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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

追放された「殴り屋」ジョーの更生戦記

作者: リェルド
掲載日:2026/01/25

追放というのは加害者側がされるべきだと思うんですよね。

俺の名はジョー。どこにでもいる、しがない冒険者の一人だ。


そう自称できたのは、昨日までの話だったらしい。

俺のパーティにはハルクという男がいる。

元奴隷だというそいつは、俺がどれほど拳を振るい、日頃の鬱憤を叩きつけても、文句一つ言わずに耐える便利なサンドバッグだった。


だが、今日もいつも通りに「教育」を施していた俺に、リーダーのシュルツが無情な言葉を突きつけた。


「お前には引退してもらう」


追放か? 冗談じゃねえ!


「ジョー。確かにお前は強い。火力もだが、その頑丈さも驚くほど強固だ」


なんだよ、わかってんじゃねえか。


「だが……素行の悪さが、もう看過できないレベルだ。今日限りで追放とする」

「――はあ!?」


俺が悪いってのかよ!

こんなの魔物に襲われないための過酷な訓練の一環だろ!?

上の世代なら誰でもやってたことだろうが!


逆上した俺はハルクの胸ぐらを掴む。


「おいハルク! てめえ、シュルツに泣きつきやがったな!?」


無抵抗な面に拳を叩き込もうとした。

……だが、俺の腕は空を切る前に、鉄枷に嵌められたかのようにピタリと止まった。


「……誰だ、邪魔すんじゃねえ!」


毒づきながら振り返った俺の心臓は、一瞬で凍りついた。

そこに立っていたのは、ギルド長ザイガス。


「げえっ……!? ザ、ザイガス……っ!?」


なぜだ。なぜ、こんな底辺パーティの揉め事に、あの「生ける伝説」が姿を現す?

