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第43話「ご都合はいかがですか? Part 3」

 正面下にある映像は、角度がどれほど変わってもハレーションが被さっていて見づらい。白と赤が頻繁に入れ替わり、またピンクやオレンジのビームが無尽に飛び交っていた。映像ではほとんど戦況がつかめない。反響音がリレーを続けている…まるで巨大建築物が崩壊しているような轟音が、凄絶さだけを伝えている。

 中継してくれている分身体は、キューブの中にいるのか? もっと離れて見られない? もっと角度を広げて、増やして。それに明るすぎる、もっと光量を絞るか、フィルターをかけて… 

 僕の要望に応えて、まもなく情報が増えた。キューブ内を映す画面が左右に2つずつ増えて、両端の2つは特殊な電磁波で分析しているかのような、モノクロと赤色で構成された3DCGを表示している。僕はそれら5つの画面を頭の中でまとめて、情景を描いた。

 雲妻(くもづま)メェメェが作り出したキューブ…100万㎥程の密閉空間では、メェメェがどれほど早く、そして自在に動こうとも、接近戦を避けることはできない。数百の分身から、空間を埋め尽くすほどの大量のビームを発射している変異体。雲妻メェメェは乱打に堪えながら徐々に距離を詰めていく。幾重にも縛り付いたビームの縄を引きちぎって、左の強打…豪打が、本体の真ん中を打つ。赤紫の円柱が30メートル以上後ろに吹っ飛び、壁…バリアにぶつかると、キューブは形を崩すほど大きく歪んだ。

 赤紫色のすべての分身体が(本体と連結していたものも含めて)キューブの底、つまり地面に落ちた。意識を失ったかのように動かなくなったが、雲妻メェメェの方もストレートを放った左腕(?)が崩れ、100以上の分身に分解した。すぐにまた集結しようとしたが、おそらく大量のエネルギーを消費したせいか、うまく合体できない。そうこうしている内に再び浮遊し始めた変異体の分身が次々に突撃し、接合しようとする雲妻メェメェの分身たちの間に割り込んでいく。 数で負ける雲妻メェメェは右腕を解いて分身を増やし、それらに対抗した。

 変異体の本体はバリアに身を付けたまま動かない。蜂の巣をつついたかのような紅白、小中高の分身が入り混じる乱戦を、両腕を失った雲妻メェメェは強引に突破する。

 本体同士の激突を確認しないままに、僕の注意は他へ逸れてしまった。僕の意思じゃない。雲妻メェメェと変異体の戦いの他にも、大量の情報が僕の脳に注がれていて、とうに許容量を越えてしまっているのだ。

 簾藤(れんどう)メェメェは超高速で異世界を巡った。本体と5体のお供(すべて小メェメェ)が映す景色の他に、飛行中にも数を増やしていった分身からの情報も届いている。内部の体積が広がって(広がったように見えて)、300から400へと増えていくマルチ画面。映像と音だけではなく、それらを基にした分析が、僕の脳を駆け抜けていく。必死でそれらの中から重要な事を選別し、脳に留めることに注力した。その間、ナイフや槍が刺さるというよりも、頭が破裂するような一瞬だけの激痛を何度も味わった。キュー!という全身の電気信号が急停止するかのようなアラートが頭の中で鳴って、その後パン!と膨らませた紙袋を叩くような単純な破裂音がすると、脳がバラバラになった。しかし散らばった脳のかけらには、それぞれに僕の意識が確かにあって…自身が数百に分かれたかのような気持ちになった。分裂した脳は各個で少量に分けられた情報を整理する。そして集まってひとつに戻ると、それらはすべて僕の知識となって固まり、積み重なっていった。

 さっきも見た通り、異世界は一方で再生が始まっていて、だが他方では停滞、更なる破壊が続いている。地球と同じように大陸がいくつかあって、島が大量にあって、地球よりも水の割合が大きい。海が広い。自然はたくましく、戦いで荒れた地にも、新生を告知する緑がいくつも芽吹いている。

