにはかわいそうだ。

「生息する妖魔の一部がかなり飢えているらしく、近いうちに攻めてくる可能性が大きい。

 該当妖魔はレベル2〜3の小型のものが多いが、何しろ数が多くて班1つや2つで片づけるのは無理だ。

 第一部隊全班出動し、これを防衛する」

上蔵がそういうと、隣にいた部下がノートパソコンを操作し、壁に掛けてあるスクリーンに地図が映った。

スクリーンの中央部にイディオットが表示され、右上の方にネクラフ支部が記されている。

イディオットの周りには、交番を表す赤い点が13個。そのうちの一つは周りより一回り大きい。

「統括交番はイディオットの北東部、ちょうど支部からまっすぐ行ったところに位置する」

支部から大きな赤い点まで、点線が引かれた。

「交番の200m後ろには南防壁がある」

防壁とは、通称『壁』と呼ばれ、東西南北に4つ存在し、住宅地を囲むように壁がたっている。

妖魔の侵入を防ぐものだが、ただの壁ではなく、支部の勇士たちにより大量のシピアが封じられているため、

妖魔は触れると、あっという間にお陀仏だ。もっとも、東の大惨事の件は例外だが。

スクリーンの地図上に、点線でできた囲いが現れた。

「俺たちは、交番から奥に500m程進んだところで防衛する」

交番から青い矢印がイディオットの中心に向かって少し伸び、そこに×がつけられた。

「防衛点から壁まで700m。ここを突破されたらおしまいだ」

いくら壁が大量のシピアを有するとはいえ、魑魅魍魎の妖魔が一気に押し寄せたらひとたまりもない。

明確な説明を終えた後、上蔵はどっと椅子に寄りかかり、資料をパラパラとめくった。

「んで大体2つのグループに分かれようと思う。

 荒川班からルティア班までが第一グループ。残りが第二グループ。

 第一グループの指揮官はルティア・O・ヴィレイトリム二等防衛佐官。

 第二グループは俺、上蔵間二等防衛佐官が指揮にあたる。

 総合指令監督は滝浦玄助三等防衛佐官。以上、解散!」

会議室がガヤガヤし始め、勇と川島、そして桐山は部屋を出た。


「デカい仕事ってこのことだったのか」

勇は頭の後ろで手を組みながら言った。

「そうみたいだな」

「っていうかルティア二佐が指揮かぁ。大丈夫かな」

桐山はだるんと肩を落とした。今回だけは桐山に同情する。川島もうなずいた。

「久しぶりの地獄になりそうだ」

ルティア・O・ヴィレイトリム二等佐官は、たびたび訓練の特別講師としてやってくるのだが、それはまさに「地獄」だ。

「出発はいつになんだ?」

「さぁな。統括交番からの情報待ちだろ。それか交番に寝泊まりかな」

「うわ、それは嫌だ」

「残念だがそうなる」

あからさまにへこたれる桐山の後頭部にコンとファイルが落ちていた。

「痛った!え、る、ルティア二佐!?」

桐山をはじめとする三人全員が後ろに身を引いた。ルティアが怪訝そうな顔をする。

「なんだその戦闘態勢は。連絡の追加に来ただけだ」

「ルティア二佐が後ろから迫ってきたら戦闘態勢は常識です」

川島と桐山が唇をかんで下を向いた。明らかに笑いをかみしめている。

桐山は慣れていないのか、時々腹筋がピクッと痙攣している。バレバレだ。

「まぁどうでもよい。明日から第一グル―プはイディオットに宿泊だ。実地訓練も兼ねてな。

 早朝に出発するから休めるうちにとことん休んでおけ」

「え、第二グループは…?」

勇はルティアを見上げて問いかけた。

「第二グループは後方援助だ。我々が妖魔群を確認次第、応援を要請する。つべこべ言うな!」

ルティアは桐山が「そんな」という顔をしたためなのか、最後はまくし立てて行ってしまった。

これで評価下がったらどうしてくれるつもりだ、桐山。

ルティアが階段を降りようと右折した瞬間、勇は怒鳴った。

「お前があんな顔するから!」

「だって、セコいでしょ!大体あんたが戦闘態勢とかいうから」

勇は思い出しておもわず笑みがこぼれる。しかしそれは桐山への怒りと相殺され…

「き、キモっ!何そのニヤケ顔!」

川島は盛大に吹き出し、廊下の壁をバンバンと殴り始めた。

「ち、ちがっ!これはお前の責任だろ!!」

「責任とか関係ないでしょーが――!」

「お前らちっとうるさいよー?」

鈴原、参上。

「「鈴原士長!ちょっと聞いてくださいッ!」」

「ハモった―――!!」

こうして会議室廊下は騒ぎの一時を終え、三人は荒川のもとへと強制送還されたのであった。


「はーぁ」

川島と二人して帰寮しているとき、勇は大きくため息をついた。

「一発殴られたぐらいでどこまでへこんでんだよ。

 お前荒川二曹のこと嫌ってる割にはそういうとこデリケートなんだよなぁ」

で、デリケートって!