一撃でドラゴンの首を刎ね飛ばし、魔王の右腕を素手でへし折り、王国騎士団を全員まとめて相手にしても欠伸交じりに圧勝する。

――そんな化け物じみたジジイが、なぜこんな田舎ギルドの、ちっぽけな内ゲバ現場に降臨しているんだ。


タイミングが最悪なんてレベルじゃない。

俺の目の前には今、この世で最も怒らせてはいけない死神が立っていた。


「ハルクが悪い! こいつが俺を煽ったんだ!」


その言葉を吐いた瞬間、場の空気が凍りついた。

まるで時間そのものが止まったみたいだった。


ハルクは何も言わず、ただ俺を見下ろしている。

いつもなら「はぁ?」だの「ふざけんな」だの、何かしら返してくる男だ。だが今日は違った。本当に、一言もない。

代わりに、短いため息がひとつ。それが、妙に怖かった。


シュルツは完全に諦めた顔で、少し離れた壁にもたれかかっている。


「だから言ったのに……」


と、誰にともなく呟きながら。


そしてザイガスは俺の腕を掴んだまま、ゆっくりと顔を近づけてくる。

獲物を値踏みするようでいて、すでに「価値なし」と見切った冷たい目。


「……ふん。嘘つきは嫌いだ」


低く、静かな声。


だがその一言で、俺の背筋はびきびきと凍りついた。

次の瞬間、ザイガスの空いている手が動いた。


「お前みたいな奴が一番タチが悪い。自分の暴力は正当化して、相手のせいにする」


顎を、鷲掴みにされる。親指と人差し指で顔を固定され、逃げ場はない。

息が詰まり、視界はザイガスの顔で埋め尽くされる。


「それで何人も傷つけて、何人もパーティを壊して……最後は『俺は悪くねぇ』って言いながら墓場まで行くつもりか?」


言葉の一つ一つが、重い鉄槌のように胸に叩き込まれる。

そのとき、ハルクがようやく口を開いた。


「……ジョー。お前が俺を殴るの、今日で何回目だ?」


珍しいほど静かな声だった。

俺は答えられない。


「俺は数えてねぇけど、五十回は超えてると思うぜ。それでも我慢してたのは、お前が『仲間』だったからだ。でもな……もう限界だ」


ハルクの目は、少し赤い。泣いているわけじゃない。

ただ――疲れている。心の底から、疲れ切った顔だった。


ザイガスは俺の顎を放し、掴んでいた腕も緩めた。

だが、もう遅い。俺は動けなかった。

膝ががくがくと震え、立っているのがやっとだった。


ザイガスは一歩下がり、シュルツの方を向く。


「このパーティのリーダーか。こいつをどうするかは、お前が決めろ。だがな……今日ここで見たことは、ギルド本部に報告する」


静かな声が、判決のように続く。


「『殴り屋ジョー』は、今日でブラックリスト入りだ。どの街のギルドも、こいつをパーティに入れるな。

それが嫌なら――自分で更生させる覚悟があるなら、別だがな」


シュルツは深く息を吐き、俺を見た。


「……ジョー。最後にもう一度聞く。お前は、本当に変われると思うか?」


一瞬の沈黙。


「俺たちは……もう、お前を信じられねぇよ」


ちくしょう……。

ドラゴンを一瞬で屠るザイガスに、俺が勝てるわけねぇ。


俺はその場から逃げ出すことにした。

実質、追放を受け入れたのと同じだ。


悔しくて、悔しくて仕方がなかった。力が足りねえ。

――俺に、もっと力さえあれば。


俺は一瞬の隙をつき、ザイガスの握力を無理やり振りほどいた。

骨が軋む感触も構わず、反射的に体をひねり――ギルドの扉を、全力で蹴破った。


木片が砕け散り、夜の空気が一気に流れ込む。

俺はそのまま外へ飛び出した。


「ジョー……!」


背後から、ハルクの声が聞こえた気がした。

だが、振り返る余裕なんてなかった。




街の路地を、ただひたすらに走る。

息が切れ、肺が焼けるように痛む。

喉の奥が鉄の味で満ちていく。


それでも、止まれなかった。

止まった瞬間、すべてが終わる気がしたからだ。


頭の中をぐるぐる回っているのは、たった一言。


――俺に力さえあれば。


ザイガスに、勝てたかもしれない。

ハルクを、一撃で黙らせられたかもしれない。

シュルツに「追放」なんて言葉を吐かせずに済んだかもしれない。


パーティの誰もが、俺を恐れて――そして、認めていたかもしれない。


だが現実は、これだ。


俺はただの「殴り屋ジョー」。

ギルド長の前じゃ、ただのチンピラ。


ブラックリストに載った瞬間、冒険者としての人生はほぼ詰みだ。

どの街でも、どのギルドでも、俺は弾かれる。




夜の街外れ。

辿り着いたのは、廃墟みたいに古びた酒場だった。


カウンターに突っ伏し、安酒を煽る。

喉を焼くアルコールが、惨めさだけを鮮明にする。

隣に座っていた酔っ払いが、ぼそりと呟いた。


「よぉ、聞いたぜ。『殴り屋ジョー』がパーティ追放されたってな。ザイガスに睨まれて、逃げ出したらしいじゃねぇか」


下品な笑い声。


「ははっ。ギルド長相手に喧嘩売るなんてよ、命知らずにも程があるぜ」


俺は、グラスを握り潰しそうになった。

悔しい。冗談じゃなく、吐き気がするほど悔しかった。


……でも、ここで終わりじゃねぇだろ? ジョー。


何をするにしても、俺一人じゃ始まらない。

そう思ったとき、自然と足が向いた場所があった。


――奴隷商だ。


奴隷は高い。

だがそれは、買い切りの場合の話。


最近は「レンタル奴隷」なんてものがある。

期間内に返却し、理不尽に殴ったり蹴ったりしなければ、価格は五百G。

俺の小遣いでも、余裕で払える額だ。


価格が安い分、返却は絶対の掟。殺したらギルド長なんて目じゃないほどの拷問三昧と聞く。

そんな具合なもんだから、殴れないのは正直腹が立つ。

だが、今は四の五の言っている場合じゃねぇ。


奴隷商のテントは、街外れの空き地にぽつんと建っていた。

夜露に濡れた布切れを寄せ集めただけの、薄暗く、息の詰まる場所だ。


俺はその中に入り、五百Gを叩きつけるように差し出した。

手続きは驚くほど簡単だった。


鎖も檻も見当たらない。

あるのは、値札をぶら下げられた子どもが数人と、油ぎった目をした奴隷商の老人だけだ。

俺は、適当に目についたガキを二人、レンタルした。


「へへ……意図的に暴行を加えなきゃ返却OKだぜぇ」


ジジイは、最初から俺の顔を値踏みするように見ていた。


「期間は一ヶ月。延長は追加料金な。……壊したら、わかってるんだろうな?」


俺は奥歯を噛みしめる。


「殴らねぇよ……今はな」


そう吐き捨て、金を払った。


テントを出るとき、ふと我に返る。

――俺は今、奴隷商からガキを二人借りて、連れ歩いている。


他人から見たら、どう見える?

