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第45話「それではそろそろ帰りましょう Part 1」

最終話…終われなかった

申し訳ありませんが、2話に分けます


どうか続けて読んでくださっている方々

もうあと、今話を入れて2話+αだけお付き合いください

 はじめて話した時に、真面目で善良そうな人だと思った。仕事で辛い目にあって、疲れた心を癒すための旅行と聞いて、わたしはそこにつけ込もうと考えた。もしかしたら島に移住してもらえるかもしれない。ニ朱島(にあじま)の自然あふれる美しい景色と美味しい食べ物は、辛い現実からの逃避を求める人たちにとって、とても魅力的に映ると思っていたのだ。

 でも、その魅力を十分に伝える前に、島の秘密がばれてしまった。それも到着したその日のうちに、彼にマエマエ様を見られてしまった。翌日には彼以外の移住候補者にも見られてしまって、急遽説明をしなければならなくなった。当初はツアーを格安で楽しんでもらって、その後にも招待して何度か島に足を運んでもらって、ゆっくり、じっくりと仲良くなってから説明するつもりだったのに、一挙に話を進める展開になってしまった。

 意外にも、もっとも拒否反応を示したのが彼だった。それまで彼の事を温厚で理性的な人物だと思っていたので、その感情的な振る舞い…酔って、少し語気を強くする態度を表した彼に対し、わたしは驚き、また、幻滅してしまった。わたしは彼を不適格と判断し、すぐに移住者候補から外した。ツアー後は速やかに本土に帰し、費用を返金し、今後一切の係りを持たない事にしようと、いや、もしも彼が望むならば、すぐにでも帰りの船を準備しようとまで考えた。

 二朱島を拒絶されたことに腹を立て、拒絶で仕返ししようと思ってしまったのだ。

 その後、彼以外の候補者は…これもまた意外な事に、2人とも前向きに検討してくれたため、その反動で彼の評価をさらに下げてしまう事に繋がった。…しかし、これはとんでもなく失礼で浅慮な考えだったと、すぐに思い知らされた。

 候補者の1人、幸塚(こうづか)綾里(あやり)さんとその後2人で… いえ、お子さんを入れて3人で相談する機会を得られて、その結果、彼女が島への移住を真剣に検討してくれる事になった。もう1人の候補者、雲妻(くもづま)さんは、島の秘密を知って却って乗り気だった事もあり、わたしはこの席で綾里さん達と比較して、つい彼の…響輝(ひびき)さんの不寛容さを非難するような言葉を口にしてしまった。それについて、綾里さんは否定された。

 彼女は、彼がああいうふうに強く拒絶してくれたおかげで、却って落ち着いて考える事ができた、とおっしゃった。自分も最初は同じように、大変な事に巻き込まれたと動揺していたけれど、その気持ちをすべて彼が代弁してくれた。確かに少しみっともない態度かな、と思っちゃったけれど、そのおかげで冷静になれて、子供と自分へのメリット、つまりキロメの効能の事をじっくり考える事ができたのだと。

 …そうだ。響輝さんの反応は、至極あたり前のものだったのだ。雲妻さんは特殊(変人)なのだから、基準としてはいけなかった。普通に考えれば理解できる。なのにわたしは…どうして彼に否定された事に不満を感じてしまったのだろうか。彼にはなんだか、初めて話した時から親近感を抱いていた。仕事で不当な配置換えにあって、ショックを受けている彼に、同情していたのかもしれない。 だから…そんな職場なんてもう辞めちゃえばいい、って言ってあげたかったのかも。それなのに彼は拒絶したから…。わたしみたいにいい加減に仕事を辞めちゃうような、逃げるような人じゃなかったから… 苛ついて… わたしは彼に対して、コンプレックスを抱いてしまったのだ。

 彼はわたしなんかよりずっとしっかりしていて、大人で、責任感があるんだ。そりゃ4つほど年上だけど… たった4つでもある。 東京で、真面目にサラリーマンを勤めていて、辛い目にあっても、地方へ左遷される事になっても、めげずに頑張ろうとしている。なのに、わたしはそれを邪魔するような事をお願いしちゃって… なんて自分勝手なんだろう、あの頃からちっとも成長していないじゃない、って深く反省した。寝込んでしまうくらいに…。

 だから彼が島の、異世界の事情に巻き込まれてしまった時、なんとしても本土に帰さなくちゃって思った。カンちゃんを傷つける事になっちゃったけれども、それは代わりにわたしが償わなくちゃならない。

 なのに、彼はすぐに帰って来た。 何考えてんの!? って困惑し、やっぱり少し苛ついちゃったけれど…… 二朱島を、異世界を、カンちゃんを、そしてもしかしたらわたしを、なかった事にはしない、という意思表示をしてくれたと思って、すごく嬉しかった。

 わたしは… 響輝さんの事を尊敬している。いえ、好きになっているのかもしれない。ルックスはイケてる…とは言い難いかもしれないけれど、なんだか最初の頃(ほんの1週間前だけど)よりもいくらかカッコよく見えているし、優柔不断なところは…共感力に優れている、と思えるようになっているし、カンちゃんやオロが彼の事をボロクソに言っているのを聞くと、めちゃくちゃ腹が立った。

 うん、…たぶん惚れてるな。 コロっといってるな。 もう男はこりごりと思っていたし、島には同年代の男はごくわずかだし、第一(ろく)なのがいないから、生涯独身を覚悟し始めていたけれど…。 こうなったら逃がしちゃいけない。 この騒動が無事に解決したら、お婿さんになってもらう前提で、交際を申し込もう。

 ですから雲妻さん、わたしを連れて二朱島に帰るため、こちらに向かってきてくださっているのでしょうが、さっと躱します。彼が命をかけて異世界とニ朱島を救おうとしてくれているのだから、わたしも女として、この恋に命をかけます!



