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第7話「異世界マジカイ」

 17歳の(異国の)少女とのスタンドオフなんて相当みっともない姿だと気づいたのは、小恋(ここ)ちゃんの呼び声をかすかに聞いた時だった。僕はようやく神秘的、かつ面妖な美少女の風貌と彼女が持っている(スピア)の先、そして自身がしっかりと握った大きな魚の尾の付け根の…ヌメヌメした触感から意識を解放されて、砂浜を駆けてくる愛らしい声の主に顔を向けたのだった。

響輝(ひびき)さん、(たま)ちゃんは!」

「大丈夫ですよ」

「良かった~」

 小恋ちゃんは激しく息を切らした。彼女はまだ夕食の時の格好のままで、化粧も落としていなかった。少女の顔を見たが、無視するかのようにすぐに視線を反らし、

「早くホテルに戻りましょう。 綾里(あやり)さんがすごく心配しています」と急かすように言った。

雲妻(くもづま)さんは?」

「今も他の、島の人達と一緒に近辺を探してもらっています。もしやと思ってこっちの方に来たんです。この海岸一帯は一般…島外の方は立ち入り禁止なんです。明日の朝にお伝えしようとしていたんですが、まさかこんな事になるなんて…」

「まあ落ち着いて、一旦息を…」整えてから、と続ける言葉を

「島外の人だけじゃありませんよ!」と少女が強い口調で遮った。

「小恋さん、あなたもです!」

「わかってるよ、仕方ないじゃない、小さな子供が迷って入っちゃったんだから」

 小恋ちゃんも随分と強い口調だった。

「きちんと注意していなかったのなら、あなたのミスです。そもそも、明確に立入禁止区域とわかるようにしておいてください、と何度も伝えていたのに…」

「わかってるって! 手が回らなかったの! 人手が少ないのはお互い様でしょう?」

「だからと言って…」

「あ~もう、わかったわかった、うるさい子ね。はあ~、昔はもっとおとなしくて、かわいらしい子だったのに」

「またそういう事を…。 小恋さんだって、前はもっと優しくて、頼りがいがあって、…きれいだったのに」

「なにそれ、今はブサイクだって言うんか? どの口がそんなこと言うんか? ちょっと美人に成長したからって、しゃらい口きくようになったの」 ひとつ間をあけて、「の~!」と大口もあけて加えた。

 何か…えらく柄が悪くなったな。表情も怖い。

「そ、そんな事は言ってます、ません! とにかく、詳しく事情を聞きますのでお二人とも、子供も、ごどうどうどう…どう、く、ください」

 ″どう″ が多いな。 なんか小恋ちゃんにビビっている? …まあ、僕もちょっとビビっていたが。

「ちょっと待ってよ、それは勘弁して」

 途端に卑屈な感じになった小恋。

「この人たち、今日島に来たばかりなの。まだよく知らないの。あなたの言う通り単なるミス、私のミス。これこの通り、謝るから許して」

 小恋ちゃんは頭を下げて、それから少女に媚びるような笑顔を向けた。誰だって作りものとわかるそれだ。

「なりません! その男の人は、マエマエ様に()れました。看過不可(かんかふか)!」

 ちょいちょい変な言葉を使うなこの子…まあ異人さんだから仕方ないのか。

「え?」と、小恋ちゃんがびっくりしたような表情を僕に向けた。

 いや、こっちが「え?」ですけれど…。

(さわ)っちゃったんですか? 響輝さん」

「いやまあ、後ろにひっくり返りそうになったから、つい触っちゃいましたけれど」

「ああ…そうですか」

 小恋ちゃんが顔を両手で覆った。 ええ?

「そんな… 僕、そんな大変な事をしたんですか?」

「いや、まあ、別にそんな…大層な事でもないっちゃあ…」

「不敬罪にあたります!」

「ふけい? でも…」

「何ですか!」

「この子も今、触りまくっているけど」

 いつのまにか間を詰めて、砂のついた両手で円柱の表面をなでている幼い子供の姿が、そこにあった。

「ああああ!」 少女が唸り、銛を砂上に落とした。

「珠ちゃん!」 小恋ちゃんが後ろから珠ちゃんの胴に両腕を回して抱え上げた。

「珠ちゃん、お母さんのところに帰ろう、ね」

「ああああ、ああああ」と続けた後も、少女はよくわからないが、おそらく母国語で“ああああ”と同じ意味合いであろう嘆きの奇声を何度も発していた。 高音の、なんか…やかんのお湯が沸いたような音だ。

