片腕のオーダースーツと、強制サーバーダウン
シェルターの数千人の避難民が絶望の悲鳴を上げる中。
俺は、上空の『殲滅の熾天使』が放った極太の破壊光線に向かって、真っ直ぐに右拳を突き出した。
「朝倉さんッ!!」
しずくの悲痛な叫び声が響く。
ズガァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
全てを無に帰す光の奔流が、俺の体を飲み込んだ。
だが――光の中で、俺の『漆黒の右袖』だけは、一切の傷すら負わずにその概念的削除を完全に弾き返していた。
(……すげえ。俺の神竜の魔力と、あの災厄級の魔石の硬度が、完璧に編み込まれてる!)
「右袖」に触れた破壊光線は、まるで滝に打たれる岩のように真っ二つに割れ、俺の背後のシェルターの壁をドロドロに溶かしていく。
『……ピガ? エラー。対象ノ生存ヲ確認。削除プロセスヲ再実行――』
天使が無機質な声で困惑し、さらなる出力をチャージし始めた。
「悪いが、連続稼働(残業)はここまでだ!」
俺はレーザーの奔流を右腕で強引に押し切りながら、コンクリートを蹴り砕いて天使の懐へと跳躍した。
そして、漆黒の右袖を纏った拳を、全身のバネを使って天使の胸部――純白の装甲の中心へと叩き込む。
「『神竜式・空間破砕』!!」
――ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
鼓膜が破れるほどの轟音。
システム外の存在である天使の絶対装甲が、俺の『概念武装』の前に薄紙のようにひしゃげ、ひび割れた。
『ギ、ガァァァァァァァァッ!?』
天使が絶叫し、六枚の光の翼が狂ったように明滅する。
だが。
「……ッ! ガ、ハァッ……!!」
俺の口から、大量の鮮血が吐き出された。
天使の装甲を砕いた瞬間、凄まじい反作用の衝撃波と、光線の余波(超高熱)が、俺の『右袖以外の無防備な部位』を容赦なく襲ったのだ。
左腕の骨がミシミシと悲鳴を上げて折れ、ワイシャツは燃え尽き、左半身から脇腹にかけての皮膚が深刻な火傷を負う。右腕だけが無敵でも、生身の部分にダメージが抜けてしまう。これが「未完成のスーツ」の致命的な弱点だ。
『――反撃シーケンス移行。対象ヲ排除シマス』
天使が損傷した胸から、俺の頭部に向けて至近距離で光の槍を突き出してきた。
回避する体力はない。
「朝倉さんッ!! 『エンチャント・シールド・オーバーフロー』!!」
間一髪。下からしずくが放った黄金の魔力盾が、光の槍と衝突した。
「キャアァァァッ!」
規格外の魔力の衝突に巻き込まれ、しずくが吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
「雨宮さん……ッ! この、クソ鳥がぁっ!!」
俺は折れた左腕の激痛を無視し、右腕を天使の割れた胸の装甲の奥深くへとねじ込んだ。
そして、その中枢で脈打つ『白金の極大魔石』を鷲掴みにする。
「お前の核、俺の左腕の生地(素材)としてもらうぞ!!」
メキィィィィッ!!
俺が神竜の筋力で強引に魔石を引き抜いた瞬間。
『致命的エラー……メインシステムトノ接続、切断……』
天使の動きが完全に停止し、巨体が光の粒子となってボロボロと崩れ落ちていった。
『ピロリンッ!』
『――経験値を獲得しました。朝倉 健人のレベルが上がりました』
『レベル:18 → 32』
『EXポイント:14を獲得しました』
「……ははっ、勝っ……た、ぞ」
俺は白金の魔石を握りしめたまま、ドサッとその場に崩れ落ちた。
全身の骨がきしみ、意識が遠のく。生まれて初めての、文字通りの『死闘』だった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。氷のダンジョン最深部。
『……チッ』
純白の法衣を纏った【執行官】は、空中に展開していたシステム画面が「真っ赤なエラー吐き出してフリーズした」のを見て、忌々しそうに舌打ちをした。
『清掃プログラム(熾天使)が、物理的に破壊されただと? あのバグ、たった数分で己の概念武装を構築したというのか』
執行官が指を鳴らし、次の刺客を転送しようとした瞬間。
バチバチッ!! と、空間全体に強烈なノイズが走り、ダンジョンの氷が溶け始めた。
『――警告。ローカルサーバー(北海道ダンジョンコア)の許容量超過』
『上位プログラムの強制破壊によるフィードバックで、システムがクラッシュしました』
『再起動まで、約【30日間(地球時間)】の待機モードに移行します』
「……クソッ。ポンコツの箱庭システムめ。あの天使を動かすために、リソースを割きすぎたか」
執行官は冷たい瞳で、崩れゆく氷の宮殿を見下ろした。
「まあいい。再起動が完了すれば、日本列島ごとマップを削除するだけだ。それまで、せいぜい短い余生を楽しむがいい、泥人形ども」
執行官の姿が、ノイズと共に空間からフッと消滅した。
同時に、北海道を覆っていた異常な吹雪が、嘘のようにピタリと止んだのだった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
自衛隊の野戦病院テントのベッドの上で、俺は目を覚ました。
「あ……朝倉さんっ! よかった、気がついて……!」
ベッドの脇で、頭に包帯を巻いたしずくが、ボロボロ泣きながら俺の無事な右手を握りしめていた。
「雨宮さん……無事だったか。クロは?」
『キュウ!』
クロが俺の顔の横で、ペロペロと頬を舐めてくる。サーバーも無事らしい。
「ダンジョンから溢れていたモンスターの動きが、急にピタリと止まったんです。まるで『冬眠』したみたいに。天羽さんたちも、なんとか自力で地上に生還しました。……北海道のブレイクは、一時的ですが、収束しました」
しずくの報告を聞き、俺は天井を見上げた。
俺が天使のコアを引き抜いたことで、敵のシステムがエラーを起こして「強制サーバーダウン」に陥ったのだろう。
「……だが、終わったわけじゃない。敵のサーバーが復旧したら、今度はもっとヤバい『掃除屋』が来るかもしれない」
俺はベッドから身を起こし、枕元に置いてあった天使の『白金の魔石』を見つめた。
片腕(右袖)だけじゃ、次は確実に死ぬ。
この一時的な休戦期間の間に、俺は全身の『オーダースーツ』を完成させなければならない。
「雨宮さん。有給休暇を5日もらったばかりで悪いんだが」
俺は痛む体を庇いながら、ニヤリと笑った。
「有給明けから、少し忙しくなるぞ。全国のS級・A級ダンジョンを回って、俺のスーツの生地の仕入れと、レベル上げ(出張)の連続だ」
俺たち人類を根絶やしにしようとする「不法占拠者」への、最強のサラリーマンによる反撃の準備が、今ここから始まるのだった。




