十六
十六
「なんにせよ、私などが通りすがりに見かけましても、なんとも見当がつかないのでございます。そもそも坊主に女性の品定めができようはずもありませんが。その眉の形、目つきなどを見ると、愛嬌があるふうには思えない。口もとなどもきりりとして、お世辞一つ言うようには思えないが、ただなんとなく人生を知り抜いて、恋も虚しさも知り尽くしたように見える。そのくせ身体つきにも表情にも、愛する心が溢れ出すといった雰囲気をまとっている。
自分を恋い慕う者ならば、馬方でも船頭でも、われら坊主でも、冷たく断って突っぱねたりはしそうにない。たとえ恋心を受け入れてもらえなくても、それなりの見返りはありそうな気がする。帯の結び目でも袂の端でも、どこへちょっと触っても、溢れ出たその情愛の露が、男の骨をとろかさずにはいられない、といったふうな女性なんですな。
気高く見えるとはいっても、天女や神女を思い出すというわけではなく、姫路城の天守閣で緋色の袴を身につけて、燭台の灯りで何やら書物をひもといているといった感じがして、あるいはまた、その濡れ髪が、露の滴るように色っぽく見えたとしても、水道の水で洗ったものとは思えない。人里離れた山中の温泉に一人きりで雪のような肌を浮かべて、長い黒髪を濯いでいたのではないかといった、そんな近くて遠いような、秘密めいたものを匂わせているのです。
心を惹かれるとか、親しみを感じさせるとか、そんなやんわりしたものではなく、ひと目見た男を魅了する力が計り知れない。
地獄、極楽、そして苦しみ多いこの世の因縁をつきまとわせているかのようで、つまるところ罪も報いも少なくはないだろうと思える女なのです。
そんな女であるうえに、それを見る男が恋に狂っているのですから、女と連れだった浅黄の帯と緋の扱帯のやくざ者などは地獄の番卒の牛頭馬頭に見えて、逢魔が時の波打ち際に女を引き立ててでも行くように思われたのでしょうが、いったんそんな気持ちであの奥さまをご覧になったところで、後日、玉脇の屋敷の前を通りかかって、以前と同様、男たちといっしょにおられた玉脇夫人を見かけたときは……と、私たちの客人は、こんなふうに語ったのです。――
町から浜へ行く路を横に折れたので、彼らの姿は屋敷の裏手を流れる小川に添って植えられた蘆の生け垣にさえぎられたせいで、帯も裾も見えなくなって、松林の幹が立ち並ぶ暗い背景から、襟から肩のあたりが見えるだけのあの女の、くっきりとした耳もとがきわだって、浮きだしたように現れたのを真ん中に、これも肩から上だけを覗かせた、このときは三人の男の姿が、後先になりながら一列になって、松の葉とすれすれになりながら歩いて行く姿が、しばらくは桔梗や刈萱がなびくように見えていたが、やがてだんだんと低くなって姿を消すまで見送りながら、なんとなく、あの女は、自分との関係が露見したせいで離れ座敷か座敷牢にでも監禁されるために連れ去られて行くように思われて、前後から挟みこむようにして歩いて行く三人の男の首の凶悪な面構えが、確かにそうだと語っていたんだ。もうこれっきり、来世まで逢えないんじゃないかと思われる。
――などと、おっしゃることのわけがわかりません。
やっぱりこれもですよ、玉脇の家に招かれた客人たちが主人と奥さまを交えて、庭の築山を散歩していたのだと思えばそれまでのことでしょう。
客人はとうとう表通りだけでは気が済まなくなったとみえて、先ほど申した屋敷裏の勝手口、客人の気持ちで言えば城の裏門があるあたりから川一つ隔てた場所にある、ちょっとした松原の奥深くに入りこんで、うろつくようになったそうです。
この松原は、玉脇の地所ではありますが、囲わずに開放されております。そのなかには海とつながった、ちょっと大きな池もあります。一面に青草が生えて、これに松の緑がかさなって、今時分は菫が、夏には常夏、秋は萩が美しく、まことに翠深きところですから、ちといらっしゃってごらんなさい」
「薄暗い場所なんですか」
「藪のようではありません。とにかく一面が緑なのです。本でもご覧なさりながら散歩されるには、まことに適した場所です」
「蛇がいるでしょう」
と、散歩者は唐突に訊ねた。
「お嫌いですか」
「いやあ、どうも」
「いや、なんの因果か、あれほど世の中から嫌われるものも少ないですな。
しかし、よく観察すれば、あれはあれでしおらしいもので、道ばたなどで我が物顔で伸びているところに行ってじっと見つめてごらんなさい。あっちからも見返してきます。そのうちきまりが悪そうに鎌首を垂れて、恥ずかしそうに顔をそむけますよ。憎くもないもので、ははははは、やはり心がありますよ」
「あれに心があっても、いいことがあるとは思えません」
「いえ、塩気を嫌うとみえまして、その池のまわりにはちっともいません。屋敷には最近は、例の魔性の姉御様もいませんし、足もとの地面には蜂の巣のようにすかすかと真っ黒な穴があいておりますが、それは蟹の住処で、落っこちる心配もありません」