 異世界の人々は分かれている。変異体に無理やり分断させられているわけではなく、自らの意志で分かれたのだ。戦争を否定、拒絶する代わりに、豊富な資源や肥沃な土、生活に適した気候、そして万能のエネルギー源…つまりメェメェの恩恵を失った人々。そしてその逆の人々。平和と協調を求めた前者の生活様式は、僕にとって1世紀ほど昔のものに見える。しかし後者もまた、豊かな生活をしているとは言えない。むしろ前者より厳しいものに見える。広大な陸も海も、それらが持つ資源を大切に保護しつつ、有効に活用できなければ意味を成さない。10年もの間殺し合い、破壊が絶えない場所に、それを望むのは無理が過ぎるのだ。

 30分程度でかき集めた情報に、欠けた部分が多いのはしょうがない。主義や思想以外に人を分ける要因…人種があるのか、国があるのかわからない。しかし、これまでメェメェやクゥクゥからそんな説明は聞かなかった。メェメェが人間を支配…指導する前にはあったのかもしれないけれど、きっと、今はもうないのだろう。となると、この10年もの戦争の間にも、大勢でまとまった組織は生まれていないのかも知れない。 代表者で話し合い、停戦や休戦を交わすことができず、ざっとした敵味方に分かれて殺しあっているんだろうか。

 異世界人の知能が、地球人(ぼくら)より劣っているとは思えない。本来なら銃はもっと高性能のものを、戦車やミサイルだって製造できるだろう。ネットワークを引いて、主義を同じくし、利害を共にする組織を作ることだってできるはずだ。実際ずっと昔にはそうやってメェメェと戦っていたのだ。でも、おそらく…それは変異体を含めたメェメェ達が許さない。組織だった武力と大量破壊兵器は、メェメェが創造する理想の人間社会を否定するものだから。

 それで……10年もだらだらと効率の悪い殺し合いをさせて、私欲と不満を募らせていた人間を減らし、そうでない人間もついでに減らし、まだ足りずに続けさせているのか? どうしてこんなに時間がかかっている? 直接人を殺せるなら、他のメェメェの邪魔を退けたのなら、変異体自身の手でとっくやれたんじゃないのか?

 何を待っている? 何をしようとしている? 

 その答えを求めて、簾藤メェメェは飛び続けている。 異世界を…もう何周しただろう。僕の脳は何度も分解と修復を繰り返し、慣れていったのだろうか、激痛は鈍痛へ、そしてピリピリする程度の軽度のものへと変わっていった。

 この周回では、どんどん高度を上げていった。全方位スクリーンに切り替え、僕らは宇宙に浮かんだ。異世界は地球と同じように太陽…らしきものといくつもの星に見守られた青く、美しい惑星だった。頭痛は消え去って、逆に快感が全身を包んだ。以前とは少し種類の違う全能感に満たされ、頭が、手足が、何もかもが軽くなっていく。スクリーンやメェメェの内壁だけでなく、自身の体も透明になって、僕は宇宙に溶けた。

 体を失い、意識のみになった僕に、ある情報が伝わった。僕はその内容を把握しない内に、本能によって引き寄せられる気持ちになった。簾藤メェメェ本体から、(色は蛍光ピンクだが)レッドカーペットのような幅広のビームルートが、異世界の惑星に向けて宇宙に敷かれた。いくつかカーブを描いたそのビームをなぞって、僕らは惑星に帰ってゆく。摩擦の炎に囲まれながら、やがて自分の体、シート、マルチスクリーンを認識した。

 簾藤メェメェと言葉を交わす必要はない。彼と同化しているような気持ちになっている。僕らは自分たちの役割を探し出し、それを遂行する。それが異世界を守る事、善良な人々の命を救う事だと信じている。

