聖女令嬢は国を救い、彼女を虐めていた義理の家族は死にました
「本当に私は聖女なのです! 私をここから出してください、お義母さまっ!」
リーリアはピンク色の長い髪を振り乱しながら、牢の中で叫んだ。
しなやかな白い指で錆の浮いた鉄柵をギュッと握り込んで揺らしながら訴えるリーリアの姿には、嘘がないように見える。
しかし牢の前で冷淡な笑みを浮かべる義母と義妹には、彼女の訴えが響く様子はない。
「ダメよ、リーリア。嘘つきは外には出しません」
義母は意地の悪さを絵に描いたような笑みを浮かべて言った。
「お義姉さまは嘘つきだから、皆さまのご迷惑になると思うの」
義妹はバカにした調子で言うと、冷淡に笑った。
伯爵令嬢であるリーリアは聖女であると訴えたために、義母たちの手によって屋敷の地下牢に監禁されたのである。
だからといって彼女は、簡単に引き下がるわけにもいかない事情を抱えていた。
リーリアの使命には、大勢の命がかかっているからだ。
彼女は義母たちに向かい、必死に訴えた。
「私は皆を助けるために、女神から聖女としての力を与えられたのです。だから私は戦わねばなりません。私が戦わなければ、魔族に国が乗っ取られてしまいます」
リーリアの訴えに、義母たちは地下室に嘲笑を響かせた。
「馬鹿なことを言わないでしょうだい。あなたに何ができるというの? 今は魔族が我が国に攻め入っている非常時です。お父さまも戦いに出ているというのに。なぜそのような嘘を吐くのですか、リーリア」
「そうよ。お義姉さまが聖女だなんて。そんなわけないでしょ」
「嘘ではありませんっ!」
蔑む二人に向かって、リーリアは真摯な訴えを続けた。
だが真摯に訴えたところで、響かない相手には無駄なことだ。
「本当にリーリアは嘘つきね。我が家の恥よ」
「そうよ。お義姉さまはとても嘘つきなのよ。ねぇ、お母さま? お義姉さまは子どもの頃、お母さまに虐められていると言っていたのでしょう?」
「ええ、そうよ。そのせいで私はとても苦労したわ」
母娘はコソコソと話すふりをして、わざとリーリアの耳に届くような話し方をした。
実際、リーリアは幼少時から虐められていた。
母を早くに亡くしたリーリアのもとに義母がやってきたのは五歳の時。
義妹は、三歳だった。
騎士として働く父は忙しく、リーリアの面倒は義母に任せきりの状態。
耐えきれなくなったリーリアは十歳になった時、父に義母からの虐めを訴えた。
だが父は、使用人たちも味方につけていた義母の話を信じてしまったのだ。
そこからリーリアは、唯一の肉親である父に対しても心を閉ざして生きてきた。
彼女の味方はいない。
ただ一人、婚約者で父の部下であるハンスを除いて。
ハンスは金髪碧眼でスラリと背の高いハンサムな男だ。
騎士らしく筋肉のついた体は頼りがいがある。
しかも優しい。
義妹は美形で将来有望なハンスに目を付けて誘惑した。
だがハンスはリーリアにぞっこん惚れているので、義妹の思惑に乗ることはなかったのだ。
それ以降、義母と義妹によるリーリア虐めは酷くなっていった。
だが。
「本当に私は女神さまから聖女としての力を与えられたのです。この力を使わなければ、この国は魔族に取り込まれてしまいます。私をここから出してください。私を戦わせてください」
今は過去の虐めを引き合いに出すような場合ではない。
リーリアは必死だった。
「うるさいわよ、リーリア。諦めなさい」
義母は面倒くさそうに言った。
「そうよ、お義姉さま。あなたはねぇ、負けたの。負け組なのよ。そんなあなたに、女神さまが力をお与えになるはずがないでしょ?」
義妹は楽しそうにあざけり笑った。
愚かさも、ここまでくると罪である。
「お義姉さまって、本当に愚かよね。お母さまに逆らわず、大人しくしていればいいものを」
義妹はアゴを上げて首元が良く見えるよう、わざとらしい動きでネックレスとドレスをリーリアに見せつけてきた。
「それは……私の⁉」
「ええ、お義姉さまのものよ。このドレス、私のほうが似合うわよね?」
義妹はリーリアに見せつけるように、ポーズをつけながらクルリと一周回ってみせた。
「ハンスさまからの贈り物を、どうしてあなたが⁉」
「だって私の方が似合うのですもの。ふふふ。どうしてハンスさまは、私よりもお義姉さまを選ぶのかしら? 見る目がないわね」
義妹は義姉と共に、その婚約者のことも嘲笑った。
「本当に。殿方って見る目がないのよね」
義母も娘にならってポーズをつけながら、わざとらしくリーリアの前で回ってみせた。
「そのドレスとネックレスは亡きお母さまのっ!」
「うふふ。素敵でしょ? このネックレス。デザインは古いけれど宝石が大きいから見栄えがするのよね」
「お母さまに、よくお似合いです」
「ありがとう。あなたのも、よく似あっているわ」