勇は突っ込みたくなったが、そういう空気ではないので胸の内に収めておく。

桐山はなんと井上に送還された挙句、川島はなんとも言われず勇は荒川だ。実害があるのは勇だけである。

「あ」

不意に川島が声を上げた。何事かと勇も垂れていた頭を上に持ち上げる。

廊下の向こう側から一人の男性が歩いてきていた。

「誰、あれ?」

「お前忘れたのかよ!?」

川島が無声音で声を荒げた。忘れた、ということはどこかで会っているのか。

と、首をかしげると、川島がご丁寧に説明し始めた。

「こないだの容量検査の時にいた青木一佐だよ!」

一佐とは大層な防衛員なのにもかかわらず、スーツを着ていることに違和感を覚え、再び首をかしげた。

「バカ、総務課だよ!」

あぁ、そっち。

と、川島の無声音と勇の心中で会話していると、青木がこちらに気づいた。

青木は勇の顔を見るや否や、パッと顔色を輝かせ、敬礼した。

「!?」

いきなり敬礼され、勇はたじろいだ。しかし、

「五十嵐二士だね?今度の防衛戦、期待しているよ」

青木はそれだけ伝えると、スタスタと向こうに歩いて行ってしまった。

しばらく二人とも佇んでいたが、川島が口を開いた。今度は無声音ではなく。

「おまっ!次期支部長ともいわれる青木一佐に名前覚えられてるってどういうことだよッ!?」

現支部長である小田原信夫特等佐官はすでに還暦を迎えており、そろそろ交代が必要だという噂は聞いたことがある。

「知らねぇよ!一佐なんだからみんなの顔と名前ぐらい覚えてんじゃねーの?」

「バカか、一体何人検査したと思ってんだよ。相当印象深くなかったら覚えらんねぇって」

勇は必死に脳内の回路を修復し、記憶の断片をたどった。


               *


「次、21108番。入りなさい」

「はい」

勇は廊下に用意されていたパイプ椅子から腰を上げた。

隣に座っている川島が一個席をずらし立ち上がった勇を見上げる。

「がんばれよ」

「おぅ」

勇は『検査室』と掲げられたドアの前で一つ深呼吸してノックした。

「失礼します」

「どうぞ」

部屋の中は学校の少し広めの保健室のようになっていて、検査器具が手前に配置され、

そのわきで研究員と思われる若い男性がコンピュータをいじっていた。

部屋の奥には事務机が二つあり記録係3人が鉛筆を片手にこちらを見つめている。

そのうちの一人だけは鉛筆を持っておらず、座っている椅子も周りのそれより少々良質だ。


『ストップストップ』

川島が回想を中断させた。

「なんだよ、いいとこだったのに」

勇が口をとがらせると川島は呆れたように言った。

「3人も記録係が必要かよ。記録と監督と特別出席、鉛筆持ってないのが青木一佐だ」

「でも二人は鉛筆持ってたぞ?」

「もう一人は研究員の仕事ぶりを見てんの。アー ユー オーケー!?」

馬鹿にすんなッ!と怒鳴りそうになったが、飲み込んで回想を再開させた。


コンピューターを触っていた研究員がこちらを振り返り、勇はベッドに仰向けになるよう指示された。

心電図のようなクリップを体のあちこちに挟まれると、やがて『ピーッ』という音声と共に、機械が紙を吐き出した。

それを研究員は慣れた手つきでビリッと破り取って目をやった瞬間、硬直した。

「どうしましたか?」

低い男性の声が向こうから響いた。

「いえ、なんでもありません。――性雷シピア、――は――。容量はおよそ4200。それで……―――が微反応ありです」


『ちょっと待てコラ』

「なんだよ」

「なんだよ、じゃねぇよ。ここらへん千切れ千切れじゃねぇか」

勇は思わず笑った。

「仕方ねぇだろ、さっきナレーションで『記憶の断片を』って言ってたぞ」

「ナレーターがアホなんだ。一番肝心なとこが分からねぇじゃねぇか。もういい、やめだ。」

川島は吐き捨てると、寮へと歩き出した。仕方がないので勇もそれを追う。

しかし――

「お、思い出したぞ!」

勇は歓声を上げた。宝の地図を見つけたかのように。

川島は顔を喜の一色に染めて振り返った。

「あの人最後にバーなんとかって言ってた!!」

「思い出せてねェ―――――――!!!」

勇は川島に一発はたかれると、寮に連行されていった。


「青木一佐」

少年たちと別れた後、青木は声をかけられた。

振り返ると、あの時の研究員であったことが分かり、頬が緩む。

「久しぶりだね。どうしたんだい?」

「あ、あの。21108番の精密検査、もう一度行いますか?」

21108番、あの少年か。青木は横に首を振った。

「今度イディオットで作戦があるし、ここで体調を崩されては悪い。また今度にしよう」

「了解です」

研究員はまた来た方へと戻っていった。青木は考える。

ネクラフに三人……多いな。

セリアムに一人いるとかいう噂を聞いたことがあるが…

青木はしばらく顎に手を当て、考えた。

いや、今は自分のやるべきことを全うすべきだ。考えても仕方がない。後で荒川を呼べば済むことだ。

