65 晩餐をご一緒に
「ねえ、ここは……」
修道院に着くはずと思っていた私は、明らかにそれではない城門の前にいた。
エルネスに尋ねると、しれっと答えてくれた。
「うん、サラストゥス家の城だよ。つまり、僕んち!」
「えーと、どういうこと?」
「まあ、本当なら盛大に出迎えてほしいところだけど、今回、公女様がここに来たってことは大っぴらにはできないからね。さあ、降りて。詳しいことは後でね」
差し出されたネスの手に支えられて、私は馬車を降りる。
国境を守る一族の要となるにふさわしい、堅固な城壁に守られた城だ。皇都の公爵邸や皇宮のような華美さはないが、質素とはいえないまでも、余計な装飾を省いた中に、圧倒的な荘厳さを感じさせる。
広いエントランスに入ると、出迎えてくれた執事と侍女か客間に案内してくれた。
「長旅でお疲れでしょうから、しばしごゆるりとお過ごしください。湯あみの支度もできておりますので、よろしければどうぞお使いください。お手伝いが必要でしたら、お申し付けを。なお、辺境伯様が晩餐をご一緒されたいとのことです」
「じゃあ、晩餐の席でね!」
そう言ってネスは客間を出ていった。
マリーに、湯あみをしますか? と尋ねられたが、今は少し休みたいと断った。
修道院に行くはずが、どうしてここに案内されたのか、わからない。それについては、晩餐の席で辺境伯から話が聞けるはずだ。
とりあえずは疲れた体を癒すため、短い眠りを取ろうと瞼を閉じた。
◆ ◆ ◆
晩餐にダイニングルームへと向かうと、すでにネスと末の妹であるソフィア嬢が席についていた。
「ソフィア・サラストゥスです」
綺麗なカーテシーで挨拶してくれたソフィア嬢は――。
「あ、ソフィアがセレス陛下の婚約者だって噂、もしかして信じてるの?」
ネスの言葉に、ソフィア嬢のほうがひどく驚いた顔で、目をぱちくりとさせた。
「えっ、私がですか?」
「そう。皇都ではね、そういう噂になってたの。ま、うちとしては、セレス陛下の後ろ盾にサラストゥスがいると思わせることができるから、噂を放置していただけなんだけどね。うちが後ろ盾なら、どの貴族も迂闊に手が出せないでしょ?」
聞けばソフィア嬢は14歳だそうだ。「まだ結婚なんて考えたこともないんです」と彼女は笑った。
「第一、ソフィアの結婚なんて、父上が当分は許さないよ。唯一の娘ということもあって、馬鹿みたいに溺愛してるからね。嫁になんてやりたくないって」
ネスが言うと、「はい。私もそれでかまいませんので」とソフィア嬢が、また笑みを浮かべて続けた。
そこへ辺境伯が姿を見せた。
「お待たせして申し訳ありません、公女様」
「いえ、このたびはいろいろとお手配くださり、感謝申し上げます。それで……」
尋ねようとした私を、辺境伯が遮った。
「私に聞きたいことがたくさんおありでしょう。しかし、まずは食事をしましょう。お話はそれからとさせてください」
食事をしながら、辺境伯とネス、そしてソフィアが、サラストゥス領内のことについて代わる代わる説明してくれた。
そして、セレスと共に戦った日々のことも、辺境伯が詳しく教えてくれた。
おかげで、死線をくぐる日々の中で、あの幼かったセレスがいかに成長していったのかをうかがい知ることができた。
「セレスティアン陛下を突き動かしていたのは、リュシエンヌ嬢への思いだったのですよ。リュシエンヌ嬢の無念な死の復讐を果たすまでは死ねないと、それだけを目的に、死地を生き延びることに執念を燃やしていたのですからね」
給仕するメイドたちがデザートを運んできた。
一通り並べ終わったのを見てとると、辺境伯がメイドたちに部屋を出るように言った。
四人だけになった席で、辺境伯が切り出した。
「リュシエンヌ嬢のことは、ネスもソフィアもすでに存じております。アデリナ嬢、とお呼びするより、リュシエンヌ嬢とお呼びするべきかな?」
「はい。すでにお聞き及びなのでしたら、リュシーとお呼びください」
「では、そうさせていただきます。実は、そうお呼びさせていただきたい理由が、これからお話しすることにも関係しているのです……」
この後私は、辺境伯から思いがけない提案を受けることになったのだった。