 光が当たった白雲を何度も貫く間にビームルートは消えていて、その後僕らは大きな島を見つけた。ほとんどが森林に覆われていて、上空からでは人工の建造物などは見えない。 それは一見、さしてめずらしくない景色だったが、すぐに改めて強く認識させられた。ここはやはり…異世界(ファンタジー)なんだ、と。

 島は空にある。……浮かんでいるのだ。

 マルチスクリーンが80程度に減って、前面のほとんどが浮かぶ島を映した。僕はさらに頭の中で要望を伝えながら指を動かし、10程度の小画面だけ左右に残し、全面スクリーンに切り替えた。

 二朱島(にあじま)よりはるかに大きい。四国…下手すると北海道くらいあるんじゃないだろうか。こんな大きな陸地が(…いや小さくてもそうだけれど)空に浮かんでいるなんて、一体どういう理屈なんだ。これもまた、メェメェの力なんだろうか。

「これは…聖地だ」 約30分ぶりに、簾藤メェメェが声を出した。

「聖地?」…そう言えば確か、サドルがそんな事を言っていた。

「メ…マエマエ様の、異世界のすべての知識や技術が保管されているっていう所ですか?」

「そうだ」

「他のマエマエ様や、たくさんの人々が暮らしているっていう…。下の戦争をよそにして…」

「嫌みを言うな。仕方ねぇんだ。もしもここが滅ぼされると、いよいよ再生が不可能になる」

「どういう事ですか?」

「この星はあくまでマエマエの知識と技術があって成り立っている。 数千年に渡って調整、改造…カスタマイズされてきたんだ。もはや人間だけの力では制御できん」

「カスタマイズって…」

「説明を求めるのか?」

「いや今は… ええ、どうせ理解できる自信もありませんし。とにかくもの凄く大切な場所なんですね。    …それで、どうしてここに引き寄せられたんでしょうか?」

「わからん、俺もはじめて見る」

「この島にいる誰か…マエマエ様が説明してくれるんじゃないでしょうか? その…脅威?について」

「かも知れん」

 しかし、なぜか島に降りる事ができない。バリア等に阻まれるわけではなく、青葉に近づくにつれて徐々に進入角度が浅くなっていって、やがて平行になってしまう。何度も旋回を繰り返して上陸を図るが、一向に森をくぐる事はできなかった。

「どこかに入口があるんでしょうか?」

 僕らは島から離れて、その外周を飛行した。鈍角の三角形…なだらかな山型の島が空に浮かんでいる。いや…それだけじゃない。ゆっくりではあるが、移動している。端には河口があるのか、至る所から水が下にこぼれ落ちている。とは言っても、その内のいくつかは、 ‟こぼれている“ なんて表現では済ませられない規模のものだ。南米にあるような、あるいはそれ以上の巨大な滝、その高度は100や200メートルなんて程度じゃない。 もしもこれらがそのまま地上に降り注いでいるのなら、大雨、大洪水どころの話じゃ済まないだろう。

 滝を避けて下側に移動する。分身もまた島に近寄れず、ズームをかけてもよくわからないが、島の底は硬い鉱物のようなもので固まっていて、崩落している部分はないようだ。凹凸が多く、かなり歪な形をしている。 あっちこっちに氷柱(つらら)状の長い突起物が垂れているのを見て。ニアで見た、地下の鍾乳洞を思い出した。

 下にも入口らしきものはない。僕らは再び島の上空へ戻った。サインやメッセージと思われるものも見当たらない。

「ど、どうしましょう」

「どうやら、道案内はまだ続いているようだ」

「え?」

 簾藤メェメェは島の進行方向やや上に向けて、飛行速度を上げた。その先に、途切れて見失っていたピンク色のビームルートを見つけると、再びその上に底部を乗せて、レール上を走るジェットコースターのように滑空する。一本道のルートに迷いと疑いの余地はなく、ものの数秒で僕らは第2の目的地に到着した。

