月額990円の神様
その日、僕は命を懸けて、新技に臨んだ。
鈍臭い僕は、皆ができる技が上手くできない。しかも、協調性がなくて、コンビネーション技は無理だった。だから、月額990円の神様が付かず、仲間のおこぼれを拾い集めては、食い繋いできた。
ハムスター雑技団の仲間は、次々と新技やコンビネーション技を習得して、たくさんの神様のサポートを受けていた。優しい彼らは、神様の付かない僕を憐れんで、おこぼれをくれた。
月額990円は、僕たちが死なない程度に食事ができる金額なのだが、生きていく上で、その他もろもろの諸経費が掛かる。オーナーは、六か月毎に生殺与奪の判定を行い、使えない団員を排除していた。
月額990円の神様希望の人達が、僕たちのステージをぐるりと取り囲む中、髭もじゃのオーナーが、顔を近付ける。
「さぁ、生き残りたかったら、新技をやって見せろ」
僕は回し車の外側に後ろ足で立つと、前足で回し始める。
キュキュキュキュ、カラカラカラカラ
回し車が軽い音を立てて回り始めた。
「コンビネーション!」
オーナーの掛け声で仲間が、回し車の内側に乗り込む。一匹、二匹、三匹。
ああ、これだ。コンビネーション。やればできるじゃないか。嬉しくなって、一生懸命、回し車を回した。
もっと、速く。
もっと、もっと、もっと……。
キュキュキュキュ、カラカラカラカラ
夢中になって回す。
仲間の爪が滑る音、小さな悲鳴が聴こえた。
「あっ、危ない!」
客の誰かが叫ぶ。
その時、目の前を何かが次々に過ぎって消え、回し車は急に軽くなった。激しく振動する回し車に体が揺さぶられ、前足の力をうまく伝えられない。
「やめろ!」
オーナーの怒鳴り声が響き、僕は我に返って回すのをやめたが、勢いのついた回し車はすぐには止まらなかった。
加速し過ぎた回し車の中で、三匹は速度について行けず、遠心力で飛ばされた。ステージの端でぐったりと横たわっていた。
「お前、一体、何をしてくれるんだ! 自分の飯代を稼ぐこともできないくせに、稼ぎ頭の仲間に怪我をさせるとは」
頭に「殺処分」という単語が浮かんだ。
僕は、目をショボショボし、小さな体を更に小さくして、縮こまった。
オーナーの毛むくじゃらな手が伸びて、僕の首根っこを掴む。体が硬直し、気が遠くなった。
月額990円の神様を見つけられなかった僕は、所詮こうなる運命だったのだ。
両親みたいに。
僕が呆然としていると、女性の声がした。
「あ……、あ、あの……」
オーナーは「ああん?」と胡乱気に女性に顔を向ける。
まるで、自分を隠すみたいに全身黒ずくめの女性の客が、おずおずと一歩前に進み出た。黒いパーカーに黒いロングスカート。黒いマスクとサングラス。隠そうとして、その実、目立っている。胸の前で握る両手が震えていた。
「あ、あの、その子を引き取りたいのですが」
もったりとした、不明瞭な話し方だ。
「えっ? これですか? 神様の付かない鈍臭い奴ですよ。こいつは処分します。決まりなんで」
「どんな、もの好きなんだ。あんな鈍臭い奴を引き取るって」
他の客の声も聞こえる。
黒いパーカーの女性は、近付き、オーナーに掴まれた僕を優しく撫でた。
「わ……、私も、人と上手く、協調できないんです。だ、だから、この子の鈍臭さが、なんだか、自分みたいに思えて……」
オーナーは呆れたように鼻を鳴らす。
「月額じゃなくて、買い取りで」
財布を握り締める女性を見つめるオーナー。少しの間があった。
「どうせ、処分する奴だからな」
オーナーは、ボソッと言って、僕を女性の手に押し付けた
月額990円の神様は、結局、見つからなかった。でも、僕の前に現れたのは、もっとずっと素敵なものだった。
黒ずくめの女性は、自宅に戻ると、マスクとサングラスを外して微笑んだ。
「私もね、皆と同じように出来ないの。あなたと、似た者同士ね」
ゆったりとした話し方が、何だか心地良い。新しい家で、彼女は僕の住空間を整えてくれた。あの回し車もある。
僕は、回し車を回してみた。
「無理して速く回さなくて良いのよ。誰かのペースじゃなくて、自分のペースで良いの」
自身に言い聞かせるように言いながら、僕を撫ぜる。
僕は彼女のゆっくりした話し方に合わせて、回し車を回す。それは僕のペースでもあった。
キュ……キュ……と、穏やかな音が部屋に響く。
彼女はソファに座り、僕を見ながら微笑んだ。
「上手だよ。私のペースに合わせてくれるなんて、……最高のコンビネーション技だね」
僕は目をショボショボさせながら思う。
鈍臭いお父さんと、協調性の無かったお母さんの息子は、ようやく、自分に合った技を見つけた。
それは、誰かをふっと飛ばす速さではなく、誰かと一緒にいるための、ゆっくりとしたペースの技だった。
鈍臭い僕と彼女は、一緒に暮らしている。
やっと、自分の居場所を見つけた。
温かな彼女の手の中で、僕はうっとりと目を細めた。
了




