十一
十一
「大蛇が大口を開いたような、真っ赤な土の空洞のなかに、ずんぐりとした黒い塊が見えたから鍬の先で掻き出してみると――それは甕でした。
蓋がぶっ欠けていていたそうで、そこからもどろどろと流れ出しているのは、底光りしている、鳥居の朱色のような粘土質の液体です。
別になんとも思わず、親父さんは惜しげもなく甕をひっくり返して中身をぶちまけると、さらにもう一つ甕が見えたから、奥のほうを覗きこんでみたところ、二つの甕が縦に並んでいたそうです。――さあ、こちらのほうが本物だった。
ちょっと開けてみた蓋を、慌てて閉じて、きょろきょろと辺りを見回したそうでございますよ。
傍で覗きこんでいた自分の子どもさえ睨みつけるようにじろりと目を遣りながら、もろ肌脱いでいた着物の肩を入れる余裕もありません。
上半身はだかのまま、脱いでおいたぼろ半纏でしっかりとくるんで二つの甕を背負い上げると、腰をがくつかせながら、鍬を杖にして、どっこいしょと運んだのです。その間、子どもには、黙ってろよ、なんにも言うな、絶対誰にもしゃべるんじゃねえぞと言い続けながら家に帰ると、窓も戸も閉め切って暗くなった納戸のなかで、お仏壇の前に筵を敷いて、そこへざくざくと甕の中身を盛り上げた。古いものなので黒くくすんでいたそうだが、それでもその晩以来、親父の小屋は闇夜でも明るく輝いていた気がしたと、近所の者が話したそうで。
最初に親父がぶちまけた甕いっぱいの液体は、これも貴重な極上の水銀朱だったようで、時ならぬ曼珠沙華が咲いたように、しばらくの間、山際を燃えるように赤く染めていましたが、梅雨時の雨に打たれてようやく消えましたそうです。
すこし日数が経ってから、親父さんは村の所用で東京に赴いたついでに芝口の両替店に立ち寄って、汚い煙草入れから煙草の粉だらけになった、例の甕の中身をそっと一枚だけ出して、いくらで買わっしゃると訊いて瀬踏みをしてみると、つまんだ爪のほうが黄色いくらいに汚れていたそれが、まさしく本物の金貨だった。七両ならば引き取ると言うのを、もうちょっと勉強してくだせえとごねて、とうとう七両一分に換金したのが事の始まり。
あちらこちらで少しずつ金に替えて、やがて中古の船一艘を買いこんで、薪や炭の荷を積んで港を回り、そのうち材木の運搬にも手をつけて、船の数が七艘まで増えたときにすっぱりすべてを売りに出して、その資金を元手に土地を買い、店を広げ、新居を建てた。
事業の基礎を固めると、山林の地主になってそれを貸し出し、座っていても商売ができるようになりましたが、一方で高利貸しもやっていました。
どっさり生えていた樹木が伐採されて山が裸になり、店先にみるみる並んで、いつの間にか金を残してどこかへ行ってしまう。
それもそのはずです。
材木業者は利息の付く金を借りて山を買い、木を伐って借金返済に充てる。それでも返しきれないので材木を抵当に入れてまた借りる。それにも利息が付くので、また木を伐って返済に充てる、また借りる、利息が付く、という具合。借りたほうはせっせと樹木を伐り出して、貸元である親父さんの店に材木を並べるだけになる。やがて切羽詰まって捨て値で材木を売ることになって、それを安く買いこんだ親父がまた儲ける。結局のところ業者は右往左往しながら家の前を通り、金を置いては去って行くことになるのです。
一家郎党は一度にどんどんと増えて、それを見る人々は、天狗が山を丸飲みするようだと舌を巻いたのですが、その陰ではあの……親父さんが鍬を杖にしてがくがく震えたという、甕を掘り当てたときのことを馬鹿にして、俺らだったらもう一つの甕に入ってた朱のほうにも手をつけて、うまく儲けて子孫繁栄だなどと、ひそひそ話をするのだそうで」
「そういう人たちに限って、お宝を掘り当てる運は廻ってこないんですよ」
「世の中、うまくできたものでございます。この話にしても、秘密にしていたことが、どこをどうやって世間に知れたことですか。いや、それについては……」
と、僧は思い出したように、
「こういう話がございます。その、親父さんから誰にも言うなと固く口止めされていた斉之助という子どもが、『父様は野良へ行って、穴のない天保銭をどっさり背負って帰らしたよ』と言っていたとか……いかがでござる、ははははは」
「なるほど、汚れた小判を穴のない天保銭とは、上手いことを言いましたな」
「その、穴のない天保銭などと言った子どもが、現在の当主でございます。多額納税議員、玉脇斉之助、そしてその令夫人がみを殿、その歌を書いた美人だと聞けば、ちょっとは驚かれましたかな、あなた」