 1秒遅れで着いた十数の分身が、あらゆる角度から周囲を映し出す。そこには、また島があった。薄暗いが陽の光がある。移動中に高度は下げていない。つまりさっきの島とそう離れていない位置に、浮遊する、飛行する島がもうひとつある、という事だ。

「これも…」

 聖地なのか? いや、メェメェの返答がなくてもわかる。さっきと全然違う。 地表を隠す森林はほとんどなく、色褪せた草地がわずか、 水は…川や湖はおろか、ため池すら見当たらない。下の戦場よりもひどい。こんな土と石、鉱物だけで形成されているようなところで、人間が暮らせるはずない。実際、建築物もないようだ。

 だが一見したところ…その大きさは聖地に引けを取らない。森林がない分、陸地の質量はそれ以上なのかもしれない。赤黒い地表はごつごつとしている。 大きな岩や、自然物とは思えない直線の形状…鉄くずに見えるものが土を隠すほどに積み重なっている。

「ごみ処理場、スクラップ置場か?」と、あまり脳を通さずに口に出してしまって、すぐに「そんなわけない」と自己訂正した。あまりに広大すぎるし、そもそもごみを頭上に置くはずないだろう。

 簾藤メェメェは徐々に速度を緩めていった。ビームルートはまだ続いている。聖地とは違って、僕らは地表へと近づいて行った。ルートから外れない限り、島から弾き出される事はないみたいだ。

 聖地と違ってなだらかな山型ではなく、かといって平地でもない。傾斜地が並び、重なった険しい山岳地に見える。しかし所々に塔のように高く伸びた不自然な峰があって。それは陸が隆起しているのか、積み重なった鉱物が背を伸ばしているだけなのかわからない。どこかしこ黒く、光を吸収しているせいでよく見えないのだ。

 接地せんばかりに近づいた時、わずかにルート上から逸れていたお供の分身体がすべて弾かれた。ルートは通過後に消えているので、分身たちはそれ以上近寄れないまま、その場に残った。やがて先を示すルートもまた薄まるように消えて、僕らは島に着陸した。

 尖った角を向けた岩石、黒い粘液にまみれた鉄くずが敷き詰まった地面に、2メートルほどの円柱が、少し斜めになって立っていた。おそらく地中に3分の1ほどを埋めているのだろう。表面は煤にまみれたように黒く塗られているが、わずかに地の色(白)が見えた。目は閉じられている(それとも埋まっている?)が、表面を走る細かい七色の蛍光線が、数はわずかになっているようだが、確かに走っている。

「マエ…マエ…様?」と確かめるように言ったが、間違いない。土管やテトラポッドのはずがない。

 赤、黄色、緑、オレンジ、紫、ピンク…光線を数えているうちに、僕の意識は黒いメェメェの表面上に滑り落ちていった。

 …もの凄い速度で夜のサーキットを滑走している。さらにアクセルペダルを踏みこんだが、前を走るオレンジ色の光球との距離は一向に縮まらない。 振り返ると、青白い光が僕を追いかけている。今度は緩めたけれど、同じようにしたのか、後ろとの距離も縮まらない。 上を向くと、夜空から黄色い光球と、続いて赤い光線が僕と直角に交わるように落ちてくる。どちらもぎりぎりで逸れたのに、頭と顔に大量の情報のシャワーが浴びせかけられ、僕の脳は熱を帯びて膨らんだ。

 この朽ちたようなメェメェは…変異体に敗れたメェメェだ。とは言っても、彼(もしくは彼女)は、死んでいるわけではない。メェメェ同士の戦いの果てに存亡はない。敗北したことにより、このメェメェはそれまであった自身の役割を終えたと理解し、次の役割に身を投じた。島には他にも、変異体に敗れたメェメェが数体いる。彼らも、そしてその分身たちもまた埋まっている。全員がエネルギーを生成、転換し、循環させるユニットとなって、この飛行する島を形成する土や石、瓦礫等を繋いでいる。

