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メトシェラ  作者: 齋藤生麗羽
第一章
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プロローグ

 ふわり、ふわり。

 淡く小さな光の雫が、いくつも夜空に攫われていく。揺蕩いながら、あるいは旋回するように上昇してゆく光の粒に照らされて、国の象徴「イスティア」の姿が、幻想的に浮かび上がっていた。枝葉を広げたその下に、王城すらも包み込んでしまえるその大樹は、雪化粧と奉納されるマナに彩られ、まさしく神樹の名に相応しい神々しさだった。

 ふわり、ふわり。

 またひとつ、光の粒になったマナがその葉に触れては、ふつりと消えた。


 ヨール祭。一年に一度のこの神事の晩から、すべてが始まった。




 メトシェラ歴四千八百五十六年、十一月(テアロハ)五十二日。この日は、イスティア王国で最も重用な神事の日だった。国を挙げての祭事であり、一年を締めくくる祝いの日でもあるヨール祭は、イスティア王国の王族にとっては何をおいても優先しなければならない日だ。他国に滞在していてもこの日に間に合うよう帰国することを、出立前に毎度誓わされるほどである。第二王子であるルーブリルムも例にもれず、毎年冬の終わりに「留学」しては年末の一大行事であるヨール祭のために帰国するのが、ここ数年の習慣になっていた。

 神事を終え自室にて一息ついたルーブリルムが、晩餐会のため丁度着替えた時だった。

 眩い光が突然窓から差し込み、部屋が、空が、真昼のように強く照らされる。咄嗟に目を庇わなければ、しばらく物が見えなくなっていただろう。強烈な光源は、神樹「イスティア」の方角から齎されたようだった。間違いなく、十七年生きてきた中で初めて遭遇する、「イスティア」の異常事態だった。

 神事に不備があったか、あるいは失敗したのか。いずれにせよ火急で「イスティア」の状態を確かめなければならない。

 慣れてきたのか、目を眇めていれば多少は眩しさに耐えられるようになった。依然空は明るく、刺すような白光に世界は曝されていたが、「イスティア」の許に向かうべく部屋の扉へと駆ける。ルーブリルムが廊下へと飛び出したその瞬間、近くまで来ていた人影に呼びかけられた。

「リル!」

 息を乱して走り寄ってきたのは、兄であり王太子であるルーヴィルセム・スナイ・メルセスティアだった。その後ろには、ルーブリルムの従者であるロキ・ヴァーナンシュボリと、リィフィム・ラファイエットが追従している。

「兄上! いったい何があったのですか⁉」

「時間がない。今はとにかく、俺についてこい!」

 そう言いおいて、兄はすぐさま来た道を引き返して走り出した。状況が呑み込めず、ロキとリィフィムに視線で説明を求めるが、揃って首を横に振られる。どうやら二人も多くは知らないらしい。

「早くしろ!」

 既に階段の踊り場まで辿り着いていた兄が廊下の端から叫ぶ。常に飄々として滅多に余裕を無くすことがないルーヴィルセムが険しい表情を見せているだけでも、緊迫した状況であることが伺えた。

 状況把握を一旦脇に置くことにしたルーブリルムたちは、兄を追い王城の階段を駆け下りる。王城には隠し通路や隠し部屋も多数あるが、ルーブリルムでも知らないそれらをいくつも使い、兄は徐々に地下へと向かっているようだった。十分ほど走っただろうか。巧妙に隠された質素な地下室の、絨毯をずらして現れた隠し階段を下った先で、ようやく兄は足を止めた。

 古びてはいるが、よく手入れされている豪奢な両開きの扉の前で、兄がこちらを向き直る。

「事態をよく知っている人物に後で追わせる。だからお前は、今すぐ国を出ろ」

「は? 国を出るってどういうことですか」

 想像だにしなかったことを告げられ、思わず問い返していた。もしかしなくても、兄は逃げろと言っているのだろうか。

「ここにいたら巻き込まれる。ただでさえ足りない人手を失うわけにはいかない。だから一度、国外に出てもらう必要がある」

「何、言ってるんですか……? イスティアが危険に曝されているということですか⁉」

「端的に言うとそうなるか。まぁこれ以上の危機が国と言わず迫っていることだけは確かだ」

 兄の言葉が、何を指しているのか、何が起こっているのか、まるで理解できなかった。ロキとリィフィムも困惑を露にしながら兄の話を聞いている。

「いいか、リル」

 兄がルーブリルムの両肩を力強く掴む。ルーブリルムよりも少し高い目線を合わせ、諭すように兄は続けた。

「俺と父上は手が離せなくなる。母上も同じだ。——だから、()()お前に託す」

 音が消えたような心地がした。それほどの、予期しない言葉に衝撃を受ける。

 手が離せなくなるとは、どういうことなのだろう。父や兄はこの場を離れないのだろうか。

 ——危険が迫っているのに?

