古代の魔像(ゴーレム)と、オーバーフローの蹂躙
「……冗談でしょう。な、なんですかアレ……!」
『幻影書庫』の天井の見えない巨大な書架の隙間から、ズシン、ズシンと地響きを立てて現れたバケモノたちを見て、しずくは悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。
現れたのは、全身に青白く発光する古代のルーン文字を刻まれた、体長4メートルを超える大理石の彫像。それが一体や二体ではなく、十体以上も列をなして俺たちを見下ろしている。
俺の視界の端に、システムウィンドウのアラートが赤く点滅した。
【エネミー:古代の防衛魔像】
【レベル:2000】
「レベル2000……日本のトップであるS級探索者の限界値(レベル999)の、さらに倍以上か。外に出たら国が一つ消し飛ぶ『災厄級』の群れだな。さすがは神話の図書館の警備員だ」
俺が呑気にネクタイを緩めていると、しずくがガチガチと歯を鳴らしながら俺の袖を引っ張った。
「あ、朝倉さん! 逃げましょう! あんなの、S級探索者が全員で束になっても勝てない国家滅亡レベルの――」
「逃げる必要はないよ。絶好のプレゼン相手じゃないか」
俺は一歩前に出て、足元の影からピョコッと顔を出しているクロに目配せをした。クロが「キュッ」と鳴いて、しずくの足元に影のバリアを張る。
「プレゼン……?」
「ああ。雨宮さん、君の『最強のデバフ』が実戦でどれだけ通用するかのテストだ。あの先頭のデカブツに、訓練室の時と同じように全力でバフをかけてみろ」
『ゴォォォォォォォォ……!』
俺たちが侵入者であると認識した防衛魔像の群れが一斉に目を赤く光らせ、巨大な大理石の拳を振り上げて突進してくる。
床の石畳が砕け、すさまじい突風が吹き荒れた。
「ひぃっ……!」
「俺がついてる。深呼吸して、思いっきり叩き込んでやれ」
俺の落ち着いた声に、しずくはギュッと唇を噛み締め、身の丈ほどある杖を両手で構えた。
「や、やってやります……っ! 消防車のホース、全開……っ!!」
しずくは目をカッと見開き、迫り来る先頭の防衛魔像に向かって杖を突き出した。
「『エンチャント・ブースト』!!」
ドシュゥゥゥゥゥッ!!!
しずくの杖の先端から、訓練室の時とは比べ物にならないほど濃密な、黄金色の魔力の奔流が撃ち出された。
それは一瞬で先頭の防衛魔像(レベル2000)を包み込む。
直後。
『ガ……? ゴォォォ……ッ!?』
振り上げられていた大理石の巨腕が、ピタリと空中で静止した。
魔像の全身に刻まれていた青白いルーン文字が、急速に黄金色に塗り替えられ、さらに限界を超えてドス黒い赤色へと変色していく。
「おっ、効いてる効いてる。魔力回路がパンクしそうだぞ」
俺が口笛を吹いた次の瞬間。
バチバチバチッ!! と激しい放電が魔像の全身を駆け巡り、信じられないほどの高熱が周囲の空気を歪ませた。
強固なはずの大理石の装甲に、内側から押し破られるように無数の亀裂が走る。
レベル2000という膨大なキャパシティを持つゴーレムでさえ、しずくの『限界突破の付与』が強制的にねじ込む規格外の魔力には耐えきれなかったのだ。水風船が、限界まで水を注入されて破裂を待つだけの状態になる。
『ピ、ピーーッ……システム、オーバーロード……』
機械的な悲鳴のような音を立てた直後。
ズガァァァァァァァァァンッ!!!!
先頭の防衛魔像は、自らの内に注ぎ込まれた魔力の暴走に耐えきれず、大爆発を起こして内側から粉々に砕け散った。
爆風が周囲の魔像たちをも巻き込み、床に大穴を開ける。
「……えっ?」
杖を突き出した姿勢のまま、しずくはポカンと口を開けた。
光の粒子となって消えていくレベル2000の魔像。その莫大な経験値が、討伐者であるしずくの体へと吸い込まれていく。
【パーティメンバー:雨宮しずく のレベルが上がりました】
【レベル:24 → 150】
「あ……上がった。レベルが、一気に百以上も……? わたし、本当に、敵を倒した……?」
自分の震える両手を見つめるしずくに、俺はビジネスバッグを肩に担ぎ直しながら笑いかけた。
「ほらな、言っただろ? 相手のレベルや装甲がどれだけ高かろうが関係ない。システムに縛られたバケモノにとって、君の魔法は一撃必殺の『最強のジャマー(妨害工作)』だ。……さあ、残りの連中の処理も頼むぞ、エース」
俺の言葉に、しずくの目にハッキリとした光が宿った。
万年C級の底辺で「味方を殺す欠陥品」と蔑まれてきた少女が、自分の本当の価値(使い方)を完全に理解した瞬間だった。
「はいっ!! 行きますよ、ポンコツ魔像ども!!」
しずくは水を得た魚のように、迫り来る防衛魔像たちに向かって次々と杖を振り下ろした。
「それっ! 重力五十倍!」「どうだ! 魔力暴走!」
『ガピィィィィッ!?』
『システム、エラ――ドガァァァンッ!』
黄金の魔力を浴びた魔像たちは、次々とその場に崩れ落ち、あるいは内側から自爆していく。
完全にオーバーフローを起こして動けなくなった、あるいは装甲がボロボロになった魔像たちの残骸を、俺が「スーツが汚れない程度の軽い蹴り」で粉砕して回る。
「フッ! ハッ! ……よし、これくらい弱ってれば、軽く小突くだけで崩れるな。スーツの布地も傷まないし、最高のコンビネーションだ」
俺が革靴のつま先で魔像の頭部を弾き飛ばすと、横からクロが『キュッ!』と飛び出し、ドロップアイテムである巨大な魔石を空中でパクリと咥え、影(無限収納)の中へと回収していく。
日本のS級全員が束になっても勝てない災厄級の群れが、ものの三分でただの瓦礫の山へと変わった。
「ふぅ……残業前の良い準備運動になったな」
俺がネクタイを締め直すと、しずくが杖を抱きしめたまま、信じられないものを見る目で俺を見上げていた。
「朝倉さん……私、倒せました。私なんかの魔法で、あんな強いモンスターを……」
「私なんか、じゃない。君だから倒せたんだ。胸張っていいぞ」
俺が頭をポンと撫でてやると、しずくは顔を真っ赤にして「えへへ……」と嬉しそうに笑った。
初めて「自分の力」で居場所を見つけた彼女の笑顔は、薄暗い遺跡の中でとても眩しかった。
「さて、と。入口の警備員を突破したんだ、お目当ての『魔法の対策グッズ』はもっと奥にあるはずだ。行くぞ」
俺たちは完全に息の合ったパーティとして、幻影書庫のさらに奥深く、静まり返った最深部へと足を踏み入れていく。
そこには、物理攻撃が一切通用しない、この隠しダンジョンの真の『主』が待ち構えているとも知らずに。