 簾藤メェメェは…そしてこのメェメェ、他の…ユニットたち、そして変異体も話していない。しかしメェメェを通して視界を広げ、増やし、認識力を増大させた僕に、それらは多少断片的ではあるが伝わった。脅威がなんであるか、僕は理解した。当然、簾藤メェメェも理解している。

 この島は変異体が作ったものだ。彼女が多くのメェメェを倒し、その知識を共有して得た技術を基に、10年の戦争の間に建造した。大陸の一部だった島が空に浮いたのは、それほど前の事じゃないようだ。急ごしらえ故、聖地と違って自然環境に乏しく、人間はおろか、小動物すら生息していない。しかし地中に埋まっているメェメェや分身体により膨大なエネルギーが循環していて、それは島の組成を変換し、質量を増加させる事に費やされている…。意味はよくわからないが、とにかく異世界のエネルギーを溜め込んで、大きくなっているという事か。

 それで…それを… 聖地に…ぶつける? どうなる? おそらく2つとも落ちる? 陸に落ちる? 海に落ちる? いずれにせよ大災害が発生する…大地震、大津波、大洪水、大噴火…。それだけじゃ済まない。 星が保有するエネルギー循環の仕組みが部分的に崩れて、偏って、気候の大変動が起きる。生態系が崩れて…とにかく、大勢が死ぬ。 

 どうしてそこまで人間を減らさなきゃならない? どうしてわざわざそんな大がかりな事をする? 聖地を落とすため? 生き残る、またその後に生まれる人間に刷り込むため? 本能で否定する。拒絶する。 戦争、殺人、あらゆる種類の暴力、また能力や貧富、美醜の格差に対する優越、劣等、憎悪、嫉妬、劣情……

‟ 待って待って! ちょっと待ってください! ある程度ならわかりますが、本能的に否定? 刷り込む? 無理っていうか、そうなったらもはや人間じゃないでしょ。 変異体は、あなた方は人間を滅ぼして、別のものを作ろうとしているって事になりませんか? いくら異世界…じゃなくて星を守るためだからって……いや、そりゃその方が統括管理されるメェ…マエマエ様にはご都合がよいのかもしれませんけれど、その、あの、あくまで人間が主役っていうか、担い手である事が元々のコンセプトじゃないですか。いま伺ったところでは、それに反しているんじゃないでしょうか、っていう疑問が… “

 なんだ? 僕はどうしてこんな…ビジネスシーンのような話し方を? これってやっぱり、メェメェ達と会話しているのか? 間違いない。姿が見えているわけじゃないし、声も聞こえないけれど、彼らと話し合っている。簾藤メェメェがいるし、変異体がいるし、変異体に敗れたメェメェ達、あと…聖地にいるメェメェ達までいるんじゃないのか?

‟ つ、つまりですね、人間というものについての概念に大きなズレが生じているんですよ。さっき赤紫さん(名前みたいに言ってしまった)…にも申し上げましたが、人間について、高すぎる理想をお持ちだと思うのです。まあ、わたしは異世界の人間ですから、理想が低すぎると言われるのも当然です。それは理解します。 ですから、その点をもっと時間をかけて話し合ってですね、お互いこう…歩み寄って、擦り合わせしていくべきではないかと… “

 周囲を七色の光が走っている。いつの間にかどれも僕よりずっと早くなって、僕は光の帯に何度も追い抜かれていく。上から落ちてくる光もずいぶん遠くに離れてしまって、流れ星のように見えている。

‟ いや、ですから、よくお考えになられた上での事とは思いますよ。僕だって… その…地球という星、異世界もですね、嫌な人間はいっぱいいます。みなさんがおっしゃる問題は、こっちと比較にならない程多いんですよ。そりゃあもう鬱陶しい、ストレスだらけの窮屈な世界なんです。僕自身も、さっきおっしゃった劣等感とか嫉妬とか、そういう負の感情に日々悩まされております。もういっそね、何もかも、自分も併せて誰か滅ぼしてくれないか、なんて思う時だってありますよ。しかしですね~ “

