雪山へ飛び込み営業と、処理凍結(システム・フリーズ)
【B級ダンジョン・氷雪の高原】
そこは、見渡す限りの銀世界に猛吹雪が荒れ狂う、マイナス40度の極寒の地だった。
「いやぁ、快適だな! まるで空調の効いたオフィスにいるみたいだ!」
俺はワイシャツにベスト、スラックスという「完全に季節感を間違えたクールビズ姿」で、猛吹雪の中を鼻歌交じりに歩いていた。
先日完成したばかりの『漆黒のベスト』は一切の熱を遮断・保温し、『漆黒のスラックス』は雪山の悪路でも足の疲労を完全に無効化してくれる。まさに、過酷な出張を乗り切るための最強のビジネスウェアだ。
「……お前、その格好で雪山を歩く姿は、ハタから見ればただの狂人だぞ」
隣を歩く天羽が、呆れたように息を白く染めながら言った。
そんな軽口を叩きながら、俺たちはB級ダンジョンの最深部である「凍てついた大湖畔」へと到着した。表のボスであるレベル1000相当の『ブリザード・マンモス』は、ここに来るまでの道中で天羽が『絶空』の素振りのついでに両断している。
「さて、と。表の業務は終わった。ここからが本番だ」
俺は凍りついた湖の中心に立ち、魔力が不自然に淀んでいる空間を見据えた。
「毎度おなじみ、アポなしの飛び込み営業といこうか!」
俺は右腕の『漆黒の袖』に神竜の魔力を込め、虚空に向かって思い切り拳を突き入れた。
メリメリメリィィィッ!!
空間の壁がひび割れ、砕け散る。
奥に隠蔽されていた異空間から、けたたましいアラート音と共に、B級ダンジョンの「支店長」が姿を現した。
全身を青白い超硬度の氷装甲で覆われ、背中に巨大な氷の結晶を背負った、六本脚のケンタウロスのような機械神。
『ピロリンッ! 認識フィルターを解除します』
俺の視界に、敵の真のステータスが可視化される。
【エネミー:氷河の機神(B級ローカルサーバー管理体)】
【レベル:EX-20(既存レベル換算:20,000相当)】
「レベル2万相当、か。C級の奴よりは少し手応えがありそうだ」
俺は実質レベル3万6千オーバーの余裕から、首をゴキリと鳴らした。ステータス上は俺の方が格上だ。
『泥人形の強制アクセスを確認。……我々のノルマを阻害する不確定要素。これより、特殊権限【処理凍結】を実行する』
機神が無機質な声で告げた瞬間。
「……なっ!?」
俺の足元――安物の「革靴」を履いた両足が、一瞬にして床の氷と同化するように白く染まり、ガチガチに固定された。
さらに、無防備な左腕の血管が青黒く浮き上がり、感覚が完全に消失していく。
「動け……ない!?」
「朝倉! 気をつけろ、ただの氷結魔法じゃない!」
背後から天羽が叫ぶ。
「そいつの冷気は、対象の『時間(システム処理)』そのものを凍結させている! レベルの純粋な暴力じゃ防げない、システム管理者特有のバグスキルだ!」
(……マジかよ。レベルで上回っていても、『防具がない部位』から強制的にデバフ(処理落ち)をかけられるのか!)
『――防具の欠損部位をスキャン完了。対象の処理を完全停止させる』
足と左腕を封じられた俺の眼前に、機神が迫る。
その右腕の巨大な氷の槍が、俺の無防備な心臓(ワイシャツの隙間)を正確に狙って突き出された。
「クソッ、サラリーマンの足を止めるなんて、最悪の嫌がらせだぞ……!」
俺は凍りついた足を引きちぎる覚悟で力を込めるが、システムごと凍結された足はピクリとも動かない。
氷の槍が、俺の胸に到達する寸前。
「ふざけるな。俺の獲物に手を出していい許可は出していないぞ!」
ギンッ!!
天羽の『絶空』が、横合いから俺の足元を薙いだ。
それは俺の足を斬ったのではない。俺の足を拘束していた「凍結された空間」そのものを、無理やり断ち割ったのだ。
「恩に着る、天羽さん!」
足の自由を取り戻した一瞬の隙。
俺は左腕が凍死しかけている激痛を神竜の闘争本能でねじ伏せ、機神の顔面に向かって、唯一動かせる漆黒の右拳を全力で振りかぶった。
「片腕しか使えないなら、片腕で粉砕するまでだ! 『神竜式・空間破砕』!!」
――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
処理凍結のバグ空間ごと、レベル2万相当の機神の上半身が、凄まじい衝撃波と共に抉り取られて粉砕された。
『ピロリンッ!』
『――経験値を獲得しました。レベルが36から39(39,000相当)に上昇しました』
『EXポイント:15を獲得しました』
(……チッ、必要経験値が跳ね上がって、レベルの上がり幅が露骨に渋くなってきたな)
機神が爆散した跡には、冷たい光を放つ『絶対零度の魔石(特級素材)』がドロップしていた。俺は凍傷で感覚のない左腕を庇いながら、すぐさまシステムウィンドウを開く。
「システム! この生地をベースに、一切のバグ(状態異常)を弾き返し、右袖と完璧な対をなす『概念武装:漆黒の左袖』を構築しろ!」
『――特級素材の提供を確認。EXポイントを15消費し、構築を実行します』
魔石が光の粒子となり、凍死寸前だった俺の左腕の細胞を瞬時に修復しながら、右腕と同じ最高級の光沢を放つ『漆黒のスーツの左袖』として編み込まれた。
俺は両手をグーパーと握り込む。
「……完璧だ。これで右袖、左袖、インナー(ベスト)、スラックスが揃った。次からは状態異常も通さない」
残る無防備な部位は「足元の革靴」と、全てを覆う「ジャケット(上着)」のみ。
いよいよ、最強のオーダースーツの完成が現実味を帯びてきた。
「危ないところだったな、朝倉。格下相手でも、ルールの違う相手には油断命取りだ」
刀を納めた天羽が、呆れたように息を吐く。
「ああ、痛い勉強代になったよ。……さて、この調子でサクサク次の出張先(A級ダンジョン)へ向かおうか。残るA級のボスから『靴』と『ジャケット』の生地をもらえば、いよいよ敵のサーバーが再起動した時にも――」
俺が自信満々に笑った、その時だった。
ピリリリリリッ!!!
突如、天羽の胸ポケットに入っていたギルド支給の緊急用スマートフォンが、けたたましいアラート音を鳴らした。
天羽が顔をしかめて電話に出る。
「俺だ。……何? どういうことだ」
電話越しに、ギルドのオペレーターの切羽詰まった声が漏れ聞こえてくる。
『天羽様! 緊急事態です! たった今……東京の丸の内にある【A級ダンジョン】のエネルギー蓄積速度が、異常な数値を叩き出しました! 未曾有の数のモンスターが、地上へ溢れ出ようとしています!』
「丸の内だと? 東京の中心地じゃないか!」
『はい! さらに最深部にいるはずのダンジョンボスが、空間を強行突破して地上へ向かって浮上中……! このままでは、あと【3時間以内】にボスが完全に地上へ出現し、丸の内周辺は壊滅します!!』
「……なんだと?」
天羽の表情が、かつてなく険しくなった。
俺の全身の血の気が引いた。
丸の内。俺の勤めている会社(本社)がある、ど真ん中の場所だ。
残業地獄どころの話ではない。
最強のオーダースーツを完成させる前に、俺の守るべき日常(会社)と日本が、強制倒産の危機に瀕していた。




