決算(デスマッチ)と、崩れゆく意識
「『神竜式・絶界破砕』!!」
限界を突破した俺の拳が、白衣の男の管理者防壁を紙屑のように粉砕し、その顔面にクリーンヒットした。
「ガァァァァァッ!?」
男が吹き飛び、氷の壁に激突する。
だが、その一撃を放った俺の右腕も、凄まじい反動で筋肉が断裂し、血が噴き出していた。
「この、下等なバグがァァァッ!!」
激怒した男が、空間圧縮の乱れ撃ちを放ってくる。
俺はそれを回避しない。
避ける体力も、防御する余裕もない。
迫り来る致命傷の雨の中を、肉体を削りながら真っ直ぐに突進する。
(痛い。苦しい。……意識が、飛ぶ)
肋骨が砕け、内臓が破裂し、左目が血で潰れる。
それでも、俺は止まらない。足を止めれば、ミレイが死ぬ。日常が、本当に終わってしまう。
「おおおおおおおおおオオオォォォォォォォッッ!!!!」
「なぜだ! なぜ死なない!? 貴様の肉体はとうに限界を迎えているはずだ!!」
恐怖に引き攣る男の顔。
俺の意識は、すでに「怒り」すら通り越し、ただ一つの本能(帰巣本能)だけで動いていた。
(……この仕事を終わらせて。……家に、帰るんだ)
視界が、完全に真っ暗になった。
音が消え、感覚が消え、俺の意識は完全に『シャットダウン(気絶)』した。
だが――俺の「肉体」は、止まらなかった。
『対象の意識喪失を確認。……しかし、神竜の闘争本能により、最終行動を続行します』
「ヒッ……!? く、来るな、泥人形ォォォォッ!!」
白衣の男が絶叫し、全身全霊の破壊光線を放つ。
意識を失った俺の身体は、その光線を真正面から受け、ワイシャツが燃え尽き、胸の肉が焼けるのも構わずに――男の懐へと潜り込んだ。
そして、俺の命の残滓を全て乗せた最後の一撃が、男の心臓を完全に貫いた。
「バ、カな……。この、私が……」
白衣の執行官の身体に亀裂が入り、凄まじい光と共に、空間ごと粉々に砕け散った。
『ピロリンッ!』
『――第一位階・執行官の完全消滅を確認』
そのシステム音を最後に、俺の身体は糸が切れた操り人形のように、氷の床へと崩れ落ちようとした。
「朝倉ぁっ!!!」
間一髪。
拘束が解けたミレイが飛び込み、血まみれでボロボロになった俺の身体を、その細い腕で力強く抱きしめた。
「朝倉、しっかりして! お願い、死なないで……っ! 目を開けてよ!!」
ミレイの黄金の瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、俺の血まみれの頬を濡らす。
だが、俺の心臓の鼓動は、今にも完全に止まろうとしていた。
その時だった。
白衣の男が消滅した跡地に残された、神々しい光を放つ『純白の特級魔石』。
それが、俺の身体から流れ出る血(神竜の魔力)に呼応するように、空中に浮かび上がった。
『――特級素材(執行官のコア)のドロップを確認』
『対象(朝倉健人)の生命活動の停止危機を検知。緊急措置として、対象の残存EXポイントを全消費し、概念武装のオート構築を実行します』
純白の魔石が光の粒子となり、ミレイに抱き抱えられた俺の身体を優しく包み込んだ。
それは、俺の致命傷となった胸の傷や砕けた骨を瞬時に修復しながら――右袖、左袖、インナー、スラックス、革靴と完全に同化していく。
いかなる理不尽なダメージも、状態異常も、システム管理者の権限すらも完全に無効化する、全てを覆い尽くす鏡のような光沢。
『構築完了』
『――【概念武装:漆黒のジャケット(上着)】が完成しました』
血と破れに塗れていた俺の姿は、完璧なシルエットを誇る『最強のオーダースーツ(フルセット)』へと変貌を遂げていた。
「……あさ、くら……?」
ミレイが震える声で呟く。
ジャケットの修復機能によって傷が癒え、俺はゆっくりと重い瞼を開けた。
見上げると、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした、世界で一番美しい戦乙女が俺を覗き込んでいた。
「……泣き顔、ひどいぞ。お嬢様」
俺が掠れた声でそう言うと、ミレイは「……っ!! バカぁっ!!」と叫んで、俺の胸(漆黒のジャケット)に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。
俺は痛む体を少しだけ起こし、彼女の黄金の髪を不器用に撫でながら、氷の宮殿の天井を見上げた。
「……これで、ようやく。スーツが、完成したな」
最強のサラリーマンによる、死に物狂いの役員面接。
それは、彼の完全な勝利(圧倒的な労働)と、一人の気高いヒロインの涙によって、静かに幕を下ろしたのだった。