青木は再び歩き始めた。


            *


「クッソ!なんだこのクソみてぇなクソ道は!!」

「…お前、今クソって三回言ったぞ?」

「うるせぇッ!」

勇は「あ゛――」と唸り声を上げると、膝に手を当てて歩みを止めた。

「止まるな五十嵐ッ!後ろが詰まるだろうが!!」

勇は後方の荒川に怒鳴られてクワッと目を剥いた。

「角度が45度ある山道歩いて止まるのはあたりまえだろうがです!」

「敬語が無理やりになってるけど」

こちらは鈴原。汗ひとつたらすことなく黙々と前方を進んでいく。

「大体!交番がこんな山奥深くにあるなんて聞いてませんッ!」

勇はまくし立てるとため息をついた。今朝のことである。


荷造りをして正面玄関の前に第一部隊が集合し、いざトラックに乗って出発。と、行きたっかったのだが。

「んじゃ、トラック乗って。2時間ぐらいかかって行って、んで後は1時間山の中歩きだから」

「はっ!?」

素っ頓狂な声を上げたのは言うまでもなく勇だけだ。

歩きなんて聞いてね――――――――!

叫ぼうとする勇の口をふさいだのは川島で、睨みつけるのは毎度荒川だ。


「んなこと言っても、作戦会議の地図で交番思いっきり山の中だったろ」

川島が頭の後ろをポリポリと掻く。

「俺に地図を読めってのか?あぁん!?」

「地図読めないやつが喧嘩売るな!」

荒川に怒鳴られて、勇は再び足を運んだ。

「にしても、さすがにこれを1時間はちっときついな」

「だろ!?だろ!?ほら、川島だって言ってます!」

「お前は甘えすぎだなー。川島は一回も止まってないぞー」

鈴原にくぎを刺され、言葉を失う。と、その時、先頭を歩いている滝浦から無線が入った。

『総員に告ぐ、現在前方に交番を確認。繰り返す。前方に交番を確認。

 地図も読めないで甘えてる馬鹿はもう少し頑張れ』

「隊長――――――!!!」

勇は見えない滝浦に叫んだ。隣で鈴原が笑う。

「隊長は耳がいいからな」


結局、滝浦は耳だけではなく目もいいため、前方に確認された交番は遥か彼方。

それから交番まで30分かかったのだった。


「今回は研究部からの提供で、実験段階にある武器を調達してもらった」

交番の多目的室でミーティングが始まり、上蔵が資料を配りながら説明を始めた。

もうすでに日は暮れそうになっているのが、窓の外から差してくる赤い光でわかる。

  ゼロ

「零式の制御型シピア発射装置。幻シピアを除く5つのシピア装置がそれぞれ1つずつ届いている。

 各武器については後で説明するからよく聞いておけ。

 まず、この武器の特性についてだが…」

黙々と説明を続ける上蔵の声と、資料をバラバラとめくる音が響く中、

まるで異国の地に放り込まれたかのような錯覚を覚えた少年がいた。


「川島ぁー」

ミーティングが終わったのち、勇は川島の肩にどっと体重をかけた。

どうした、とむっとした顔をして川島が聞いてきた。

「意味が分からなかったYO」

「死ね」

「死ね…ってええぇえ!?酷すぎだろおい!」

「酷いのはお前だ」

川島はすたすたと、用意された大部屋に向かった。

もちろん、その肩に乗っていた勇の手はズルリと落ち、バランスを崩した勇は前に転びそうになる。

「だってマジで意味不明だったんだもん!制御型とか零式とか…」

「あーれ、五十嵐また話聞いてなかったの?」

割り込んできた鈴原に勇は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「聞いてましたよ!!聞いてもわからなかったんです!」

「それは聞いてないのと一緒だな」

「川島正かーい」

鈴原が川島を人差し指で指し示す。

その後、廊下を歩きながら二人に説教混じりの説明を聞かされた。


制御型シピア発射装置とは、シピアーの身体から発せられたシピアを、機械により制御し、

形成が困難なシピアの創造を可能とする武器である。

例えば、炎シピアがレーザー状のビームを発射したり、水シピアが球状の弾丸を作るのは難しい。

しかし、制御装置を装着することで、その形成を自由自在に操ることが可能となる。

今回用意された種類は、球型のシピアを生成する制御装置で、手首ににつける腕輪のような形状らしい。

つまり、手首より先=手から放出されるシピアを任意に球状に変更できるという。

鈴原曰く、

「水道が体でホースが腕としたら、制御装置は散水ノズル」らしい。

今回のは実験用で、うまくいけば全身用の物や、さまざまな形状のシピアを形成できるらしい。


「、とまぁこういうわけだ」

説明が終わったちょうどその時、今日からお世話になる大部屋が見えてきた。

いくら巨大な交番で宿泊設備が整っているとしても、全員分の個室を借りられる予算は支部には、ない。

今回動員された第一グループは男子46名、女子は27名。男子は8人用の大部屋を二つ借りた。

「ふ、二つ!?どう考えてもたりねぇだろ!

