第9話「ここはく Part2」
お昼ご飯は手作りのおにぎりやハンバーガーと、市販のペットボトル入りのお茶や水だった。牧場にあるプレハブ建ての休憩所を借りて、皆で食べた。ツアーのプランに昼食は入っていなかったので、てっきりどこかの飲食店を利用するのだろうと思っていたのだが、お店の数がまだ少ないせいで、昼の時間は島民でいっぱいになるらしい。そのため特別に、あのファンタジー風レストランの老夫婦が作ってくれたのだ。至れり尽くせりだな…全然ファンタジーじゃないが、おにぎりの中に詰められた梅干を見て、そう思った。
冷えてはいるが、どちらもコンビニやスーパー等で売っているものよりずっとボリュームがあって美味しそうだった。僕は朝食をたくさん食べていたので、おにぎりをひとつ貰っただけで済ませた。雲妻や綾里さんも小食気味だったと思う。珠ちゃんはハンバーガーをひとつ平らげて、雲妻から拍手を貰っていた。小恋ちゃんはハンバーガーをひとつ、おにぎりをふたつ、すごい勢いで食べきった。大した健啖ぶりだ。
「昨晩遅かったもので、朝食を食べていないんです」
赤くなって、口を手で隠しながらも咀嚼を止めない様が微笑ましかった。
余っていたおにぎりをもうひとつ食べようかどうか迷っている小恋ちゃんを、携帯電話の平凡な着信音が邪魔をした。「すみません」と言って、彼女は外に出て行った。
「忙しいご様子ですねえ」と雲妻が言った。
昨晩も仕事中のまま海岸まで来たようだったし、あれからすぐ帰宅したとして、化粧を落として風呂に入って、最低でも深夜1時までは寝られなかったろう。今朝も僕達より早起きして準備したのだろうし…。昼食が入っていたクーラーボックスを見て思った。彼女も手伝っていたかも知れないな。他の観光事務局の人は手伝ってくれないのだろうか。
小恋ちゃんが戻ってきて、また頭を下げた。
「皆さんすみません。ちょっと私に急な用事ができてしまって、この後皆さんを一度ホテルにお送りしますので、その後しばらくは自由時間としてください」
「あ~、それは残念ですね」 雲妻…これ以上小恋ちゃんを謝らせるなよ。
「まあいいじゃないですか、のんびり近くを見て回りますよ」と僕はフォローのつもりで言ったが、結局小恋ちゃんはもう一度「すみません」と言って頭を下げた。
「用事を済ませたらまた戻りますので。それから、昨晩も申し上げましたが、ホテルの近くにある海岸は立入禁止区域になっておりますので、どうかお願いします」
「海岸以外…砂浜に下りなければいいのですか? 堤防の上から鑑賞するのは…」雲妻が食い下がった。
「堤防もダメなんです。一帯が立入禁止です。どうか近づかないようお願いします」
「わかりました」
「もし町中の方が…役所周辺の方がよろしければ、お送りします。まだ見る所がある…かも知れません。…へえ、少しはお店もありますし、お土産…になるようなものが売って…る…かな~」
自信なさげだな。
「私たちはホテルに戻ろうかな。この子、昨日から元気が良すぎていて、なんか心配です。少し休ませておいた方がいいかも」と綾里さんが言ったのだが、当の珠ちゃんは授業で「これわかる人~」と先生に問われた時の様にはりきって片手をあげ、
「だいじょぶ、げんき!」と言った。
「ほんとに~?」母親の顔はすごく嬉しそうだった。
「とにかく行きましょうか。お急ぎなんでしょう?」雲妻が昼食で生じたテーブル上のごみを集め始め、綾里さんもそれに倣った。
「え、ええ」 小恋ちゃんは机の上に残ったままだったおにぎりとハンバーガーをちらっと見た。名残惜しいのか?
