俺はただの身代わりです~敵国王子×へっぽこ庭師~
ご都合能力者たちの国です。色々な能力者がいる世界線だと思ってお読みください。
ロゼ王国には時折能力者が生まれる。
生まれたときに首元に波の痣が浮かんだ子は、能力者として王宮で生活していくことが定められていた。
「これは赤で、こっちは黄色っと。これは……赤っぽいけどオレンジだな」
王宮で庭師として暮らすアルバも能力者。大きな木箱に入った球根を、慣れた手つきで仕分けしていく。
王宮で暮らせるのは首元に痣を持つ能力者だけ。
物心ついたときから王宮で暮らしているから、両親の顔も名前も知らない。家族という繋がりを感じるのはアルバたちが仕えている王族だけだった。けれど仲睦まじい王族の方々を見ても微笑ましいだけで羨ましいなんて思わない。
そもそも家族を知らないのだ。知らないから分からない。それはアルバだけじゃなくて周りの人もみんな同じ。だから本物の家族を知らなくても寂しいとは思わないし、むしろいつも一緒にいるみんなが家族みたいなもの。
王宮で暮らすアルバたちは大きな一つな“家族”だと教えられていた。
「アルバ、おはよう」
「おはようございます!リーヴァ王女」
名を呼ばれ上を見上げると第三王女であるリーヴァ王女が、王宮のバルコニーから庭にいるアルバに手を振ってくれた。その麗しい姿に自然と口元が緩む。王女は「今日も頑張って」とアルバを労うと王宮の中に戻っていった。
リーヴァ王女とは歳が近い。
能力が発現するまでは一緒に勉強したり遊んだりしていた。
近頃この国には治癒能力や戦闘能力が発現する人が少ない。アルバも最初は期待されていたが、いざ発現した能力に周囲があからさまにがっかりしたのを思い出す。
まぁ自分でもこの能力が、どんなときに役にたつのか全く分からないんだけど。
それでもリーヴァ王女は能力が発現したあとも、いつもこうして声をかけてくれるから優しい人だ。
「よしっ」
自分に気合を入れてアルバはまた球根を選定する。
庭に咲く花たちはきっちりと色分けされており、綺麗なグラデーションを見せていた。
――――――――――――
何かあったんだろうか。
呼ばれた顔ぶれを見てもその共通点が分からず、土汚れが落ちない服を着たアルバはどこか落ち着かないように辺りを見渡す。王宮内の大広間に入るのは一年に一度あるかないかだ。
集まった人たちの一番端で身を小さくしていると王が入ってきた。
王は大広間にいるアルバたちを見渡してごほんと大きな咳ばらいをする。
「みな、いつもご苦労。今日は大事な話があって集まってもらった」
大事な話と聞いてざわざわしていた広間に緊張感が走る。
「我が国と隣国であるロース王国との戦は二年目を迎えているが、このたびロース王国から和平の条件が届いた」
ロゼ王国も決して小国ではない。ただ戦が長引けば長引くほど、大国であるロース王国との差は大きくなるばかり。
戦がなくなればロース王国からの輸入も再開されるはずだ。そうすればリーヴァ王女の好きなエメラルドグリーンの花を植えられる……。
「その条件は、第三王女であるリーヴァの輿入れだ」
「えっ」
リーヴァ王女を頭に思い浮かべていたせいでアルバは咄嗟に声をあげてしまった。慌てて口を抑えて「すいません」と小声で謝る。
王はアルバに構うことなく言葉を続けた。
「我が国としては和平を結びたいが、父としては大切な娘を敵国に送りたくない。今日みなを呼んだのはそのためだ」
王がそう言うと一人の男がやってきた。
彼はグリースだ。グリースの能力は……。
今度は声をあげないよう先に口を抑えた。
彼の能力を思い出したのはアルバだけじゃない。大広間にざわつきが戻ってくる。王が言いたいこともこれから何が起こるのかも、ここにいる者は全員感付いた。
「もちろん私はみなのことも“家族”だと思っている。だが、ここに集まったのは特にリーヴァと親しかった者たちだ。どうだ?娘のために力になってくれる者はおらぬか?」
グリースの能力は「見た目の性転換」だ。この能力を使えば、ここにいる誰かがリーヴァ王女の身代わりとしてロース王国へ行ける。
ただ、能力者の能力は絶対じゃない。
まだ自分の能力が発現していない頃。
図書室にある文献で能力について調べていたアルバは、この国に存在した能力者について他の人より詳しい自負があった。
だからこそ絶対じゃないと言い切れる。