 コックピットがある本体下部と頭部の間には、共に30~40センチほどの段差と隙間がある。健康な成人男性にとっては、少し足腰に力を入れれば、飛び越える事になんら障害はない。しかしそれが、耳をつんざくほどの風の音が鳴る高度1500メートル以上のところにあるわけだから、絞り出した勇気がたちまち強風に吹き飛ばされてしまい、結果四つん這いになってしまったのは無理もないだろう。

 僕が頭部の内側に両手両足をついてから、もう20秒以上も経過してしまった。耳にも頭にも伝わっていないが、きっと簾藤(れんどう)メェメェはこう思っているだろう。

 威勢よく飛び出したくせに、なにをぐずぐずしている!? 気づかれちまうぞ!

 確かにそうだ。戦闘中に突然頭を空けて、乗り手が外に出てきたんだから、何かあると考えるのが当然だ。 あるいは錯乱した、と思われているかも。

 ピノキオの鼻はわずか2メートル先にある。間にはあと1メートル足らずの簾藤メェメェの頭と、1メートル強の…1500メートル落下に繋がる隙間がある。でも、この四つん這いのままノソノソと進んで、腕をいっぱいに前に伸ばしたりしたら、そりゃ絶対に気づかれる。だから…ジャンプして掴まないとならない。

 連結メェメェを掴み取れたとして、その後…僕はそのまま落ちる。 …え? い、いや、でもでも、きっとメェメェが助けてくれるさ。カンペンメェメェだっているし、オロやクルミン達だって僕を見てくれているはずだ。 死にはしない。 死んでたまるか。

 1分以上経ってしまった、もう一刻の猶予もない!

 僕はもう一度力と勇気を振り絞って、四つん這いからクラウチングスタートの姿勢に移行した。それから左足を前に出して、メェメェの頭を踏みしめた。次に右足を頭部の(へり)を踏むために大きく前に出す…そこで踏み切って、変異体に飛びかかるようにジャンプする。両手を前に伸ばして、しっかり掴み、そして引き抜くんだ!

 右足を上げた時、僕の視界の中央部を何かが塞いだ。それはピノキオの鼻と同じ形状で、同じ赤紫色だ。まだ飛んでいないのに。

 頭を開けてからの1分以上は、変異体が僕を警戒するに十分な時間だった。(錯乱した演技をするべきだった) 赤紫の小メェメェは、時計回りに高速回転する。一瞬の間に恐ろしい…僕の頭が吹き飛ぶ情景を思い描いた。全身の毛穴が開いただろう。僕の口から悲鳴が放出される前に、小メェメェは右から飛んできた何かに衝突されて、そのまま左へ…連れていかれた? それは分身じゃなかったと思う。球状…サッカーボールくらいの大きさのものに見えた。一瞬だったのでよくわからなかったが、その球の()にうまく赤紫が入っちゃったように見えた。

 悲鳴を飲み込み、歯を食いしばって、僕は少しバランスを崩しつつも縁の上を踏み切り、力いっぱい飛んだ。強風で体が左へ揺れたが、無事に1メートル強の間を詰める事に成功した。左の親指以外の指をメェメェの目がある溝にひっかけて、右頬を光る右目にくっつけた僕は、ピノキオの鼻を右手で、肘を曲げて固く掴んでいる。(…というよりもしがみついている)僕は火傷しそうなほど熱くなったそれを、決して放すことなく数秒間握り続け、その後引き抜いた。

 ピンクの光が消えて両目が閉じた後、変異体の頭が開く。継ぎ目の部分に張り付いていた僕は掴むところを失い、当然ずり落ちた。頭部の角度が前に大きく傾き、その後簾藤メェメェの頭と接触して激しく揺れた本体から、手足も胴も、顔も離れた。僕は鼻を…連結メェメェを固く握りしめたまま、仰向けになって落ちていった。

 魂が体の表面から前に抜け出ていくような感触があって、僕は放心した。簾藤メェメェやカンペンに助けを求める声を発せず、たちまち小さくなってゆくメェメェ達の姿をじっと見つめている。両肘をいっぱいまで曲げた体はかちこちに固まっていて、燃えるように熱い連結メェメェを握った右拳が、右頬にくっ付いている。

 オレンジがかったおぼろげな空を背景(バック)に、くっきりしたオレンジ色のレーザービームが曲線を描きながら、落下する僕を追いかけてくる。やがてそれは、僕の左側を通り抜けていった。 空中に残ったままのビームの軌跡は、道路に記されたセンターラインのような太さだ。それを伝って、タイヤを下に向けたバイクが空を駆けてくる。ヘルメットを脱いだ彼女が駆けてくる。

 バイクがビームと同じように左を抜けると、すぐに僕の落下速度が低下した。フライトジャケットの後襟を引っ張られながらしばらく空中遊泳をした後、手足や腰に(おそらく極小メェメェ達の)力が加わり、僕の体は安定した。いくらか意識を取り戻し、体を下に向けながら、襟を掴んだままの彼女の右手首を、必死で掴んだ。その時、うかつにも両手を使ってしまい、連結メェメェを放してしまった。

「しまった!」と叫ぶとともに、魂は完全に僕の体に戻った。

 小恋ちゃんが僕の体を引き寄せる。彼女の手から腕、肩、腰へと、掴む手を移していく。分身達の補助で腰が前に動くと、僕はバイクのシート後部に跨った。

「しっかり掴まってて!」

 彼女が叫んだ。

 どうしてまだいるの!? 危険すぎるよ! なんて言っている場合じゃない。また、言うべきじゃない。わかっている、彼女はそういう…カッコイイ人なんだ。

 メェメェバイクの前輪から、またオレンジ色のルートが上に向かって描かれた。それは変異体の妨害を躱しながら進むため、直線ルートじゃない。絶叫マシンレベルの、いくつものループを描いている。僕は小恋ちゃんの腰に、しっかりと両腕を回した。