 8人用の部屋に46÷2=23人…ってことはほとんど3倍じゃねぇか!」

「問題ない」

「すがすがしく答えないでくださいッ!」

一応、女子の方は配慮されて12人用を二部屋用意されたらしい。いや、それでも定員オーバーだ。

「ま、とりあえず飯食おうぜ」

川島の一言で、荷物を部屋に放り投げてから、三人は食堂へ向かった。


廊下の途中で鈴原は同僚たちと行ってしまい、代わりにやってきたのは言うまでもなく桐山だ。

「っていうかさぁ、なんで滝浦隊長って上蔵二佐とかルティア二佐より階級低いのに隊長なの?」

「そういやそうだな…」

トレイを持って並んでいるとき、不意に桐山が投げかけた疑問に同調する。

「年が上行ってるからじゃね?」

川島が頭をかきながら遠慮しがちに答えた。

まぁそうだけどさぁ…と、桐山が納得がいかない様子でパスタを自分の皿によそった。

「専門的な問題だ」

「!」

後ろからかかったお馴染みの声に、勇はとろうと思っていたハンバーグを落としかけた。

「荒川二曹…」

荒川は自分の分のおかずをヒョイヒョイヒョイととると、口を開いた。

「お前ら、滝浦隊長と上蔵二佐の決定的な違いが何かわかるか」

「違いって…シピアーか非シ…」

「!」

三人とも黙り込んだ。

滝浦は非シピアだ。つまり戦力的に上蔵やルティアにはるかに劣る。

今回の作戦で二人はグループの指揮はとるものの、自ら前線にも出るだろう。

それに対して滝浦は、自分が最前線で戦う身体の持ち主ではないことを知っている。

滝浦はきっと指揮官としての道を歩んできたのだろう。

「まぁ、年の問題もそうだ。キャリアが長く、信頼が厚い隊長ならではの役職といったところか」

「なるほど…」

「って班長!ステーキにスパゲティにグラタンってどういう選択の仕方ですか!?」

勇は、荒川のトレイに載っている品々を見つめて怒った。

荒川はむっとした表情で、

「これでも栄養バランスは考えてある」

「バランスとれてりゃなんでも食っていいってわけじゃありませんッ!」


そのまま三人は胃袋に放り込むようにして食事を終えると、シャワーを浴びて床に就いた。

夜は静かに更けていく――いや、戦闘男子たちのいびきがある限り、静かな夜は訪れない。

勇はもちろんのこと熟睡である。しかし、その中でかすかな声が聞こえる。





    『勇、逃げろ!逃げろーッ!!』






「親……父…」

勇はうめいた。にじみ出た汗が頬を伝う。





    『お前は神を信じぬか』





「誰…だ……」

ただでさえこの人数だ。室内の温度は尋常ではない。勇はごろりと寝返りを打つ。






    『これは、報いだ』






    『勇!お前は逃げろ!生きろッ!!!』







報い…だと……






    『志の神ここにありけり。

           3000年の時超えて、我が復讐を果たしたり』


復讐?なんだ、こいつ……



志の神……だと… なめるな




    『逃げろォッ!!』





黒い闇が父を飲み込む。そして――

「親父ィィィッ!!!」























沈黙。



酷い寝汗を腕で拭いながら辺りを見渡し、目覚まし時計を探しあてる。

短針はおやつの時間を示していた。――午前午後逆ではあるが。

大きなため息をついて、誰かの上に寝転がる。

「ウゲッ!」

下の隊員がうめき声を上げた。どうやら急所に倒れてしまったらしい。

辺りの隊員はいびきをかきながら全員熟睡だ。

勇は再び深い眠りに着こうと思ったが、その後は全く寝れなかった。


朝会が終わり、戦闘員が訓練に向かった時、荒川は井上を呼んだ。

「五十嵐の親父さん、なんかあったのか?」

「あぁ五十嵐吾郎さん?なんで?」

荒川は頭の後ろをバリバリと掻いた。

「昨日うなされてたようだったからな」

荒川は寝ていた素振りをしていたが、上官たるものが全員睡眠するわけにもいかない。

必ず誰かひとりは起きているのだ。

「お前も聞いてたんだ?まぁ、言い方はよくないかもしれないけど、吾郎さんは東の大惨事で亡くなってる」

「東の大惨事でか?」

東防壁エリア内にレベル10の妖魔が侵入し、壊滅的な被害を受けた事例だ。

当時、セリアム以外でレベル10の妖魔が確認されたことはなく、この事件により全世界に電撃が走った。

その被害者というならば――

「相当強かったのか」

「あぁ、氷シピアだって噂を聞いたことがある。

 俺もさすがによくは知らないけど、本部からスカウトされたこともあるらしい」

「本部から!?」

通常、人間の前に姿をさらす妖魔はより強力なシピアをもつ人間を喰らう。 

それは、自分の空腹を満たすためでもあり、権威を示すためでもある。

しかし、レベル10の妖魔に狙われるということは相当なシピアを有することになる。

それこそ本部からスカウトされるほどに。

「まぁ、そうっとしときな。変に触っても傷えぐるだけだ」

「……あぁ」


               *


「いいか、防壁は山の中に万里の長城風に建てられている。

 防衛地点から壁まで700m。向こうは下手すりゃ万単位で攻めてくる。

 とにかく前だけ見て撃って蹴って追い返せ。自分のサイドは自分の責任で守れ。

 一匹でもこぼれたら即死刑だぞ!」

「了解!」

滝川の激に隊員たちは声を張り上げた。

今回の作戦では三人一組の組でまとまる。一組につき塹壕が一つ用意され、そこを拠点として防衛する。

勇の組には川島、それからルティア班の若い男子が入った。

「初めまして、ファレン・S・サンタアレラクです」

「あ、え?、は、はい。よろしくお願いします…」

一級上と聞かされていたが、まさか自分たちより若いとは思わなかった。

