素材の持ち込み(コスト削減)と、迫り来る『掃除屋』
猛吹雪を抜け、俺と雨宮さんは自衛隊が設営した地下シェルターへと辿り着いた。
元々は札幌市営地下鉄の大規模なコンコースだった場所だ。今は数千人の避難民と、負傷した探索者たちでごった返しており、重苦しい空気が漂っている。
「……はぁ、生き返った」
シェルターの片隅。配給された温かいコーンスープをすすりながら、俺は深く息を吐いた。
俺の服装は、焼け焦げたスラックスの上に、自衛隊員が気を利かせて貸してくれた『カーキ色の野戦用フリース』という、絶望的にダサいコーディネートになっていた。
「朝倉さん、お疲れ様です。クロちゃんも、毛布で温めたら少し寝息が落ち着いてきました」
隣で、しずくが丸まったクロを撫でながら微笑む。
「ありがとう、雨宮さん。……さてと」
俺はフリースの袖をまくり、空中に向かって指を動かした。俺の視界にだけ、淡い青色のシステムウィンドウが展開される。
【EXポイント(未割り当て):17】
レベル1から18に上がって得た、このポイント。俺は頭の中で緻密なプログラミング(要件定義)を開始した。
「システム。俺の魔力(神竜因子)をベースに、執行官の『概念的削除』に耐えうる絶対強度と、自己修復機能を備えた『漆黒のツーパンツスーツ(全身)』を構築しろ」
『――要求を確認。入力された要件を満たす【概念武装:全身スーツ】を「無」から構築するには、EXポイントが【150,000】必要です』
「……はぁ!?」
俺は思わず大きな声を出してしまい、周囲の避難民から変な目で見られた。
(15万ポイント!? レベルを15万まで上げろってのか! どこの悪徳テーラーだ、ぼったくりにも程があるぞ!)
人類の限界(999)を超えた先は、要求されるコストも文字通り桁違いらしい。だが、サラリーマンたるもの、予算オーバーを理由にプロジェクトを投げ出すわけにはいかない。
「待てよ……『無』から作るから法外なコストがかかるんだ。なら、最高級の生地(素材)をこっちで用意して『持ち込み』にすれば、純粋な加工賃(仕立て代)だけで済むんじゃないか?」
コスト削減はビジネスの基本だ。
俺は、スヤスヤ眠るクロの影に手を突っ込んだ。
「クロ、ちょっとごめんな。さっき地上で拾ったアレ、出してくれるか」
俺が取り出したのは、先ほど地上でワンパンした『レベル2200の突然変異体(絶氷の魔獣)』の巨体からドロップした、スイカほどもある真っ黒な超高密度の魔石だった。人類未踏の、災厄級の素材である。
俺はその魔石を、システムウィンドウに押し付けた。
「システム。この魔石を『生地』として提供する。これをベースに、先ほどの要件でオーダースーツを仕立てろ」
『――特級素材【絶氷の災厄魔石】の提供(持ち込み)を確認。要求ポイントを大幅に減算します』
『仕立て代(加工コスト):15 EXポイント。……ただし、提供された素材の質量では「右腕の袖」部分しか構築できません。実行しますか? Y/N』
「……なるほど。全身を揃えるには、あのクラスのバケモノの素材がまだまだ必要ってわけか。上等だ。まずは右腕だけ『イエス』だ」
俺が念じた瞬間。
手元の巨大な魔石が光の粒子となって分解され、俺の右腕に絡みついた。
それは野戦用フリースを突き破り、俺の腕のラインに寸分の狂いもなくフィットする、最高級のシルクのような滑らかな光沢を放つ『漆黒のスーツの右袖』を形成した。
俺は右手の拳を軽く握り、壁をコンッと叩いてみる。
(……凄い。神竜の魔力と災厄級の強度が完全に編み込まれている。これなら、執行官の「デリート」とも正面から殴り合える!)
見た目はフリースに右腕だけ黒スーツという変態的な格好だが、性能は申し分ない。
俺が自作のプロトタイプに歓喜していた、その時だった。
ビーーーーーーーーーーッ!!!!!!
突如として、地下シェルター全体に、耳をつんざくようなけたたましい非常警報が鳴り響いた。赤いパトランプが回転し、自衛隊員たちが血相を変えて通信機に向かって怒鳴り始める。
「第1から第4までの防衛ライン、全滅!? バカな、たった数分で何が起きた!!」
「だ、ダメです! レーダーの反応、たった『一つ』! 単独の未確認エネミーが、地表のコンクリートを溶かしながら、この地下シェルターへ一直線に降下してきます!!」
「なんだと!?」
シェルター内がパニックに陥る。
ジジッ……ザザァッ!!
その時、シェルター内に設置されていた大型モニターの映像がノイズと共に切り替わった。
映し出されたのは、透き通るような白い肌と黄金の瞳を持つ、あの『執行官』の無機質な顔だった。
「ひぃっ……!」
しずくが息を呑む。
モニターの中の執行官は、冷たい声でシェルターの全避難民に向かって告げた。
『――システムのエラー(残存バグ)が、その地下座標に逃げ込んだことを確認。本来のスケジュールにはないが、バグの隠蔽を防止するため、該当エリアの「全生命体のフォーマット(大虐殺)」を実行する』
『清掃プログラム【殲滅の熾天使】を投下した。……さようなら、名もなき泥人形たち』
ドッゴォォォォォォォォンッ!!!!!
宣言と同時に。シェルターの分厚いコンクリートの天井が、まるでバターのように溶け落ちた。
瓦礫の雨と共に、舞い降りてきた「それ」。
全長10メートル。純白の装甲に身を包み、背中からは六枚の光の翼(レーザー兵器)を生やした、神話の天使と機械が融合したような異形のバケモノ。
【エネミー:殲滅の熾天使(執行官直属・清掃プログラム)】
【レベル:測定不能(ERROR)】
『ピガァァァァァァァァッ……!!』
機械的な産声を上げた天使が、六枚の光の翼を広げ、シェルターの避難民たちに向けて圧倒的な破壊の光をチャージし始めた。
「……あいつ。俺を確実に消すために、このシェルターの人間ごと焼き払う気か」
逃げ惑う人々の絶叫の中。
俺は野戦用フリースを脱ぎ捨て、ワイシャツ姿になった。そして、先ほど完成したばかりの『漆黒の右袖』を纏った右拳を、ギリッと握りしめる。
「ちょうどいい。俺の新しい右腕の耐久テストと、左腕のスーツを作るための『極上の生地』の足しにしてやる」
絶望の権化が放つ極太のレーザーが、避難民たちに向かって放たれた瞬間。
俺は真っ向から、その光の奔流へと踏み込んだ――。




