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10 剣と魔法と

 数日後、ジェイデン卿がこっそり護衛としてついてきてくれると言ったこともあり、私は皇子を連れて街に出ることにした。念のため、私もローブの下に帯剣する。

 とはいえ、皇子が勝手に離宮から出ることは許されてはいない。なので、離宮から出たのが人目につかないよう、あの水路の隠し通路を使って外に出た。


 誰にも見咎められることなく、皇宮をぐるりと取り囲む高い城壁の外に出た私たちは、近くで待っていたニールの馬車に滑るように乗り込む。

 実は少し前に、グランデオ商会に特別に取り寄せを頼んでいた品があった。ちょうどそれが届いたと聞いて、いつものように食材の配達に来たニールに、秘密裏に商会まで連れていってほしいと頼んでいたのだ。


「街中では、決してフードを取ってはいけませんよ」


 皇子の銀髪と青い瞳は、皇族の象徴だ。目にした者の記憶に、必ず強く残ってしまう。


「わかってる」


 神妙な顔をして、皇子は素直にフードを引き下げる。

 遅れて馬車に乗ってきたジェイデン卿に、私は頼み事をした。


「今日はグランデオ商会に頼んでいた剣を見に行くんです。そろそろ殿下も訓練用の剣だけでなく、本物の剣に触れたほうがいい頃かと思いまして」

「確かに、そうですね。殿下は剣筋もいいですし、いずれ真剣を手にしての訓練は必要ですからね。それに、グランデオ商会ですか……。いいところを選びましたね。あそこは確かなものしか扱わないところです。タルシオ会頭は、自分のところで扱う品に誇りを持っていますから、会頭の基準に見合わない品は、一切扱わない頑なさも有名ですからね」

「ええ。それで、何本かいいものが用意できたから、そこから好きなものを選んでほしいと言われたんですが、ジェイデン卿に目利きしてもらえませんか? 殿下に選ぶ際のご助言をお願いしたいのです。……私ではさすがに心許ないので」

「僕からも頼む、ジェイデン卿」

「承知いたしました。殿下にぴったりな剣をお選びいたしましょう」


 グランデオ商会に着くと、ニールの案内で、建物の中でひと際奥まったところにある会頭の執務室に通された。

 広いが、必要最小限の家具しか置かれていない、きわめて簡素な部屋。華美さで客を圧倒することを目的とした、貴族相手の商会の会頭室とはかけ離れている。それはまるで、タルシオと、彼が率いるこの商会の信念を映しているようだ。


「セレスティアン皇子殿下、わざわざお運びいただきまして、光栄に存じます。殿下に永遠の栄光がありますように」


 タルシオは皇子の足元にためらうことなく跪き、恭しく皇子への礼をとった。

 貴族たちは、陛下の皇子に対する際立った冷遇を知り、皇子はほどなく廃嫡されると噂している。次の皇位は、セレスティアン皇子ではなく、現皇后の娘であるパトリシア皇女のものだろうと。


 そんな皇子にすすんで跪こうとする貴族はいない。だからこそ、演技をしているふうでもなく、ごく自然にとられた振る舞いが、タルシオの実直さの証として私の心に刻み込まれた。


「堅苦しい挨拶は不要だ。この商会にはテレサの頃から世話になっている。僕を助けてくれていたこと、テレサから聞いていた。感謝している」

「いえ……私のほうこそ、テレサ夫人には御恩があるのです。ですから、テレサ夫人の大事になさっていた殿下に恩返しをしたまでです。……さて、殿下。おいでになったのは、これをご覧になるためでしょう?」


 タルシオが、部屋の中央に置かれた大きなテーブルの上に掛けられていた布をゆっくり取り去る。

 現れたのは、それぞれの鞘に納められた三本の剣。鞘の装飾の重厚さからして、いずれも名のある者の手によるものと察せられた。


「さあ、殿下、しっかりご覧ください。グランデオ商会が殿下のために自信をもって取り揃えました」

「鞘から抜いてみても?」

「もちろんです、殿下」


 タルシオは穏やかな笑みを浮かべた。

 皇子は一本一本、順に手にしては、その重さと感触をじっくり感じ入るように、ためつすがめつしている。

 時にジェイデン卿の助言も得つつ、やがて皇子は納得のいく剣を選ぶことができたようだ。


 商会を出ると、皇子は市場を見たいと言う。

 皇子をジェイデン卿に託した私は、後で落ち合うことにして、一人で生地や糸を扱う店に向かった。そこで皇子の剣の鞘につける房飾りの材料を買うためだ。


 帝国には、自分の剣を初めて手にした少年に、近しい女性が鞘につける房飾りを贈る伝統がある。大抵は母親や姉妹、婚約者や恋人が贈るものだが、時にそのいずれもいない場合には、乳母など親しく仕えている使用人が用意することもあった。