 変異体の頭が開いた事を、この後なにをするべきかを、彼女は理解している。僕の体を支えていた分身たちが、再びバイクの各部に張り付く。ツートンカラーのバイクが、七色に輝き始めた。

 ジェットコースターなんてレベルじゃない超高速で、僕らはぐるぐるとらせんを描きながら上昇した。前輪と後輪が、ルートを走行すると同時に回収しているかのように、オレンジ色に輝いている。たちまち組み合ったままのメェメェ達の姿が見えた。片方(簾藤メェメェ)はすでに頭を閉じている

 メェメェから降りているというのに、僕の脳にビジョンが浮かんだ。さっき放してしまった連結メェメェが、今まさに変異体の元に戻ろうとしている。おそらくあれが定位置に戻ると、頭が再び閉じられてしまうだろう。

「カンペン!」と、声と脳の両方を使って叫んだ!

 カンペンメェメェが2人のメェメェの間に突撃すると、互いに相手を縛っていた数百のビームがすべて引きちぎられ、赤紫色の頭部がさらわれていった。カンペンメェメェ本体と周囲の分身たちが放っているいくつものビームに、全面を覆うほどぐるぐる巻きにされている。

 小恋ちゃんが右ハンドルを回した。(どういう構造に変化しているのかわからないが)とにかく速度を上げたメェメェバイクは変異体を飛び越え、旋回し、今度は速度を緩めつつ、再び変異体に向かった。オレンジ色のビームルートは、変異体の真上2メートルのところを通過する。2人ともほぼ同時にシートからお尻を離したが、僕は彼女の腰から手を離さなかった。

(さん)!」

 と、彼女は大声を上げた。

「…()! …1(いち)!」

 バイクに張り付いていた極小メェメェの内2つが、それぞれ僕と小恋ちゃんの背に張り付いた。

「ゼロ!」

 小恋ちゃんがハンドルを放し、ひょいと垂直に飛び上がる。僕もタイミングを合わせて飛んだ。バイクは僕らを放して、空をまっすぐ進む。僕らが変異体のコックピットに向けて落下すると、極小メェメェが全部離れてツートンカラーに戻ったバイクもまた、落ちていった。

 シートにぶつかってしまう、と思ったのだが、僕らは無事に着地した。僕の方は少しバランスを崩し、結局小恋ちゃんの腰から両手を離して尻もちをついてしまったけれど、彼女の方はうまく屈伸して衝撃を吸収し、すぐに立ち上がった。

 コックピットに透明のシートはなく、また…

「誰もいない」と、小恋ちゃんが言った。

「えっ!」

 中腰のまま、僕は辺りを見回した。確かに他には誰もいない。というか、僕と小恋ちゃんの2人だけで内部はほぼいっぱいで、見回す必要なんて元々なかった。

「きゃっ」と、小恋ちゃんが小さな悲鳴をあげた。(めずらしい、そしてかわいらしい)

 小恋ちゃんが指さした床上を見て、僕は「うわつ!」と悲鳴を上げ、また尻もちをついてしまった。(…全然めずらしくないな、そして無様だ)

 そこには…人間の手が落ちていた。右の手だ。手首を2センチほど残していて、断面に固まった血肉と白い骨が見える。きれいな切り口だ。

「な、なんで、 どうして?」

 僕も小恋ちゃんも数秒間固まってしまった。どうすればいいんだ? これは、乗り手のものなのだろうか?

「お、落ちちゃったのかな?」

「メ…変異体が乗り手を落っことすでしょうか? しかも手を切り取って?」

 いや、意味がわかんないな。

「じゃあ、簾藤メェメェに殺された? …いや、僕が乗っていなかったわけだから、人を殺せないはず。でも、不可抗力で手を切り落としちゃって、さらにさっきのカンペンメェメェの攻撃でバランスを崩し、落っこっちゃったとしたら…」

‟ そんな様子はなかった “

 いつの間にか、簾藤メェメェが並んでいた。

「あれ? だ、大丈夫なの?」

「ヤツの動きが止まった」

 乗り手がもしも死んだのなら、僕らの勝ちだ。でも、ついさっきまで抵抗していたのに…。

 僕は床上の手をじっと見つめた。何かを握っていたような形をしている。右手を伸ばして掴んだ。ちょっと怖いから、3本の指(人差し指と中指と親指)で摘まむようにだけれど。冷たくて、甲の部分は固い、でも(てのひら)や指先は柔らかい…大人の男の手だ。たぶんアジア系…日本人で、まだ若い。20から40代前半だと思われる。触れた指先から腕を伝って…かすかに何かが聞こえてくる。これは変異体の声か? いや、男の声?

「ひ、響輝さん?」

 拾い上げて、僕は立ち上がった。そしてそれを…メェメェの外に放った。手は重力に引っ張られる前に、宙に溶けるようにさっと消えた。

「響輝さん?」

「いや、よくわかんないんだけど… なんか、外に出たがっていたみたい…なんだ」

 変異体は何も言わず、徐々に高度を下げていった。 周囲の分身もすべて抵抗を止めて、ぷかぷかと浮遊しながら、本体と動きを合わせて降下してゆく。表面の変異(赤紫色)がすうっと消えて、朝日(?)に照らされ、薄いオレンジ色に染まっていった。

 勝利を、終結を確信した。

 白い分身たちは、みるみるその数を減らしていった。小サイズ以下の変異体の分身が、その身を自ら大気を漂う異世界のエネルギーに変換したのだ。中サイズ以上の分身はまだ漂っている。役割を失った本体ともども、その身を土に沈めるのだろうか。

