長期休業(昏睡)からの復帰と、倒産という名の絶望
深い、泥のような眠りから意識が浮上する。
目を開けると、見知らぬ白い天井があった。微かな消毒液の匂いが鼻を突く。
「……ここは」
体を起こすと、かつてないほどの軽さと、内側から底知れない力が満ち溢れているのを感じた。
視線を落とす。俺の体は、病院のパジャマではなく、深淵のように黒く、鏡のように滑らかな光沢を放つ『スリーピース・スーツ』に包まれていた。
(ああ……そうか。あの白衣の野郎(役員)をぶっ飛ばして、最後にドロップした特級魔石で『ジャケット』を構築したんだったな)
右袖、左袖、インナー、スラックス、革靴。そしてすべてを統括する漆黒のジャケット。
これがいかなる理不尽なシステムも弾き返す、俺の最強の概念武装だ。
「あ……朝倉……?」
不意に、病室の隅で丸椅子に座っていた赤髪の少女――神楽坂ミレイが、信じられないものを見るように立ち上がった。その手には、俺の顔を拭こうとしていたらしい濡れタオルが握られている。
「おはよう、ミレイ。……ずいぶん長いこと、寝ちまったみたいだな」
俺が軽く手を上げると、ミレイはタオルを取り落とし、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら俺の胸に飛び込んできた。
「バカ! バカバカバカ!! ずっと起きないから……もうダメかと思ったじゃない!!」
「痛い痛い。一応、病み上がりだぞ」
「あらあら。感動の再会のお邪魔かしら?」
病室の奥から、白衣を着崩した妖艶な紫髪の美女が現れた。S級第5位のヒーラー、白峰桜子だ。彼女は俺を見るなり、頬を紅潮させて熱い吐息を漏らす。
「ああ……ついに目覚めたのね、私の最高の被検体。あなたのその胸の奥で脈打つ未知の『特異点』……早く私に隅々まで解剖させてちょうだい……っ!」
「……ミレイ、この変態女医はなんだ」
「知らないわよ! 毎日勝手に病室に入り浸って、あなたの胸を撫で回そうとするのよ!」
騒がしい女たちを適当にあしらいながら、俺はサイドテーブルに置かれていた自分のスマホを手に取った。
限界突破の反動で眠っていた期間は、およそ二週間。
「……二週間か。無断欠勤扱いになってないといいが」
俺はニュースアプリを開き、見慣れた『丸の内』の現在を検索した。
しかし、画面に映し出されたのは、俺の愛する中堅商社があったはずの場所――綺麗に更地(瓦礫の山)となった、広大な空き地だった。
「……は?」
俺の指が止まる。
「あ、朝倉……その、言いづらいんだけど」
ミレイが気まずそうに目を逸らした。
「A級ブレイクの被害で、丸の内のビジネス街は壊滅したわ。それに、あなたの会社の社長や役員陣も逃げ遅れて……その、会社自体が『倒産(解散)』扱いになったのよ」
「……倒産、した?」
病室の空気が、急激に凍りついた。
俺の全身から、先ほどのレベル15万の執行官を圧倒した『神竜の魔力』が、無意識のうちにドス黒いオーラとなって漏れ出し、ギルドの地下空間をミシミシと軋ませる。
「ひっ……!?」
「あ、ああ……っ、なんて恐ろしいプレッシャー……!」
S級のミレイが後ずさり、桜子が腰を抜かして震える中、俺はスマホをギリッと握り潰した。
「会社がなくなった、だと……?」
俺は、あの理不尽な神(執行官)を殺すために命を懸けた。
すべては、奪われた有給休暇を取り戻し、平穏なサラリーマン生活(日常)に復帰するためだ。
だが、会社が倒産したなら。俺はどこへ出社すればいい? 俺の溜まりに溜まった『有給40日』は、一体誰が承認してくれるんだ!?
「ふざけんな……。ふざけんな!! 折角最強のスーツが完成したのに、着ていく会社がねぇじゃねぇか!!」
「あ、朝倉! 落ち着いて! あなたは国からVIP認定されたのよ! ギルドが一生遊んで暮らせるだけの特別報酬を――」
「金の問題じゃない! 『有給休暇』という概念は、労働の対価として会社から与えられる至高の権利なんだ! 会社に属していない無職の休みなんて、ただの『ニート』だろうが!!」
俺の血を吐くような魂の叫びに、ミレイは完全に言葉を失った。
「……決めたぞ」
俺はベッドから降り、漆黒のジャケットをバサリと翻した。
その瞳には、かつてないほどの『底知れぬ決意』が宿っている。
「俺の有給を申請する会社がないなら……俺自身で創る(起業する)。そして、この狂った世界の理不尽なシステムどもを片っ端から買収(ぶっ壊)して、最高のホワイト企業を作り上げてやる」
神殺しの最強サラリーマンは、ここに『無職』へと転落した。
だがそれは、彼が自らの手で巨大なギルド(会社)を立ち上げ、世界のシステムそのものに【敵対的買収】を仕掛ける、壮大なビジネスの幕開けに過ぎなかった。
自分が思っていた以上にたくさんの方に観ていただいているようでしたのでいそいで書き上げました。
相変わらず拙い文ですか何卒。




