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7 皇子様のお目覚め

 四阿に皇子がいない。

 私は野菜くずの入った籠を円卓に置くと、近くに鶏の羽根が散乱しているのに気づいた。

 鶏同士で喧嘩でもしたのだろうか。

 それよりも皇子だ。円卓には、開いたままの本が置かれている。飲みかけのお茶と、クッキーもまだ皿に数枚残されている。


「殿下―、どちらにいらっしゃいますか? 殿下―!」


 何度か大きな声で呼んでみたが、返事がない。

 庭園を端から端まで一通り見て回ったが、姿はなかった。

 屋敷に戻って、書斎にでも本を探しに行ったのだろうか?

 皇子はよく、一冊読んでいる途中で詳しく調べたいことが出てくると、それに関する別の本を探しに行くことがあったからだ。


 庭園から続く木立のほうにもいなかったら書斎も見に行ってみよう。

 そう思っていたら、木立の奥から、こちらによろよろと歩いてくる一羽の鶏が見えた。羽と背に、血が流れた痕がある。

 さっき四阿の近くに散っていた羽根は、この子のものだろうか。

 捕まえて傷痕をよく見てみると、鋭い爪で抉られたような酷い傷だ。だが、運よく急所は外れている。


(後で手当てしてやらないと……)


 血の付いた羽根や羽毛が木立の奥まで点々と落ちていて、傷ついたこの子がここまで歩いてきた足跡のようだ。

 私は引かれるようにその血の付いた羽根をたどって奥へと進んでいく。

 だいぶ奥まで来てしまったけれど、やはり皇子の姿は見えない。それなら屋敷へ戻ってみようと思ったところ、枯れ葉や枯れ枝の積もった一角が、ぽっかりと大きく落ち込んでいるのが見えた。石で組まれた古い水路のようだ。

 近寄って覗き込んでみる。


「殿下!」


 その朽ちた水路の底に、皇子がいた。積もった枯れ葉の上にぐったりとして目をつむり、横たわっている。

 私は急いで飛び降り、皇子を抱き上げた。


「殿下! 殿下ー!」


 腕に抱えた皇子を揺する。額には玉のような汗が浮かび、顔や腕に赤い発疹。全身が熱い。真っ赤になった頬に手を当てると、皇子はうっすらと目を開けた。


「う……、リュシー……?」

「殿下! お気を確かに! すぐに屋敷にお連れしますからね!」

「あ、うん……。僕はどうして……」


 皇子のそばに、見覚えのある千切れた蔦があるのが目に入った。見回した先には、ちょうど地上に上がれる石組みの段差がある。私は意識朦朧とした皇子に肩を貸すようにして地上に出ると、邸へと急いだ。


  ◆ ◆ ◆


「あれ? 僕は……」


 ベッドで眠っていた皇子が薄く目を開いた。


「気づかれたんですね……お体はどうですか? 痛いところはありますか?」

「ううん……。大丈夫だ」


 私はほっとして、胸を撫で下ろした。皇子はあれから丸二日間、眠っていたのだ。

 熱と発疹からくる痛みにうなされていた皇子だが、熱を下げ、発疹の痛みを和らげる薬草をどうにかわずかな量ずつ口に含ませると、ようやく眠りについたのだった。

 今は、高熱のせいで真っ赤だった頬から赤みが引き、発疹もきれいに引いている。

 念のため、皇子の額に手を当てた。


「殿下、失礼しますね。……ああ、熱もすっかり下がったようです」

「……おまえが助けてくれたのか?」

「はい。殿下は落ちる時に、ウロスの蔦を握ってしまったようですね。ウロスの蔦に生えている産毛には、毒がありますから。強い毒ではありませんが、発疹が出て、熱も出ます。手のひらで蔦を握り込んで落ちたのでしょう? でも、もう大丈夫ですよ。手のひらに刺さっていた産毛は、洗ってきれいに取りましたから。熱も下がったようですし」

「……僕、ポポを、助けたかったんだ。鷹がさらっていこうとしていたから」

「殿下があの子を救ってくださったんですね。心配いりませんよ。あの子も大怪我していましたが、手当して、今は裏庭の小屋で大人しくしています。時間はかかるでしょうが、そのうちまた、庭で遊べるようになりますよ」

「……安心した。おまえがせっかく手に入れた鶏だったから、一羽でもいなくなったら、おまえが悲しむと思った……」


 私が悲しむから? 思いがけない答えに、何だか瞳が熱くなる。


「そんなふうに殿下に言ってもらえるなんて、私は嬉しいです」

「嬉しい? そうか……おまえは嬉しいのか……」


 皇子は照れ臭そうに寝返りを打って横を向くと、噛みしめるように呟いた。とはいえ実は、危ないことはしてほしくない気持ちも大きい。


「でも、私には殿下のお命のほうがもっと、ずーっと、大切なんですよ。殿下が今回のようにお怪我されたりすると、私はすごく悲しいです。ですから無理はしないでくださいね。そのほうが私はもっと嬉しいです」

「僕が大切……?」

「当たり前じゃないですか。私は殿下にお仕えしているんですよ。でも、たとえそうでなくても、私は殿下が大切ですよ」

「そう……。うん……わかった」

「殿下のお身体をいつも一番に考えていただけますね? 約束ですよ」

「……うん。わかった、わかったよ……リュシー」


 少し恥ずかしそうに私の名前を呼ぶと、皇子は上掛けを頭まで引いて顔を隠した。そんな皇子が可愛らしくて、私は衝動的に上掛けごと皇子の頭を抱えて抱きしめてしまった。


「おい、苦し、い……」

「あ、申し訳ありません! つい……失礼いたしました」

「いや……ええと……べつに失礼じゃない……」


 顔を真っ赤にした皇子に、また熱が上がったのかと額に手を伸ばそうとしたら、その手を皇子はつかんで止めた。


「もう、熱はないから。……喉が渇いた。水が飲みたい」

「あ、はい!」


 水差しの水をグラスについで皇子に手渡した時、窓の下からレイモンの声がした。


「リュシーさん、団長が来ましたー!」


 窓から身を乗り出して下を覗くと、レイモンの隣でジェイデン卿が手を振っていた。


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