名残惜しかったのだろう。帰りはしれっと助手席に座ろうかと企んでいたのだが、運転しながらおにぎりを頬張る横顔を見られたくないだろう、大人しく同じ席に座った。昨夜一緒した晩ごはん時も小恋ちゃんは食材の解説をするばかりで、ほとんど食べていなかったから無理もない…が、ちょっと慌てて食べ過ぎじゃないだろうか。この後も食べる暇がないのかも知れないな。
山道を降りて平地の道路に戻ってきたところで、車は速度を落とし、やがて止まった。ずっと先まで渋滞しているようだ。午前中は走っている車の数も、信号もわずかだったと記憶しているけれど、なぜだろう。
「渋滞ですか?」
小恋ちゃんはペットボトルの水で米を喉奥に流し込んだ。「たぶん、ン…」胸をトントンと叩いて、「今日はトレーラーが通っているので規制されているんです。ここらへんは対面の二車線だから…」
「そんなに大きなトレーラーですか?」雲妻が言った。
「重機や車が運ばれているんです。他に木材や鉄骨なんかも。今日の午前中には終わる予定だったんですが…」
「もしかして、昨日僕たちが乗ってきたフェリーに一緒に積まれていたんですか?」
「はい」
カーデッキは立入禁止だったが、なるほど重機や資材、島が購入した車が積まれていたのなら、ドライバーの姿が見当たらなかったのは合点がいく。僕たちがほとんど無料で乗船できたのも、つまり ‟ついで” だったからだ。
「トレーラーの運転や積み下ろし作業は島民がやっているので、どうにも人手不足なんです。ずいぶん遅れているらしくて…まいったな、この先のカーブにさしかかっているところで詰まっているんでしょう」
「もしかして、小恋さんは昨日の港へ行かれるのでしょうか?」雲妻が問うた。
「ええ」
「ならば一旦ホテルに戻らず、Uターンして直接向かえばいかがですか?そっち側は今すいているようですし」
「でも…」
「わたしは構いません。あちらの海岸には入ってもいいんでしょう? いい景色だったじゃないですか」
「僕も構いませんが…」
僕がちらりと後ろの親子を見たことに、小恋ちゃんが気づいて言った。
「珠ちゃんはお休みしないと」
「だいじょぶ!」また手を上げた…この子のマイブームか?
「こう言ってますので、どうぞ」
「でも…」小恋ちゃんは数秒間逡巡していたようだったが、その後意を決したように
「わかりました、ありがとうございます!」と言った。
一度だけ切り返しをして、バンはUターンした。
堤防に沿った道路を走っていると、次第に脇に駐車してある車の数が目立ってきた。前方でヘルメットを被った作業着姿の年配の男が、両手をあげて何度も交差させている。止まれと指示を出していたのだ。
小恋ちゃんは車を止めて、パワーウィンドウを開いた。
運転席のそばに寄った年輩の男が、小恋ちゃんに言った。「ああ、お嬢か」
「呼ばれたんよ?」
「これ以上は車は入れんよ、もう駐めるとこないだに」
「なにをしょろしょろやってん?」
「しょんないらー、メェメェ様これ以上動かさんつって、作業止まってんだ」
「ええ?」
「んだもんで、お嬢呼んだんじゃん。あんパツキン娘強情だに、わしらじゃだめだら」
前歯が数本抜けている口を開けて、男は笑った。
「もう!」
小恋ちゃんは車を脇に寄せて、シートベルトを外しながら言った。
「皆さんすみません、ちょっとわたし行ってきますので、そこの…堤防をもう少し先に行ってもらえば、海辺に降りる階段がありますので」
キーを抜いて振り返り、「30分くらいで帰ってこれると思うのですが、もしも長引きそうになったら代わりのものを寄こしますので。あっ、もしもおトイレが必要になりましたら、そこの…どこの家でもお願いしてもらえば、私の名前を…明日川の名前を出せば貸してくれますので。えと、それから、車のキーをお渡ししておきます、響輝さん、免許お持ちですか?」と早口で捲したてた。
「持ってます」僕はキーを受け取った。「あまり急がないでね」
「ほんとにすみません、すぐに戻ります。戻ってきたいです」
何度も頭を下げながら車を降りて、走って行った。
「やれやれ、お気の毒ですね」そう言って、雲妻も車を降りた。
僕も続いて降りて、綾里さんと珠ちゃんが降りやすいよう、雲妻が座っていたシートをずらした。皆が外に出て背を伸ばした。牧場で見た時と同じ真っ青な大空が、視界の約半分を占領している。道路上の堤防の高さは大人たちの背よりは低く、その奥に水平線や岬がくっきりと見えた。岬の先に白い灯台が小さく見える。あそこまで行くには勾配がきつそうだ。車では無理じゃないだろうか。
僕らは白い砂浜が広がる美しい海辺に降りた。海水浴にはまだ少し早いが、夏には人気スポットになっても不思議じゃない。でも…スマホ禁止じゃ敬遠されてしかるべきだろう。知る人ぞ知るような、それこそSNSに興味を失ったセレブ向けのリゾート地にすればいいんじゃないだろうか、なんてぼんやり考えていた。
「なんですかね、あれは?」雲妻が声を上げた。
彼は双眼鏡を手にしていた。
「なんです?」
「ちょっとご覧いただけますか?」
双眼鏡を手渡された。コンパクトなものだが、さわった瞬間に安物じゃないとわかった。
「あちらの突堤です。まだフェリーが停泊しているでしょう」
「ああ、ほんとだ」
かなり小さくだが見える。突堤の上には多くの、おそらく50名ほどの人の姿があり、乗用車やトラックが20台以上駐めてあった。荷下ろし作業に従事している人々なのだろう。双眼鏡を覗いてみると、突堤の上を走っている女の子の姿を見つけた。小さくてよく見えないが、小恋ちゃんに間違いないだろう。ローファーとは言えパンプスを履いた足で、もうあんな所まで走ったのか…3キロ以上あるんじゃないか? 突堤だけでも1キロ近くあったと思う。
「もう少し右ですよ」
「え、ええ」向きを少しずらし、フェリーを中心に据えた。しかし最大ズームでも、フェリーの全長が入ってまだ余りあるくらいの大きさでしか見えなかった。フェリーの後部が開いていて、ゆっくりとトレーラーが入っていった。その付近に人が集まっていて、何やら騒がしい…揉めている様子が見える。パツキン娘、メェメェ様と言っていたな…マエマエじゃなく?