その文献には過去「相手の能力を見抜く力」を持っていた人がいたと記されていた。ロース王国のような大国にそういう能力者がいないとは限らない。
俺たちは大きな一つの家族だ。
そして俺たち家族は王族の為に生きている。
王宮内で何不自由なく暮らしていけているのも王族のおかげで、一歩王宮から出ればロゼ王国のほとんどは貧民だ。
貧民である彼らが裕福に暮らすためには、国を守るための危険な仕事に就くか、痣を持つ子を産むことだけ。
痣のついている子が産まれれば、王宮から一代じゃ使いきれないほどの額を貰うことが出来るのだ。それを夢見てたくさん子を作り人口ばかりが増えていく。そうして増えた人口が王族を守り支える盾となるとアルバたちは教育されていた。
我々能力者は貧民が国を守るのと同じように、王族を守る重要な役目がある。
だから、王族のトップである王が言うのなら……。それは絶対であり、むしろ王族のためにこの命を使えることは誉れだ。
ちゃんと分かっている。
けれど我先に名乗りを上げる他の人に隠れたまま、アルバは小さく震える自分の手を見つめていた。
知らないことは分からない。
分からなければ怖くない。
けど、知っているから、怖い。
敵国で能力を見破られたらきっと殺されるはずだ。自分一人の命で収まればまだいいが、不義理を働いたとしてロゼ王国に危険が迫ったら?国を背負う責任の重さを考えると怖くて堪らなくなる。
「皆、リーヴァの為にありがとう」
王の言葉にまた静寂が戻った。
手を挙げ損ねていたアルバはビクッと跳ねるように顔を上げた。
「ここにいる者の中でリーヴァの力になれないという者はおらぬ、ということでよいか?」
「もちろんです!リーヴァ様しいてはこの国の為になるのなら、ここにいる皆喜んでその王命を受ける所存です」
リーヴァの護衛をしているフーガが一歩前へ出た。
王族の護衛につけるのは防衛能力の中でも最上級の無効化能力を持つ者だけ。フーガはその中でも触れた攻撃を無効化にする能力を持っていた。
「そして、その役目ぜひ私に与えていただきたい」
彼の凛とした声が大広間に響くと、その場にいる者が次々と声を上げる。
「いや、フーガ様はこの国でリーヴァ様をお守りするという大きな役目があるじゃないですか。ここは私が」
「サビオ様の能力もこの国の大きな力になっています。ここは俺に任せてください」
「いいや。君の能力もこれから先、ロゼ王国の発展に繋がる大事な能力だ。俺が適任だろう」
俺が。
私が。
目の前で繰り広げられていく会話にアルバは困惑した。
そんなこと言い出したら、だってそれは……。心臓がぎゅうと縮み上がりバクバクと大きな音を立てる。
次々と候補は減っていき、最後に残ったのはアルバ一人になってしまった。
皆の視線を浴びて「あ、あの」とか細い声を出す。
「能力的には俺が適任、かと思います。多分、みんなもそう思っている」
そう言ってから周りを見渡すが誰も「そんなことない」とは言ってくれない。それもそうだ。王宮で暮らす人の中で自分の能力は一番劣っているんだから。
アルバは彼らから目を逸らすと、固く拳を握りしめて「でも、ですね」と続ける。
「俺に、そんな大役が務まるとは……もし失敗したら」
「失敗などするものか。グリースの能力を信用していないのか?」
「そうじゃありません。た、ただ。フーガ様のように、たとえば能力自体を無効化したり、見抜いたりする力を持つ者がいたら……」
恐る恐るアルバがそう言うと一瞬沈黙が広がった。シンと静まり返った大広間に誰かが吹き出す声がする。そしてつられるようにどんどん笑い声は大きくなっていった。
「そんな強大な能力を持つ者がいるわけないだろう」
「そうだ。仮にロース王国にそんな力を持つ者がいたら、こんなに戦争が長引くわけがない」
「それも、そうですが……」
周りの声にアルバの声は次第に小さくなっていく。
心配しすぎなのは分かっている。ただ、知っているから不安なんだ。
「アルバ」
「はいっ!」
俯くアルバの名を王が呼ぶ。反射的に顔をあげ大きな声で返事をすると、王は顎を触りながら目を細めた。
「お前はリーヴァの力になりたくない、と?」
「ち、ちがいますっ!そうじゃありません。ただ、へっぽこな能力しかもたない俺にそんな重役が務まるか、不安で……」
王の視線に耐え切れず俯いたアルバの頭上から言葉が降り注ぐ。