しかも妙に敬語である。話しかけづらくてしょうがない。

「初めまして。二士の川島です。よろしくお願いします」

勇とは打って変わって、丁寧な対応で自己紹介を済ませた川島に、勇はぷーっと頬を膨らませた。


「ちょっとこっち向いてみろォ!!」

何処からともなく聞こえてきた罵声に、三人とも後ろを振り返った。


「ハァ、ハァ…」

勇は山の中をただただ走っていた。

血の味がする唾を道端に吐き捨てる。道といっても、どうせ誰かが走った際にできたのだろう。

ぼうぼうと生い茂る草をかき分けながら、勇はただ、走る。

「待てゴラァ!!」

後ろから怒鳴り声が聞こえた。きっと隊員の一人だろう。

勇は足の動きを速めた。こんなところで死んでたまるか。後ろから追いついてくる足音が大きくなってくる。

――なんで、俺たちはこんなことをしなきゃならない。

勇はその疑問を解き明かすことができなかった。

ついさっきまで仲間であった隊員が、敵となって追いかけてくる。

「クソッ!」

勇は吐き捨てて後ろを振り返った。敵はまだ追っている。

小脇に抱えた銃は支給されたシピア弾か、それとも持ち込んだものか。

いずれにせよ、勇のような下等隊員には、拳銃式のものしか支給されない。圧倒的に不利だ。

「挟み撃ちにしろ!」

誰か別の隊員の声がした。

左を振り向くと、もう一人の隊員が勇と平行になるように走っていた。

後ろの隊員もその声を聞きつけ勇の右側へと進路を変えた。

まずい。

本能で勇は急ブレーキをかけた。

人などはいることのない山の中だ。土が良いグリップになってそのままもと来た方へと駆けた。

「そっちに行ったぞ!!」

まだ追ってくる二人組のどちらかが叫んだ。どちらでもよい。

前方からもう一人の隊員が現れた。

三人――これはまずい。

勇は両腕で心臓部を覆い、身をかがめた。

命と比べれば腕の一本や二本は安い。

縮こもった状態ではスピードが出ない。強行突破だ。

「うぅおおぉぉらあああぁぁあ!!!」

勇は叫び、突進した。

前方の隊員は銃を取り出し、引き金を引いた。

『ズシャッ!!』

銃弾が背中をかすった。ギリギリセーフだ。

勇はそのまま隊員にタックルすると、振り返りもせずにただ走った。

一人は倒した。だが、あと二人いる。だが、俺ならいける。そう信じて勇は走る。

「残念だったな」

前方から聞き慣れた声がかかった。

「!!…班長…」

勇は立ち止まり、腰を上げた。心臓を覆う腕を下ろすと、荒川は怪訝な顔をした。

「動くな…!」

しばらくして後ろの二人が追い付いてきた。勇の背中に銃を向けているのが振り返らなくてもわかる。

「なんで…ですか」

クソ教官と幾度も吐き捨て、嫌っていた荒川。だが、今こうして銃を突きつけられると納得いかない。

いままで一年間、ともに荒川班として過ごした。笑いあったこともあった。

だが、今の荒川の顔に映っているのは冷酷さだけだった。

勇は心の整理がつかぬまま銃を抜いた。

「動く「やめろ」

撃とうとした後ろの二人を荒川が制する。

勇は銃口をまっすぐ荒川の心臓部へと向けた。荒川はフフッと笑う。

「お前に撃てるのか?」

「撃てるさ…」

気力だけで振り絞ったその声は、震える拳銃にその気が現れていた。

荒川の指がゆっくりとひかれた。勇も意を決する。そして――

『『ズパンッ!!』』


沈黙が流れた。


勇の放った弾丸は荒川の心臓部よりわずか外れた右肩下に命中していた。

勇はゆっくりと自分の胸を見つめる。

――心臓を貫いていた。

「五十嵐アウト!!」

「畜生ッ!!なんだよこんなもん!」

後ろの隊員が叫び、勇は胸に張り付けてあった『的』であるA4の紙を引っぺがした。

「日頃射撃訓練に励んでいればこんなことにはならなかったはずだ」

荒川は勇を見据えながら大手おもちゃ会社製の大型水鉄砲「SUPER SHOT!」をくるくると回転させた。

「一人の下等防衛員に4人でかかってくるとか卑怯にもほどがあります!」

「うるさい!その写真を見てるとイライラすんだ!」

荒川は勇が引っぺがしたA4の的を指差した。

それは30分ほど前の話である。


資料を持った滝浦隊長が集合をかけ、全員が集っていた。

「今回はこれを使って訓練をしてもらう」

滝浦は、資料と思われていた紙の一枚をこちらに見せた。

それは紛れもなく、A4サイズに拡大コピーされた荒川の顔写真だった。

荒川は「どこから拾ってきた」という顔をし、隊員たちはクスクスと笑った。

もっとも、勇の場合はクスクスではなくゲラゲラだったが。

「お前、あとで殺されるよ」という川島のつぶやきは、もちろん勇の耳には届いていない。

「荒川ちょっと前でろ」

滝浦に指名され、渋々といった様子で荒川は前へ出た。

滝浦はテープを取り出すとそれをA4の紙に張り付け、そして荒川の胸へぺたりと張った。

荒川の胸に荒川の拡大顔写真。どちらもムッとした表情はまるっきり同じ。

ついに勇の笑いのゲージは限界に達した。

それを発端に、ダムが決壊した隊員たちが爆笑し、荒川は勇を睨みつけた。――が、届くはずもない。


そして、山の中でサバイバルゲームが行われた、というわけである。

「大体こんなもので狙えるかってんです!!」

勇は100均製、6歳児以下対象の拳銃型水鉄砲「みずみずバンバン」を投げ捨てた。

「俺なら狙えたな」

「自慢かそれは!!」

もともと、「動く敵への射撃訓練」と称して行われたこのゲームはただの遊びとしかとらえようがない。

大体、水鉄砲とシピア弾とでは全く訳が違う。


二人がガミガミやっているところに、全体無線が入った。

『総員に告ぐ!只今統括交番より妖魔の群れが接近しているとの情報が入った!

