表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

十五

十五


(まゆ)の太い怒り鼻の男、額が広くて(とが)った(あご)をしゃくり上げて下目で(にら)む男、上向きにした頬髭(ほおひげ)だらけの顔で、ふかしもしない葉巻をくわえ込んでいる男がいる。くるりとからげた尻を、扇子(せんす)で叩いた男もいる。どいつもやくざ者っぽい浴衣(ゆかた)がけ、というだけならまだいいんですが、その着こなしがまた、浅黄(あさぎ)兵児帯(へこおび)の結び目をぶらりと五、六十センチほど、ふくらはぎのあたりまでぶら下げていたり、緋縮緬(ひぢりめん)扱帯(しごきおび)胸高(むなだか)にぐるぐるまきにしていたりと、やりたい放題だったそうで。兵児帯はご自分のものであろうが、扱帯を巻いた男のは、おそらく酒の席で小間使いが締めていたものをぶん()ったのでしょう。

 これを見た客人は、わけもわからず不機嫌になって、ちょうど夕刻の海の波が荒々しくなってきたのと重なって、ここいらの人たちが言う赤鬼青鬼が、かよわい(ひと)冥途(めいど)に引き立ていくように思えて、そう思えば彼らに挟まれた奥さまは、なんとなくもの寂しく、楽しそうでもなく、気が(ふさ)いでいる様子に見えて、心に同情が湧いてきたのだが、そうなると命がけで奴らのなかに飛び込んで救ってやりたい気持ちになった。家での暮らしぶりもおおかたわかったから、気が気でないなどとおっしゃったのですが、これをどう思いますか、あなた、おかしな受け止め方じゃありませんか。

 たとえば地獄の絵に、天女が降臨した場面が描かれていたとします。それを見れば、餓鬼(がき)どもが救われるようで尊いと思うのが普通です。

 あるいはお使いの蛇が弁財天(べんざいてん)のところにやって来たと申すのを聞いて、ああお気の毒だ、弁天様はさぞお気味が悪かろうと思う者はいないでしょう。これも恋の迷いじゃね」

 散歩者はここですこし腕組みをした。

「しかしですよ、女は、自分が()れた男が美人の女房を持っていると嫉妬するそうですがね。男は逆ですよ」

 と、ちょっと反論したい口ぶりである。

「ははあ」

「男はそうではない。惚れてる女が、花の小野(おのの)小町(こまち)、月の大江(おおえの)千里(ちさと)といった好一対(こういっつい)の相手と結ばれれば、かえって安心します。

 先ほどの、浅黄(あさぎ)兵児帯(へこおび)だとか緋縮緬(ひぢりめん)扱帯(しごき)だとかが相手だと、ちょっと考えたくもなる。キリスト教の信者が女房から、主キリストに抱かれて寝た夢を見たというのを聞いたときの気持ちと、イスラム教の魔神の慰みものになった夢を見たと聞いたときの気持ちは、おそらく違うものでしょう。

 どっちにせよ、嬉しくないことには違いありませんがね、前者はまあ我慢ができる。後者は堪忍(かんにん)ならないことでしょう。

 まあ、そんな話はともかく、なんだってまた、そんな不愉快な人間ばかりがその奥さんをとり巻いているんですか」

「それは、玉脇(たまわき)が金持ちになったのは、あの(くわ)()を杖にして、ぼろ半纏(はんてん)に包んでお宝を持ち帰った一件があって、ああやってあらかたの華族もかなわないような暮らしをして、交際にかけては惜しみなく金をばらまいているのですが、情けないことに金儲けのやり方がやり方なだけに、身分や名誉のある人は近づかないからでして、悲しいかな寄ってくるのは、いかがわしい連中ばかりなんですな」

「待ってください、それはわかりましたが、とするとその夫人というのは、どんな境遇の人なんですか」

 僧はあらためて(うなず)くと、いったん咳払いをして、

「それなのでございますよ、あの奥さまはですね、年齢などは誰が見てもおおよそはわかりますように、まず二十三、四、それとも五、六といったところでしょう」

「それで三人の子の母親なんですか? しかも上が十二、三歳とはね」

「いいえ、どれも実子ではないのでございます」

継子(ままこ)なんですか」

「三人とも主人の先妻が産んだ子です。この先妻についても、いろいろとお話しできることがあるのですが、話が脇に逸れてしまうので申さなくてもいいでしょう。

 玉脇が今の奥さまを迎えたのは二、三年前のことですが、それがおかしな話で。

 新妻がどこの生まれ育ちで、誰の娘か妹なのか、まったくわからないのです。もしかすると借金の(かた)に引き取ったのか、金で買うようなことをしたのかもしれない。落ちぶれた華族のお姫様だと言う人もいれば、破産した大家のお嬢さんだと言う人もいます。そうかと思うと、名高い芸者か遊女だったに違いないと言う人もいるし、酷いのになると元は高級淫売だろうなどと、とんでもない決めつけをする人もおられて、底なし沼の池に()()()とかであるかのように素性がわからず、それを知った者もいないのです」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