「何を言っている。お前の能力は王族の役に立っていないのだから、不安を感じる前にやる気を出さないか!」
「そうだ。毎日庭いじりばかりしているお前を気にかけてくれるリーヴァ様の役に立てるんだぞ」
「お前だったら身代わりにちょうどいい」
たしかにそうだ。
王宮にいたって俺はただ花の手入れをするだけ。庭師なんて肩書をもらってはいるが、役に立たないことは自分でも分かっている。
王宮で暮らしている能力者は大きな一つの家族だ。
俺たちは家族で、家族は王族の人たちのように慈しみあっているはずなのに。その家族から満場一致で「役立たず」と思われていることを突き付けられると息が苦しくなる。
「アルバ。どうだ?リーヴァのために力になってくれるか?」
「……はい、俺でよければ喜んで」
王に問われたアルバは口角を弱弱しく上げて頭を下げた。
―――――――――――――――
大丈夫かな。
手鏡に映った自分を見て何度も髪をいじる。完全に見た目はリーヴァ王女になっている。これならバレる心配はない。
そう。最初から能力に関して疑っていたわけじゃないんだ。
心配していたのは能力の無効化や見抜く力を持っている人がいるかどうか。けど、よく考えたらそんな人いるわけがない。みんなの言う通りそんな人がいれば戦争などしなくても、その国の一強時代がやってきているはず。
心配しすぎても身体に悪いだけだ。
部屋の中を行ったり来たりしていたアルバは手鏡を置きソファに座った。
すでにここは敵国だ。
しかも敵国の中心である王宮の一室。
第三王女ということで待遇は悪くない。あとは普段のリーヴァ王女を思い出し、堂々としていればいいだけだ。
話を聞く限り、ロース王国の第一王子がリーヴァ王女に一目惚れしたらしい。
お互い情報を遮断する能力者がいるせいで敵国の誰がどんな能力者なのかは分からないが、第一王子ともなれば相当な能力を持っているのだろう。
ロース王国はロゼ王国と違い、能力者は遺伝だ。
王族の血をひくものが能力者ということになる。そしてそれは血が濃ければ濃いほど強くなるらしい。
そんな相手に見初められるなんて、自分のことじゃないからこそ少しだけ鼻が高くなる。まだ第一王子には会っていないが、粗相をしないように気を付けないと。
第一王子と会うのはロース王国に到着してから十日後。
アルバはその間外に出ることは禁止されている。監禁とまではいかないが軟禁に近い状態だ。三日目をすぎると徐々に張り詰めていた緊張感もなくなり、空白の時間を持て余すようになっていた。
グリースの能力はグリース本人が解除しない限り永遠に続く。寝て起きたら元の姿に戻っているかもしれないという不安で最初は落ち着いて寝られなかったが、今ではやることがなさすぎて昼寝ばかりしていた。
ここに来て六日。
やる事といえば寝るか食べるか。
元々庭師だったアルバは、身体を全く動かさないという状況に非常に退屈していた。
「すいません、少しお庭を見せていただけませんか?」
「申し訳ありません。王子の許可がないと私共で判断はできかねます」
「それなら許可を取っていただくことは難しいでしょうか?」
七日目の朝。アルバはとうとう見張りの人にそう声をかけた。これまで大人しくしていたからか、アルバの問いに見張りは少し考え込むと「分かりました」と答える。
午後になるとあっさりと庭への外出を許された。
こんなことだったらもっと早くお願いすればよかった。
あまりにも簡単に要求をのんでくれたところから察するに、第一王子は本当にリーヴァ王女に好意を寄せているのだろう。
久しぶりの外の空気、そして草木の香りにアルバの足も軽くなる。
鼻から大きく息を吸い込み顔を綻ばせた。
ロース王国は大国だけあって王宮も大きいし庭も広大だ。見たこともない花も多く、香りを楽しみながら、花の咲き方を愛でる。太陽の光を浴びながら侍女たちを引き連れていることも忘れて庭中を歩き回った。
「あの、リーヴァ様、そろそろ休憩をなさいませんか?」
「え?……あっ、そ、そうですね。そうしましょう」
午後の直射日光を浴びながら二時間ほど経った頃。そう言われたアルバは一瞬きょとんとした。ただ一緒に歩いている彼女たちの赤らんだ顔を見て慌ててその提案を受け入れる。
一日中、庭仕事をして暮らしていたアルバは暑さにも慣れているが、普段王宮で暮らしている侍女には酷な仕事だったのだろう。