 離宮を訪ねてきて、皇子と親しく言葉を交わすようになった騎士や兵士たちも皆、誰かが彼らのために作ってくれた房飾りをつけている。

 いつだったか、真新しい房飾りに目を留めた皇子が尋ねると、その持ち主の若い兵士は、母が作ってくれましたと、誇らしげに胸を張ったのだ。


 房飾りを作る母親たちは、その子の髪や瞳の色と同じ色を選ぶ。店で鮮やかなブルーの布と銀色の糸を手に入れた私は、皇子たちとの待ち合わせ場所へと向かう。


「あっちへ行けってば――!!」


 突然耳をついた、悲鳴のような女の声。


 声のするほうに駆けて行ってみると、路地裏の行き止まりに、見慣れない異国風のドレスの女が、ナイフをちらつかせた男に追い詰められていた。逃げ場をなくした女は、辺りの小石やゴミを手当たり次第投げつけて応戦している。


 とっさに男に駆け寄った私は、ローブの下に佩いていた護身用の剣を抜くと、男の手からナイフを弾き飛ばした。

 騒ぎに気づいた人々が、ちらほらと集まってくる。このままいては分が悪いと知った男は、舌打ちして逃げていった。

 女は緊張が解けたのか、その場にへたり込むように座り込んだ。


「はあー、助かった……。あんたのおかげだね。礼を言わないとね」

「大丈夫ですか?」

「ああ……おかげでこの通り、何ともないさ。……ったく、私から盗れるものなんてないのにさ」


 そう言って女は、ドレスについた土埃を手で払いながら、ゆるりと立ち上がった。


「あんたの名を教えてくれない?」


 唐突な問いに、私は女に聞き返した。


「私の名ですか?」

「そうだよ。他に誰がいるのよ」

「えっと……リュシーと言います」

「それ、愛称でしょ? 生まれた時に神殿に登録した名を教えて。ああ……私は西の生まれの魔道具師なんだ。あんたのおかげで助かったよ。だから、礼がしたくてね。ちょうどここにいいものがあるから、もらってくれない? これにはあんたの正しい名前を刻印しないと作動しないからね」


 帝国から遥か遠い西方の国には、ごく稀に魔力を持つ者が生まれることがあるという。そんな魔力持ちたちの中で特に優れた者は魔道具師となり、魔力と術式の作用で人外の力を発現させる道具を生み出すと聞く。

 魔道具と呼ばれるその道具は、魔力持ちが生まれることのない帝国では希少だ。そのほとんどが純度の高い宝石に匹敵する高値で取引される。


 魔道具師だと名乗った女は、私の返事を待つことなく、自分の腕にはめていたブレスレットを外すと、有無を言わせず、あっという間に私の腕につけた。

 そのブレスレットには小さな青い石が一つだけついている。綺麗だけれど透明度が低いし、高価な宝石ではなさそうだ。


「改めて聞くよ。それで、あんたの名前は?」

「……リュシエンヌ・モレットです」


 女は私の腕の青い石に触れ、もう一度、小声で私の名を唱える。さらに何事かぶつぶつと唱えたかと思うと、石が一瞬、光を放ってきらめいたかに見えた。


「さあ、これで石にお前の名を刻印できた。これはお守り。あんた、人が良すぎて、他人の不幸まで背負いそうだからねえ。絶対に肌身離さず、つけているんだよ」

「あ……、ありがとうございます……。でも魔道具って、お高いものですよね。そんなもの、本当に頂いてしまっていいんですか? 私、そんなお金持ってないですよ……」


 怪しい……。

 何の効果もないがらくたを押し売りする、魔道具詐欺ってやつかもしれない。

 まさか、さっきの男とグルだったりして……。

 思い切り警戒する私に、女はけらけらと笑った。


「お代なんていらないさ。命を助けてもらったんだから、そのお礼とすれば安いもんだ。そもそもこれは依頼主に渡すことができなくなってしまったものだから、貰ってくれる人がいれば有難いってやつなの。……これに仕込まれている術式はね……」


 女は何やら長々と、術式とやらについて説明してくれたが、その手の話に疎い私には、聞いても今ひとつ理解できない。

 まあ、興味もないので、はなから聞く気もなかったが。


「……というわけさ。まあ、必要な時が来ればわかるよ」


 話し終えた女は、「じゃあね、親切な女騎士さん!」と手をひらひら振りながら去っていった。



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