「何か変なものが見えませんか? 大きなものが動いていたと思うんですが」
変な、大きなもの…確かに。人の群れの奥に、あの円柱…マエマエ様が立っている、動いている…浮かんでいる?
「な、なんでしょうかね…」
「近くまで行ってみます」
雲妻が言い終わらないうちに駆け出し、あっという間に階段を上がっていった。
「雲妻さん!」
僕が追いかけるよりも先に、なんと珠ちゃんが彼を追った。
「珠、どこへ行くの! 走っちゃダメよ」と綾里さんが叫んだが、まったく気に留めずに行ってしまった。
全員が走る羽目になった。雲妻はともかく、珠ちゃんまで足が速い。そして綾里さんもまた速い。僕は最初セーブしていたのだが、珠ちゃんは足の回転が大人たちの倍以上で、全速力に見えるのにまったく速度が落ちず、ほとんど距離が縮まらない。下手をするとスカートとサンダルを履いた綾里さんにまで追い抜かれる恐れまで感じて、全力を出した。
雲妻はずっと先頭を走り続けていたが、突堤を半分以上進んだところで、周辺にいた作業着姿の男たちに制止され、足を止めた。20秒遅れで珠ちゃんが2着、さらに5秒遅れで僕、僅差で綾里さんがゴールとなった。息を切らしているのは僕と綾里さんだけだったが、やがて回復した。
「簾藤さん、双眼鏡を返してください」
返したが、もうそれはほとんど意味をなさない。距離があっても確認できる。そこには最新鋭のドローンや他の超ハイテク技術だと思い込むことができないレベルの、‟異世界” の光景があったのだ。
大きな円柱はそれ自体大人の倍くらいの背丈があったが、そもそも人の背を超えた高さの位置で浮遊していた。周囲に同じような形だが、比較して小さいサイズ(小さなものは30センチ程度、大きなものでも1メートルくらいに見える)の円柱が何本も(十数本…もっと?)浮かんでいて、それらは本体(3メートル級)の周りをゆっくり旋回していて、時に不規則に動いて、囲んでいる人々を怯ませているように見えた。本体の下には足にしているような位置に1メートル級の円柱が三本あって、これらも旋回しているようだ。ジェットエンジンや推進装置のようなものじゃない…ただそれらは重力に反して浮かんでいるのだ。そしてそれらはすべて、本体によって統合されているのだろう。
雲妻は双眼鏡から目を離した。
「なんですか…あれは」
驚いている…そりゃそうだ。
「やっぱり…現実だったんだな」
「なにか知っているんですか? 簾藤さん!」
「いえ、昨晩ね」
「何ですって! どうして教えてくれなかったんです! 一体なんなのですか、あれは!」
「いや、落ち着いてください。僕だって何も知らないんですよ。ただ見ただけです」
「本当ですかっ! 他に何か知っている事はありませんか? どうかこの通りですから教えてください!」
どの通りなんだ…涙目になるほど興奮した顔を間近に寄せているだけじゃないか。
「ちょっと、離れて」 どうどうどう…馬をなだめる時の掛け声を念じた。
…あの美少女の話は、やめておこう。
「ちょっとよいか!」
背後から勢いのある大きな声がした。ふりむくと、高級そうな茶色のスーツ(おそらくブランドものだろう、生地の光沢具合が物語っている)を着た背の低い老齢の男性が立っていた。チェックのシャツを着てノーネクタイ、黒の中折れハットを被っていた。
「君たちは、小恋が連れてきたお客さんかね?」
「あ、はい…そうですが」僕が答えた。
「そうか、ようこそ二朱島へ。わたしは二朱町長をしておる、明日川堂々です。小恋の祖父だ」
ちょうちょう? どうどう? ここのジィジィ? …なんかそんな決まりごとがあるのか? 間の…小恋ちゃんの父親か母親の名前が知りたい…いやいや、そんな事はどうでもいいだろ。
「は、はじめまして、簾藤です」僕は頭を下げた。
自己紹介なんかしていていい場面なのか?と思ったのだが、何をどうすればいいか動揺していてわからなかったのだろう。綾里さんも同じで、僕に続いて「幸塚です。息子の珠です」と言った後、顔を真っ赤にしていた。