「たくさん付き合わせてしまいすいません。皆さん大丈夫でしょうか?」
「いえ、私たちのことはお気になさらず。それより冷たい飲み物でも用意します。こちらへ」
「そこの方、顔真っ赤ですよ?吐き気とかありませんか?」
焦点があっていない侍女を見つけたアルバはその子に駆け寄った。
「あ、だいじょうぶ、です……」
「ちょっとそこで座っていてください。私どこかでお水を貰ってきますから」
「王女様、一人で行かれては駄目ですっ!」
「大丈夫。ちゃんと戻ってきますから」
フラフラする侍女を座らせるとドレスの裾をたくし上げた。
少し先に温室と小さな小屋が見える。花を管理しているんだ。あそこにいけば水くらいあるだろう。
アルバがそのまま駆け出すと侍女の一人が慌てて後を追ってきた。だが程度の差はあれ、どの侍女も万全の状態ではない。みるみるうちにその距離は開いていく。
侍女に追いつかれる前にアルバは小屋に辿り着いた。
倉庫として使われているのだろう。小屋の中には球根や書物などが置いてあった。水が出るような場所がないと判断したアルバはすぐに温室へ向かう。温室は空調が効いており中にはさまざまな植物が置いてあった。水道は見つけたがコップがないことに気付き、代わりになるものを探していると急にぞわっと鳥肌が立つ。
「あんた、誰?」
背後から投げかけられた問いに振り返ると、そこに一人の男がいた。
綺麗な色だ。
温室に降り注ぐ日光を吸い込んで蓄えているような銀白色の髪に目を奪われたアルバは、臙脂色の瞳で身体をなぞられ我に返る。
「私はロゼ王国から来たリーヴァです。侍女たちが暑さに体調を崩してしまったようでお水を頂きたいのですが」
「あんたがロゼ王国のリーヴァ王女?」
王女と聞いても態度を変えることない男に冷汗が流れる。
顔を知らなかったということは第一王子ではない。ただ身分が高いことは明らかだ。
「えぇ。そうです」
王女に見える立ち振る舞いは嫌というほど叩きこまれた。内心の焦りを隠し優雅に微笑みを浮かべるアルバに男は一歩、また一歩、と近づいてくる。
目の前までやってきた男は背を屈めてアルバと目線を合わせた。
「お前、王女じゃないだろ」
「……えっ?」
「だって、男じゃん」
口角が上がる。
初めて貰ったおもちゃを前にした子どものような純粋な笑みに鳥肌が立つ。
「あ、あの……」
「面白い能力だけど、ロース王国も舐められたもんだねぇ。性別変えてまで偽物を送り込んでくるとは」
「ちがいますっ。そういうことじゃ」
「あんたは大事な大事な王女の身代わりってことか。ここも大概だけど、ロゼ王国もやることがえげつないな。国の為に死ねってことじゃん」
どうしよう。第一王子に会う前にバレてしまった。でもなんで?
けらけら笑いだす男に一歩後ずさる。
「ん?俺から逃げようって言うの?」
「っ!」
「話の途中で逃げるだなんて王女様なのにお行儀悪いね。でもそっかあんたはただの身代わりだから礼儀も知らないか。それじゃ礼儀知らずの悪い子にはお仕置き」
男の手が伸びる。
咄嗟に目を閉じたが特に何も変わったことはない。恐る恐る目を開いていくと、再び男の臙脂色の瞳と目が合った。身体の内部まで見透かされているように感じ、どんどん力が抜けていく。意識はしっかりしているはずなのに、ハッと我に返ると男は「ふぅん」と言いながら俺の身体を上から下まで目でなぞった。
「本当は栗色なんだな」
「え……う、うそっ」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、男が自分の毛先を抓んでそう言ったのを見てアルバも自分の髪を触った。そういえば重さも感じない。さっきまで着ていた美しいドレスも、黄金色の美しい髪も消えていた。この場に残ったのはロゼ王国で過ごしていた素朴な庭師をしていたアルバそのもの。
「どうなって……」
「形状記憶、っていっても分からないか。まあ簡単に言えば本来の姿ってやつ」
いったいどんな能力を使われたのか見当もつかない。単純な無効化の力ではないのだろうか。呆然と立ち尽くすアルバを見て男は視線を逸らした。
「顔はまあまあ可愛いけどさ。……だからって身代わりにされるなんてあんたも運が悪い」
「違います!俺は役立たずでへっぽこな能力しか持っていないから、それで選ばれただけで」
「……は?どういうこと?」
別に顔で選ばれたわけじゃない。
