迷宮の主の罠と、変わってしまった間取り
氷の要塞と化した札幌支社ビルの内部は、元の面影を完全に失っていた。
大理石の床は分厚い永久凍土に覆われ、壁からは巨大な氷の牙が幾重にも生え揃っている。
「……なぁ天羽さん。そのクソ不法占拠者。他人の会社のビルを勝手にリフォームして、ドヤ顔で居座ってるってことだよな?」
凍てつく廊下を歩きながら、健人がビジネスバッグを肩に担ぎ直して尋ねた。
「ああ。奴らは自らの領域の構造すら自在に書き換える。油断するな、どこに罠が……」
天羽が警告を発した、その時だった。
『――ピピッ。侵入者ノ分断ヲ開始シマス』
どこからか、機械音に似た無機質な声が頭の中に直接響いた。
直後。
ズゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!
猛烈な地響きと共に、健人たちの立っていた氷の廊下が、まるでルービックキューブのように『回転』を始めたのだ。
「なっ!? 空間が、捻じ曲がって……っ!」
「床が割れるぞ! 散開しろ!!」
天羽が叫ぶ。
ダンジョンマスターによる、空間構造の強制書き換え(トラップ)。
健人と天羽の間に巨大な氷の壁がせり上がり、床がスライドして、一つの部隊を完全に二つの空間へと分断してしまった。
「朝倉!!」
「天羽さん! ……チッ、見えなくなったか」
氷の壁が完全に閉ざされ、健人と天羽たちは物理的に切り離された。
◇ ◇ ◇
分断された氷の広間。
天羽と『天刃』のエリート部隊十数名は、即座に円陣を組んで武器を構えた。
『ギシャァァァァッ!!』
壁の四方から這い出してきたのは、数十体の【レベル1000:絶氷の暗殺獣】。さらに、上空には遠距離魔法をチャージしている飛行型のモンスターが隙間なく陣取っていた。
「……クソが。見事な伏兵だ。俺たちの足止めか、それとも削り殺す気か」
天羽はギリッと奥歯を噛み締めた。
完全に計算され尽くした、知性による『殺しの配置』。
「全員、死ぬ気で凌げ!! 陣形を崩すな!」
天羽は刀を抜き放ち、ダンジョンマスターの悪意に満ちた軍隊との、絶望的な死闘へと突入していった。
◇ ◇ ◇
一方、分断されたもう一つの空間。
健人、しずく、そしてクロの『1人と1匹と1人』は、見知らぬ氷の小部屋にポツンと取り残されていた。
「あ、朝倉さん……! 分断されちゃいましたよ!? 天羽さんたち、大丈夫でしょうか……!」
しずくが杖を握りしめてパニックになっている。
「まあ、あっちは日本トップのS級ギルドだ。心配はいらないだろ。それよりも……」
健人はビジネスバッグを足元に置き、氷に覆われた周囲の壁をジロジロと見渡した。
そして、チッと舌打ちをする。
「勝手に会社のフロアマップをいじりやがって。これじゃあ、地下3階のサーバー室への行き方がわからなくなったじゃないか」
健人は眉間に皺を寄せ、ひどく苛立っていた。
サラリーマンにとって、慣れない出張先で迷子になることほどタイムロス(残業の元)はない。
「えっと、朝倉さん? ここはダンジョンになったので、もうエレベーターも階段もないですよ? どうやって地下に……」
「道がないなら、作ればいいだけだ」
健人はネクタイを緩め、ワイシャツの袖をまくり上げた。
そして、『見えない空間のグローブ』を纏った右拳を、自分の足元の分厚い氷の床(大理石)に向けて、真っ直ぐに振り下ろした。
「地下3階まで、直通エレベーターの開通だ」
――ドゴォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
鼓膜が破れるような轟音と共に。
健人の拳の空間圧縮が、レベル数千のモンスターすら防ぐはずの『ダンジョンマスターが構築した絶対の迷宮構造』を、床から地下の奥深くに向かって、物理的に(・・・・)何十層もぶち抜いたのだった。
「ひぃぃぃっ!?」
しずくの悲鳴と共に、健人たちは自ら作った大穴を通って、一気にビルの深層へと落下していく。
高度な知性で完璧な迷路と罠を構築したダンジョンマスターは、この時、初めてシステム画面のエラー通知を見て「……ハ?」と宇宙猫のような顔になっていたに違いない。




