13 油断の代償
訓練所を出て屋敷へと戻る途中、私は不意に足を止めて庭園をじっと見つめた。
視界の端に、庭園の植栽の陰に滑りこんだ影を捉えたからだ。
いつもなら訪ねてきた騎士団の誰かだろうと思うところだが、今日はジェイデン卿が皇子との手合わせを早めに切り上げて皇宮に向かったように、大規模な騎士団の訓練が行われる日。
それに、ここを訪ねてきて私や皇子に挨拶もせず身を潜めようとする無礼な騎士団員なんていない。
何者かの気配を感じる植栽に視点を固定したまま、私はそちらに足を向ける。常時腰につけている短剣にいつでも抜けるように手をかけ、慎重に近づいていく――。
視線の先で不意に姿を表した人影が、駆けだした。暗色のローブを纏っていて、顔は見えない。
後を追うと、その先には剣を構えた皇子が立ちふさがっていた。私も抜いた短剣を手に、身構える。
私と皇子に追い詰められ、背後を庭園の高い生垣に阻まれて逃げ場を失った侵入者は、やおら私のほうに向き直り、ローブに隠していた剣を抜いて向かってきた。
振り下ろされた剣を、握りしめた短剣で力いっぱい振り払う。
まさか一介のメイドに防がれるとは想定外だったのか、賊は振り払われた剣の反動で体を大きく揺らし、ローブのフードが外れた。
顕わになった男の顔には、額から頬にかけての大きな刀傷。そして、手の甲に大きく引き攣れた火傷の痕。
駆け付けた皇子も、男に剣を突き付ける。
「ここに何の用だ! 答えろ!」
「……」
男は黙して薄ら笑いを浮かべた。
だが、いくら剣術に優れていると言っても、皇子は実際に剣で人を傷つけたことはない。突きつけた剣に、迷いの素振りが見えた。
見透かしたように口元を歪めた男は、皇子のためらいの一瞬の隙を突き、剣を盾にその身を翻した。
「ちっ!」
皇子が舌打ちするのと同時に、男は生垣を薙ぎ倒すように飛び越えた。
足止めしようと男を目掛けて投げた私の短剣も、ほんのわずかの差で届かず、空しく地に落ちた。
「すまない……俺がためらったりしたから……俺も甘いな」
「いえ。殿下にお怪我がなくて何よりです。どうせ物盗りでしょう……。私も油断していました」
いつもは誰かしら騎士団の者たちが、しばしの休息に訪ねてきているはずが、珍しく誰もいない。そんな事情を知った上で、侵入されたのかもしれない。
「お前も大丈夫か?」
「はい。殿下が駆けつけてくれたおかけで、この通り、何ともありませんよ」
頭を抱えて項垂れる皇子に、私は明るく笑って答えた。
だが、私はあまりにも平穏な日々に慣れすぎてしまっていた。重要なことを呑気に見落としていたと、私は間もなく身をもって悔やむのだった。