失礼な勘違いに少し憤りながら答えると男は怪訝そうに眉を顰めた。
「俺たち家族は王族の方の役に立つためにいるんです。けど、俺の能力は王宮でなんの役に立たないから、だからみんなに選んでもらって最後の大仕事のつもりで」
けどそれも失敗してしまった。
本当に俺は何の役にも立てなかった。
アルバは唇を噛んで俯いた。
これから先どうなるんだろう。こんな早くバレてしまって、ロゼ王国は大丈夫なのだろうか。不甲斐無い自分から目を背けたくて別の事を考えようとするが、この期に及んで自分の身の不安も襲ってくる。
痛くないといい。
痛いのは嫌だ。
「なあ、ロゼ王国って貧民からも能力者が産まれるんだろう?」
「そ、うですけど」
それがなんですか?と首を傾げるアルバに男は怪訝な顔のまま続けた。
「お前の両親も貧民なのか?」
「会ったことないので分かりません。でも多分そうだと思います。ただ能力者を産んだってことで今は違うと思いますけど」
「会ったことがない?能力者を産んだら地位があがるってこと?」
「地位が、っていうよりは、たくさんお金を貰えるんです。一族ごと貧民とは違う区画で生活が出来るはずだし」
「金?……だってさっきあんたは俺たち家族って言ってただろ」
「え?はい。言いましたけど」
心底分からないといったように男は「はあ?」と言った。
「会ったことがない家族は大金を貰って、その家族と王族のために暮らしているってこと?」
「何の話ですか?」
「は?」
「え?」
まるで会話がかみ合わない。
なんで男は分かってくれないんだろう。自分の説明が下手なのだろうか。そんなに難しい話ではないと思うが国が違えばその常識も違うのかもしれない。
アルバはロゼ王国で受けた学びの時間を思い出しながら説明をする。
「えっと、俺が言う“家族”は王族の方に仕える能力者のことです」
「あ。そういうこと。だから本当の家族は知らないってこと?」
「はい。ロゼ王国では能力者が産まれると王宮で育てられます。物心つくまで育てられる専門施設も王宮の中にあるんです。貧民が豊かになるには、国のために働くか、王族のために能力者を産むかの二択しかありません」
「……チッ、やっぱりクソみてぇな国だな」
「え?」
舌打ちと共に男が早口で何か言う。
聞き返すが男は「それで?」と続きを促してきた。
「えっと、それで能力が発現したらその能力によって王宮内で仕事を与えられます。俺たち能力者は大きな一つの家族となって、王族の方を守るために自分の能力を使います。治癒能力や防御・攻撃系の能力者は王族に直接使えることが出来る素晴らしい能力です」
「で、あんたはその“家族”から役に立たない能力って言われたのか?」
直球の質問にまた息が苦しくなる。小さく頷くと男は深く息を吐いた。
「役に立たない能力だから王族のために死ねっていわれた?」
「そんな酷いこと言われていないですっ!」
「でも実際そう言うことだろう?バレたら殺される。その想像はしていなかったのか?」
「もちろんちゃんと考えています。だから不安だった。俺一人の命で済めばいいけど、もし俺が失敗したせいでロゼ王国になにか起きたら……」
「やっぱり、死ぬ気なんじゃねぇか」
「死ぬ気なんかありませんよ!」
やっぱり会話がかみ合わない。
死ぬつもりなんてないって言っているのに。
あれ、でも待てよ?一つ一つ言葉にしていくと、そういえば自分一人の命で済めば……という話になる。ということは、俺は最初から王女のために、王女の身代わりとなって死ぬつもりだったのか?
自分の意思は強く持っちゃいけないと教わってきた。
与えられた能力は王族のために使い、決して自らの為に使わないように厳しく言われてきた。
だから自分の意思とか気持ちに向き合うことを自然と避けていたんだ。
「もっと自分を大事にしろよ。ちゃんと嫌なことは嫌って言わないと、人の顔色窺ってばっかじゃつまんねぇじゃん」
「つまらないとかそういう問題じゃないと思うんですけど」
「そういう問題だって。だから俺は誰の言うことも聞かない。俺だけが俺を一番大事にしている」
「でも、それは貴方が優れた能力を持っているからで……」
アルバがそう言うと男はフンッと鼻で笑う。
「優れた?俺はこんな能力今すぐなくなっても構わないけどな」
「え!なんでですか!」
「……お前、自分が何をされたのか忘れたのか?」