 愚痴を言ってどうする? とうに交渉は打ち切られている…いや、もともと交渉なんて行われていない。彼らの意図を知って、僕が心の中で反対を述べただけ…メェメェの乗り手とは言ってもただの人間、しかも異世界人。意見なんて聞き入れてもらえるはずない。

 聖地とこの島はあと1時間ほどで接触する。より高位置にあるこの島が聖地に落下し、衝突するのだ。 回避は難しい…いくらメェメェでも、あれだけの質量を持つ島の飛行を自在にコントロールする事はできず、またその速度と高度、ルートはこの星の様々な自然環境と密接にリンクしており、変更は各所に多大な影響を生む。そしてそれはこの島にも同じことが言える。この衝突ルートは高度な計算の上で、1年以上も前に決まっていた事なのだ。

 たとえ影響があろうとも、2つの島の落下が引き起こす災害よりマシだろうと思うのだが、たとえ回避できたとしても、脅威が失われる事はない。時間と共にこの島は質量を増す可能性が高く、先延ばしは意味を持たない…聖地にいるメェメェ達はそう考えている。

 なんでまた、僕らが転移した時にタイミングよく、いや、悪く。 クライマックスなのか? ご都合主義か? もっと前なら対策を練る事ができたかもしれないし、後なら諦めもついた。あと1時間なんて、どうしろって言うんだ。

「どうする?」と、簾藤メェメェがぶっきらぼうに尋ねた時、僕はサーキットから一瞬でメェメェ内部に戻った。

「……マエマエ様こそ」

「俺は、衝突後の人命救助に全力を尽くす。約束した通りお前の命は守るが、もしも惨状を見たくなければ一旦安全な… いや、影響が少ないところまで行って降ろしてやる」

「そんな… 回避する策は? 雲妻さん達と協力して、変異体を倒せば島はその、止まるんじゃないですか? さしあたって衝突を免れて時間を稼げば…」

「1時間じゃ無理だろう。それに、倒すと言うよりも、ヤツに役割を失わせなければ意味がない」

 失わせるって言ったって、大量殺戮と聖地の破壊が目的なんだろう? もう完遂目前じゃないか、諦める理由がない。 説得も適わないし…。 ん? 説得って、誰を説得しようとしていた? 変異体? いや、自分よりずっと上位にいるものを説得できるなんて、最初から思っていなかった。 あの時は時間稼ぎだった。じゃあさっき…僕は誰に向かって話していた?

「このマエマエ様は、負けたからこうやって変異体に利用されているんですか?」

「変異体に勝てないことを理解して、自分の役割を終えたんだ。今彼らは、この星を保つための存在になっている」

「役割って、もともとは人間を守ろうとしていたんでしょ? でも今は、変異体の味方をして、人間を滅ぼそうとしている」

「敵味方の意識なんぞもう持っちゃいないだろうな。それに、滅亡させはしない。減らして、新たに再生させる。それが変異体の考えだ。仲間たちは、ヤツを止められないと判断した結果、ヤツに賛同したんだ」

「…あなたも、もしも負けたら、聖地が落ちてしまったら、諦めて変異体に与するんでしょうか」

「そうなってみなくちゃ分からねぇ。だが、俺は変異体を倒すために生まれたんだ。負けを認めれば、役割を失う事になるんだろうな」

 変異体…簾藤メェメェだって部分的に変異している。雲妻メェメェも、幸塚(こうづか)メェメェも、(たま)メェメェもそうだ。出来損ないだろうと変異体だろうと、トリガーを引くのは、やはり人間じゃないのか?