「ああ! 町長さんですか! ならばあれが何かご存じなんですね! ぜひ教えてください! わたしは雲妻、雲妻薫と申します! 以後お見知りおきを!」
初対面にしてめちゃくちゃ距離感を詰めてくる雲妻に動じる様子がない。…町長という事は、この島の行政のトップなのだろうか。少し離れたところに黒塗りの高級外車が停まっている事に気づいた。いずれにしろ偉い人なのだろう、堂々としているし…名前を忘れそうにない。
「もちろんお教えしよう。ただし…」
ずいぶんと間を空けて、えらく勿体ぶっているように思えた。
「相応の覚悟を持ってもらいたい。君たちは当事者になるのだ。もう君たちがいる場所は、スマホやパソコン、テレビや紙面で見るだけの世界ではなくなったのだ」
「ん~、どういう意味です?」雲妻が嬉しそうに問うた。
「ああ!」と、ひとりだけ町長を見ていなかった珠ちゃんが大声を上げた。
「来たー!」
何が? 僕らは珠ちゃんが指さした、フェリーの方に向きなおした。
円柱の集合体…マエマエ様が飛んできて、ほんの4メートルほど空けた位置でホヴァリングした。遠くからでは気づかなかったが、小型の円柱はもっとたくさんあって、小粒のもの(…それこそあのペンダントに繋いでいたものと同様のもの)も含めると、100以上あったと思う。脚部?の3本の円柱が下に向けて開くように斜めになっていて、円を描くように回っている。それらと本体との間に、繋いでいるかのような赤やピンク色の数本の光の線が、うっすらと見えた。
僕らは(雲妻ですら)言葉を失い、珠ちゃんだけが喜んでいた。
「明日川町長さま!」
‟様” をつけてはいるが、拡声器を通したような大きな怒声が、マエマエ様から聞こえた。この声は…あの娘?
「約束が違います! 報告されていたものよりずっと多くの荷物が船に積まれています!」
「ああ、知っとるよ!」 町長は負けじと、老人とは思えない(いや、むしろ老人らしいか…)大声を出した。
「町を発展させようとしとるんだ、資材の搬入量なんてものはしょっちゅう変わる。増やせるだけ増やすんだよ!」
「チェックさせないまま運び出されたものがあります。このような行いをされるなら、我々はもうこれ以上協力いたしません! 以前にもそうお伝えしていたはずです」
「それは困る! 船は夕方までに出港させなきゃならん。レンタル代がいくらかかるか知っとるのか?」
「勝手なことを! 約束を戦って、たた、たたえ…ているのはそちらでしょう!」
ごまかしやがった。
「断りなく運び出したものは後で報告させる。実物もきちんと見てもらおう。船から降ろすのさえ手伝ってくれれば、あとはこちらで何とかする」
「そういう問題では…」
「はやくしろや!」と乱暴な声が阻害した。さらにいくつものガヤが聞こえる。周囲から男たちが寄ってきていた。皆比較的若く(といっても僕より年上…30代半ばから40、50代だろう)、ずいぶんと柄が悪い。小恋ちゃんと話していた年輩者とは少し感じが違う。作業着を着ている者もいるが、Tシャツや短パン姿のものもいるし、誰もヘルメットやフローティングベストを身に付けていない。
「いつまで経ってもわしらの荷物が積み込めないだろうが!」「さっさと済ませろ、ボケ!」「こっちはいつまでも暇じゃねえんだら~」
あっという間に20人ほどの男たちが僕らの背後に集まった。
「こら!お前たちやめんか」
後ろを向いて町長が嗜めたが、一向に下品な言葉は鳴りやまない。綾里さんが怖がっている。なにか言っておさめようと考えたが、何を言えばいいかわかるはずがなかった。すがるように雲妻を見てしまったが、奴はマエマエ様に夢中だった。
「さっさと済ませてくださいよ、明日川町長」「冷凍もんばかりじゃないんですよぅ」「メェメェ様ならあれくらいさっと済ませられるんだらぁ?」「出し惜しみすんな、こら」「土下座して頼んでくださいよー、町長ぉ」
町長相手になんて口を聞くんだ、こいつらは一体なんなんだ?