 直ちに交番正面玄関へ集合せよ!繰り返す、正面玄関に集合せよ!』

勇と荒川は顔を見合わせた。


「うぉ……」

正面玄関まで戻ってきた後、勇は絶句した。

今まで山の中にいたためわからなかったものの、降りてみるとその山頂から

黒い影が雪崩のように降りてくるのが見えた。

――妖魔の群れだ。

「各自持ち場につけ!フォーメーションについては各組の高階級の者に委ねる。

 ただし!接近して攻撃を行う場合は必ず周りを見ろ!以上!」

ルティアが命令したのち、滝浦は何やらレシーバーを取り出した。

きっと上蔵に応援要請をしているのだろう。

「来るぞ…」

川島はつぶやいた。まるで、誰もいないトンネルに反響する風のような地鳴りが聞こえる。

「川島さん、五十嵐さん、行きましょう」

「「了解!」」

ファレンの呼びかけに応えると、三人は地面に一直線に溝のようにできた塹壕にこもった。

静かな風が吹いた。

「僕と川島さんで左右を守ります。五十嵐さんは前へ行ってください」

「了解です」

資金の問題でシピア弾を大量に使用するわけには行かないため、弾幕を張るなどという作戦は不可能だ。

よって一発一発正確に狙う狙撃手と、前線で妖魔を薙ぎ払う近接型が必要になる。

今回は五十嵐が後者を担当する。

「五十嵐」

塹壕からヒョイと前に飛び出した時、隣の荒川が何かを投げてきた。

慌てふためいてそれを受け取ると、ただの鉄の棒が二本。50cmほどの長さのそれは、冷たく、重い。

「何もないよりはましだ。首より上を狙え。一撃で仕留めるつもりにはなるな。追い返せ」

困惑した表情を読み取ったのか、荒川はそれだけ言うと前を見据えた。

いつの間にか地鳴りは強くなっていた。風と共に舞う砂埃、低い振動音。そして――


「さぁて、お出ましだぜ」

川島のライフルが後ろの塹壕から顔をのぞかせた。



                     *


『グルルアァァアアッ!!』

初めに突進してきたのは黒いウサギの集団だ。

脚力が尋常ではなく、一度跳ねただけで数メートルは余裕で飛んでくる。

しかし、勇の志が揺らぐことはなかった。

「バ カ め!俺は参照137を記念して今必殺技を考えたぜェ!!」

「理由が理由になってねぇ。てか数字微妙すぎだろ」

という川島のツッコミは放っておき、勇は両手に鉄棒を握りしめ、黒ウサギ軍団に突撃した。

「必殺!サンダートルネーーッド!!」

「そのネーミングセンスのなさは万博に出せるな」

「ば、万博!?ッ、じゃぁ、サンダーミキサー!!」

「…もういい」

「ヌゥアアァァァア!!」

勇は両腕を肩の高さまで水平に持ってくると、ダブル○リアットの要領でブンブンと鉄棒を振り回す。が、

「五十嵐お前こぼれてんぞ!!」

「えッ!?」

荒川の罵声にビクッと跳ねあがって後ろを振り返ると、ピョンピョコウサギがかけていた。

「肩の位置でぶん回してウサギにあたるかこのアホウ!!」

「サーセンッ!!!」

勇は叫ぶと、腰を落として、かけてくるウサギの頭を片っ端から叩いていった。

外してすり抜けた物は後ろのファレンと川島が丁寧に拾う。

身をかがめ、二本の鉄棒を持ってウサギをひたすらに叩くその様子は、もはや変態モグラたたきマンにしか見えない。

しかし、その甲斐もあり、見事第一群の黒ウサギを全滅させた。


「ゼェ、ハァ…次は、ゼェ、どいつだ…ハァ」

「息切れしすぎだ」

川島は後ろからつっこんだ。

「しかし、川島さんは銃の腕がありますね。もしかしたら僕より上手いかも」

隣のファレンが正直に驚いた様子で言った。

「とんでもないです。俺は俺のやるべきことがあるので」

川島はそれだけ言うと前を向いた。

「では、僕は前に出ます」

「え?」

立ち上がるファレンに、川島は驚きの表情を見せた。

ファレンはニコリと笑って立ち上がる。

「なんとなく不安ですから」

川島は苦笑するとまた前に向き直し、勇に小石を投げつけた。

「えでっ」

小石は勇の後頭部に命中し、勇はどうしたんだ、という風に辺りを見回した。

「鈍感なもんですから注意してください」

川島はそういって残弾を確認し始め、ファレンは「よっ」と、塹壕から抜け出した。

ウサギの身体が腐敗を始め、黒い粉が舞っていた。


『こちら上蔵。現在イディオット麓に待機中』

突然に入った上蔵からの入電に、ルティアはあわてることなく無線機を取り出した。

「こちらルティア。今第一群を清掃し終えたところだ。装備が整い次第すぐ上がってこい」

『装備はとっくに整ってる』

上蔵の苦笑い混じりの通電を最後に、無線機は音を発しなくなった。

ルティアはふーっと深いため息をついた。

「氷獣<<ひじゅう>>か…やっかいだな」


荒川はぴくっと鼻を動かした。

「どした?」

隣の井上が瞬時に荒川の表情を読み取る。

「冷気が……来てる」

荒川は遠くの木々が生い茂る森を見つめた。

井上は少しだけ首をかしげると笑った。

「そういう勘で、お前に勝てたことないもんね」

「ったりめーだ」

井上と荒川では根本的に――違う。

「んで、どういうの?」

井上は腕を組みながら聞いた。

荒川は分からん、と一蹴してから静かに呟いた。

「氷獣だ。それもかなり多い」

わずかながら感じる冷たい風。紛れもなく氷獣の発するものだ。

「わかってんじゃん」

井上は笑いながら肘で荒川を小突いた。


「うわ、なんかサブくなってきた」

勇はブルルッと身震いした。

「氷獣のようですね…結構厳しくなりそうです」

隣に並んだファレンが言った。

「え、なんでわかるんですか?てか氷獣って?」

「なんとなく、ですかね?」

ファレンが笑うと、後ろから川島が説明を加えた。

「氷獣。冷気を扱う獣で有名な妖魔だ。氷シピアの代表といっても言い過ぎじゃない。

 群れで生活することが多く、氷の洞窟を作ってコロニーを広げる。

 吐く息の温度を極端に下げられ、敵を凍死させる」

「こわっ」

勇は思わずつぶやく。隣のファレンが顔を上げた。

「来ます」




   