「ど、どうしましょう、その子を、え、あ、幼いとはいえ、ダメです。逮捕…」

「ちょっと! 何バカなこと言ってるの! そんなのどう考えても行き過ぎでしょう」

「でもでもでも、そう決めているのだから」

「あなたが黙っていたらいい事でしょう、融通利かせなさい! これ以上もめ事を増やしたら、ホントに収集取れなくなるでしょう? それともカンちゃん、あんたはそれを望んでいるの?」

「そんな事ありません! 私は、できる限り争いをなくそうと…」

「なら黙ってて!」

「でも…」

「いいから!」

「そんな…」

 泣きそうな顔しているぞ。なんか、かわいそうになってきたな。

「大体触ったくらいで何だっての、こんなもん」

「な、なんてこと言うんです! あたた…あなたも、不敬罪ですよ!」

 小恋ちゃんはひとつため息をついてから、珠ちゃんを降ろして立たせた。しっかりと小さな右手を握っていた。

「こんなのがいるからもめ事が起こるのよ。もっと徹底的に隠してくれていたら、いやもともとなかったなら…」小恋ちゃんが円柱を見てそう言った。その表情はどこか愁いを帯びたようなものだった。

 少女は銛を拾い上げて、小恋ちゃんに先端を向けた。

「それ以上は、いくら小恋さんでも許しませんよ」

「ちょっとちょっと」 僕は小恋ちゃんを庇うように二人の間に身を入れた。

「そんな物騒なのやめて、ね、ごめんよ、僕もこの子も何も知らないんだ。何か宗教的な問題なのかな? 申し訳ない、何度でも謝るからどうか許してくれ。どうしても事情聴取?そういうのが必要なら僕だけにしてくれ。この子は早くお母さんの元に返してあげなきゃ。ひどく心配しているんだ、わかるだろう?」

「響輝さん」 小恋ちゃんが険しかった口調を緩めた。

「申し訳ございません。大丈夫です、ちょっとした行き違いです」

 少女が銛の先を下げた事を確認し、僕は少し身を引いた。

「この件は後日、改めて謝罪申し上げます。そして今後同様の事が起きないよう十分注意致します。今日のところは、それでお許しください」

「その男の人は、自分は旅行者だと言いました。一体どういう事ですか?」

「その件も、後日きちんと説明します。もう今日は遅いですし、皆さん疲れています。あなただってそうでしょう?」

 少女の沈黙は、それを認めたようだった。

 僕も説明してほしいけれど…心の声が通じたのか、

「響輝さんも、後日必ずご説明しますので、今日はもう帰りましょう」と彼女は言った。

「…小恋さん、ペンダントを返却ください」

 少女の方も険しい態度(&どこかビビっている様子)を少し緩めたように思えた。

「明日返そうと思ってたんだけれど」

「今お返しください。必要な時には、またお貸しします」

「今じゃなきゃダメ? ここで?」

「他にも返さないまま帰られた方がいるようです。マエマエ様の力は無限ではないと何度言ったら…」

「はいはい、わかりました」

 小恋ちゃんはパーカーの襟ぐりからペンダントを取り出して外した後、それを握った手を胸の高さまで上げてから開いた。もう片方はまた珠ちゃんの手を握っていた。ペンダントはふわりと浮かび上がった。繋がれていたチェーンが緩やかに解かれ、その小さく細い、棒状の白いものは(麻雀の点棒かと思った)照明の光を受けて発光しているかのように白く輝き、縦回転しながら宙を泳ぐようにゆっくりと、円柱に向かっていった。そして円柱(マエマエ様?)にたどり着く手前で、溶けるように消えてしまった。

 その場で浮かんだままだったチェーンを手に取った小恋ちゃんが、心配そうに僕の顔を見ていた。僕は何も言わなかった。この時、僕は自身が何を考えていたか、何を思っていたかよく覚えていない。「へえ、すごいイリュージョンですねえ」なんてわざとらしい言葉を発する気にはなれなかった。なぜか僕は素直にその情景を、異世界を受け入れていた。

