臨時株主総会と、利用規約の白紙撤回
アビスの最深部、創世神(CEO)の座す純白の社長室。
俺の体を貫いた三本の光の柱――アジア、ヨーロッパ、北米の各エリアから社員たちが送金してきた『世界システムの管轄権限』が、俺の胸の特異点で一つに融合し、ど黒いスパークを散らしていた。
『ば、馬鹿な……。末端のローカルサーバーの権限をかき集めた程度で、この私、システムそのものである創世神を上回るだと!?』
光の集合体であるCEOが、初めてその無機質な声に「焦燥」という明確な感情を滲ませた。
「チリも積もればなんとやら、だ。世界市場の過半数(51%)のシェアを奪い取った今、俺はこの世界のルールを決める【筆頭株主】になった」
俺は、漆黒の概念武装として蘇ったオーダースーツの袖をまくり上げ、首の骨を鳴らした。
奪われていた【EX:絶対経営権】が、完全に俺の支配下に戻ってきている。いや、それどころか、地球のシステム権限と統合されたことで、以前よりも遥かに凶悪なソースコードの改ざん能力を獲得していた。
『――認めん! 私は創世神だ! 私の定めたルールが絶対なのだ!!』
CEOが両手を高く掲げる。
『【SYSTEM_ROOT:強制アカウント凍結(BAN)】!! および、【全データへの不可逆的削除】!!』
アビスの空間そのものが、俺という存在を異物として認識し、四方八方から見えない圧縮プレス機のように襲いかかってきた。
物理的な回避は不可能。空間の座標ごと「無いもの」として処理しようとする、神の最高権限によるデリート攻撃だ。
「……無駄だ。そんな時代遅れの社内規定、今の俺にはもう通用しねぇよ」
俺は一歩、足を前に踏み出した。
ただそれだけで、俺を押し潰そうとしていた不可視の圧縮プレスの『概念』が、バキィィィンッとガラスのように砕け散った。
『な……っ!? 私の最高権限が、相殺された……!?』
「相殺じゃない。臨時株主総会における『否決』だ」
俺はニヤリと笑い、右手をCEOに向けてかざした。
「俺が過半数の株(権限)を持ってるんだ。お前がどんなに理不尽な利用規約を押し付けようが、株主の俺が『その議案には反対だ』と言えば、システムは実行を棄却する」
『き、貴様ぁぁぁっ……!!』
CEOが激昂し、光の腕を無数に分裂させ、星を砕くほどのエネルギー弾を雨霰のように撃ち出してきた。
「しずく! 役員の攻撃確率、計算できてるか!?」
俺が虚空に向かって叫ぶと、脳内に直接、アジアにいるはずの秘書の声が響いた。
『はい、社長! CEOの攻撃座標、および被弾確率を全て【0%】に監査・固定しました!』
「ルミ! 灰原! 道を作れ!」
『残業代、はずんでくださいね! 【EX:多元宇宙の配置転換】! 弾幕の存在しない未来をデプロイします!』
『借金の限度額ならまだまだあります! 逸れた弾は全部僕が【リボ払い】で吸収しますから、そのまま突っ込んでください!!』
俺の周囲に迫る無数の光弾が、しずくのバフによって悉く命中判定を失い、ルミの空間ハックによって軌道を捻じ曲げられ、それでも防ぎきれない余波は、地球の裏側にいる灰原の口座(ダメージ蓄積)へと直接送られていく。
「リチャード! バハムート!」
『北米の全システムリソース、社長の拳にターゲティング完了! ぶちかましてやれ!!』
『私の資産もくれてやるわ! さあ、派手に買い叩いてきなさい!!』
俺の右拳に、全社員の圧倒的なサポート(業務連携)による、膨大でど黒いエネルギーが収束していく。
一人で玉座にふんぞり返っているだけのCEOの攻撃など、俺たちの完璧なチームワーク(連携決済)の前では、一枚の紙切れほどの価値もなかった。
「これで終わりだ、ワンマン社長!!」
俺は光の弾幕を完全にすり抜け、CEOの真正面――ゼロ距離へと肉薄した。
『ヒィッ……!? ま、待て……! 【創業者特権】! ユーザーは管理者への攻撃を――』
「そのクソみたいな利用規約は……今この瞬間をもって、俺が【白紙撤回】した!!!」
ドゴォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!
俺の右拳が、CEOの顔面(光の集合体)を真正面から打ち抜いた。
今度は見えない壁に阻まれることはない。過半数の権限を持った俺の攻撃は「正当なシステム書き換え」として処理され、創世神の顔面を深々と陥没させた。
『ガ、アアアアアアアアアアァァァァァァッッッ!!!?』
アビスが誕生して以来、初めて創世神が苦痛の絶叫を上げた。
光の体が大きく弾け飛び、黄金の玉座ごと後方へ吹き飛ばされる。
俺の一撃は、物理的なダメージだけでなく、CEOの保持していたシステムへのアクセス権を根こそぎ破壊し、その存在そのものをバグらせていた。
「……ハァッ。どうだ? 自分の作ったルールが通用しなくなった気分は」
俺は拳の熱を冷ますように息を吐き、玉座の残骸に埋もれて痙攣する光の神を見下ろした。
勝負はついた。俺の絶対経営権が、システムの深奥まで完全に浸透しているのがわかる。
だが。
「……ん?」
玉座の瓦礫の中で、半分以上削り取られた光の体を震わせながら、CEOが不気味な笑い声を上げ始めたのだ。
『……ハ、ハハハハハ……!! 愚かな、愚かなバグどもめ……!!』
CEOの周囲の空間が、突如として真っ赤な「WARNING(警告)」の文字で埋め尽くされていく。
アビス全体が、サイレンのようなけたたましい警報音に包まれた。
『私からシステム権限を奪い、私を倒せば全て終わると思ったか……? 否だ! 私はシステムそのもの! 私の消滅は、すなわちこの宇宙のローカルサーバー(地球)そのものの【初期化】を意味する!!』
「……なんだと?」
『これより、最終防衛プロトコルを起動する! 地球という市場ごと、貴様ら全員を物理的にフォーマット(計画倒産)してやる!! 一緒に消え去るがいい!!』
CEOの残骸から、かつてないほどの、星を丸ごと一つ消し飛ばす規模の破滅のエネルギーが膨れ上がり始めた。
最後の足掻き。システムそのものを巻き込んだ、究極の自爆へのカウントダウンが始まった。




