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2 意外とかわいい皇子様

 一階の厨房に近い小部屋が、私の部屋らしい。小部屋と言っても十分な広さがあり、簡素なベッドとテーブルが置かれている。これまでは他のメイド数人との相部屋だったから、この広さを独り占めしていいなんて、すごく贅沢だ。

 通常ならメイド部屋は地下か屋根裏にあるものだが、料理人のいないここではメイドが調理もしなければならないため、便宜上、厨房に近い部屋が与えられるのだろう。

 とりあえずは持ってきた荷物を部屋に置くと、私は早速、邸内の掃除に取り掛かることにした。


 どれだけ放っておかれたらこうなるのか……。

 どこもかしこも埃がうっすらと積もっている。

 まずは応接室から。迎えるお客様もないだろうから、放っておかれたのも無理はない。

 とりあえず、締め切られたカーテンを開けて、窓も開ける。

 そのあと手際よく室内の家具に積もった埃を落とし、床を掃き清め、水拭きして……。応接室が終わったら、廊下や階段、そのほかの部屋へ。

 数時間後、前よりは少しはましになった屋敷の中を見回すと、今度は食事の支度だ。


 調理場には、数日おきに食材やパンなどが出入りの商会から届けられると聞いていた。その通り、調理台には野菜や果物、新鮮な肉や魚はないけれど、わずかだが塩漬けや燻製にした肉も置かれている。

 竈に火を起こすと、とりあえずここにあるものでできるものを用意した。

 あぶった燻製肉と、野菜を煮込んだスープにパン。皇宮で供されているメニューに比べると、当然ながら質素すぎる。


 確かに私には中央宮で調理場メイドとして働いた経験もあった。けれど、皇子殿下が召し上がるような大層な料理なんて作れませんよと、ここへの配属を命じたメイド長には言ったのだ。だが、メイド長は、「簡単なものでいいそうだから、問題ないよ。これまでの世話係も大したものはお出ししてなかったそうだよ」と聞く耳を持たなかった。


 皇子の部屋に食事をのせたワゴンを運び入れると、恐る恐る声をかけてみる。


「こんなものしか作れないのですが……」

「かまわない。ここには料理人がいないんだから」


 皇子は読んでいた本をぱたりと閉じて、私が食事を並べたテーブルについた。


 皇子は文句も言わず、質素な料理を黙々と口に運ぶ。その所作が流れるようで美しい。さすが皇族の品格と言ったところか。

 だが、同じ年頃の貴族階層の少年に比べると、少しやせている気がする。心なしか、顔色も青白い。何不自由のない貴族の家に生まれた子なら、もっとふっくらとした頬をしているものだ。ましてや彼は、その貴族の上に立つ皇子だというのに。


(殿下は成長期なんだから、食事は大切よね)


 調理場に用意されていた食材だけでは足りない。もう少しいろいろあるといいんだけれど。

 そんなことを考えながら、私は無意識にじっと見つめてしまっていたらしい。皇子がぼそっとつぶやいた。


「そんなに見ていられると、食べづらいんだけど」

「あ……申し訳ありません……。では、お食事がお済みの頃、また参ります」


「失礼します」と私は慌てて部屋を出た。


  ◆ ◆ ◆


 翌朝、私はすっきりと目覚めた。

 皇宮のメイド部屋は何人かの相部屋だったけれど、ここでは一人部屋だ。誰にも気兼ねしなくていいせいで、昨夜はいつもよりぐっすりと眠れたのだ。メイド長が気楽だろうと言っていたのは、本当だった。


 厨房でお湯を沸かして、皇子の部屋に洗顔のお湯を運び、朝食の支度をして……昨夜の夕食もだが、今朝も皇子が完食してくれたのが嬉しい。

 いくら厨房メイドの経験があるとはいっても、私に作れる料理はたかが知れている。しかも支給されている食材も限られているので、皇宮で使用人たちに出される賄いメニューがせいぜいだ。

 せめて食材がもう少しいろいろあると、作れる料理も増える。

 ……ということで、私が手をつけたのは、雑草と蔦植物の蔓延る庭だ。


 庭園の一角を畑として野菜や果物を育てることにした私は、庭園の端の日当たりのいい場所に狙いを定めた。


(今必要なのは、花じゃなくて、野菜!)


 汗だくになりながら、目立つ雑草を抜き、蔦を切る。

 それから数日かけて、何とか畑とするのに十分な広さを整えることができた私は、一休みして汗を拭こうと立ち上がった。

 ふと、視線を感じて振り返ると、屋敷のバルコニーから皇子がこちらを見ている。

 私に気づかれて気まずかったのか、すぐに皇子は背を向けて、部屋の中に入ってしまった。


(勝手に庭をいじるのはまずかったかな?)


 その後、夕食を部屋に運んだ際に畑を作るお許しを願うと、皇子はあっさりと許可してくれた。


「そんなことか。勝手にしてくれてかまわない」

「ありがとうございます!」


 主のお墨付きを貰った私は、翌日早速、野菜や果物の苗や種を調達するため、皇宮の庭園を管理している庭師のオランドを訪ねることにした。


 庭師として皇宮に務めて三十年以上になるというオランドは、皇宮の温室で植栽のための苗木を育てたり、種を保管したりしている。

 母の影響で花や薬草に興味がある私にとって、植物に知識が豊富なオランドとの会話は楽しかった。毎日のように休憩時間にはよく温室を訪ねて話をしたものだったが、今回の異動があまりにも急だったので、まだ何も言っていない。決まった時間に姿を見せない私を不思議に思っているだろう。


「おおっ、リュシーか! このところまったく姿が見えないから、何かあったんじゃないかと心配していたよ。メイド長にでも聞こうかと思っていたところだよ」


 温室に行くと、オランドさんが笑顔で迎えてくれた。


「実は……」


 北の離宮に配置換えになりました、と顛末を説明すると、オランドが呟いた。


「北の離宮といえば、……あの皇子様か」


 若い頃から何十年も皇宮で働いているオランドなら、皇宮に来て数年のリュシーでは知らないことも知っていて当然だ。


「それで……オランドさんにちょっとお願いがありまして。北の離宮の庭に、野菜や果物を植えたいんです。少しでいいので、苗や種を分けていただけませんか?」

「花じゃなくて、野菜?」

「ええ……食べられるものがいいんです」

「なら、わしが自分の畑用に挿し木したりして増やした苗があるから、それを分けてやろう。野菜の種も少し分けてやるよ。ところで、育て方は知っているのかい? 今でこそそうしているが、もともとは貴族のお嬢さんだったんだろう?」

「いえ、実家は貴族と言ってもぎりぎりの生活でしたので、母と家計の足しに何でも庭で育てていましたから」


 用意ができたら離宮まで持っていってやるから、というオランドさんには感謝しかない。


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