 当然だ。如何にその身が危ぶまれる状況だろうと、絶望的な局面であろうと、王と王太子が国を空けるはずがない。王城を離れ、国を、国民を捨てるようなことはしない。そういうものだ。己の父が、兄が、誇りを穢すような愚かな行為をしようはずもない。

 兄の腕がそっと離れていくのを、縋るように手が追いかけた。そんなルーブリルムの姿に兄は微笑して、柔らかく頭を撫でてくれる。そして軽くなった肩に、どこから取り出したのか膝まである丈の長い、赤い縁取りがされた真っ白なローブを羽織らせた。

「これは餞別な。『鷲の羽衣』……の、レプリカだ」

 上手く使えよ、と先ほどまでとは打って変わった悪い顔をして、兄がニヤリと笑う。そのローブの名を聞いて、ルーブリルムは目を剥いた。

「は⁉ 国宝じゃないですか‼ レプリカ⁉」

「いやーこれ便利だろ? 大量生産して売ったら金になる、というか世界がひっくり返るかなと思って作ってみたんだが、父上にガチギレされておじゃんになった。から、やる」

「何やってんだあんた‼」

 破天荒が過ぎる、この王太子。

 途端に湿っぽい空気が霧散した。ロキが耐えられないと言わんばかりに吹き出し、次いで笑い転げる。真面目なリィフィムは今にも倒れそうな顔色で放心していた。

 お前の反応が普通だよ。

 常識人な己の従者を見てルーブリルムは独り言ちる。安心したからである。ロキについては何も言うまい。

「使い方は分かるな」

 兄がローブの襟元で飾り紐を結わえてくれる。従者たちの反応を面白がっているのか、兄のにやけ笑いは引っ込まなかったが、問うた声音は真剣だった。

「もちろん」

「よし。あとはそうだ、これも渡しておく」

 兄が懐から取り出したのは、見覚えのない蝋で封がされた何の変哲もない白い封筒だった。差出人の名前はなく、表に宛名だけが記されている。

「もし困ったら、ハシャの旅商人、シルハハという男を頼れ。きっと、助けてくれる」

 含みがある、まるで自分に言い聞かせているかのような声色だった。あまり自信がないようで不安そうではあったが、その瞳には一抹の寂寥感と、そして覚悟が宿っていた。

 無言で受け取ったルーブリルムに満足げに頷いて、兄は古い扉を振り返る。

「よし。じゃあもう、行け」

 扉の先には、国外まで続く抜け道があるのだと思っていた。だが、違った。兄が両開きの扉の金具に手をかけ引くと、薄青い光がほの暗い地下通路に漏れ出した。扉の先は小部屋のようで、縦にも横にも人がようやく三人並べる程度の幅しかなく、奥行きはない。個室というよりも穴という形容が正しいだろうか。床には見たことがないルーン文字がひとつ、大きく記されおり、発光している。

「これは……?」

 不意に今しがた降りてきた階段の上が騒がしくなった。階段を下る足音が数人分と、内容は分からないが話声も聞こえてくる。他にも、同じ方法を使って脱出させようとしているのだろう。

後ろが閊えていると急かし、戸惑うルーブリルムたちの手を引いて、兄が見慣れないルーンの上に三人を導く。

「行先は、行けば分かる。話を聞くに、たぶん次はそこだ。だから、彼らにも手伝ってもらえ」

 ちゃんと、送るから。

 囁くように続けられた一言は、うまく聴き取れなかった。

「え……? いや、これってまさか……」

 嫌な予感があった。この穴と言うべき小部屋に、明らかに効力を発揮している、魔法のルーン文字。そして、その上に乗る、自分たち。

 現代では絵空事とされている、失われた古代の魔法がふと頭を過った。

 小部屋の正体を察したロキが瞳を輝かせ、ルーブリルムとリィフィムは驚愕に息を呑む。

 そんな三人を差し置いて、兄が耳慣れない呪歌を唄い始める。何を言っても訊いても、もはや答えてくれることはなかった。呪歌が進むにつれ床に記されたルーンの輝きが増していき、ついに目を開けていられなくなった時、兄の唄声が止まる。

「姉上には簡単に知らせを出してある。詳しいことはお前から伝えろ。ラティアとエルと三人で、どうにか……癒してくれ。残された時間は少ない」

 頼んだぞ。

 その言葉を最後に、ルーブリルムの意識は途絶えた。


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