追放された冒険者。ブラックリスト入り目前。

その上、子どもを引き連れて夜道を歩く男。


……どん底にも程がある。




粗末な宿に戻り、予備の武器を引っ張り出す。

剣の持ち方、構え、踏み込みをイメージ。


「いいか、死にたくなきゃ、言う通りに動け」


戦闘訓練だ。

目指すはただ一つ、打倒ザイガス。


レンタル期間が終わる前に、決着をつけてやる。

今度こそ、力で――すべてをひっくり返すためにな。


レンタルした二人。


一人目は、瘦せっぽちのエルフっぽい少年。

年は俺よりずっと下だろう。

目は虚ろで、剣を握る気配すら感じない。


二人目は人間の少女。十歳くらいか。

妙に目つきが鋭く、歩き方もふてぶてしい。


「なあ、おっさん。ちゃんと飯くれよな」


最初に口を開いたのは、その少女だった。

……生意気なガキだ。


俺は二人を街外れの廃墟同然の空き地まで連れていき、予備の剣と棍棒を地面に放り投げた。


「てめぇら! 今日から俺の訓練相手だ!」


二人がびくりと肩を震わせる。


「ザイガスってジジイをぶっ倒すんだよ。俺に勝てるくらい強くなれ! いや――俺が強くなるまで、耐えろ!」


最初は、完全に怯えていた。

だが俺が怒鳴る。


「殴らねぇって約束しただろ! だから本気で来い!」


渋々、といった様子で武器を握る。こうして、訓練が始まった。


模擬戦だ。もちろん手加減はしている。

殴れないルールがある以上、蹴りも我慢だ。

傷跡が付かない程度に動く必要があった。


だが、それでも――俺のパワーは、ガキどもには過剰だった。

すぐに地面に転がり、泣き出す。

「もう無理……」と声を絞り出す。


それでも、俺は止まらない。


「立て! ザイガスは、こんなもんじゃねぇぞ!」


倒れたままの二人を見下ろし、吐き捨てる。


「俺があいつに勝てねぇなら、てめぇらなんか一瞬で殺されるんだよ!」




数日が過ぎた。

少しずつだが、変化が出始める。


エルフの少年は、剣を振るうより先に、空気の流れを操るような感覚を掴み始めた。

魔法――その片鱗だ。


少女の方は、やたらと身軽だった。

正面から打ち合わず、俺の隙を見て、的確にカウンターを狙ってくる。


そして俺自身も――。

ただ殴るだけじゃなく、「相手の動きを読む」ことを二人に教えるうちに、自分の戦い方が少しずつ洗練されていくのを感じていた。


ガキどもは、毎日ボロボロだ。

それでも、辞めようとしない。


ある日、少女が言った。


「なあ、おっさん。

おっさんがザイガス倒せば、俺たち自由になれるんだろ?」


……自由?