 僕は脱力し、変異体の…いや、()変異体の縁に両腕を乗せて、ハァ~、と大きく息を吐いた。

「これで終わったんでしょうか?」

 小恋ちゃんが僕の背に向かって尋ねた。

「終わった、と思います」

「あれって、やっぱり乗り手の… もしかして、日本人でしょうか?」

「たぶん、そんな気がする。どんな事情があってそうなったのか全然わかんないけれど…。 きっと僕と同じような、平凡な、つまんないヤツだったんだろうな」

 そういうつまんないヤツの、つまんないコンプレックスとかが原因で、戦争とか虐殺とか、やっちゃうんだろうな。

「絶対違います!」

 振り返ると、小恋ちゃんがやけに勇ましい表情で、僕をまっすぐ見つめていた。

「響輝さんはそんな人じゃありません! すっごくかっこいい人です!  そりゃあもう、その… たとえばプロスポーツ選手とか、ほら、メジャーリーガーやメダリストよりも …IT長者とか、その、社長とか? ええと、 東大生とか? インフルエンサー? とか…」

 グレードが段々下がってってない?

「そんなのよりずっと、…かっこ…いいです…よ」

 彼女は朝日よりも頬を赤く染めていた。

「あ、ありがとう」 君こそ…

 そりゃあもう、インフルエンサーより、ミス東大生より、韓流アイドルとかハリウッド女優とか、アニメや漫画のヒロインなんかよりも、ずっとずっとかわいくて、かっこいいよ!

…なんて気軽に言えるキャラだったらな~

 僕らは火照(ほて)った顔を冷やすため、それぞれ空を向いた。

 君にそんなふうに言ってもらえるなんて…。ああ、がんばって良かった。どう考えても自分の能力をはるかに超えた問題に、必死に、がむしゃらに、考えに考えて、立ち向かい続けて良かった。すべて君たちのおかげなんだよ。僕は、みんなに感化されてここまでがんばれたんだ。メェメェ様、クゥクゥのみんな、二朱島の人たち、雲妻や綾里さん、(たま)ちゃん、 漁師や兵士たち、梁神(はりかみ)ですら… 正誤は別にして、みんな各々の立場で世界について、環境について、社会について、家族について、責任を負っていた。考えて、行動していた。 小恋ちゃん、僕はこうして君の隣に立ちたかったんだ。君と同じように、大きな責任にひたむきに立ち向かう、そういう勇気を持ちたかったんだ。

 今なら自信を持てる。こうして世界を(異世界だけれど)救う役割の一端を果たせて………… あれ? 何か重要な事を忘れていないか?

 カンペンメェメェが元変異体の頭の拘束を解いている。ビームが消えると、真っ白になっていたそれはしばらく浮遊し、ゆっくりと、どこか遠慮がちにこちら(本体)に戻ってくる。

 そのずっと向こう…明るくなってきて、全容が現われていた。2つの島が見える。島というか、平べったい大地が2つ浮かんでいる。事情を知っていないと、とてもあれが島だなんて思えない。大きくて厚い雨雲が、少し切れ目を挟んで、段違いに並んでいるようにしか見えないだろう。

「どうしました?」

 小恋ちゃんがリラックスした口調で尋ねた。彼女はもう脅威は去ったと思っている。あれが何か知っているのは、僕とメェメェ達だけだ。

「お、おいっ、もう大丈夫なんだよな。あれって、もうぶつかったりしないよな!」

「響輝さん? いったいなんの話を?」

「違う違う、君じゃなくて、変異体に聞いているんだ。 おい、どうなんだ!?」

「君たちの勝ちだよ。もう私は、人間を殺せない。 はい、負け負け~」

「うわっ、喋った」と小恋ちゃんが驚いたが、結構お喋りなヤツなんだよ、と説明している場合じゃない。

「じゃああれは、あれはあそこでもう止まっているんだな? ぎりぎりでもうぶつからないんだよな?」

「ぎり…アウトかも」

「おい~! なんだそれは!? そこははっきりしてくんないと困るだろ!」

 下の方の雲、いや島…聖地はまだ動いている。 このまま変異体の島の下を潜って進むのだろう。その間、変異体が作った島は高度を保ってくれないと、って…あれ?

 なんか…雨? いや、島の下からいろいろ細かいものが(この距離だからそう見えるが…)落ちているように見えるぞ。

「あれって、何が起きているんだ?」

「ああ~ エネルギーの循環が止まったからね~」

「え? どうなんの?」

「ぜんぶ崩れるんじゃね?」

「おい! もう人間を殺せなくなったはずだろう!? ついでになんだその口調は! どうしてダウナー系女子になるんだ!」

「殺さないよ~ あれはもはや自然現象と同じなんだ。多くの命が失われるとしても、それは星全体の生命活動と同じ意味だ。マエマエにとっても、過剰な干渉は行えない事象なんだよ」

「そ、そんなバカな話があるもんかっ! ここまで準備したのはお前だろう、ちゃんと責任を取って片付けろよ!」

「私は役割を失った。素直に敗北を認めるよ。しかし、これまでの役割とその成果を否定するつもりはない。あとは君たちに人間の未来をお任せして、わたしは眠る事にする。もう二度と目を覚まさないから、どうか安心してくれ」