「行きましょう」

 僕は頷いた。寝ぼけたような表情をしていたと思う。

「返してください!」

「え?」×2 僕と小恋ちゃんが同時に言った。小恋ちゃんは ‟今返したじゃない” の 「え?」だったのだろうが、そうではない。寝ぼけた頭でも、僕にはしっかり心当たりがあった。

「お魚を返してください!」

 僕は心の中で舌打ちした。


 綾里さんが号泣しながら抱きしめているというのに、珠ちゃんはけろっとしていた。泣きもせず、謝りもせず、欠伸を繰り返している様子に頭をはたいてやろうか、と一瞬思った時、頭の中がすっきりと元に戻った。それまでの、あのペンダントが宙に浮いてから小恋ちゃんとホテルに帰ってくる間は、魚を少女に返した時を除いて、ずっと夢の中にいるかのように実感がなかった。

 やがて雲妻もホテルに帰ってきた。帰る道中で小恋ちゃんが携帯電話をかけていたから、きっと雲妻と一緒に周囲を探してくれていた島の住人に連絡したのだろう。ガラケーのようだったが、ならば通話は繋がるという事なのか。しかしその時の僕は、それを問える状態になかった。加えてあのペンダントの現象と異国の美少女、そしてマエマエ様?の事についても説明を求めるべきなのだが、しきりに「皆さま、今日はもうお休みください」と繰り返す小恋ちゃんの様子は、それをはっきりと拒絶していたと思う。後日きちんと説明する、と言った彼女をこの場で問い詰めるなんて真似はできなかった。また、下手にそんな話を出すと雲妻が食いついてしまい、きっとあと2時間は体を休めることができなくなってしまうだろう。さすがに今日はもう十分だ。

 小恋ちゃんが明日の午前10時に迎えに来る事を再度伝えて、ホテルを出ていった。入れ替わりで戻ってきたホテルの従業員(それともオーナー?)のお爺さんが「この度は申し訳ありませんでした」と丁寧に謝罪し、島の会議に出席していて留守になっていた事を、「何分人手不足でして」と言い訳を交えて説明した。その後にフロントの隣にある小部屋に鍵はかかっておらず、中に固定電話が置いてある事を教えてくれた。島に警察官は常駐していないが、役所には夜勤の人間がいるし、消防団もいるという情報と、それぞれの電話番号が記された貼紙の位置を聞いたところで珠ちゃんがぐずり出し、「ねむたい」と言って何度も目を擦りはじめたので、ようやくお開きとなった。時刻は午後11時を過ぎていた。

 エレベーターがないので3階まで珠ちゃんをだっこしてあげようかと思ったが、綾里さんがすでに抱き上げていた。振り返った僕を彼女は潤んだままの瞳でじっと見つめ、

「本当にありがとうございました」と言ってくれた。

 やばい…めっちゃかわいい。

「雲妻さんも、ありがとうございました」

「いえいえ、何事もなくて良かったですね」

「はい、みなさんのおかげです」

 僕がすっと言葉を返せないうちに会話は終わってしまい、綾里さんと珠ちゃんは部屋に入っていった。最後に交わした「おやすみなさい」も、雲妻のよく通る声に半ばかき消されてしまった。

 ドアをひとつ挟んだ位置で、雲妻がにやにや顔で僕を見ていた。

「なんですか」 わざとうんざりしているような口調で言った。

「いやあ、高ポイントをゲットされましたね~」

「ほんっとにやめてください」

「なかなか素敵な島ですね、明日からもいろいろ楽しみですよ」

「まあ…そう、ですね」 マジで…異世界なのかも知れないぞ。

 2人でもう一度「おやすみなさい」を交わして、部屋に入った。

 こうして1泊目が終わった。もう十分元は取った。あと2泊…もう異世界は十分味わったよ、あとはもう…ラブコメでいいんだけど。

次話(第8話「ここはく Part1」)は3月4日掲載予定です。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「いつのまにか間をつめて」←この一節で、円柱をなでまくる珠ちゃんの描写(珠ちゃんらしさ)がより生きてます&うまい! [一言] 少女と小恋ちゃんの会話にペンダント…早く続きが読みたくなる~…
[良い点] ボクはやっぱり小恋さん派かな。 怖いけどかわいい。 [気になる点] ここはく イヤな予感が… [一言] 次回予告の日付け、絶対守ってくださいね。 ってプレッシャーかけるのやめます。 とって…
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