そんな約束、した覚えはねぇぞ。

だが、否定の言葉は出なかった。




粗末な宿の一階。

テーブルの上には、黒パン三つと、薄いスープが入った木椀が並んでいる。

俺は椅子にどっかり座り、腕を組んだまま言った。


「……食え。残すなよ」


リーフは一瞬だけ椀を見て、ためらいがちに口をつけた。

ミナはというと、椅子に座るなりパンを掴み、遠慮なくかじる。


「……まずっ」

「文句言うな。金ねぇんだよ」

「いや、味の話じゃなくてさ。これ、塩入ってねぇじゃん」


言われて、俺もスープを一口すすった。……確かに、味がほとんどしない。


「……入れ忘れたか」

「は? 自分で作ったの?」

「他に誰がいる」


ミナは呆れたように俺を見て、肩をすくめた。


「おっさんさぁ……冒険者のくせに料理下手とか、将来詰んでない?」

「うるせぇ。食え」


リーフは黙々とパンをちぎってスープに浸している。

その動きが妙に慣れていて、胸の奥がちくりとした。


「……リーフ」

「は、はい」

「それ……前も、そうやって食ってたのか」


一瞬、リーフの手が止まる。それから、ほんの少しだけ頷いた。


「……うん。こうすると、固いパンでも食べやすいから」


ミナが、噛みかけのパンを止めて、ちらっとリーフを見る。それ以上、何も言わなかった。

俺は舌打ちして、立ち上がる。


「……待ってろ」


棚から塩袋を引っ張り出し、スープに雑に振り入れた。

今度は、ちゃんと味がした。


「……ほら」


ミナが一口すすって、少しだけ目を見開く。


「……まあ、さっきよりはマシ」

「そうかよ」


リーフは、小さく笑った。

その瞬間、胸の奥がざわついた。


殴ってねぇ。怒鳴ってもねぇ。

ただ飯を食ってるだけなのに、妙に落ち着かない。


……チッ。変な感覚だ。




今の俺は、ガキ二人に膝をつかされる瞬間が、確実に増えてきている。

ガキの成長は着実だが、俺の成長が足りてねえ。それに……。


レンタル期間は、残り三週間。

延長金を払う余裕は、今はない。

このまま訓練だけしてたら、時間切れだ。


……仕方ねぇ。この三人で、臨時パーティを組むしかねぇな。

表のギルドは論外だ。奴隷をパーティ扱いなんて、できるはずがない。

だがどこの国にも、はみ出し者を受け入れる場所は存在する。


向かう先は――闇ギルド。


人を何人も殴った。途方もない悪事をした。

そんな奴らがこぞって集まる場所。

安全性は担保されないが、受け入れの倫理も緩い、そんな所だ。


闇ギルドの酒場は、昼でも薄暗い。

壁に貼られた依頼書は血と酒で汚れ、どれもロクな仕事じゃないと一目でわかる。


俺はその前で腕を組み、立ち尽くしていた。

今のパーティ状況を、頭の中で反芻する。


俺――ジョー。

殴り専。火力だけは一丁前。

最近は「殴らない訓練」のせいで、無駄に我慢強くなった気がするが、それが強さかはわからねぇ。


瘦せっぽちのエルフ、リーフ。

魔法の才能は確かにある。火球も風刃も小さいが、回転率だけは異様だ。

……だが、経験が圧倒的に足りない。


人間のガキ、ミナ。

短剣を持たせたら意外と刺さる。素早さだけは一人前で、最近は俺の指示にも従う。

口は悪いが、覚悟はある。


依頼ボードの前で、二択。


浅くて安全な周回しやすい「ゴブリンの巣窟」。子供の遊び場レベルで、ギルドのまともな管理も必要ない。

深くて危険だが金と経験値になる「霧の遺跡」。表ギルドの依頼ボードでは見かけない、リスクあるダンジョンだ。


安全か、一発逆転か。

背後の席で、リーフが小さく呟いた。


「……おっさん。浅いところなんかに潜ったところで、本当にザイガス倒せるの?」


その声は、不安というより疑念だった。

ミナは鼻で笑う。


「金さえ稼げばいいんだろ? だったら、さっさと深いとこ行こうぜ。どうせ時間ねぇんだし」


――わかってる。

レンタル期限は、もう二週間を切っている。

悩んでる暇はない。


俺は、依頼書を一枚引き剥がした。


「行くぞ。霧の遺跡だ」




野営の焚き火は、小さく、心許なかった。

霧のせいで薪が湿っていて、煙ばかり上がる。


「……おっさん」


ミナの声。


「明日さ。マジで、やばいとこなんだよな」

「今さら何だ。分かってて選んだ」

「だよな」


ミナは焚き火に小枝を放り込み、ぱちっと火花が散る。


「……もし死んだらさ。レンタル、どうなんの?」

「死ぬわけねえだろ、てめえらが死んだら俺も終わりだ」


リーフが、膝を抱えたまま小さく言った。


「……僕、魔法、間に合うかな」

「何がだ」

「……足手まといにならないくらい」


俺は鼻で笑った。


「今さらだろ。もう十分強い、俺に比べりゃまだまだだがな」


二人の肩が、びくっと跳ねる。


「……どうした?」


ミナが目を丸くする。


「え。今、褒めた?」

「うるせぇ」


リーフは少しだけ顔を上げて、俺を見る。


「……でも、足手まといでも……守ってくれるんだよね」


焚き火が、ぱちりと音を立てた。


「……守る気はねえ。ただ、死なないように管理するだけだ」


そう言うと、ミナがふっと笑った。


「なーんだ。だったらおっさんが一番、前出ろよ。派手にやってさ」


俺は口の端を吊り上げる。

その夜、三人ともあまり眠れなかった。

だが、不思議と誰も「行きたくない」とは言わなかった。


焚き火が消えるまで、俺たちは同じ場所にいた。




ただ結果から言えば――霧の遺跡は、予想以上に最悪だった。


視界は常に白く、足場は不安定。

トラップは陰湿で、敵は数より質が悪い。


ガキどもを殺すわけにはいかない。

そうなると、どうしたって俺が前に出るしかねぇ。

霧の遺跡での死闘。俺は盾役に徹していたが、苛立ちは頂点に達していた。


「ちくしょう、なんで俺がこんな……!」


スケルトンの重い一撃を腕で受け止める。

骨が軋む。

今までの俺なら、このまま強引に拳を叩き込んで粉砕して終わりだ。


だが、今は違う。

レンタル期間という「鎖」がある。


俺がこいつを殴り倒す数秒の間に、もしガキどもが横から飛んできた流れ弾で死んでみろ。

俺の人生はそこですべて終了だ。


「……おい、骨クズ! どこ見てやがる、こっちだ!」


俺はあえてガードを解き、中指を立てて叫んだ。

今まで他人の尊厳を削るために使ってきたその汚い言葉が、初めて「戦術」として機能した瞬間だった。


(……ああ、そうかよ)


脳裏に、かつて俺が殴り飛ばしてきたハルクの顔がよぎる。

あいつはいつも、俺の暴言と拳を黙って受け止めていた。

それは「無能」だからじゃない。パーティのバランスを崩さないために、あえて俺の「悪意」を一身に引き受けていたんじゃないのか?


「ハッ、笑わせやがる。……俺が今、あいつと同じことやってんのかよ」


自嘲気味な笑いが漏れる。 だが、視界は驚くほどクリアだった。

俺が吠えれば吠えるほど、魔物どもは俺しか見えなくなる。

背後のリーフとミナに安全な「隙」が生まれる。


俺は「殴り屋」じゃねぇ。

相手の怒りを、憎しみを、すべて俺という一点に集める――世界で一番タチの悪い「煽り屋」だ。


「来いよ! 俺を殴りたくて堪らねぇんだろ!? かかってこい!」


拳を振るうよりも、言葉を叩きつける方が、喉の奥が熱く燃えた。


攻撃は後衛任せ。俺は盾役に徹する。

スケルトンの刃を受け止め、ゴーレムの拳を受け止め、呪いを帯びた罠を体で踏み抜く。

その間に、リーフが魔法を撃ち、ミナが隙を突く。


霧の遺跡を一周するのに、三日もかかった。

効率? 最悪だ。


ようやく戻ってきて、戦利品を並べてみれば――。


装備の修理。

消耗品の補充。

延滞金の前払い。


帳尻は、ほぼトントン。


「……やってられねぇ」


思わず、吐き捨てた。

このやり方じゃ、何も変わらない。

時間だけが削れていく。




その夜、闇ギルドのさらに奥。

表には出ない、闇ギルドの裏依頼ボード。

その一枚に、俺の視線は釘付けになった。


標的:霧隠れの山脈最深部に住む“城主”

報酬:城に眠る一〇〇〇〇〇G相当と思われる財宝


……は?


