バグらせる支援職(バッファー)と、ランキングの壁
探索者ギルドの裏手にある、防音・防魔シールドが張られた訓練室。
そこへ、俺は雨宮しずくを連れ込んでいた。
「本当に……本当にいいんですか? 私のバフ、体が鉛みたいに重くなって、最悪三日は寝込みますよ?」
しずくは身の丈ほどある杖を抱きしめながら、涙目で俺を見上げている。
「構わない。むしろ、最近肩こりがひどくてな。強めのマッサージだと思って受けるから、全力で頼む」
「そんな、マッサージ感覚で……。もし倒れたら、すぐに救急車呼びますからね!」
俺がネクタイを緩めて準備運動をしていると、しずくがポツリとこぼした。
「……私、ずっと足手まといだったんです。探索者の『ランキング』って、純粋な戦闘力の測定値と、ダンジョンの踏破数、モンスターの撃破実績の総合ポイントで決まる仕組みなんですけど……」
「ああ、ニュースで見たことあるな。トップ層はアイドル並みに人気なんだろ?」
「はい。例えば今朝ロビーにいらした、S級3位の【魔女】神宮寺瑠衣様なんて、一人でA級ダンジョンをいくつも踏破する化け物……いえ、雲の上の存在です。それに比べて私は、パーティを組んでも私のバフのせいで攻略に失敗してばかり。撃破実績ゼロで、C級の最底辺……第89,210位です」
しずくは自嘲気味に笑った。
なるほど。ギルドのシステムは「結果(実績)」でしか評価しない。彼女の異常なポテンシャルは、結果を出せないが故に埋もれていたわけだ。
「まあ、ランキングなんて会社の営業成績みたいなもんだ。相性のいい取引先に出会えなかっただけさ。ほら、遠慮せずやってくれ」
俺が促すと、しずくは意を決したように息を吸い込み、杖を構えた。
「いきます……っ! 『エンチャント・ブースト』!!」
彼女が杖を振り下ろした瞬間。
ドシュゥゥゥゥッ!! と、凄まじい密度の黄金の魔力が、訓練室の空気を震わせて俺の体にまとわりついてきた。
「えっ……!?」
しずくが驚きの声を上げる。
普通なら、この魔法を浴びた人間は、体が異常な負荷に耐えきれず「重い!」と叫んで膝をつくはずだ。
だが俺は、首をコキッと鳴らして肩を回していた。
【対象から未解析の支援魔法を受けました】
【筋力・敏捷・魔力が一時的に『5000%(50倍)』上昇します】
【対象の器(レベル上限突破・無制限)により、魔力の『オーバーフロー(容量超過)』は発生しません】
「おおっ……! これ、すごいな。栄養ドリンク100本イッキ飲みしたみたいに力が湧いてくるぞ」
「う、嘘……っ!? 全然、平気なんですか!?」
しずくは信じられないものを見る目で俺を凝視している。俺の足元の影からピョコッと顔を出したクロ(妖狐)も、「すっごーい!」とばかりに尻尾を振っていた。
「よっと」
俺は軽く、目の前にあった『B級モンスター相当の硬度』を持つ訓練用ダミーに向かって、デコピンを放った。
――ドォォォォォォォォォォンッ!!!
