赤点(ゼロ)から始まるカンスト人生!
「人生の合格点は常に60点。赤点さえ回避できれば、それでいい」
それが、俺――朝倉 健人、30歳独身の処世術だ。
学生時代のテストも、就職活動も、そして今のしがない営業職での仕事も、俺は常に「そこそこの努力」で「そこそこの結果」を出してきた。
要領が良く、手先も器用。だからこそ、本気で何かに熱中したことがない。血を吐くような努力も、胸を焦がすような情熱も知らず、ただ波風を立てずに生きてきた。
そんな俺の省エネ人生に、唯一の「イレギュラー」が起きたのは5年前のことだった。
現代に突如として『ダンジョン』が出現し、人類の一部が超常の力に目覚める『覚醒者』となった時代。
覚醒者は1人につき、たった1つの【スキル】を授かる。そのレアリティ(S〜Fの7段階)によって基礎ステータスやレベルの上がりやすさが決まり、ひいては人生の勝ち負けが完全に決まる。
最高ランクである『S級』の覚醒者は、日本にたった8人。彼らは人類の到達点とされる「レベル999」に君臨し、国家権力すら凌ぐ力と富を手に入れている。
そして5年前、俺も覚醒者になった。
しかし、ステータスプレートに表示された俺の等級とスキルは――
【等級:測定不能】
【スキル:???】
F級すら下回る、前代未聞のエラー表示。
当然、能力の使い方も分からなければ、基礎ステータスも一般人と変わらない。探索者ギルドの面接では同年代の面接官に鼻で笑われ、ネットの掲示板では「最底辺のハズレ覚醒者」とオモチャにされた。
「……まあ、別にいいさ。命懸けでモンスターと戦うなんて、俺の柄じゃないしな」
そうやって諦めるのも早かった。俺はダンジョンに挑むことなく、再び60点のサラリーマン生活に戻ったのだ。
今日も残業を終え、終電間際のネオン街をとぼとぼと歩いていた。
――その時だった。
『――警告。新宿区にて空間震を検知。未測定のイレギュラー・ゲートが発生しました』
街頭ビジョンが緊急警報を鳴らした瞬間、俺の足元のアスファルトが泥のように崩れ落ちた。
「は……?」
間抜けな声を上げる暇もなかった。
重力が反転し、俺の体は真っ暗な空間の底へと真っ逆さまに落下していった。
◇ ◇ ◇
「……っ、い、てて……」
全身の痛みに顔をしかめながら身を起こす。
そこは、見渡す限りの荒野だった。空は血のように赤く染まり、大気は息をするだけで肺が焼けつくほど重い。
どうやら、突然開いたゲートに飲み込まれ、ダンジョンの内部に落ちてしまったらしい。
「冗談だろ……。俺のステータスじゃ、スライムにだって勝てないぞ」
冷や汗を流しながら立ち上がった直後。
――ズシンッ。
大地が、揺れた。
いや、違う。前方の巨大な山脈が、ゆっくりと「起き上がって」いたのだ。
『グルルルルォォォォォォォォォォォォォッ……!!』
鼓膜を突き破るような咆哮。
それは、漆黒の鱗に覆われた超巨大なドラゴンだった。
六つの瞳が、虫ケラを見るような冷酷さで俺を見下ろしている。
俺の脳内に、探索者用のシステムアナウンスが無機質に響いた。
【個体名:終焉の古竜 に遭遇しました】
【レベル:9999】
「きゅう、せん……きゅうひゃく……!?」
俺は絶望でへたり込んだ。
日本のトップであるS級探索者ですら、レベルの限界は999。
レベル9999なんて、ふざけたバグとしか思えない。
ドラゴンがゆっくりと顎を開く。
その奥で、太陽のように眩い極大のブレスが収束していくのが見えた。
(あ、終わった)
あの一撃を食らえば、灰すら残らないだろう。
俺の30年の人生は、これで終わり。
これまで、そこそこ器用に立ち回って、そこそこの人生を歩んできた。
でも、最期に思い浮かんだのは――
(俺の人生、本当にあれで良かったのか……?)
