プロローグ
青春とは何か。
ジリジリと陽が照り付ける昼休み、青く晴れた空を見上げ、吹き抜ける風とともに思考を巡らせる。
青春。
大きく言えば図らずとも多くの人が経験したであろう高校生頃の総称。
恋愛に限られて語られることがしばしばだが友情、部活、勉学なども含まれその時期に経験した出来事は今後の人生を大きく変えることになる。
ある人は汗と涙を流し、
ある人は将来への投資として時間を費やし、
ある人は恋に心を弾ませる。
それは必ずしも叶うとは限らない。
だが人は高校生頃になると甘く青い青春を求める。
まるでそれが本能に刻み込まれているかのように。
そんな考えに耽、空に向け想いを飛ばす。
「お腹すいたな———」
「いや何でだよ」
鋭いツッコミに対するように柔らかい掌《てのひら》が髪を揺れ動かす。
「だってお腹すいたんだもん」
「それは分かったけど雰囲気に合ってないだろ」
さも当たり前かの様に語ってくる哲平にむっとして思わず頬を膨らませる。
「じゃあ何で言えばよかったの」
「絶対『青春したいなー』とか言う流れだったじゃん」
下手な裏声は私の声を真似たのだろう。
少し涼しくなったその場から目を背けるように、私はまた窓の外を眺めた。
哲平は気まずそうに俯きながら探るように口を開く。
「そんな怒んなって」
「怒ってないよ」
「じゃあ何で」
「・・・・・・それ聞く?」
「・・・・・・あーもう!分かったよ。何すれば良い」
その言葉に反応して顔を戻すと頭を抱え下を向きつつも目は合っている———結果的に上目遣いになる哲平を見ることができた。
その顔に関してか、将又それ以外か口角をにやりと上げる。
「お昼ご飯ちょうだい」
「自分の食えよ」
如何にも不機嫌そうな顔をもっとじっくり見ていたいが心をひた隠す様に淡々と続ける。
「ママが入れ忘れてた」
「紗凪ママは昔っからそうだよな」
「今年に入ってからもう三回目だよ」
「幼稚園の時遠足で忘れた時あったよな」
「あれは最悪だった」
少し意地悪をして喧嘩腰で偉そうに急かしてみる。
「それで何を食べさせてくれるのかな」
何気ない仕草で鞄の中を探る様子を見ながら思わず頬が綻ぶ。
「これしかねぇや」
そう言った哲平の手には半分ほどに減ったパンが。
———・・・
—————・・・・・・
——————・・・・・・・・・
深呼吸。まずは深呼吸。
数秒の思考停止の後に自分が今瀕している状況を飲み込もうとする。
あのパンは元は二倍ぐらいの長さがあった筈。購買で見かけた事がある。となると齧ったか千切ったかの二択だ。
だけど哲平がパンを千切って食べるなんて可愛らしい事をするはずもない。
なら普通に考えてそれって間接キ———
自分の思考を振り払うかの様に頭を大きく振る。
普段通りの呑気な表情をしている哲平を横目に一つずつロジックを固めていく。
いやでも哲平だって男の子だから少しは気にする筈だしね。
きっと昨日の放課後のタイムセールで半額のパンでも買ったのだろう。うちの学校ケチで値段相応の量しか売らないから。
そうだ、きっとそうだ。そしたら『昨日のパンを食べさせるな!』って言ってやろう。
「それって何時買った?」
「朝。腹減って半分くらい齧ったけど」
即答された答えがロジックを崩壊させ、一層頬を赤る。
そしてそれは戦鐘が鳴る様でもあった。
「食べねぇの?顔真っ赤だけど」
恐らく、というか絶対私を気遣っての発言だろうが私にとっては自分の状態を知るキーワードでしかない。
どうしよう哲平の言葉聞いただけでなんかぶわぁってなってすっごく体が熱くなるし本当は食べたいけど食べたら絶対に恥ずかしくて怪しがられるしだからって今更食べたくないだなんて言えないしでも普通に考えて私が断るのは違う気がするしでも食べたらそれこそアレになっちゃうしそもそも哲平が気にしてないのがおかしいし———
頭を冷静にさせるために浮かべた言葉は、だがしかし頭を沸騰させるばかりで役に立たない。
「なぁ、」
極限状態の中でただ響く声に体を跳ねさせる。
「もしかして紗凪、間接キスとか気にしてる?」
尚も呑気に確信を突いてくる様子に強く心臓が跳ね上がる。
幾ら鈍感な哲平でもここまで来たら勘付くだろう。別にバレたくない訳ではないがこんな形でバレるのは違う気がする。
「え、あ、えっと・・・・・・」
何か言わないといけないことは分かってる。だけど否定することへの恐怖心と、いっそのこと認めてしまった方が楽になるかもという自己満足で喉が塞がれて思うように声が出ない。
動揺の余りスローモーションになった視界に映る哲平が口を開こうとする姿に身構える。
怖い、こんなところでバレてしまうのが。
本当ならいつか自分から言いたかったけど。
「そんなこと気にしなくて良いのに」
・・・・・・は?
「俺ら幼馴染だろ?昔はそんな事気にしてなかったのに」
「あーよかった!」
「何がだよ」
そうだった、そう言えばこんな奴だった。
今はまだ、自分の言葉で言えないかもしれない。でもいつか哲平に想いを伝える時が来る。
それなら今は、
「何でもない!」
これは近くにいても近づけない、恋する乙女の青春のお話。