      ‐氷獣‐


「あ、雪…」

勇は空に手を差し伸べた。

煌々と照る太陽のもとで雪とは何事か。

「おい、来てるぞ」

えっ、と森の方を見つめる。…潜んでいる黒い影が見えた。

少しずつこちらへと向かってくる。氷獣の群れ。

『グルルア…』

群れの一匹が唸り声を上げた。おそらくリーダーなのだろうか。

それを合図に、ざっと50の氷獣たちは一気にこちらに走ってきた。

『ドドドドド』

鳴き声とも地響きとも聞こえる音が轟く。

「流星群ッ」

荒川の野太い声が響いた。

『ゴッ』

空中に無数の火球が現れ、それが地面めがけて急速に降下する。

「アウェイ…!」

勇は思わず叫んだ。

本来、シピアは体内から発するものなのだが、

自分から離れたところにシピアを放出することを『アウェイ』と呼ぶ。いわゆる遠距離攻撃だ。

普通、消耗するシピアの量は二倍近くなり、使えるようになるには熟練を要する。

『グハッ』

火球が一匹に命中し、後ろに倒れこんだ。

一見、適当に撃っているように見えるが、外している火球は一つもない。

「僕たちも負けてはいられないようですね」

ファレンは腕を引くと、手首から青い炎を発した。

「!…蒼い…」

勇は自分の置かれている状況を忘れてつぶやいた。

ファレンはにっこりと笑う。

「ありがとうございます」

『グルルルアァッ』

ファレンが言い終わるかどうかの瞬間、一匹が思いっきり飛び上がり、こちらに飛びかかってきた。

「焔壁!」

ファレンは両腕から渦巻く蒼炎を放射すると、それは氷獣に当たり、そこからバリアのように平たく分散した。


跳ね返された氷獣はドテっと地面に落ちると動かなくなった。

「すげぇ…」

勇は素直に感心した。しかし、いつまでも見ているだけ訳にはいかない。

「っし俺も…!」

勇は二本の鉄棒を両手に構えて突進した。

一匹の氷獣が勇の姿を見るや否やこちらに向かって突っ込んでくる。

勇は体をくるりと入れ替え、横を向いた。

「雷鎚<<クラッシュ>>ッ!!!」

右手を肩の後ろまで引っ張って思いっきり棒の先端を氷獣の顔面に突き刺した。

『ゴフッ!』

青白い火花と共に氷獣の顔面が歪む。

大きく後ろに後退すると、バランスを崩してぱたりと倒れた。

「やるじゃないですか」

ファレンはそういうと笑った。

勇はぐっとマッチョのポーズをとると決め台詞を言った。

「まだまだこれrkあn……噛んだ!!」


「なに無口になってんの」

「いつものことだ」

妖魔の鳴き声と銃撃音で埋め尽くされる背景とは全くかけ離れた笑顔で問いただしてきた井上を、荒川は一蹴した。

と、いうのもアウェイを何度も使っていては集中力の途切れ=シピアの流出ストップにつながる。

簡単に言えば、死にかけで、切ったら次つくかどうかわからないようなエンジンと同じだ。

それ以上負荷をかけると、戦闘員が皆首から下げているストッパーでシピアは一切出なくなる。

この状況下でのそれは、班長として認められない。

「なんか感じるか」

腕に炎をまとい、氷獣に殴りかかろうとしていた荒川は制止した。

それを見た井上はさらに問いただす。

「やっぱなんかあるの」

「知らん」

ゴッという鈍い音と共に、目の前の氷獣が吹っ飛ぶ。が、すぐにまた起き上がった。

「弱いねー」

と、クスクス笑う井上はといえば塹壕の中で通信係である。

といっても、この場で井上に力を解き放たれてはそれはそれで問題なのだが。

辺りが片付いたところで荒川は塹壕に向かって歩き出した。

「交代だ」

塹壕に飛び降りながら、井上の隣で待機していた同期にバトンタッチする。