「そういう問題じゃないだろ!」

 ………………

「おい …おい!?」

 ………………

「返答しろよ!」

「響輝さん、いったい何が?」

「あれ…あの島が、落ちる」

「え? 島? どれ?」

「メェメェ!」

 僕の乱暴な呼びかけに、簾藤メェメェは素直に従ってくれた。頭を開き、降下を続ける元変異体の横にぴったり並んだ。

「小恋ちゃん、君は安全なところに! できるだけ遠くに離れて!」

「い、嫌です! わたしも一緒に…」

「ダメだ。乗り手が増えると、特化した能力が使えなくなる」

「何をする気ですか!? 無茶はやめて」

「…ここまで来たから、最後までがんばってみます」

 僕は急いで変異体の縁の上を跨ぎ、簾藤メェメェに移ろうとした。

 小恋ちゃんが身を寄せ、左のハンドグローブを脱ぐと、僕の欠けた右耳にそっと触れた。

「…もうダメ」

 それから手を降ろし、僕の右上腕部を強く掴んだ。

「もう十分です! 帰りましょう」

 彼女は叱るように、かつ願うように言った。

「だ、大丈夫だって」

 楽観視しているわけじゃないし、やけになっているわけでもない。ただもう、最後までやるしかないんだ。

「安心して、メェメェ様がついているんだからさ、絶対死にはしないよ」

 強がってなんとか笑顔をつくると、彼女の手は緩んだ。

「危なくなったらすぐに逃げるから、ごめんね。早く行かなきゃ… ね」

 涙ぐむ彼女を見て、僕の心臓は激しく鼓動した。シートに座り、頭が閉まって視界を遮られても、僕は彼女の方に顔を向け続けた。

 彼女もまだ僕の方を向いてくれている。ああ… 名残惜しいったらありゃしない。もう十分だろうと、僕自身何度も思っている。でも、もう逃げられないんだよ。僕はメェメェを通して、異世界の人々の事を知ってしまった。彼らの生活を見てしまった。彼らの笑顔や悲しい顔を、死に顔をたくさん見てしまった。それらは単なる情報ではなく、僕の記憶と心に、実体験したかのように深く刻み込まれてしまったんだ。 これは呪いか、もしくは進化なのか。いずれにせよ、僕はもう、この異世界を虚構(フィクション)にすることができなくなっちゃったんだ。

 メェメェ内部の空間が何十倍にも広がって、周囲に何百もの画面が映し出された。その内正面にある1画面で、オロが乗る中メェメェの片側に小恋ちゃんが掴まる姿を確認した後、僕は球形コントローラーに触れた10本の指を、すべて動かした。

 簾藤メェメェ本体に、改めて中高メェメェ6体が連結する。その内高3体が足となり、中3体が上体の周囲に位置を取った。さらに50以上の中小メェメェ、200以上の極小メェメェもまた、周囲に集結した。

「どうするつもりだ?」

「とにかく島へ!」

 高メェメェ3体の底部から、ジェットエンジンのようにエネルギーが噴出し、僕らは上下に重なりはじめていた2つの島の間に向けて飛行した。10秒程度で到着し、変異体が作った島の下に入ると、さっそく周辺を調査した。

 土や石、黒い汚泥が雨のように絶え間なく、変異体の島の底から降っている。中には岩や大きな鉄屑のようなものが混ざっている。下にある島…聖地は、降りかかるものすべてを、森の表面が弾いているように見える。土や石が葉の上に積み重なり、やがて溶けるように消えていく。大きな鉄柱は葉の上をバウンドし、徐々に島の外側に運ばれて、滝の水と同じように外へ、下へ排出されていった。

「これは…どうなってんの?」

「マエマエのエネルギーはほとんど抜け出ているからな。ただの土塊(つちくれ)なら、聖地はすべて跳ね返すだろう」

「じゃあ、もう聖地が落ちる事はない?」

「ああ」

「そ、そうか、良かった」

「良くはねぇ。被害は半分以下に減るだろうが、それでも甚大だ」

「あ…」 そうか、聖地が跳ね返しても、その下は? 聖地が全部吸収してくれるわけじゃないし、聖地と重ならない部分もある…そっちの方がずっと多い。

 マルチスクリーンを次々とスクロールさせて、情報を吸収する。聖地のさらに下は海岸沿いだが、3割以上が陸地だ。紛争地帯という事が幸いし、人の数は比較的少ない。いや、少ないなんてとても言えない。数は…正確にはわからないが、10万人単位なのは間違いないだろう。異常を理解し、退避を始めている人が多くいるが、家屋の中に避難している人も多い。土や小石程度ならともかく、大量の土砂や岩、鉄屑が落ちてきたらひとたまりもない。すでに大ケガをしたらしい人や… 亡くなっている人もいる。

 連結したもの以外の全分身を散開させた。大きな落下物を選び、ビームや衝撃波でそれを破壊するか、遠方へ、海か人がいないところまで吹き飛ばす。それが無理な場合は落下地点…人がいる所に高速移動し、バリアを貼る。数百の画面から数千の情報を分析し、限られた数の分身を効率よく、次々に配置する…。顔が、頭が熱くなる。情報が脳に充満し、破裂するかのような激痛が襲いかかった。

「おい無茶だ! とても(さば)ききれん!」

「じゃあ他の方法を考えてよ! ただの土塊なら、全部粉々に破壊するか、ビームで繋いで、宇宙まで引っ張って行きましょうよ!」

「こいつのデカさをわかって言っているのか!? そこまで万能だったら、これほど苦労していねぇよ!」

 全方位スクリーンに切り替えて、僕はその規模を改めて確かめた。上は半分ほど空が見えるが、半分は…暗黒に覆われている。島という言葉が、漠然と実際の規模を過少に表していた事に気づいた。 上空から見るより下から見る方がずっと… しかもそれが崩壊しているとなると、その巨大さ、強大さに絶望を感じずにいられない。ワームホールよりもずっと迫力があり、暗黒の空から黒い(あられ)(ひょう)が無数に降り注がれている様は、まさに地獄が現われたかのようだ。