「俺にかけられていた能力を見抜いて、無効化しましたよね!」
はつらつと答えるアルバを見て男は唖然としながらゆっくりと瞬きをした。
「恐ろしくないのか?」
「恐ろしい?何でですか!俺は今とても興奮しています。能力について勉強していたときがあったんです。そのとき文献を読んでそういう素晴らしい能力があることを知りました。ロゼ王国にいたときは誰も俺の言うことを信じてくれなかったけど、本当にこの目でその力を見られるなんて」
「勢いが怖えよ」
「あっ、すいません」
捲し立てるアルバを制止ながら男は困惑して口を閉じたあと、深く息を吐きだした。
「俺はノーチェだ。あんたは?」
「アルバです」
自分の名を答えたアルバは、口の中でノーチェという文字を転がした。
まだ会ったばかりだが、その名前はこの男にとても合っている気がする。くるくる回る表情の多さ、少し陰のある視線や口ぶりが、この名前の音の響きと意味に相応しい。
ノーチェに「アルバ」と呼ばれ顔を上げる。
「いい名だな」
「名前は本当の両親からの最初で最後のプレゼントなんです。そういえば俺とノーチェ様の名前少し似てますね」
「ああ……たしかに」
ここにきて初めて穏やかに笑うノーチェの顔を見た。思わずその顔に見惚れていると、ノーチェはすぐに真顔に戻る。
「そういえばアルバの能力ってなに?」
「俺は……その」
組んだ指をパタパタと動かしながらアルバは言い淀んだ。
「別に俺は他人の能力に興味ないし。馬鹿にして笑ったりしねぇよ」
馬鹿にされるとは思わないが、こんなに強力な能力を持つノーチェを前にして自分の能力を言うのが少しだけ恥ずかしい。ただこうしている間にもノーチェが自分の返事を待っている。
アルバは仕方なくぼそぼそと口を開いた。
「花の……」
「花?」
「球根を見たら、何色の花が咲くか分かります」
ノーチェはアルバの返事を聞くとぽかんと口を開けた。次第に頬がぴくぴくと動き口元を手で押さえる。
「ふっ、……く、く」
「あっ!笑わないって言ったじゃないですか!」
「っ、あははっ。いや、さすがに想定外だったから」
ひぃひぃ言うほど笑われてアルバはムッとした。
「酷い人。……はぁ、でも最後にたくさんお話出来て楽しかったです。俺、見破られたのがノーチェ様で良かった」
「は?どういう意味だよ、それ」
「だって、俺殺されるんでしょう?……ほら、もうあんなに」
アルバが指を指した先には、温室を取り囲むように集まった大勢の人影が映る。
そういえば侍女に水を届けなきゃいけなかったのに、話し込んでいてすっかり忘れていた。あの子の体調は大丈夫だろうか。自分の心配より人の心配が出来るのは、集まってくる人影を見つけてとっくに覚悟を決めていたから。
「何の役にもたてなかったけど。最後にノーチェ様に会えたから、俺この大役引き受けて良かったです」
怖くないといえばウソになる。
ひゅっと息を吸い込んだアルバはその場にしゃがみこんだ。
気持ちを自覚した途端、怖くなる。
さっきまでは痛いのは嫌だなしか思わなかったのに、今は死ぬのが怖い。
国のため、王族のため、王女のため、自分の命をかけることは誉れだったはずなのに。
噛み合わないと思っていた会話も、俺の言葉をちゃんと聞いてくれるところも、俺自身を見てくれようとするところも、何もかも初めてで楽しくて、死にたくないなぁなんて思ってしまう。
「俺がもしこの国に生まれていたらもっと早くノーチェ様に会えていたでしょうか。……ああ、でもきっと駄目ですね。俺の能力じゃ貴方の目に留まることもない」
目を伏せながら小さく笑う。そうぽつりと呟くと、ノーチェもアルバの前にしゃがみ込んだ。
「助けてあげようか」
「……え?」
「アルバは今まで王族のために生きてきたんだろう?」
「そ、うです」
「でも、その王族と家族から見捨てられてここに来た」
「それは……」
わざわざ言葉にしなくてもいいのに。
きゅっと下唇を噛んだアルバにノーチェは頭を掻く。
「いや、だからさ。今度は自分のために生きなよって言うべきなんだろうけど……もしアルバが俺のために生きてくれるなら」
「ノ、ノーチェ様」
「俺ならあんたを助けられる」
状況が飲み込めない。
俺はただの身代わりなのに。
こんなすごい能力を持つ人が、なんで俺を助けてくれるなんて言うのだろう。
そもそも助けてくれる?この状況でどうやって?