一瞬、桁を読み間違えたかと思った。

だが、何度見ても変わらない。


今の全財産の、ゆうに百倍以上。

これ一発で、レンタルの買い取りどころか、ザイガスに喧嘩を売れる装備一式が揃う。

心臓が、嫌な音を立てて跳ねた。


カウンターの向こうで、受付の男が口角を吊り上げた。


「へへ、ジョーさんよぉ。こいつは今まで十人以上が受けて――誰も戻ってねぇ」


まるで武勇伝を語るみたいに続ける。


「生きて帰ってきた奴? ああ……一人だけいたな。もっとも、頭おかしくなって廃人だったが」


警告のつもりなんだろう。

だが、その言葉は逆に、俺の胸を煽った。


――まだ誰も成し遂げてねぇ。


頭の中で、状況を整理する。


強力な結界に、複数の召喚獣。

闇ギルド内評価は、Sランク。

ザイガス級とまでは言わねぇ。だが、近い可能性はある。


移動だけで、片道一週間以上。

道中は魔物だらけ。

パーティは――俺と、レンタルしたガキ二人。


失敗すれば、闇ギルドから抹殺対象。

リスクは、致命的。だが成功さえすれば、金に経験、実績すらも莫大だ。

ザイガスに近づくための、確かな一歩。


レンタルの期日も目の前だ。受けない選択肢は無え。

依頼書にサインしようとした、そのときだった。

背後で、リーフが小さく呟く。


「……おっさん。これ、マジで死ぬよ?」


声が震えている。

ミナは、依頼書を見つめたまま、ぽつりと言った。


「……俺たち、自由になれる?」


胸の奥が、ちくりと痛んだ。


今、俺の頭の中は札束で埋め尽くされている。

だが同時に、酒場で叫んでいた自分の声も、まだ消えていなかった。


――やってられねぇ。


あのときの俺は、確かに本物だった。

俺がずっと求めてきたもの。

力さえあれば。


その答えは――この依頼の先に、確かにある。

少なくとも、俺にはそう思えた。




明日から、霧隠れの山脈へ向かう。

生きて帰れる保証なんて、どこにもない。

むしろ、帰れない方が自然なくらいだ。


「……おっさん。自分用の武器は買わないの?」


不意にミナが声をかけてきた。彼女は自分の短剣をいじりながら、俺の懐を指差した。


「うるせぇ。殴る方が馴染んでるんだよ。高い剣を買う金があるなら、お前らの薬草代に回す」

「……ふん。変なところでケチなんだから」


ミナはそう言いながら、懐から小ぶりなリンゴを一つ取り出した。

なけなしの小銭で買ったのか。くすねてきたわけじゃなさそうだ。

それを三つに切り分け、俺とリーフの前に差し出す。


「ほら。栄養摂らないと、山登りの途中でバテるよ」


リーフが遠慮がちに一切れ手に取る。俺も、無骨な指でリンゴを掴んだ。

かじると、酸っぱい果汁が口の中に広がった。


「リーフ。魔法の調子はどうだ」

「……うん。おっさんの後ろにいると、不思議と集中できるんだ」


リーフはリンゴを咀嚼しながら、自分の杖を愛おしそうになでた。


「前は怖くて目を閉じちゃってたけど……今は、おっさんの背中を見てれば大丈夫だって思える」


……ちっ。

俺の背中なんて、殴られ慣れてるだけの代物だってのに。


「おっさん……。勝とうね。勝って、またこのまずいスープ、食べよう?」


リーフが、真っ直ぐに俺を見て言う。


「それはてめえらの働き次第だな」


俺がやるべきことは決まっている。

深く考える必要もねぇ。

城主が何者だろうが、前に立つのは、俺だ。


「……さっさと寝ろ。明日からは、リンゴを食う暇もねぇぞ」


短くそう告げると、二人は「おやすみ」と小さく言い合い、毛布にくるまった。

やがて、静かな寝息が聞こえ始める。


俺は一人、窓から見える暗い山脈を見つめていた。

拳を握る。まだ、震えていない。

一人じゃねぇってことが、こんなにも拳を重くさせるのか。


俺は小さく鼻で笑い、目を閉じた。




山越えは地獄だった。


山に近づく者には魔物を放つ。

結界を突破するには、幾つものダンジョンを攻略せねばならない。


だが、ガキどもは貴重な戦力として数えられるほど成長していた。

深いダンジョンで手に入れた強い剣と杖のおかげで、攻撃力は間違いなく俺より上になっている。


とはいえ、ガキ特有のメンタルの弱さがチラホラ垣間見える場面もある。

敵をしばいた後の体調ケアを怠るわけにもいかず、俺は後方支援みたいな真似せざるを得なかった。

レンタル……面倒くせえな!


道もわからぬまま山を越え、巨大な城にたどり着く。

魔物を倒しながら進むと――角の生えた、威厳たっぷりの男が、マントを翻し、玉座にどっかり座っていた。

筋肉質で、角が黒く光っている。


拳を握りしめる俺。

その瞬間、玉座の男がゆっくり立ち上がった。

低く、響く声。


「……ほう。首を狙いに来た小僧か。私はこの城の主、『堕ちた竜王ヴァルドラン』だ」


ヴァルドランがニヤリと笑い、角から黒い炎を噴き上げる。

こいつが、すべての元凶だ。


「お前がここまで来られたのは褒めてやる。ここで私を倒せば、城の財宝は全てお前のものだ。だが……」


ヴァルドランの周囲に、俺たちがダンジョンで倒してきた大型魔物が再召喚され、ゆっくりと浮かび上がる。


「負ければ――お前もガキどもも、このような『召喚獣』として永遠に使ってやろう」


リーフが震え声で囁く。


「お、おっさん……これ、ヤバいよ……逃げよう……」


ミナは短剣を握ったまま、ぶつぶつと呟く。


「金……金さえあれば……」


玉座の間は、結界で封鎖されている。逃げ場など、どこにもない。

ここが、本当の正念場だ。

俺の「力さえあれば」の答えが、今、試される。


俺は拳を握りしめ、ヴァルドランの金色の瞳を真正面から睨み返していた。

背中越しに伝わってくるのは、ガキどもの震えだ。空気が重い。

この城に眠る財宝のすべてが、今や目の前にある。


――考えるより先に、喉が裂けるほど叫んでいた。


「うおおおうるせぇぇぇぇ!! 俺は殴り屋ジョーだ! 殴ってやる!!」


そうだ。やることは一つしかねぇ。

俺は全力で暴言を叩きつけ、存在そのものを叩きつけるように突っ込んだ。


――視線が、全部俺に集まるのが分かる。


拳は、正直最初の一発が限界だった。

だが関係ねぇ。俺は殴るんじゃねぇ、引きつけるんだ。

炎、爪、咆哮。全部俺のもんだ。ガキにくれてやる義理なんざねえ!


