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月額990円の神様

作者: 時輪めぐる
掲載日:2026/09/27

 その日、僕は命を懸けて、新技に臨んだ。

 鈍臭い僕は、皆ができる技が上手くできない。しかも、協調性がなくて、コンビネーション技は無理だった。だから、月額990円の神様(サポーター)が付かず、仲間のおこぼれを拾い集めては、食い繋いできた。

 ハムスター雑技団の仲間は、次々と新技やコンビネーション技を習得して、たくさんの神様のサポートを受けていた。優しい彼らは、神様の付かない僕を憐れんで、おこぼれをくれた。


 月額990円は、僕たちが死なない程度に食事ができる金額なのだが、生きていく上で、その他もろもろの諸経費が掛かる。オーナーは、六か月毎に生殺与奪の判定を行い、使えない団員を排除していた。

 月額990円の神様希望の人達が、僕たちのステージをぐるりと取り囲む中、髭もじゃのオーナーが、顔を近付ける。

「さぁ、生き残りたかったら、新技をやって見せろ」

 僕は回し車の外側に後ろ足で立つと、前足で回し始める。

 キュキュキュキュ、カラカラカラカラ

 回し車が軽い音を立てて回り始めた。


「コンビネーション!」

 オーナーの掛け声で仲間が、回し車の内側に乗り込む。一匹、二匹、三匹。

 ああ、これだ。コンビネーション。やればできるじゃないか。嬉しくなって、一生懸命、回し車を回した。

 もっと、速く。

 もっと、もっと、もっと……。

 キュキュキュキュ、カラカラカラカラ

 夢中になって回す。

 仲間の爪が滑る音、小さな悲鳴が聴こえた。

「あっ、危ない!」

 客の誰かが叫ぶ。

 その時、目の前を何かが次々に過ぎって消え、回し車は急に軽くなった。激しく振動する回し車に体が揺さぶられ、前足の力をうまく伝えられない。

「やめろ!」

 オーナーの怒鳴り声が響き、僕は我に返って回すのをやめたが、勢いのついた回し車はすぐには止まらなかった。

 加速し過ぎた回し車の中で、三匹は速度について行けず、遠心力で飛ばされた。ステージの端でぐったりと横たわっていた。

「お前、一体、何をしてくれるんだ! 自分の飯代を稼ぐこともできないくせに、稼ぎ頭の仲間に怪我をさせるとは」

 頭に「殺処分」という単語が浮かんだ。

 僕は、目をショボショボし、小さな体を更に小さくして、縮こまった。

 オーナーの毛むくじゃらな手が伸びて、僕の首根っこを掴む。体が硬直し、気が遠くなった。

 月額990円の神様を見つけられなかった僕は、所詮こうなる運命だったのだ。

 両親みたいに。


 僕が呆然としていると、女性の声がした。

「あ……、あ、あの……」

 オーナーは「ああん?」と胡乱気に女性に顔を向ける。

 まるで、自分を隠すみたいに全身黒ずくめの女性の客が、おずおずと一歩前に進み出た。黒いパーカーに黒いロングスカート。黒いマスクとサングラス。隠そうとして、その実、目立っている。胸の前で握る両手が震えていた。

「あ、あの、その子を引き取りたいのですが」

 もったりとした、不明瞭な話し方だ。

「えっ? これですか? 神様の付かない鈍臭い奴ですよ。こいつは処分します。決まりなんで」

「どんな、もの好きなんだ。あんな鈍臭い奴を引き取るって」

 他の客の声も聞こえる。

 黒いパーカーの女性は、近付き、オーナーに掴まれた僕を優しく撫でた。

「わ……、私も、人と上手く、協調できないんです。だ、だから、この子の鈍臭さが、なんだか、自分みたいに思えて……」

 オーナーは呆れたように鼻を鳴らす。

「月額じゃなくて、買い取りで」

 財布を握り締める女性を見つめるオーナー。少しの間があった。

「どうせ、処分する奴だからな」

 オーナーは、ボソッと言って、僕を女性の手に押し付けた


 月額990円の神様は、結局、見つからなかった。でも、僕の前に現れたのは、もっとずっと素敵なものだった。

 黒ずくめの女性は、自宅に戻ると、マスクとサングラスを外して微笑んだ。

「私もね、皆と同じように出来ないの。あなたと、似た者同士ね」

 ゆったりとした話し方が、何だか心地良い。新しい家で、彼女は僕の住空間を整えてくれた。あの回し車もある。

 僕は、回し車を回してみた。

「無理して速く回さなくて良いのよ。誰かのペースじゃなくて、自分のペースで良いの」

 自身に言い聞かせるように言いながら、僕を撫ぜる。

 僕は彼女のゆっくりした話し方に合わせて、回し車を回す。それは僕のペースでもあった。

 キュ……キュ……と、穏やかな音が部屋に響く。

 彼女はソファに座り、僕を見ながら微笑んだ。

「上手だよ。私のペースに合わせてくれるなんて、……最高のコンビネーション技だね」

 僕は目をショボショボさせながら思う。

 鈍臭いお父さんと、協調性の無かったお母さんの息子は、ようやく、自分に合った技を見つけた。

 それは、誰かをふっと飛ばす速さではなく、誰かと一緒にいるための、ゆっくりとしたペースの技だった。

 鈍臭い僕と彼女は、一緒に暮らしている。

 やっと、自分の居場所を見つけた。

 温かな彼女の手の中で、僕はうっとりと目を細めた。




 了



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― 新着の感想 ―
ハム飼っていたことがあります。 たしかに鈍臭い子もいたなぁって思い出しました。 いい飼い主さんに出会えてよかったなぁって思いながら読み終えました(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)
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