義母たちの勝手な振る舞いで怒りに震えるリーリアの前で、母娘はお互いを褒め合っていた。
「それは私がお母さまから譲り受けたものよ! お父さまが知ったらどうなさるか……」
怒りに脳みそが沸騰しそうだったけれど、牢の中にいるリーリアには何もできない。
せめて嫌味の1つも言いたいところだが、怒りに支配された頭では罵倒の言葉すら上手くでてこなかった。
「ふふ。だってあの人、今はいないもの」
「そうよね、お母さま。今はいないし……戻ってくるかどうかも……」
「なんですって⁉」
義母と義妹はリーリアを嘲るばかりか、父の命まで軽んじている。
その事実を思い知って、リーリアは怒りのあまりめまいがした。
「ふふふ。戻ってきて叱られたとしても、謝れば済むことじゃない」
「本当にお義姉さまは大げさね」
リーリアの怒りを、義母たちは鼻で笑っている。
「とにかく。聖女だ、などとうそを吐くような娘は外には出せません。さ、そろそろ上に戻りましょう」
義母はそう言うと、リーリアに背を向けた。
「そうですわね、お母さま」
義妹は笑いながら義母の後に続いた。
その時。
屋敷を激しい揺れが襲った。
「えっ⁉ 魔族がここまで攻めてきたの⁉」
「まぁ大変だわ、お母さま。逃げましょう!」
二人は地下から上へと上がる通路に急いで向かうそぶりをみせた。
が、急にクルリとリーリアを振り返り、言う。
「ふふふ。嘘つきな貴女はそこで屋敷の下敷きとなって死ぬといいわ」
「では、お義姉さま。失礼いたします」
義母は笑い、義妹はわざとらしいカーテシーを見せると、再び地上へ上がる通路を目指し急ぎ足で地下牢から出て行った。
リーリアは、地下牢に一人残され戸惑う。
「私はどうしたら……」
せっかく魔族と戦える力があっても、牢から出られないのでは戦いようがない。
唇を噛むリーリアは、地下牢の柵を握りしめた。
再び屋敷が激しく揺れる。
今度の衝撃は先ほどのものとは比べ物にならない。
「ああっ!」
リーリアの叫びと共に、ひときわ大きな爆音が響いて、また屋敷が大きく揺れた。
衝撃で壁がガラガラと音を立てて崩れていく。
幸いなことに、激しい揺れに傾いだ家の重みで座敷牢の鉄柵がひしゃげ、人が1人通れるくらいの隙間が開いた。
「これで外に出られるっ」
リーリアは急いで鉄柵の隙間から抜け出すと、屋敷の壁に開いた穴から外に出た。
外は酷いありさまだった。
昼だというのに空は厚い雲に覆われて光が届かない。
どこかから化け物じみた笑い声が響き、逃げ惑う人々の悲鳴と共に世界を満たしている。
リーリアは女神に言われた通り、両手を高く天に向かって伸ばして祈った。
目を閉じて必死に祈る彼女の手は光を得て、それは天高く昇っていく。
勢いはない。
静かに昇っていく光は静かに、しかし確実に、世界を光で満たしていく。
祈りにより女神から授かった全ての力を放出したリーリアは、糸の切れた操り人形のように地面へとくずおれた。
「リーリア! リーリアッ! あぁ、気が付いた」
リーリアは、婚約者であるハンスの声で目覚めた。
「私は……」
「無事でよかった」
彼女は地面に倒れたまま、上半身を婚約者に抱きしめられていた。
リーリアは薄ぼんやりした意識のまま、ハンスに聞く。
「魔族……国は、どうなりましたか?」
「あぁ、貴女のおかげで助かったよ」
彼女を覗き込むようにして伝えてくる婚約者の目には涙が光っていた。
「でも私は……貴女を失ったらと思うだけで、私は……」
「大丈夫よ、ハンス。私はここにいるわ」
リーリアは自分の右手を婚約者の頬に伸ばした。
髭で少しざらつく彼の頬にはしっかりとした温もりがあって、婚約者が生還したことをリーリアは実感した。
ハンスは涙をのみ込むと、にっこりと綺麗な笑顔を作って言う。
「愛しいあなたが、まさか聖女だったなんて。この国が救われたのは貴女のおかげだ」
「いいえ、違うわ。軍の皆さまが戦ってくださったおかげよ」
リーリアとハンスはしばし見つめ合い、それから唇が触れるだけのキスをした。
義母と義妹の死体は、屋敷のがれきの下から見つかった。
二人の姿を見たリーリアの父は、少しだけ顔をしかめると、二人の遺体を義母の実家へと送り出す準備に取り掛かった。
義母は亡き妻のドレスと宝石を、義妹はリーリアに贈られたドレスと宝石を身に着けていたからだ。
母娘がリーリア自身とその父に対して不義理を働いていた証拠である。
父はリーリアには何も言わない。
それでも、彼女は満足している。
リーリアはハンスのもとへ嫁ぐ。
その後、父と何回顔を合わせるのかは、彼女が決めたら良いことだ。
リーリアにとっては、それで十分だった。
ほどなくして、リーリアとハンスは結婚した。
そして平和になった国で、末永く幸せに暮らしたのだった。
~おわり~