ヴァルドランが放つ黒い炎と、巨体から繰り出される猛攻。

俺の視界は、奴の暴力一色に染まっていた。


「くそっ、なんて重さだ……!」


盾代わりの籠手で受け止めるたび、衝撃が脳天まで突き抜ける。

かつての俺なら、この痛みにキレて、ガードも捨てて無策に殴り返していただろう。

だが、今は背後に「壊しちゃいけねえガキども」がいる。その鎖が、俺をこの場に縫い止めていた。


(……待て。よく見ろ。焦るな)


死地で強制的に冷静さを求められた瞬間、世界の見え方が変わった。


ヴァルドランは強い。だが、でたらめじゃない。

奴が右の角を光らせる時、必ず左足の踏み込みがわずかに浅くなる。

そこが、次に放たれる「黒炎の放射」の死角だ。 俺は一歩、あえて前に出た。


渾身の罵声を叩きつける。叫ぶ。罵る。煽る。

暴言、恐喝、挑発行為は得意分野だ。

奴の殺意が、面白いように俺一人に収束した。


拳を振るうことをやめた俺の五感は、奴の「力の流れ」を驚くほど鮮明に捉え始めていた。

奴が爪を振り下ろす瞬間、俺はそれを正面から受けなかった。

籠手の表面をわずかに傾け、爪の軌道を「一ミリ単位」で受け流す。


(今だ……ここしかない!)


ただ逸らすんじゃない。

奴の巨体を、ミナが潜り込めるだけの僅かな「隙」が生まれる角度へ、俺が力ずくで誘導するんだ。

俺が盾で奴の姿勢を強引に右へ傾かせると、ヴァルドランの脇腹にがら空きの空間が生まれた。


「ミナ、そこだ! ぶち込め!」


俺の指示に、ミナの短剣が吸い込まれるように奴の逆鱗を貫く。

続けてリーフの魔法が、俺が盾で固定したヴァルドランの顔面に直撃した。


(……ああ、そうか。こういうことだったのかよ)


