直通エレベーターと、氷獄の騎士長の困惑
ヒュゥゥゥゥゥゥンッ……!!
「きゃあああああああああっ!!?」
何十層もの氷の床を真っ直ぐにぶち抜いた大穴を、俺たちは猛スピードで落下していた。
涙目で絶叫するしずくの襟首を左手でヒョイと掴み、俺は足の裏に『見えない手袋(絶対空間圧縮)』を集中させる。
そして、最下層の床に激突する寸前。
――ダンッ!!
圧縮された空間のクッションが落下の運動エネルギーを完全に殺し、俺たちはホコリ一つ立てずに、スタッと静かに着地した。
「ふぅ。地下3階、到着だ」
「し、死ぬかと思いましたよぉ……! サラリーマンのショートカット、乱暴すぎません!?」
腰を抜かしてへたり込むしずくをよそに、俺はネクタイの歪みを直し、周囲を見渡した。
どうやらここは、迷宮の主の魔力によって「氷の宮殿」のような内装に書き換えられてはいるものの、元々のフロアの形は残っているらしい。
「よしよし。あの一角だけは、見覚えのある並びだ」
俺が指差した先。
分厚い氷の壁の一部がくり抜かれたように残り、そこには無数の黒い機械の箱――『サーバーラック』が、奇跡的に無傷のまま鎮座していた。
「あった! 札幌支社のメインサーバーだ! 電源は落ちてるみたいだが、物理的に壊れてなきゃデータは抜ける。これで有給5日が確定だ!」
俺がビジネスバッグを放り出して歓喜の声を上げた、その時だった。
『……何者だ、貴様らは』
氷の宮殿の奥から、地を這うような低い声が響いた。
カチャリ、カチャリと重々しい金属音を鳴らしながら、冷気を纏った『一体の騎士』が姿を現す。
全身を蒼氷のフルプレートアーマーで包み、身の丈を超える巨大な大剣を引きずっている。その兜の奥では、知性を感じさせる青い眼光が俺たちを射抜いていた。
【エネミー:氷獄の騎士長】
【レベル:1800】
【特性:高位知性体、迷宮主の側近】
「レベル1800……! 朝倉さん、あいつ、さっきの防衛魔像(レベル2000)より少し低いですけど、なんか……『圧』が違います!」
しずくが杖を構えて後ずさる。
彼女の言う通りだ。ただ本能で暴れるだけのバケモノと違い、こいつは明らかに『武術』を修め、戦術を理解しているエリートの気配がする。
『我が主が構築した絶対の迷宮……空間を歪め、S級共を完全に隔離したはずの盤面。それを、ただ上から「床を割って」降りてきただと? 貴様ら、システムを何だと思っている』
氷獄の騎士長が、大剣の切っ先を俺に向けた。
明らかに苛立っている。知性があるからこそ、俺の「物理的な脳筋ショートカット」が理解できず、プライドを傷つけられたのだろう。
「いや、システムとか言われても。俺はただ、急ぎの仕事があったんで裏口から入らせてもらっただけだ」
俺は騎士長を無視してサーバーラックに歩み寄り、コンコンと外装を叩いて安堵した。
「よし、冷気で冷やされてるおかげで熱暴走もしてない。最高の保存状態だ」
『……貴様。我が主の側近たるこの私を前に、何をしている?』
「クロ、これ丸ごとアイテムボックス(影)に入るか?」
『キュウ!(余裕!)』
『……話を聞けッ!!』
騎士長が激昂し、大剣を上段に構え、凄まじい速度で踏み込んできた。
レベル1800の斬撃。剣身から放たれた絶対零度の剣圧が、周囲の空気を凍てつかせながら俺の首を刎ねにくる。
「危ねぇっ!?」
俺は間一髪でしゃがみ込んだ。
だが、俺が自分の身を案じたわけではない。
「おいバカ! サーバーラックの近くで剣を振り回すな! 傷がついたらデータの復旧に支障が出るだろうが!!」
『……は? さ、サーバー……?』
「エース! こいつ早く止めろ! 備品が壊される!」
「は、はいっ! いきます! 『エンチャント・ブースト』!!」
俺の怒声に反応し、しずくが黄金の魔力を騎士長に向けて放つ。
『フンッ、下等な魔法なぞ――グ、ガァァァァァァッ!?』
魔法を弾こうとした騎士長だったが、しずくのバフは「防御」という概念を無視して体内の魔力回路に直接注ぎ込まれる。
限界容量を突破した魔力が騎士長の鎧の内側で暴走し、蒼氷のフルプレートが内側からパキパキとひび割れ始めた。
『バ、バカな……!? 力が、魔力が抑えきれん……! システムの限界値が……パンク、する……っ!?』
騎士長は剣を取り落とし、膝をついて痙攣し始めた。
高位の知性があるからこそ、自身の体内で起きている「あり得ないバグ(魔力暴走)」にパニックを起こしている。
「よし、ナイスだ雨宮さん。……おい、そこの不法占拠者の手下」
俺はネクタイを締め直し、膝をつく騎士長を見下ろした。
「他人の会社で勝手にチャンバラを始めた罪は重いぞ」
俺は右拳に『見えない空間のグローブ』を纏わせた。
ただし、今回は大振り(ストレート)はしない。もし殴った衝撃波が後ろのサーバーラックに当たったら元も子もないからだ。
俺は騎士長の胸当てに、そっと右手を触れた。
「寸勁、ってやつだ」
――ボフンッ。
打撃音すら鳴らなかった。
ただ、俺の手が触れた部分の「空間そのもの」が内側にドーム状に削り取られ、騎士長の心臓部分(魔石)の存在ごと、音もなく綺麗に消滅したのだ。
『…………ぇ?』
騎士長は、自分の胸にぽっかりと開いた虚無の穴を信じられないというように見下ろし……そのまま、光の粒子となって音もなく崩れ去った。
「よし、これで安全確保だ。クロ、サーバーの回収頼む」
『キュッ!』
クロが影を大きく広げ、巨大なサーバーラックを丸ごとズルリと呑み込んでいく。
それを見届け、俺はホッと肩を撫で下ろした。
「ミッション・コンプリート。これで有給5日は俺のものだ」
「あ、朝倉さん……。知性のあるレベル1800のモンスターを、備品を守りながらノーモーションで消し飛ばすとか、いよいよ人間やめてますよ……」
しずくが呆れたようにツッコミを入れた、その時だった。
『――警告。警告。監視下ニナイ『異常な力』ヲ検知』
不意に、部屋全体の氷が、脈打つように赤黒く発光し始めた。
強烈な殺気と、悪意。
それは目の前の敵からではない。「このダンジョンそのもの」から放たれる、底知れぬプレッシャーだった。
「……ん?」
俺は眉をひそめて天井を見上げた。
どうやら、自分の完璧な迷宮を物理でぶち抜かれ、おまけに右腕の側近を瞬殺された『ダンジョンマスター』本人が、俺という【規格外のバグ】の存在に気づき、激怒して標的を切り替えたらしい。