答えを出しきれないでいるアルバの前にノーチェは手を差し出した。
その手とノーチェの顔を交互に見たアルバは素早く瞬きを繰り返す。
ロゼ王国を、家族たちを裏切るのか?と内心で攻め立てる自分もいるが、初めて自分の気持ちに気付かせてくれたこの人の手を取りたいと思ってしまう。
「ノーチェ様の……」
「うん」
「ノーチェ様のために生きます。でもそれは助けてほしいからじゃなくて、ロゼ王国を裏切ることになってもいいって思えたから。だから」
殺されるのは怖いが、命が惜しくて言っているわけじゃない。
アルバは差し出された手をおずおずと掴んで立ち上がった。
矛盾しているかもしれないがそう言うと、ノーチェは如何ともしがたい顔をして反対の手で頬を掻く。
「ノーチェ様?」
「……なんでもない」
様子のおかしいノーチェに気付いたアルバがその表情をもっと見ようと背伸びをする。ノーチェはそれを手で制しながら「大丈夫」と言った。
「とりあえずここから出よう。あいつら今にもここに乗り込んで来そうだし」
「ところで、ノーチェ様は……」
手を引っ張られて温室から出る。
アルバが問いかけている途中で、煌びやかな服を纏った男が従者を引き連れて駆け寄ってきた。
「ノーチェ。リーヴァ王女をどこへやった。あとこの男は誰だ」
「あー。トルメンタお兄様じゃないですか。そんなに血相変えて、なにかありましたか?」
間延びした声で乾いた笑みを浮かべながらノーチェがそう言う横で、アルバの顔面から血の気が引いていく。
トルメンタという名は知っている。
何故ならアルバは彼のためにここに来たから。
第一王子であるトルメンタが、リーヴァ王女を見初めて和平の条件に持ち出したのだ。そんな彼をお兄様と呼ぶということは……。
「ノーチェ様って……もしかして王子なのですか?」
「あれ?知らなかった?……あっ、そっか。俺ロース王国の秘蔵っ子だから」
「そ、んな……俺、失礼な態度とか」
身代わりとはいえ第一王子に嫁ぐ予定だったアルバが、第二王子と手を取り合っている状況はあまりよろしくない。アルバは手を離そうとするがノーチェはしっかりとその手を掴みなおした。
「余計なこと気にしなくていいって。王子なんて名ばかりだから」
「でも」
「おい、私を無視するな」
もちろんトルメンタを忘れていたわけではない。
アルバは慌てて頭を下げるが、ノーチェが「大丈夫」と言いながらトルメンタと向き合う。
「あんたが探しているリーヴァ王女は最初からこの国にはいませんよ。彼女は今頃ロゼの自室で優雅にお茶でも楽しんでいるんじゃないですか?」
「は?お前何を……」
「まだ分からない?ロゼ王国には面白い能力者がいたってこと。男であるこの子をリーヴァ王女の身代わりに出来るようなね」
「身代わり、……だと?」
「残念でしたねぇ。お父様に無理言って呼び寄せたと思ったら偽物だったなんて。お兄様も運が悪い」
煽るように笑うノーチェにトルメンタは顔を真っ赤にした。
手を振り上げると急に空が曇っていく。
「お、お前……」
「まったく、あんたはいつまで経っても学習しねぇな。無駄だって言っているだろ?」
吐き捨てるようにそう言ったノーチェも空に手をかざす。それだけで空を覆っていた雲が消えていった。憎らし気に「ノーチェ」と名を呼んだトルメンタが、地面を蹴り上げると砂埃が舞い風に流されていく。
「その男も、ロゼ王国も、ただじゃ済ませない」
「王もそのつもりってこと?」
「当たり前だろう!」
「まあそうだよなぁ。じゃいいや。俺も王のとこへ行くよ」
「は?」
「兄さんもこれから行くつもりなんだろ?軍の指揮権くれとか言い出しそうな雰囲気だし」
図星だったのかトルメンタは口を閉じる。
ノーチェはアルバの手を掴んだまま王宮へ向かい歩き出した。その場にいた人たちはノーチェが近づくとさっと道を開ける。ノーチェを畏怖の対象のように扱い、彼らは目を合わそうともしない。そんな彼らを見ているだけで気持ちがしおれていく。
「ノーチェ様、あの」
「そんな顔するなって。別に俺は気にしてねぇから」
本当に気にしていないようにノーチェはまっすぐ前を向いたままその間を進む。変わらぬ態度のノーチェから何故か孤独を感じ、繋いだ手に力を込めると前を歩く彼が振り返った。
「アルバ?」
「ノーチェ様、あまり無理をしないでください」
「ははっ。……ほんとうに無理なんてしてないって」
ノーチェはそう言うと、すぐに正面を向いて再び歩き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ロース王国では血筋が濃いほど能力が強くなると聞いていた。
それが本当なら王がこの国で一番強い能力を持っていることになる。それなのにロース王国の王もまた、先ほどの者たちと同じだった。
「俺は別にロゼ王国はどうでもいいの」
「そうはいかない。これは沽券に関わることで」
「だから俺そういうのどうでもいいって言ってんだろ」
「お前、王に向かってなんて口の利き方を」
「兄さんこそ。いつまでも俺に突っかかってくんなよ。鬱陶しい」