かつてハルクがやっていたことの真実が、今さら理解できた。


盾役は、ただのサンドバッグじゃねえ。

敵の殺意をコントロールし、戦場全体の「力のベクトル」を書き換える。

それは、闇雲に拳を振るうよりも、遥かに高度で緻密な「支配」だった。


俺の体には、ヴァルドランの攻撃を「受け切った」ことで、奴の力の伝え方が、筋肉の使い方が、その理が経験値として刻み込まれていく。


「殴らねえんじゃねえ。……『最高の一撃』を叩き込むために、今、全部見てんだよ!」


この瞬間、俺はきっとただの殴り屋ではなくなっていた。





数十分――いや、体感じゃ永遠みたいな死闘の末、ヴァルドランの巨体が、ついに崩れ落ちた。

ドサッ、という重い音。

黒い炎が霧散し、玉座の間に静寂が戻る。


「生きてる……? 俺たち……生きてる……!」


リーフが杖を取り落とし、その場にへたり込む。

ミナは短剣を握ったまま、震える声で呟いた。


「……金……金、ゲット……?」


俺はというと、息を切らしながら、血まみれの拳を握ったまま立ち尽くしていた。

後ろには、ボロボロになったリーフとミナ。

杖と短剣を手放せず、今にも倒れそうな顔をしている。


……殴ってねぇ。全然、殴ってねぇ。

それでも――俺たちは、生きていた。


城の奥には財宝の山があった。

金貨、魔石、装備。

持ち帰れないほどの量だ。


でも、重すぎる。俺は宝箱の横に腰を下ろし、深く息をついた。

ガキだけに運ばせるのは無理だな。

竜王ヴァルドランの角を抱え込みながら、俺は自分の選択を噛み締めた。


「……おっさん、どうすんの?」


リーフとミナが、不安げな目でこっちを見てくる。

答えは最初から決まっていた。


……財宝ごと引きずって帰る。

俺は宝箱の蓋を閉め、縄を何重にも巻きつけた。肩に担ぐ準備をしながら、怒鳴る。


「てめぇらも手伝え! 一人ずつ引っ張れ!」

「だと思ったよ」


苦笑交じりの軽い返答。既に以心伝心だ。

三人で声を掛け合いながら、なんとか山を下り続けた。




数日後。


俺たちは泥と血と汗にまみれ、ようやく霧隠れの山脈を抜け出した。

ギルド前に財宝をドサッと下ろした瞬間、周囲がざわつく。


「あの財宝の横……竜王ヴァルドランの角が転がってるぞ!?」


受付が血相を変えて飛び出してきた。


「……ジョー……お前……マジでヴァルドランを殺したのか? これは大事件だぞ……!」


結果は、こうだ。


ヴァルドランの角は、闇ギルドで即高値買取。

「竜王殺しの証拠」として、俺の評価は一気にS級相当まで跳ね上がった。

また、財宝に含まれていた魔導書や魔石には、情報屋が群がった。


「王都の貴族が欲しがるぞ。オークションに出せば……億は堅い」


そして――レンタルされていたガキども。


期限切れで自動買い取り扱いになったが、稼いだ金で即解除。

リーフとミナは、自由になった。


「……おっさん……ありがとう……」


リーフは涙目で頭を下げた。

ミナは照れたように目を逸らし、ぼそっと言う。


「……自由だけどさ。……もうちょっと、一緒にいてもいいかもな」


山のように積まれた金貨の前で、俺は座り込んでいた。

ザイガスに喧嘩を売れるだけの装備が揃う。

いや、下手すりゃそれ以上だ。


なのに――胸の奥が、妙にざわついていた。


「力さえあれば」


そう叫び続けてきた。


だが実際に手に入れたのは、ガキどもを守り、拳じゃなく暴言で敵を引きつけて勝ち取った力だ。

竜王ヴァルドランの首――いや、角をぶん取って、今は金貨の山を前にして立っている。

……これが、俺の求めていた力なのか?


金貨の山の横で、リーフとミナが並んで座り、俺を見上げる。


「おっさん、次は何すんの?」


俺は鼻で笑った。俺の冒険は、まだ終わっちゃいねぇ。

俺の目的は最初から打倒ザイガスだ。

レンタル? 金? ……そんなもんは、もう、余計な荷物に過ぎなかった。


――ついに、吹っ切れた。


俺ははっきりと、そう実感していた。


「準備は整った。この戦いで、俺はあいつを超えたと踏んでる」


そう言い切った瞬間、自分でも分かるくらい、視界が澄んだ。

血と泥にまみれた拳を握りしめ、俺はゆっくり息を吐く。


「ガキも金もいらねぇ。俺の肉体があればそれでいい。ザイガスなんざ――怖くねぇ!」


隣で、リーフとミナが呆然としていた。


「……おっさん、マジで?」


リーフの声は、まだ現実を飲み込めていない。


「金……いらねぇって……?」


ミナも信じられないものを見る目で俺を見る。


「俺たち自由にしといて……それで?」


俺は、ニヤリと笑った。


「へへ。必要ねぇって言ったろ」


軽く肩をすくめる。


「お前らは、好きに生きろ。これでレンタル解除して、買い取りも済ませろ」


ガキどもは、すぐには受け取らなかった。

戸惑い、迷い、俺の顔をじっと見る。


「余った分は……好きに使え。俺は……もう、一人でいい」


――そして、目を見て。

ようやく、二人は小さく頷いた。


「……ありがとう、おっさん」


リーフが、少し照れたように笑う。


「いつか……また会おうぜ」


ミナは鼻をすすり、涙目で笑った。


「……バカ。お前みたいな奴、二度と会えねぇかもな」


宝の横で、短い別れを告げる。

それで十分だった。


俺は一人、闇ギルドを後にした。

街の外れの道を、ゆっくりと歩き出す。


背中には、何もない。

必要なのは拳だけ。


目指す場所は、もう決まっている。

ザイガスがいる、あの街だ。


依頼でも、賞金首でもねぇ。

ただ、俺が本当に、あいつを超えたのかどうか。

それを確かめに行くだけ。


道中で魔物が襲ってきても、俺は笑った。

暴言を叩きつけ、ヘイトを全部引き受け、一撃でぶっ飛ばす。

「殴り屋」も「煽り屋」も卒業だ。




数ヶ月後。王都のギルド前。


シュルツとハルクが酒を飲んでいるところに、俺は堂々と歩み寄った。

ボロボロの服。削ぎ落とされた筋肉。だが、目だけがギラギラと光っている。

ハルクがグラスを落とし、声を震わせた。


「……ジョー……?」


シュルツも立ち上がり、呆然と俺を見つめる。


「てめぇ……生きてたのか」


俺はニヤリと笑った。


「よお。俺、ザイガスに会いに来た。今度は……ちゃんと殴り合うぜ」


その時、遠くから足音が近づく。ザイガスだ。

老剣士はゆっくり歩み寄り、俺を見据えた。剣を抜かず、両手を軽く開く。

その目は、昔の冷たさとは違い、わずかに楽しげだった。


「……来いよ、ジジイ! 今度こそ全力でぶつかってやる!」


俺の叫びが、ギルド前に響く。


「馬鹿野郎……」


シュルツが呟き、周囲の冒険者たちは息を飲み、ハルクは拳を握りしめるだけ。


最初の一撃。


地面を蹴って一直線に突進。右の拳が風を切り、ザイガスの顔面を狙う。

だが、老剣士は微動だにせず、首をわずかに傾けて避ける。

拳は空を切り、瞬間――左の掌底が俺の腹に沈んだ。


ドンッ。


息が止まる。内臓が震え、視界が一瞬白くなる。

だが、倒れはしない。笑っている。


「ははっ……まだまだだな、ジジイ!」


そのまま俺は体勢を崩さず、左肘を横薙ぎに振り抜く。

ザイガスは後ろに一歩下がり、俺の肘を右手で受け流す。


その隙に俺は右膝を跳ね上げ、腹を狙う。

老剣士は腰を落として回避し、逆に俺の膝裏を軽く蹴り上げる。体が浮く。

地面に叩きつけられる前に、俺は背中から転がって距離を取る。


立ち上がると同時に、ザイガスが迫っていた。今度は向こうから。

右ストレートが俺の顎を狙う。


俺は首を振って避け、カウンターの左フックを放つ。

ザイガスはそれを掌で受け止め、俺の腕を捻り上げる。

痛みが走るが、俺は逆に体を捻って脱出。そのまま右の頭突きを老剣士の胸に叩き込む。


ゴンッ!