 メェメェが大量の土砂を被って、スクリーンが黒に覆われた。もちろんそんな程度でダメージを受ける事はないが、通常なら被るはずもない。メェメェも必死という事だ。でも…

「マエマエ様ならなんとかできるはずです!」

「お前、今になってマエマエ様呼びしやがって!」

 マルチスクリーンに戻した時、巨大な…全長100メートル以上もある、土と石と鉄が混ざった塊が、まもなく崩れ落ちる事を知った。その下は地上だ。だが、今はまわせる分身がいない。本体が島の下を突き進む。上が全て暗闇に覆われた。メェメェが強い白光を放っても、黒い土砂がすべて吸収してしまう。

 たどり着く前に、また大量の土を被った。周囲を映す全画面が真っ暗になったため、メェメェは調整した外の音をコックピットに通した。頭上からものすごい、間近で雷鳴を聞いているような音がする。落ちてくる…それこそ全長100メートル以上の塊が落ちてくる。

「かまえろ!」

 メェメェの警告と同時に、激しい振動が起きた。僕は全身に力を入れる。上下左右に乱雑に揺れて、折れてしまうと思うくらい首に負担がかかった。 僕は両肘をいっぱいに曲げて、両手をうなじの上に重ねて支えた。メェメェは塊の中に埋まっていく。そしてそのまま本体全表面、連結した各分身から衝撃波を放ち、塊を中から破壊しながら、超高速で掘り進んだ。塊は当然崩壊し、細分化されながら落下していく。混ざっていたいくつもの大岩や鉄塊を、数百本の赤いビームが捕まえ、細かく裁断した。

 やや光が戻った画面を確認すると、当初追っていた塊もまた、同様に破壊されていた。黒い土煙の中から現れたのは、カンペンメェメェだった。

「カンペン!」

「事情はマエマエ様からお聞きしました!」

「危ないよ! 君はもう避難するんだ!」

「簾藤さんこそお引きください! あとはわたし達がやります!」

「む、無理だ! いくらメェメェでも…」

「ならどうして簾藤さんは…」

 通信が途切れた。

「あれ? どうした!? カンペン!」

 カンペンメェメェに、別の巨大な塊が被さった。さっきと同等か、それ以上の大きさだ。そして他にも、次々と崩壊予測の情報が脳に流れ込んでくる。本格的な崩壊が始まっている。剥がれる塊はどんどん大きくなって、それによって(つがい)が外れ、さらに大きな塊が剥がれて…崩壊はこの先連鎖してゆく。

 もうどれくらい人が死んでいるだろう。さっき救った2千人を、もう軽く超えているんじゃないだろうか。

 カンペン達が埋まった塊が、内部から破壊されていく。黒い土砂や鉄屑に混ざって、朽ちた…変異体に倒され、その後島を繋ぐエネルギーユニットと化していたメェメェ達が落ちてゆく。真っ黒なので今まで気づかなかったが、小、中、高…様々なサイズの円柱が、大量に落下している。

「な…何してんだよ、 変異体は負けたんだ! 役割を失ったなら、また人間を助けろよ!」

「無駄だ、ああなったらもう自分たちの意思はない。屍と同じだ」

「違う! メェメェは、メェメェをわかっていない!」

「なんだって?」

 内部の空間はさらに広がって、マルチ画面も倍以上に…ほとんどが真っ暗でも、500以上まで増えている。この状況でも、簾藤メェメェの分身は新たに誕生しているんだ。しかし、それでも救えない命の方がずっと多い。鉄塊に押しつぶされた異世界人の、断末魔の声が聞こえる。それは地球人の発音とそう違いはない。

 多重になって聞こえる悲鳴を、轟音が打ち消した。それは地響きと雷鳴が重なり合ったような、聞いたことはないが、核ミサイルが爆発したような音だ。その音と各分身の情報を基に、メェメェの分析結果が複数の画面に映し出される。よくわからないデータグラフを表示した画面は無視して、直接的に表した画面に注目する。3DCGのような解析画面…島の断面が映し出され、網の目のような亀裂が描かれている。もうすぐすべてが、崩れ落ちる。

「バリアを貼りましょう! 全開で!」

「一部だけしか守れん、せいぜい10キロ四方だ、1%も救えんぞ!」

「そんなのダメだ! ぜんぶ守ります!」

「無理だ!」

「無理じゃない! 大虐殺ができるんだったら、逆に守る事だってできるはずだ!」

「何を根拠に…」

「僕は! 僕は繋がったんだ。僕は… きっと雲妻も、珠ちゃんも繋がった」

「繋がった?」

 メェメェは…なにもかもがでたらめな存在だ。地球だろうが異世界だろうが、人間が生息する次元に存在するはずがない。あまりにも理屈を超えている。もしも人間が作ったとしたら、きっと次元を超えたところから得た、授かった知識と技術によって… いいや、知識と技術なんてカテゴリーのものじゃない。 何のためなのか、人間をどうしたいのか、異世界をどうしたいのか。いいや、そんなの想像したって無駄だ、どうせ理解できない。

「おい! 気をしっかり持て!」

「メェメェは、星々の生態系を調整する人間を、教育するための存在だ。だから人類社会に干渉する。そのための能力を備えている」

 外の外の外、もしくは内の内の内にいる…彼らにとって、僕らはいわばデジタル空間における数字や、紙に書いた絵や文字のような存在だ。メェメェはアプリか、ペンや絵筆のような存在なんだ。本来ならどうとでもできるはずなのに、僕らの自我を制御できない。僕らの欲望を抑える事ができない。メェメェを使って知識を与えても、万能のエネルギーを与えても、美貌を与えても、人間は自滅をやめようとしない。意識を変えられない。負の感情を抑えられない。それでも、彼らは人間を捨てられない。中途半端で使い辛いけれども、他に成り代わる生命を見つけられないんだ。

