20 善き変化
ロランを連れて医務室に行くと、アルス先生は不在だった。
「先生を探してきましょうか?」
「大丈夫よ。薬草か薬液があれば、私でもできるから」
「え? お嬢様がですか……?」
疑わし気に首を傾げるマリーを引き留め、私は薬草や薬液の並ぶ棚を探した。
「あっ、あった! これこれ……」
見つけた薬草の束をつかむと、私は置いてあった道具で手際よく細かく刻み、すり鉢に入れた。すりつぶされたものをロランの傷に塗り込み、包帯を巻いていく。そんな私の手元を、マリーが目を丸くして見つめていた。
「お嬢様、いつの間にそんなことがお出来になるようになったのですか?」
「うーん……そうねえ」
実は私にもわからない。でも、ここに来たとたん、必要なものが何かがわかっていて、どうすればいいかもわかっていた気がするのだ。
ロランも同じく、私の流れるように作業する様子を呆気に取られて見守っていた。
「あ、ありがとうございます……。お嬢様に見習いの僕なんかが、こんなことをしてもらうなんて、本当にもったいないことです……。申し訳ありません……」
恐縮しきったロランに礼を言われていると、アルス先生が戻ってきた。
「公女様、どうされましたか?」
「あ、先生、勝手に薬草や道具をお借りしてしまいました。ご不在だったので……」
「かまいませんよ。ん? この子の手当は、マリーさんが?」
ロランに巻かれた包帯と、すり鉢に残ったものにアルス先生が目をやった。
「いえ、私ではなく。すべてお嬢様が……」
慌てて否定するマリーが、私を見た。
「私にもわからないんですが、自然と体が動いたというか……。まだ記憶が曖昧なところがあるので、覚えてはいませんが、事故に遭う前、何かで読んでいたのかもしれません」
「そうですか……」
「では、手当もすんだので、私たちはこれで失礼しますね。先生、お邪魔しました」
どこか納得のいかない顔をしたアルス先生を残して、私は足早に医務室を後にした。
◆ ◆ ◆
「アデリナお嬢様が別人になったみたい」
ほどなくしてメイドをはじめとする使用人たちの間に、そんな噂が囁かれだした。
「お嬢様の様子が、あの事故の前と違うのよ。性格が変わったみたい」
「そうそう! 前はもっと内気で、おどおどしていた感じだったのに……。今はなんていうか……、明るくなったっていうか、覇気があるっていうか。記憶を失くすと、あんなに別人になってしまうものなの?」
メイドの立ち話を耳にして、「仕える主家のお嬢様のことを、好き勝手に言うなんて!」と思わず注意したくなったマリーだが、ふと考え込んでしまった。確かにマリーも同じことを感じていたからだ。
(でも、お嬢様のお優しい性格は、お小さい頃からまったく変わっていませんから!)
先日、公爵邸に入ってきたばかりの新人メイドが、他の使用人から仕事を押し付けられ、意地悪をされていた場面にお嬢様が出くわしたことがあった。その時、お嬢様は新人メイドをかばい、傍観していたメイドたちを軽く叱責したのだ。
お嬢様に助けられたメイドは、ひどく感激して、思い余って泣き出してしまった。その新人メイドのシーラは、それを機にお嬢様専属のメイドとなった。
(でも、以前のお嬢様なら、その場でご自分で注意するなんて、なさらなかったかも……。私に後でシーラを慰めるように言うくらいだったんじゃないかな)
アデリナ付きのメイドは、だいぶ前に辞めて以来、空席のままだった。当然、専属侍女のマリーは、新しいメイドを入れてほしいと執事に頼んでいた。
本来なら、すぐに誰か別のメイドが充てられるものだが、執事は公爵閣下から「自分付きのメイドなのだから、アデリナが選べばいい」と言われてしまい、お嬢様はお嬢様で「私はマリーがいればいいの。だから新しいメイドはいらない」ということで、そのまま放っておかれて今に至っていたのだ。
(そんなお嬢様が、自らメイドを望むようになったなんて。これは、変わったんじゃなくて、成長! もう大人になられたんですね……。あんなに小さくて、か弱かったお嬢様が、こんなにもしっかりしたご令嬢になられて……)
マリーはぐすんと、滲んできた嬉し涙を飲み込んだ。




