8 隠されていたものは
「殿下が落ちた場所は、リュシーの思った通り、今は使われていない古い水路のようですね」
ベッドに半身を起こした皇子に、ジェイデン卿は言った。
私はジェイデン卿に、念のため例の場所を調べてほしいとお願いしていたのだ。横から得意げに、レイモンが胸を張る。
「あの辺りに生えていたウロスの蔦は、自分が全部、きれいに刈り取って捨てておきました! だからもう、殿下もリュシーさんもご安心ください。今回のような危険はもうありません!」
「いや、そのことなんですが……」
ジェイデン卿が少し思案するように言った。
「ウロスの蔦は、なぜかあの水路の周りにだけ生えているんです。ウロスが厄介な植物だってことは、庭師なら誰でも知っています。いくらここが皇宮の中央から離れているとはいっても、この離宮も、その先の木立も、皇宮の一部であることには変わりません。ですから、ウロスみたいな人に害のある植物は、本来なら皇宮の庭師が定期的に駆除してるはずなんです」
「でも、この離宮の庭園で、私は庭師なんて見たことがありません。……殿下はどうですか?」
いいや、と皇子が頭を横に振った。ジェイデン卿が続ける。
「離宮の庭園の管理は、離宮の主の管轄です。つまり殿下です。殿下の要請や許しなく、庭師が立ち入ることはできません。でも、庭園の先の木立は、皇宮の管理下にあります。ですから、害のある植物は徹底的に除去されているはずなんです、本来は……」
そうか。オランドがこの離宮のことも、皇子のことも知っていたのは、庭師として時々、近くまで見回りに来ていたからか。
「ウロスはまるで、誰かがそこに故意に植えたかのように蔦を這わせているんです。水路を覆い隠して、その毒で人を遠ざけるように。しかも、他の場所にはまったく見当たらない」
「それって……」
「あの水路をたどっていくと、途中からこの離宮の庭園の地下に潜っていることがわかりました。その先がどこに続いているかはこれから調べる必要があると思っています。これには殿下にお許しいただくことが必要です。……殿下は何かご存じですか?」
「いや……僕はまったく知らない。これまで庭園を越えた先まで行ったことがなかった。木立の奥まで行ってみたのはあの時が初めてだから、僕もあの水路がどこに続いているのかは気になる」
◆ ◆ ◆
三日後、皇子の体調がすっかり回復したのを確認して、私と皇子、そしてジェイデンとレイモンで木立の奥の水路に向かった。
レイモンのおかげで、危険なウロスの蔦はきれいになくなっていた。おかげで水路の石組みがあちこちでむき出しになっている。
「ここから水路は離宮の庭園の地下に潜ります。降りてみますか?」
ジェイデン卿の言葉に、皇子は迷わず頷いた。
万が一の不測の事態に備えて、ジェイデンはレイモンにその場での待機を命じる。私たちに何かあったら、騎士団に連絡してもらうためだ。
三人で水路の底に降りると、目の前には光の射さない暗闇が穴をあけている。ジェイデン卿が上着のポケットから夜光石を取り出すと、私と皇子にも一つずつ手渡してくれた。
ジェイデン卿が先頭に立ち、私たちがそれに続いて水路の奥へと進んでいく。長身のジェイデン卿が立って歩いても余裕の深さのある水路の中は、外界の音が遮断され、私たちの足音だけがやたらと響く。少し黴臭い、ひんやりとした空気に息を詰めた。
進むにつれて、疑念が湧いてくる。しっかりと組まれた石壁は、水路というよりむしろ……。
やがてその疑念は確信に変わった。
石組みの壁の先に突如、一枚板の木製の壁が現れたのだ。
その板壁にジェイデン卿が手を触れ、力を込めた。
ゴトッ。
「動きますね。少し下がっていただけますか? 念のため夜光石も下げて」
小声で言ったジェイデン卿が、注意深く、気配を伺うようにそろそろと板壁を横に引いた。
引かれてできた隙間が広がると、その隙間から向こう側の空気が流れ込んできたのがわかった。
(この香り……?)
皇子も気がついたようで、私をじっと見る。
ジェイデン卿は向こう側に人の気配がないと確信したのか、一息に板戸を引いた。
「「あ……」」
私も皇子も思わず声が出た。
見慣れた一室。鼻先をくすぐるロスマリンの香り。
「ここ……、地下書庫だよな?」
「ですね……」
水路は離宮の地下書庫につながっていたのだ。