初めて、ザイガスの体がわずかに後退した。

周囲からどよめきが上がる。


「……ほう」


ザイガスが小さく笑う。そして、本気になった。


二ラウンド目。


老剣士の動きが一気に変わる。

今までの「試す」ような緩さは消え、流れるような連撃が始まった。

掌底、肘打ち、膝蹴り、掌刀――すべてが最小の動作で、最大の威力を叩き込んでくる。


俺は全部受け止めようとするが……、受け止めきれない。


右の掌底が肩に当たり、骨が軋む。

左の肘が脇腹を抉り、肋骨が一本折れた音がした。

膝が俺の太ももに沈み、足が痺れる。


それでも俺は下がらない。下がったら終わりだ。


「来いよ! もっと本気出せ! 俺はもう、昔の俺じゃねぇんだよ!!」


叫びながら、俺はザイガスの懐に飛び込む。

ヴァルドランの戦いで学んだ「力の流れを読む」感覚を、全身で発揮する。

老剣士の掌底が来る瞬間、俺は呼吸を整え息を吐いた。


ドッ――!


衝撃が俺の体を貫くはずだった。

だが、俺はそれを地面に逃がし、逆にザイガスの腕を押し返す。

老剣士の目が、初めて驚きに見開かれる。


「……衝撃を殺したか」


その隙に、俺は下から左拳を突き上げる。ただの殴りじゃない。


『力の極性反転』。


ザイガスの踏み込みに合わせ、俺の魔力を逆回転させてぶつける。

あの龍王も使っていた、物理法則を無視した『静止』の拳だ!


ゴッ――!


ザイガスの巨体が、大きくのけぞった。

胸を押さえ、初めて膝を軽く曲げる。周囲が静まり返る。


「……はは、ざまぁねぇな、ジジイ」


俺の拳はボロボロ。指の骨が何本か逝った音がしたが、心は最高に晴れやかだった。

暴力で支配するのではなく、相手の力を理解し、それを受け切った上で上回る。

これが、俺が辿り着いた「力」の答えだ。


だが、まだ終わらない。ザイガスがゆっくり立ち上がり、口元に笑みを浮かべる。


「……面白い。ならば!」


ついにザイガスは剣を抜いた。

来るか! 俺は身構えた。

ドラゴンも瞬時に屠ったとされる、斬撃を飛ばす一閃。


けどな、俺もこの数か月何もしなかったわけじゃねえ。

剣筋と目線。

それを追えばどこを狙っているか完全にわかる。


俺は確信をもって攻撃を回避しようとした。

だが、それがいけなかった。

俺の後方で見物していた野次馬の子供が興奮して飛び出して来やがった!


このまま躱せば斬撃はガキに当たっちまう。


あいつはレンタル奴隷でも、俺に関わりがあるわけでもねえ、ただのガキだ。

死んだところでザイガスの責任だ。

俺には関係が無えっ……!


だけどそれでも思考は止まらない。

ザイガスも驚愕の表情だ。

老剣士の息が乱れ、初めて汗が額を伝う。


「ちくしょう!」


俺はガキをかばうように一歩前へ出た。

斬撃が肉体を激しく切り裂く。


体は限界を超えていた。

肋骨は複数折れ、内臓は出血してる。

視界が狭くなり、足がもつれる。


「……随分と、変わったな」


低く、静かな声。俺は血を吐きながら、ニヤリと笑う。


「うるせぇ……俺は最初からこれだったんだよ。てめぇが……俺をそうさせただけだ」


最後の突進。俺は残った力をすべて左拳に込め、ザイガスの胸を狙う。

老剣士も同時に右拳を振り抜く。二つの拳が、真正面で激突した。


バキィィン――!


衝撃波が周囲を吹き飛ばし、石畳にひびが入る。

俺の左腕が不自然に曲がり、骨が砕ける音がした。

ザイガスの右拳も、指が折れ曲がっている。互いに、膝をつく。静寂。ザイガスが、ゆっくり胸を押さえながら言った。


「……お前は……もう、俺を超えたのかもしれん」


差し出された手。


俺は血まみれの視界で、それを見つめる。

この手を取ったら、何かが終わる。

でも同時に、何かが始まる。


俺は、その手を掴んだ。立ち上がると、世界が少しだけ高く見えた。

体はボロボロだが、足はちゃんと地面を踏んでいる。


「……おい、馬鹿野郎ジョー。戻ってこいよ、パーティに」


シュルツが近づき、ハルクは無言で肩を貸してくれる。

……悪くねぇな。空を見上げ、小さく呟いた。


「……まあ、考えてやるよ」


そう言って空を見上げる。

雲の切れ間から、光が差していた。


誰にも負けない力。奪われないための力。

昔の俺は、こういう力を求めていた。


でも今の、ただのジョーとなった立場なら違うとわかる。


力ってのは、何かを殴り倒すためだけのもんじゃねぇ。

守るため。進むため。そして、自分で立つためのもんだ。

なあ、そうだろ? リーフ、ミナ。

レンタル奴隷という設定を小説に盛り込みたかったというお話です。

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