「はあ?」
目の前で繰り広げられる会話についていけずアルバは絨毯の模様をジッと見つめていた。どうして自分はこんな場にいるのだろう。ロース王国の王と第一王子、そして第二王子、後ろには護衛や従者が何人も控えていて、どう考えても場違いだ。
けどこの場を去ることも出来ない。
なぜならノーチェは今アルバのために交渉をしているからだ。
「ノーチェ。今回はお前の言うことを聞くことは出来ない」
「あっそ。じゃあ俺ロゼ王国に行こうかな」
「……ノーチェ」
「なに?また牢にでも入れる?いいぜ、やってみろよ。今度はあんたら全員道連れにしてやる。俺がロゼ王国からロース王国を攻めるのも一興だろ。俺が本気出したらあんたらなんて皆殺しだから」
「あ、あの」
張り詰める空気の中、恐る恐る口を開いたアルバに視線が集まる。その視線に怖気づきながらも、アルバは隣に座るノーチェをゆっくりと見上げた。
「そ、そんなこと言っては駄目です」
「は?」
「家族にそんなこと言っては……ノーチェ様の心も傷ついてしまいます」
剣呑な空気を纏ったノーチェが目を瞠った。何か言いかけたが一度口を閉じると、吹き出すように笑いだす。ひとしきり笑ったノーチェはサッと目尻を拭って王に向き合った。
「聞いた?アルバが優しい奴で良かったなぁ」
「だが」
「気分が良くなったから許すけど、これ以上俺を怒らせたらさっきの言葉本当になるかもよ」
ノーチェが睨みを利かせると王もトルメンタも口を閉じた。
「それでいいんだよ。俺はこの国のこともあんたらのこともどうでもいい。だからあんたらも俺の平穏な暮らしの邪魔をするな」
「……わかった。ただ私たちにも面目がある。その男は我が国に迎えるが、ロゼ王国への報復は行う。それでいいか」
王の言葉にアルバはごくりと唾を飲み込んだ。
分かっていたことだ。国を裏切るというのはこういうこと。王族のために自分の命をかけるべきなのに、自分の命を守るために国を差し出そうとしている。
罪悪感で胸が痛くなりどんどん背中が丸まっていく。その背中にノーチェの手が乗った。とん、とん、と優しく叩かれアルバは顔を上げる。
「すぐには気持ちを切り替えられないだろうけど、先にアルバを捨てたのはあいつらだ。能力者を自分たちのためだけで囲う王族など良い人のはずがない。だからお前のせいじゃないし、何も背負う必要はないよ」
「……すいません、ノーチェ様のために生きるって決めたのに」
「いいよ。洗脳は時間をかけるほど解けずらいから」
まだロゼ王国への気持ちは胸の内に残っている。
洗脳、という意味は分からないが、ノーチェはそんなアルバも受け入れてくれた。
「トルメンタもそれでいいな」
「……はい」
「それじゃ話は以上だ」
王はそそくさと部屋から出て行き、まだ不満はありそうだったがトルメンタもその後を追っていく。そして護衛や従者も次々と部屋を出て行った。
「ノーチェ様、ありがとうございました」
本当に殺されずにすんだ。
ノーチェを疑っていたわけじゃないが、ちゃんと覚悟もしていたのに。今アルバは生きている。
「言っただろ。俺なら助けられるって」
「もちろん信じてましたよ!」
「本当に?」
「はい、もちろん!」
大きく頷くとノーチェは臙脂色の瞳を少しだけ細め、慈しむようにアルバの頬に手を添える。誰かにこんな風に触れられたことはない。ビクッと肩が跳ねたアルバを見てノーチェはくすりと笑った。
「何も怖いことはしない」
「違います!ノーチェ様のこと怖いだなんて思っていないです。ただこの辺がぞわぞわして」
左胸の辺りをぎゅうと掴むとノーチェはそのままゆっくりと顔を近づけてきた。至近距離で見つめ合うことになって心臓が早鐘を打つ。
「ロゼ王国は排他的だからな。俺がゆっくりと教えてあげよう」
「な、なにをです」
「なんだと思う?」
「だから分かりませんって」
「本当に?」
揶揄われていることに気付いたアルバは僅かに赤らんだ頬でむくれる。
「なんだか意地悪です」
「ははっ。知らなかったのか?」
「知りませんでした」
「意地悪な俺は嫌か?」
「……嫌、じゃありません」
「なんで?」
だって、と言いかけたアルバは一度口を閉じた。
そして自分の頬に触れるノーチェの温もりをもう一度享受する。
「ノーチェ様の手が優しいから。……ノーチェ様は口が悪くなったり、こうして意地悪も言うけど。優しい手をしています。だから怖くないし、嫌じゃない」
アルバがそう言うとノーチェの頬に朱が差した。
照れているのだろうか。自分の言葉でノーチェが喜んでくれたのなら嬉しい。アルバがそっとノーチェの赤く染まった頬に触れると、ぐいっと体を引き寄せられる。
「大事にする」
胸の内で強く抱きしめられているアルバにはその声は届いていない。だがアルバはノーチェの心臓の音が自分と同じように激しく打っていることに気付き、顔を綻ばせていたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。二人の始まりのお話です。二人のこれからに幸多きことを。