「自分たちの長に向かってなんと野蛮な! 恥を知るべし!」
耐えている町長に反して、彼女は感情を爆発させているようだった。
「うるせー!」
その声と共に、バット…かと思ったが木の棒がマエマエ様に向けて投げられた。木はパーンという破裂音を鳴らして、ずばり破裂した。マエマエ様に当たって砕けたわけではない。届く前に破壊されたのだ。綾里さんがとっさに珠ちゃんを庇っていたが、幸い破片は届かなかった。
「なんてことを!」
最大音量と思われる怒声が鳴った。本体の中央より上の部分に溝のような窪んだラインができて、平べったいダイヤモンド型の灯りが二つ浮かび上がった。それはマエマエ様の両目としか思えない位置にあった。
「待ってー!」
そのマエマエ様のむこうから聞こえた大声は他でもない、小恋ちゃんのものだった。その声のおかげかどうか、マエマエ様は一瞬制止し、僕たちに向けて30センチクラスの分身?それとも一部と言った方がいいか…を放った。
マエマエ様の周囲で浮遊していた1メートルクラスのひとつが前に出て、瞬時に直径3メートルほどの薄い円盤状に形を変えて、面を向けた。円盤は中央を凹ませて湾曲すると、ただちに弾性力が働いたように形を戻した。その時に円盤の中央部から衝撃波のようなものが発射された。それは超強力な突風のようなもので、柄の悪い男たちは皆5メートル以上後方に吹き飛ばされ、数名が悲鳴をあげながら海に落ちた。
僕らは30センチクラスの円柱に守られていた。僕の目の前にふわりと浮かんだそれが、僕の周囲(綾里さん親子と雲妻)を含めて透明の防御壁を生み出し、衝撃から防いでくれたように思う。町長も無事だった。僕らの近くにいたから30センチクラスに守られたのかと思ったが、彼の首にペンダントのチェーンがかかっていた事に気づいた。
「なんて事するの! あんたは!」
小恋ちゃんが怒鳴っている。
マエマエ様の両目の灯りが消えて、本体部の上部3分の1くらいが、こちらに向けてジッポーライターのキャップのように折れた。開いた円柱の内部に、金髪に覆われた後頭部が見えた。…やはりあの娘だ。マエマエ様って…乗り物なのか? ロボット? なぜあっち(後方)を向いているのだろうか。
「マエマエ様にものを投げつけたんですよ、殺されても仕方ありません!」
「あいつらの前に出ちゃいけない、って何度も言ったでしょう!」
「だってだって…だってあの人たちが…」
また泣きそうになってるのだろうな。
「いいから、あっちに戻ってて。あとで話すから」
小恋ちゃんには弱いようだ…どういう関係なんだろう。
少女を乗せたマエマエ様が頭(?)を閉じて戻っていった。見送った小恋ちゃんが振り返り、こちらに近づいてくる。ひどく疲れている様子だ。町長と僕の顔を見て、それから雲妻と綾里さんの方も見ている。そうか…これで今晩僕だけに話すという事はできなくなった。皆に説明しなくてはならない。僕もがっかりだ…が、それどころじゃない。とんでもないところに来てしまったのかも知れない…いや来てしまった。
雲妻は興奮していて「凄い凄い」とうるさい…ホントに、どこまで本気なんだろうか。綾里さんは当然動揺している、いや…頭が真っ白と言う感じだ。子供は…お気楽なもんだ。
「すみません、皆さん」小恋ちゃんが頭を下げた。この子、昨晩から何回謝っているのだろう…。
「小恋、あとは任せたぞ」町長が去って行った。外車は1メートルほど位置を動かされていたようだが、無事に動いた。
無言で見送った小恋ちゃんが、さらに顔色を悪くした。
「大丈夫? 疲れちゃったでしょう?」
「え、いえ、あの」
「ちょっと休んだ方がいいよ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
彼女はすごい勢いで走り出した。突堤の端へ…そしてしゃがみこむと、海に向けて何度も嘔吐した。
ああ…いっぱい食べて、いっぱい走ってたもんね。
海に落ちていた男たちの悲鳴が聞こえた。
第10話「設定説明しましょうか Part1」