「反応が強い。それなりの力を持った妖魔かあるいは…」

『ドドドドドドドドドド――――――――』

「!」

地震とともに、パラパラと壁から砂がこぼれ落ちた。瞬時に身をかがめる。

にも関わらず、井上は表情一つ変えずに荒川に尋ねた。

「なに?」

荒川は内心ため息つきながらも、頭を回した。

「……地シピア…か?」


「うがががががっ!」

勇はバランスを崩し、そのまま地面に尻餅をついた。

「っ…今度はなんだ?」

川島も姿勢を低くして辺りを見回す。

「わかりませんが…下から来ているような気がします」

「……下?」

勇は自分の座っている地面を見つめた。と――

『ズグオォッ!!』

「!!」

激しい爆発音と共に、目の前の土から円錐型のドリルのようなものが突出してきた。

やがて振動はやみ、辺りには緊張が張り詰めた。

、、

そして砂埃がやみ、静かにそれは姿を現した。


 

      -土壊竜-


「わぁお」

勇のつぶやきは、意外にも当たりに響き渡った。

土埃から顔をのぞかせたその妖魔は、全身が岩石質の甲殻で覆われており、全体的に太り気味だ。

尻尾の表面には、これも岩石様のトゲ状のものが無数についている。

息を荒げているわけでもなく、これまた穏やかな目つきだ。とてもこの堅い岩盤を突き破ってきたとは思えない。

『…イディオゴン、別名土壊竜』

滝浦の無線が入った。とうに応援要請をしてはいるがまだ到着の報告はない。

辺りには沈黙が流れる。

『一見穏やかに見えるが、「イディオットの守り神」とまで謳われる妖魔だ。

 低く見積もってもレベル5、もしくはそれ以上だ。こっちからは攻撃を仕掛けるな、そのうち横槍が入る』

イディオットの守り神…

勇は心の中でつぶやいた。なるほど、そういわれてみればそんな顔立ちだ。

しかし低くてレベル5。心して掛からなくては敵うものではない。しかし横槍とはなんなのか。

と、考えを張り巡らせた瞬間、

『ギヤァァァアッ!!』

「「「!!」」」」

ふと横を見やると、吹っ飛ばされた氷獣たちが怒りをあらわにしてイディオゴンに威嚇していた。

残っている個体は目算で10体。それぞれがイディオゴンを囲むようにしてその場を動かない。

『ギャアアア!!』

一匹が叫ぶと、それを合図に氷獣たちは一斉にイディオゴンにとびかかった。が――

ポテッという音と共に、氷獣たちは分厚い甲殻に頭をぶつけ、そのまま気絶したように次々と地面に倒れた。

再び沈黙が流れる。と、

『ドシュッ!!』

倒れていた一匹の氷獣の下から、ドリル状の土が地面を突き破って現れた。

その勢いで、氷獣は空高く舞い上がり、次落ちてきたときには虫の息だった。

「まずいな…」

川島が後ろでつぶやく。

チャッとライフル型シピア銃を構え、イディオゴンに向ける。

『ドッ』

「うわぁぁあ!」

「なっ!!」

一人の隊員足元から、同じような土塊が出てくると、その衝撃で隊員が横に吹っ飛ばされた。

が、着地点からさらに同じ攻撃が繰り出され、隊員は土壊の上に落ちると、ズザザっと落ちてきた。

『攻撃開始ッ!』

滝浦の怒鳴るような声と共に、一斉に銃撃音が響き渡った。

『銃撃やめ!敵は厚い甲殻に覆われている!

 どうにかしてひっくり返して腹部に集中攻撃しろ!死んでもこの先に行かせるな!!』

死んでも、というのは比喩か本気か。そんなことはどうでもいい。

勇は鉄棒にバチッと電気を流すとイディオゴンに突進した。


「とっとと転べぇえ!!!」


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