花火大会2
「わー!綺麗!」
「結構見えますね!けど、良かったんですか?」
結局人混み素人の私たちは、打ち上げ会場よりかなり離れた公園で、遠くに建物の隙間に見える花火を見ていた。
「全然大丈夫!ちゃんと見えるし!あ、今のたぶん柳ってやつ!見ました?!シャーって下に落ちるやつ」
「確かに、柳の木に似てますね。」
少しでも見やすいように、2人して幼児用のツリーハウスに登ってみているのでとても狭いけれど、秘密基地から見てるみたいで楽しかった。
「でもよく考えたら、私に付き合わせて、時量さんの初の花火大会まで、しょぼい経験にしちゃった…。ごめんね。」
「?…これってしょぼいんですか?楽しいですけど。あ、一粒さん、また上がりましたよ。」
ドォン、と遠くの夜空に光の華が咲く。
何個も
何個も
華が咲く。
「あー、さっきの最後だったのかなぁ」
音がやんで、夜空が静かな闇に戻っていく。
時量さんはまだ花火の余韻が抜けないのか、暗くなった夜空に視線を向けたまま黙っていた。
私も何となく暗闇に目を向けると、何も見えない虚空しかない。
それなのに、私には見えない何かが、時量さんを覗いているような、妙な焦りを覚えて、私は時量さんの袖を引っ張った。
「時量さん、もしもの話だけど。」
「…?」
「もしも、今みたいに花火を見にきてるのが、私たちが子供の時だったらさ…」
幼い二人が、こっそり家を出て
誰にも見つからないように、この公園に集まって
二人で建物の隙間から見える花火を見て
目を丸くして、顔を寄せ合って笑い合う
誰にも秘密で
神様にも秘密で
「今よりもっとドキドキしてたかもね!」
暗くて、時量さんがどんな顔をしているかは見えないけど、フッと少し笑ったような吐息だけが聞こえる。
「今も十分、ドキドキしてますけどね。」
私は自分の胸に手を当ててみる。
すると、腕時計の針が思ってた時間よりも先を示していた。
「あ!やばい!遅くなっちゃった!帰ろう!」
「そうですね。」
帰りの駅は、同じように花火大会の帰路につく人混みでごった返していた。
私は圧倒される時量さんを引っ張って、なんとか辿り着いたホームで、電車を待ちつつスマホでお母さんに"今から帰るけどすごい混んでるから遅れるかも"とメッセージを送る。
「あ、忘れていました。」
時量さんが腰につけていたポーチの中に手を入れてゴソゴソと何かを探している。
ちなみにポーチは園芸用で、今日は時量さんは切符で電車に乗っている。普段はおじいちゃんと車移動のため、今日まで時量さんがカバンもPASMOも持っていないことに気付いていなかった。
切符無くしちゃったのかな?と見守っていると。くしゃくしゃの紙クズを取り出した。
「意外とズボラだね、時量さん。」
「そうですかね?」
と言いながら、紙屑を私に差し出した。
「いやいや、別に確かめないよゴミは。」
「違いますよ。あ、こういうのは綺麗な千代紙とかで包むべきだったのか…。」
そう言いながら、わたしが受け取らないのを諦めた時量さんが、自ら紙包みを広げると、中から手のひらに収まるほどの小さな砂時計が出てきた。
普通の砂時計をそのまま縮小したみたいに、小さいのにきちんとあの瓢箪状のなめらかな形で、ガラスの中には茶色い砂状のものが入っている。
細い革紐が付いていて、ネックレスのようになっている。
時量さんは取り出したそれを当たり前のように向かい合う私の首にかけた。
「わぁ……すごい、これ、小さいのに、細か…!…ん?これ、」
ペンダントトップにあたる、砂時計の部分を手に取って、よく観察するように自分の目の前に持ち上げる。
飾りとして付いている、マットな黒いビーズに既視感がある。
「あ!これ、ムクロジの実だ!…え?じゃあこれ、うそ!」
「御神木の切り倒した部分をもらって作ってみました。もう効果はないかもしれませんが、一粒さんが持っていてください。」
「…作ったの?すごい!どうやって?!」
「基本は一緒ですよ。ガラス管でガラス部分を作って。中身は木粉に乾燥剤を混ぜたものなので、時間は全く正確に測れないので、砂時計とは言えないかもしれませんね。」
「え?いつ?!うちで?!」
「ガラス部分は材料とバーナーがいるので、時間屋で。あとは久谷家の裏庭の作業場で。」
「全然気づかなかった…。」
繁々と眺めているうちに、ふと気になったことを聞いてみる。
私の首に掛けてくれたってことは
「え、これって、私、もらっていいんですか?」
「あ、はい。よかったら、もらってください。あのムクロジは雷に打たれても、まだちゃんと生きている。まだきっと一粒さんを守ってくれますよ。」
「わぁ!…あ、でも私、誕生日でもなんでもないのに。」
「誕生日いつなんですか?」
「2月29日」
「閏年ですか。」
ちょっと驚かれる。まぁ、珍しいよね。
「4年に1回しかこないし、カレンダーから数字が一粒溢れたみたいだから、それもあってん一粒って名前にしたんだって。なんだかさー。」
誕生日まで、はみでものの日って内心少し自虐的な気持ちでいたら。
「でも、世界のズレを正す一粒ですよ」
「へ?」
びっくりして時量さんを見る。
びっくりした私の顔を今度は時量さんが、何事かと見返す。
(そんなん、誰も思わないよ。)
「…時量さんは、変なの。」
もう一度持ち上げて小さな砂時計を見る。
ひっくり返すと、普通の砂時計よりも軽そうに、ふんわりと、馴染み深い木の木粉だという砂が流れていく。
「…ありがとう。」
「私が、あげたくて作ったので。」
「そういえば、家族以外で、男の人からプレゼントもらったの、初めてかも。」
「そうですか…!」
何気なく記憶を探ってそんなことを言うと、何か時量さんの反応が…、花火の後でテンション高い?
「あれ?そんなことないかな?」
「…は?」
今度は声が低いような。私は『小学生の時…、いや、あれは違うか…』と一人で思い出して納得する。
ガタンガタン ガタンガタンと反対側の線路を電車が通過する。
「もう、______」
「え?」
「なんでもないです。」
時量さんは、それきり黙ってしまったので、私は小さな砂時計を何度もひっくり返して、流れ落ちる砂を眺めている。
ふと頭に浮かんできたことがあって、そのまま口にしていた。
「時量さんには、なんで運命の人が会いにこなかったんだろう。」
「運命の人?」
口にしてから「あ、」と口元を覆う。
これは言ってよかったのかな?
「こないだ、神、じゃなくて先代さんが言ってたから。時間屋には時がくると運命の女の人がきて、後継を産んでくれるって。」
「あぁ、そんなことを。」
時量さんはあまり興味がなさそうだった。自分の運命の人のことなのに。
「私が最後の時間屋だから、現れなかったのか、はたまた現れなかったから、最後の時間屋になったのか、まぁいずれにせよ現れないことこそが私の運命だったのでしょう。」
時量さんはあまりそのこと自体に疑問もないようで、それだけいうと電車の時刻表を見ていた。
「じゃあさ」
電車のアナウンスが流れる。
"特急電車が通過いたします。白線まで下がってお待ちください"
プルルルルルルルルルル
プアンと、ホームに木霊する警告音
「誰がその運命を決めたのかな。」
突風とともに、たくさんの通り過ぎる客を乗せた乗り物が、その姿も見えない速さで通り過ぎた。
何のために?