 彼らは何千、何万年、それ以上の時間をかけて、人間を調べ続けている。バージョンアップを繰り返しているようで、成功と失敗、進歩と退行を繰り返している。なかなか前に進めないんだ。変異体は、赤紫のメェメェ()は、改めて人間を調べるために、より破滅嗜好の人間…地球人を内に取り込んだ。地球人の…僕らの全能感を刺激し、欲望を増大させて、その分析結果を短時間…10年で炙り出した。

 しかし… でも… そうは言っても…

 欲はほとんどのものが醜く、有害だけれど、

 自分が気に入らないものを、コンプレックスを抱かせるものを傷つけ、殺してしまうような乱暴なものだけれど、

 それらと相対する公正や道徳、慈愛…そういったものを求める欲望だってあるんだ。


 僕らは…オタクだから。


‟ 何を見たのか聞いたのか分からんが、ぶつぶつ言っているだけじゃ状況は変わらんぞ “

「今、僕にできるのは考える事だけです。ずっと考える。最後まで、死ぬまで考える。どれほど頭痛がしても、吐きそうになっても、吐いたって考え続けます」

「…マジで吐くなよ」

「メェメェは、なんだろうとエネルギーに変換し、どこだろうと循環させる事ができるんです。大きさも量も関係ない。生き返らせたり、時間を戻したりはできないけれど、それ以外の事はたいてい可能なんだ」

「そこまでの能力は持っていない」

「じゃあ引き出してあげます、だから…

飛べ!」

 僕の思考を読んだメェメェは、降りかかる土砂や鉄塊を意に介さず、まっすぐ島の底の中央に向けて直進した。

‟ まさか、真ん中で支えるってんじゃねぇだろうな “

‟ 僕はね、社会人になってからアニメとか漫画とか、オタク趣味は一旦卒業したんです “

‟ あん? ”

‟ 毎日仕事でヘトヘトになっているので、自然と遠のいていっちゃったんですよ。それにね、たまに気が向いて配信やスマホで観たり、読んだりしてもね、なんかバカバカしいというか… 内容とかキャラとかありえね~、って。 ゲームとかも、こんなのやっても意味ね~、って思うようになっちゃって… “

 中央に到着すると、簾藤メェメェは周囲に新しく生まれていた分身体を配置し、バリアを展開した。本体を中心に、直径20キロの範囲内で、土砂や鉄屑の落下を防ぎ、それらを透明のバリアの上で分解してゆく。しかしあまりにも大きな鉄塊は分解、吸収しきれないまま、範囲外に転がっていく。

‟ でもある時…社会人3年目くらいだったかな。仕事でヘマをして、また同じ頃に当時付き合っていた彼女にもふられて、ひどく落ち込んでいた時期があって、二朱島に来た時と同じように連休と合わせて休みを取って…じっと、自宅マンションに引き籠っていたんですよね “

‟ …お前、もしかしてカミングアウトしているのか? “

‟ そん時にね、ずっとね、毎日昼も夜も、早朝まで…アニメを見続けちゃったんですよ。マンガやラノベを読み続けちゃったんですよ。それも一般的なバトルものとかスポーツ、ビジネス系や歴史ものとかじゃなく、かといってエロいヤツとか、ロボットとか魔法とかでもない。 揉め事に疲れていたせいか、もっと平和的でのほほんとした…誰も傷つけないし傷つかない、まあその、ただかわいらしくて優しい女の子ばかりが制服姿でワイワイ、水着でキャッキャウフフしているような… ええ、男キャラなんてほとんど出てこない… そんな数々の日常系美少女アニメ&マンガ&ラノベ、おまけにソシャゲに、どっぷり嵌っていた時期が… ええ、ございましたとも “

 僕の顔が…たぶん真っ赤に変異している。そしてそれに連動し、メェメェの腰部に赤い光が灯り始めた。

「僕の欲望は、僕が一番望むものは、そういう世界だったんですよ。 誰も傷つけない、ましてや絶対に殺さない。前は間違えてしまった。テンパって、違う欲望を増大させてしまったんだ。でも今度は…」

 バリアの上に、薄赤いバリアが重なる。それはどんどん伸びて…20、30、50キロを超えていく。簾藤メェメェの腰部から水平に、全方位に広がっている。

 両足が少し持ち上がっていた。足の下に透明のペダルが現われている。これを底いっぱいまで踏み込むと、メェメェに集っている異世界エネルギーが最高出力で放出される。今回は用途が違う。エネルギーはバリアを伝い、その表面に触れる物質を分解して、エネルギーへの転換を行う。そしてその変換エネルギーはバリアの裏面を伝って本体に供給され、更なるバリアの拡張に繋げる。この究極のメェメェエネルギー転換・循環システムで…みんなを守る!

 ハッ! とメェメェが声をあげた。それは怒りでも呆れでもなく、感嘆に聞こえた。

「とんだご都合主義設定だな! どうなるかわかんねえぞ、俺もお前も!」

「それは… 今は考えない!」

「いい度胸だ!」

 ちらちらと画面に映っていた簾藤メェメェの腰の変異部…変異体との戦闘中も、少しずつその範囲を広げていた。短冊状の模様は数を増やし、以前に想像していた通り、腹巻か腰蓑(こしみの)のように一周している。今、その部分から薄赤い光が浮き上がり、バリアとなって全方位に、80キロ先まで放射している。腹巻や腰蓑なんかじゃない、珠メェメェのように、ライダーベルトを模しているものでもない。

