時軸流「和合空間」
〈色鳥や十一月の花となり 涙次〉
【ⅰ】
前回からの續き。
思緒は荼毘に附され、「開發センター」の庭に埋葬された。* 野代ミイ、せいの墓の隣り。時軸麻之介は每日母の墓前に立つ事になる。否が應でも母の事を思はなくてはならない。それは彼に弱心を起こさせる。だが、男なら耐へなければ。それよりも、憎いルシフェルに復讐する件、テオをブレインに着々と事は進められてゐた。
* 當該シリーズ第67話參照。
【ⅱ】
テオ「麻くん、何か魔術使へる?」-魔界出身である時軸なら、一つや二つ使へる魔術を持つてゐるだらう、とテオ、考へた譯である。時軸「テオさん、母譲りのが一つあるつきりなんですが」-「それは、どんな(魔術)?」-こゝから先は、内緒。ネタバレとなるから・笑。
聞き終へたテオ、「それは- 何で今まで使はなかつたの? そんな凄い魔術を持つてゐるきみが、『センター』の庭掃除をしてゐる。まあ寒山拾得の譬へもあるか」テオは一人ごちた。
【ⅲ】
テオ、カンテラに問ふた。「兄貴、妖魔の使ふ魔術に引つ掛からない、秘術つてあるんスか?」-「ちと痛いよ。このピンを使ふんだ」とカンテラが持ち出したのは、裁縫のマチ針に似た、小さなピンだつた。「これを自分の急處ぢやない箇所に刺す。肉體の痛みが、魔術の効力を半減させる」-「なる程! それ、一本分けて貰へませんか」-「ちよつと待つてくれ。『方丈』で祈禱を濟ませないと」
※※※※
〈髙僧の氣取らぬ口語述懐が日本人來た道思はせる 平手みき〉
【ⅳ】
さて、準備万端整つて、後はルシフェルが現れるのを待つばかりとなつた。テオ「奴の吠え面が彷彿とするよ。樂しみだなあ」-時軸「そんなに上手く行くものでせうか?」-「何事も上手く行つたところをイメージしないと。メントレの初歩だよ」-「はあ」
時軸、正直びゞつてゐた。テオが絶讃した魔術を持ちながらも、今まで實際には使つた事がない。それで氣後れしてゐたのである。だが母の仇は討たねばならぬ。それだけは男として譲れない。
【ⅴ】
ルシフェルが現れた。例の雷雲と共に。カンテラ「何だ、ゼウス神にでもなつた積もりか貴様」-ルシフェル「ふはゝ、それもいゝかもな」-じろさん「まあ、麻の魔術でぎやふんと云ふがいゝさ」-ルシフェル「?」
時軸は魔界の住民にしか分からぬ言葉で、呪文を唱へてゐた。流石の大魔術とあつて、呪文は晦渋を極める。何度か間違へたが、だうにかそれを誦し終へた。そして-
【ⅵ】
ルシフェル、「今日は時軸麻之介の命を貰ひに來た。冥府で母親と仲良く暮らせるやうに、な。俺の温情に泣くが良からう」-時軸「ルシフェル、大口叩けるのも今の内だ! 秘術・『和合空間』!!」-つひに時軸の魔術が發動された。
ルシフェル、氣が付く。「躰が動かぬ- これは-」テオ「この魔術、敵を攻撃しやうとすると、躰が動かなくなる。『和合空間』の名の通り、平和を望む者しか動作出來ぬつて譯さ」-ルシフェル「な、何〜!?」
【ⅶ】
時軸はカンテラから貰つたピンを、自らの腿に刺した。「あ痛た。まあ我慢だ。あと一息」-この小さなピンのお蔭で、「和合空間」に絡め取られる事なく、時軸は行動出來るやうになつた。時軸、ピストル(勿論、牧野から借りた)を構へ-「母の仇! この銃彈受けてみよ」バキュバキュバキューン!! ルシフェルの躰から、緑色の液體が吹き出た。これは、無論ルシフェルの血液である。
【ⅷ】
※※※※
〈うそ寒よ地に鋭敏の根を張れよ 涙次〉
ルシフェルは消えた。死んだのか? いや、まだ生きてゐる。だが、時軸にはこれが精一杯だつた。彼の双眸から再び涙が-「母ちやん、俺もう駄目だ。許しておくれ」
期せずして拍手が卷き起こつた。カンテラ一味の他メンバー逹である。じろさん「麻、良くやつた」-時軸はへなへなとその場にへたり込んだ。
【ⅸ】
カンテラ「流石あのおつ母さんらしい、平和を望む魔術。これからもちよくちよく一味の為に一肌脱いで貰ふよ、いゝか、麻?」-「も、勿論です。こんなヘタレの使ふ魔術で良ければ」-「勝負の事は、慣れに拠るところ大だ。その内きみも慣れる」
と云ふ譯で、カンテラ一味の攻撃力は格段に大きくなつた(平和を望むと云ひながら、皮肉だが)。爾後、皆で思緒の墓に詣でたのは、云ふ迄もない。お仕舞ひ。