何も残していない。何かに本気で熱くなったこともない。
ただ流されるままに生きて、こんな理不尽な暴力の前で、ただ無様に消し飛ぶだけ。
――嫌だ。
――こんな、何もない空っぽのまま終わるのだけは、絶対に嫌だ!!
初めて、心の底から「足掻きたい」というどす黒い熱量が沸き上がった。
俺は逃げることなく、大口を開けたドラゴンに向かって右手を突き出した。
根拠なんてない。ただ、自分の魂に刻まれた【???】のスキルを、本能のままに引きずり出した。
「俺の人生……赤点のままで終わらせてたまるかよォォッ!!」
その瞬間、俺の視界を覆い尽くすように、真っ赤なシステムウィンドウが展開された。
【発動条件:対象との絶対的な戦力差、及び所有者の『渇望』を確認】
【スキル『???』の真名が解放されます】
【固有スキル:『一回限りの簒奪者』が発動します】
【対象:終焉の古竜(レベル9999)】
【レベル差を無視し、対象の存在権を強制吸収します】
「――は?」
直後、俺の右腕から放たれた黒い渦が、巨大なドラゴンを飲み込んだ。
極大のブレスごと、数千メートルの巨体が、まるでブラックホールに吸い込まれるように俺の手のひらへと収束していく。
『ギャァァァァァァァァァッッ!?』
人類が到達したことのない神話のバケモノが、悲鳴を上げて消失した。
後に残されたのは、静寂と、俺の右手に握られた「黒い結晶」だけだった。
【吸収完了。固有スキル『一回限りの簒奪者』は消失しました】
【対象の核より、3つの能力を抽出。マスターの魂に定着させます】
ドクンッ!!
心臓が大きく跳ねた。全身の血が沸騰するような熱を帯び、細胞の隅々にまで全く新しい「何か」が根を下ろしていく感覚。
俺は震える手で、空中に浮かぶ自分のステータスウィンドウを呼び出した。
そこに表示されていたのは、常識を根底から覆すバグのような羅列だった。
【名前】朝倉 健人
【レベル】1
【等級】EX(測定不能)
【スキル】
①【EX:終焉の竜核】
無限の体力と魔力を生成する。どれだけ動いても疲労せず、常に万全のステータスを維持する。
②【EX:暴食の覇竜】
倒したモンスターの能力や魔法を喰らい、自身の経験値として莫大な倍率で吸収する。
③【EX:概念破壊】
この世のあらゆる物理・魔法防御を貫通する。また、レベル上限の概念を無効化する。
「なんだ、これ……」
覚醒者は原則1人1つのスキルしか持たない。それがこの世界の絶対のルールだ。
なのに、俺の欄には燦然と輝く黄金の文字で『3つ』のスキルが刻まれている。
おまけに、人類の絶対の壁である「レベル999上限」すら無効化するというデタラメっぷりだ。
俺は自分の両手を見つめた。
試しに、足元の岩に向かって軽く拳を振り下ろしてみる。
――ドゴォォォォンッ!!
ただの素振りが巻き起こした衝撃波で岩が粉砕され、地面に巨大なクレーターが穿たれた。
「……レベル1で、これかよ」
ステータス上は最弱のレベル1。
だが、この3つの力があれば、俺はどこまでも強くなれる。壁なんてない。限界もない。
無限のスタミナで潜り続け、倒した敵を喰らって爆速でレベルを上げ、あらゆるルールをぶっ壊して進むことができる。
「人生の合格点は60点……だったんだけどな」
粉砕された岩を見つめながら、俺はニヤリと笑った。
体の奥底から、これまでの30年間で一度も感じたことのない、どす黒くて熱いマグマのような感情が湧き上がってくる。
「こんなふざけた力をもらっちまったら……たまには100点満点、目指してみるのも悪くない」
本気で生きてこなかった30歳のサラリーマン。
俺の、底知れない熱狂の人生が、ここから始まる。
初めて小説を書きますのでお手柔らかにお読み頂けたら幸いです。