 躊躇なく、僕は両手と尻と両足に力を込めて、ペダルを底まで踏み込んだ。光の色が濃くなる。わずかにあった光線と光線の隙間がすべて埋まって、範囲はさらに広がってゆく。簾藤メェメェ本体のエネルギーが空っぽになり、すべての機能が止まる寸前で、今度は溢れんばかりのエネルギーが供給され、本体がオーバーヒートしそうになる。放出の栓を大きく広げると、今度はまた空っぽ寸前になって…。千を超えるマルチ画面は、エネルギーの循環を管理する情報画面に変わった。多量のグラフや数値が、いったい何を示しているのかまるでわからないが、それらはすべて僕の脳を一旦経由した。メェメェだけじゃなく、僕の脳もオーバーヒートしている。激痛の末何度も頭が破裂して、何度も快感と共に復活した。指先が痙攣しているかのように細かく動いている。首を振らず、画面をスクロールしないまま、後ろにある数百の画面を見ている。片方の目が裏に回って、後頭部を透過して見ているのだ。

 拡大し続ける赤紫のバリアに触れるものは、すべて分解されていく。どれだけ大きな塊でも、時間をかけて溶けていった。 朽ちた黒いメェメェ本体と中以上の分身はバリアに挟まれ、空中に留まったままエネルギー供給の調整弁にされた。新しい役割を、強制的に与えてやったのだ。小以下のメェメェはすべて分解してしまう。

 安全になったエリアから、分身たちが引き上げてゆく。彼らもまたバリアに合流し、効率よくエネルギーを循環させるユニットとなった。 バリアは拡大を続ける。300…320…340……400…やがて曲線を描きながら降下していく。危険エリアを、島の下を大きく超えて、聖地までまとめて…すべてを覆ったのだ。遠方に配置した分身たちから送られている画面に…完成したバリアの形が映っている。まるでひっくり返したお椀…ドーム型だ。つまり…

「スカートだ…」そう呟いた後、僕は笑った。JKか? それともお姫様か?

 カンペンメェメェがスカートの下を飛行している。全分身を使って、重傷者や瓦礫(がれき)に埋まってしまった人々を救助している。オロと小恋ちゃん、クルミンたちが手伝っている姿も見つけた。

 まだ島は残っている。すべてを分解処理するには、さらに1時間ほどかかるだろうか。 それまでずっとこの…激痛と快感を繰り返すのだろうか。しっかりしろ、 意識を保て、僕らが耐え続ける限り、バリアは安定するんだ。 

 マルチ画面に人命救助の様子がいくつも映る。メェメェの力を持たない異世界人たちも、必死で家族を、友人を、隣人を、さして親しくない人々を助けている。血と涙を流し、のどが潰れんばかりに声を上げ、わが身を顧みず力を尽くしている。僕の世界でも何度か…テレビやネットだけど、見た事がある。 とても…嫉妬を覚えるほどに、美しい光景だ。


 激痛はさらにひどく、快感はさらに程度を増していく。覚醒と意識の喪失を繰り返しているようだ。メェメェもまた言葉を発する余裕はなく、僕の脳に度々 ‟目を覚ませ!” ‟自分を失うな!“ と、呼びかけている。

 わかってるよ、ちゃんと起きていますよ。なんか…ちょっとずつ気持ちよくなっているんだ。慣れてきたのかな。このままみんなを守るよ。美しくて、優しくて、清廉で… 素晴らしい人間性を持った異世界の人々を、これ以上減らしてなるものか。変異体にのせられて、戦争を引き起こしてしまった弱さはきっと改善できる。僕らがこのままスカートの下で守り続けてあげれば、平和で、飢えも貧困もない世界を作ってあげれば、きっと二度と争う事のない、すばらしい人間が完成するはずだ。小恋ちゃんもいるし、僕は彼女をずっと守ってあげられる。嫌なことが何もない…競争はなんの意味も持たない。だから誰もがお互いを尊敬し、慈しみ合えるんだ。コンプレックスなんて言葉は、存在しなくなるよ。


‟ おい! “


 となったら、この先いろいろ考えなくちゃならないな。社会構造を一から見直す必要がありそうだ。二度と公平性を乱す事がないよう、やっぱり最初に危険因子を一掃しておかなければならないだろう。


‟ あっちに仕事があるんだろう!? そろそろ帰らなくちゃならないんだろう!? “


 心苦しいけど、この戦争の責任の所在を明確にして、多くの人間を断罪しなくちゃならない。それができるのはメェメェの乗り手であり、救世主でもある…僕だけだろうな。


‟ 思い出せ! お前が求めていたものを… 惚れた女の、隣に立ちたいだけなんだろう? 上に立ってどうする!? “


 人間を断罪するだけでいいのか? 聖地に引きこもっていたメェメェ達…彼らにも責任があるんじゃないのか?


‟ よせ! もういい! "


 複数のメェメェを相手にするのか… だけど、きっと僕らは最強だ。余裕で勝てるだろう。



‟ 簾藤響輝、お前はよくやった。救世主である事は俺が認める。だが、このままではお前は自我を失う、そして自分の体をも失う。俺はお前の命を守る事を誓った。 お前のおかげで得たこの能力は、人を殺すためのものじゃない、守るためのものだ。 だから…後は俺がやる。 ご苦労だった “


 簾藤メェメェの頭が開き、僕は戦闘機のコックピットから射出されたかのように上に飛びあがった。するとすぐに、極小メェメェ数体が僕のジャケットやジーンズに貼りついた。


 上はもう…八割以上が青空になっていた。

次回

最終話ほんとマジ「それではそろそろ帰りましょう Part 2」

& エピローグ


10月中旬に掲載予定です

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― 新着の感想 ―
冒頭の小恋さんの独白が思った以上に簾藤にベタ惚れで、何だか報われたような思いで胸いっぱいです。 お婿さんになってもらうとか、恋に命をかけるとか、ちょっと小恋さん表現の仕方が古風というか何というか。かわ…
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