14 終わりの始まり
私は門番として一人残っていたカールに、先ほどの侵入者の件を告げ、念のため周囲を見回ってくれるように頼んだ。カールは、騎士団の訓練が終わり次第、ジェイデンにも来てもらうように伝えると言ってくれた。
私と皇子は、庭園と屋敷の内外を一通り警戒しながら見て回る。
まだ他にも潜んでいる者がいないか、注意して見回ってみたが、気配を感じることはなかった。
「あいつだけだったみたいだね」
「そのようですね……。少なくとも、他の気配を感じることはできませんでした……」
暗くなるまでには、ジェイデン卿が来てくれるだろう。途端に張りつめていた心の糸がぷつんと切れて、どっと疲れが出た。
皇子も同じなのか、たどり着いた厨房のテーブルに突っ伏して、はあーっ、と深い息をついた。
「リュシー、もう、お茶はいいや。とっくにそんな気分じゃなくなった」
「ですよね……。それにもう、お茶というよりお食事の時間ですね」
「あ? ああ、そうだな。食事を作ってくれるか? 今日はここでおまえと食べる。部屋に戻るのが面倒だ……」
「わかりました。では、今から用意しますね」
「うん……」
テーブルに突っ伏したまま、皇子は気怠げに返事をする。
最近は、なんだかんだと理由をつけて、皇子は食事を私と共に厨房でとることが増えていた。食事をしながら他愛ない話をする時間は、束の間相手が皇子という身分なのを忘れてしまい、つい軽口を叩いてしまう。
でも、それは私にとって、とても幸せで尊い時間だ。
スープは、訓練所に行く前に仕込んであった。鍋ごと火にかけて温めればいいだけだ。
ぐつぐつと煮えるにつれて、厨房が美味しそうな匂いに満たされていく。
匂いにつられて顔を上げた皇子の前に、ナプキンやカトラリー、そしてパンや果物の皿を並べた私は、最後に湯気の立つスープをよそった深皿を置いた。
「今日のスープには、騎士様たちが持ってきてくれた肉もたくさん入ってますよ」
「それは嬉しいな!」
肉と聞いて嬉しそうにスプーンを手にした皇子を、私は制した。
「私が毒見をしてからですよ」
これは決して欠かせない、重要な仕事だ。
皇宮でも必ず毒見役が検めてから、皇族は飲食物を口にする。これまでも皇子の口に入るものは必ず、たとえ私が自分で作ったものだとしても、毒見をしてから皇子に勧めていた。
皇子が言うには、私の前任の世話係たちもそうしていたのかは怪しいということだったが、何かあれば食事を作った者が罪に問われる。皇族を害した罪は死罪だ。
スープをひと口、口に含んだ。
(えっ……?)
飲み込もうとして異変に気づいた私は、反射的に吐き出した。
「リュシー!」
その場に崩れるように座り込んだ私に、皇子が駆け寄る。
喉が焼けるように熱を持つ。吐き出すのが間に合わずに喉を通ってしまった数滴が、胸の奥を焼いているかのようだ。
たちまち口内に鉄のような味が奥からせり上がってきて、その不快さに咳き込んだ。
口元を押さえた手のひらが、真っ赤に染まる。
(毒……なの? まさか! どうして?)
全身にピリリとした痛みが走り、力が入らない。意識が落ちていく――。
(私、死ぬのかな……)
「リュシー、リュシー、目を開けてよ! 嫌だ、こんなの嫌だ!」
皇子の叫ぶ声が遠くなる。何か言いたいのに、声が出ない。
わずかに残された力を振り絞って、皇子の頬に手を伸ばそうとしたのだけれど。
届かずに、虚しくだらんと落ちた私の腕を皇子が掴んだ。強い力でその手を皇子が握りしめた。
(温かい手……殿下……)
「目を開けろ! 開けろってば! リュシー! リュシー! リュ……」
必死に叫ぶ皇子の声がしだいに遠くなる。
(痛い痛い、苦しい苦しい、痛い……。殿下……そんなに叫んだら、声が枯れ……ます)
体中に刺されたような痛みが走り、息ができない、苦しい……。
(眠ってしまえば、苦しくなくなる……?)
この耐え難い痛みから、逃れられるというのなら……でも。
(殿下……ずっと……一緒に、……いたかった)
力なく瞼を閉じた暗闇の端で、何かがはぜるようにバリンと割れる音が聞こえた。
今日はあと1話、更新します。