鼓膜が破れそうな爆音と共に、超硬合金でできたダミー人形が粉微塵に吹き飛び、その衝撃波で訓練室の防魔ガラスにビキビキと亀裂が走った。
「ひぃっ!?」
しずくが腰を抜かしてへたり込む。
「なるほど、50倍のバフか。さすがに素手で殴ると、衝撃の反動で俺のスーツが破けそうだな……丈夫な『武器』が欲しくなる」
俺は破片まみれになった訓練室を見渡しながら、満足げに頷いた。
「あ、あの……朝倉さん、ですよね。なんで平気なんですか? 私の魔法は、みんな動けなくなるのに……」
「雨宮さん、君の魔法の本質は『能力の底上げ』じゃない。対象のキャパシティ(限界容量)を無視して、致死量の魔力を強制的にねじ込む『オーバーフロー(桁あふれ)』の引き金だ」
俺はへたり込んでいるしずくに手を差し伸べ、立たせてやった。
「水風船に、消防車の高圧ホースを突っ込むようなもんだ。普通の探索者は、自分の限界を超えた魔力を注ぎ込まれて、体内の魔力回路がショート(魔力酔い)を起こして動けなくなっていたんだよ。俺はちょっとばかり『限界(底)』がない体質だから、全部エネルギーとして吸収できただけだ」
「そ、そんな……。じゃあ、やっぱり私の魔法は、朝倉さん以外には迷惑をかけるだけの欠陥品……」
俯く彼女に、俺はニヤリと笑いかけた。
「勘違いしてるな。じゃあ、それを『敵のモンスター』にやったらどうなると思う?」
「え? 敵に、ですか? ……で、でも、もし相手がS級ダンジョンのボスみたいな、ものすごく強い(容量の大きい)モンスターだったら、そのまま強化されちゃうんじゃ……」
「いいや、ダンジョンのシステムに縛られている以上、どんな格上のバケモノにも必ず『レベルに応じた容量の上限(設定値)』が存在する。そこに君のバグみたいな魔力を強制的に叩き込んだらどうなるか」
俺はクロの影から、深淵で拾ってきた『アビス・ゴブリン(レベル1000相当)』の生きた個体を一匹、訓練室の床に放り出した。
『ギャァァァッ!!』
突然外に出されて暴れようとする凶悪なゴブリン。そのすさまじい殺気に、しずくが悲鳴を上げる。
「あいつに、全力でバフをかけてみろ」
「け、けど……っ!」
「いいから。俺がついてる」
しずくは震える手で杖を向け、目をギュッと瞑って魔法を放った。
「『エンチャント・ブースト』!!」
黄金の魔力が、アビス・ゴブリンの体を包み込む。
その瞬間だった。
『ギャ、ギィィィィィィィッ!?』
強化されたはずのゴブリンの体から、バチバチと赤い放電が走り始めた。
突如としてゴブリンは白目を剥き、地面にベチャッと這いつくばって痙攣し始める。ブチブチと筋肉が異常膨張し、自らの魔力に体が耐えきれずに内部崩壊を起こし始めたのだ。
「……え?」
しずくが目を見開く。
「分かるか? 相手がどれだけ格上のバケモノだろうと関係ない。君の魔法は、システムの設定値(限界)を強制的にパンクさせる『魔力暴走(内部破壊)』のデバフだ。水風船がどれだけデカくても、許容量の50倍の水を一気に叩き込まれれば、必ず破裂するのと同じ理屈さ」
つまり彼女は、ただの支援職ではない。
ダンジョンのシステム(法則)そのものをバグらせて、いかなる強敵をも機能不全に陥らせる【防御無視のジャマー】であり、なおかつ、俺という例外にだけは最強のバフをかけられる【専用サポーター】なのだ。
『ギ、ギギャァ……』
床に這いつくばって自滅していくレベル1000のゴブリンを見て、しずくは自分の杖と、ゴブリンを交互に見比べた。
「私……足手まといじゃ、ない……?」
「ああ。むしろ、ルールブレイカーなエース級だ。俺のソロ活動には、君のバグみたいな力が必要になる」
俺がそう告げると、しずくの目からポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
ずっと無能だと蔑まれてきた彼女が、初めて自分の存在価値(100点の使い方)を認められた瞬間だった。
「……よろしく頼むぞ、雨宮さん。残業代は弾むからさ」
「は、はいっ……! 私、朝倉さんのために、全力で頑張ります……っ!」
こうして俺は、アイテムを無限に運べる妖狐と、最強のバフ兼デバフ使いの少女という、会社なら即戦力間違いなしの最高のチームを手に入れたのだった。