「ならば初志貫徹です。変異体を倒しましょう」

「優先順位が違う。倒せたとしても止められない」

「倒す…いや、能力を奪うんです」

「どういう意味だ?」

「僕からの情報を、今一度トレースしてみてください」

「なんだと?」

 ………彼はわずか数秒で、再転移以降に僕がスクリーンを通して見た情報を再生した。

「考えは分かった。怪しいが、確実性はほとんどない」

 メェメェ自身、可能かどうかわからない、という事か。前例だってないんだろうな。

「一度、僕らで試してみてはどうでしょう?」

「今は手が足りないだろ。 それに、どこからヤツが見ているかわからん」

「一か八か、賭ける価値はありませんかね?」

「いや……… どうやら当たりくじだった」

「え?」

 全面スクリーンのほぼ8割が赤く染まった。レーザー照準…それも数百もの数が注がれている、と瞬時に理解した。僕が球形コントローラーを握る手に力を入れるより早く、簾藤メェメェは急速上昇してすべてを躱す。しつこく本体にへばりついた赤い斑点をめがけ、十数本のレーザービームがカーブを描きつつ迫ってくる。簾藤メェメェは急反転し、それらの中心に向かってさらに速度をあげた。それぞれのビームが角度を調整する前に、僕らは直径2メートルほどのぎりぎりの隙間を頭から通り抜ける。すれ違いざまに本体から放射した衝撃波で、ビームはすべて消し飛んだ。そのまま速度を落とさず、島からかなり離れていったが、周囲の厚い雲の中から続々と、赤紫色の分身体が現れた。

 まだこんなに(100や200じゃない、おそらく500以上)…いや、たぶんもっともっといるんだろうな。

 前方からも分身が現れ、やがて包囲された。全身に悪寒が走ったが、すぐに体温を調整するべく、メェメェ内部は少し暖かくなった。僕は心の中でメェメェに ‟ 大丈夫です ” と伝えた。たしかに怖いけれど、同時に高まってもいる。今のところは逃げ出したい気持ちよりも、責任を果たしたい気持ちの方が強い。

 僕らに企みを知られて、変異体は焦り始めたのかも知れない。

「雲妻さん達の様子を確認します。 ここはメ…マエマエ様にお任せしてよろしいですか」

「ああ、自分の仕事に集中しろ。それと、メェメェと呼べ!」

「はい!」

 真下にあった雲に大きな穴が空いた。その中を、白い中メェメェ3体が飛んでくる。それらは簾藤メェメェ本体下部に連結し、3本の足となった。他にも20ほどの小、50以上の極小メェメェが、宙から発生したかのように姿を現し、本体を中心に陣を組んだ。彼らは兵士や異世界人の護衛から離れたのではなく、新たに生まれた分身たちだ。総勢は…400以上まで増えたんじゃないだろうか。

 脚部を得て出力を増したメェメェは、より縦横無尽に空を飛び、追手の攻撃をすべて躱していく。変異体とはいえ小サイズ以下の分身では、いくら数に物を言わせても、本体に大きなダメージを与える事はできない。しかしメェメェは反撃に時間とエネルギーを費やすことなく、最小限の動きですべての攻撃をいなし(・・・)ている。

 変異体は僕らを近づけないよう、時間稼ぎをしているのかも知れない。はやく雲妻さん達や珠メェメェと接触しないと。

 マルチスクリーンを表示して雲妻メェメェを探した。キューブの中と周辺にいる分身を呼び出せばいいだけなのに、なぜか出てこない。おかしいな、もしや…負けたのか? キューブが解けて、変異体が姿を隠してしまっていたらどうする? いや、それよりも雲妻…大丈夫なのか? 死んじゃいないだろうな。

 スクリーンを何度もスクロールさせる。もう200以上確認した。300以上…見つからない。400…以上もあるのか。今まで見落としはなかったか? 最初の方に戻してみるべきか。 あっ! あれは… 違う、 珠メェメェか? クゥクゥたちと一緒にいるのか? いやそれより先に雲妻を…。

「おい焦るな、こっちにまで移っちまう」

「す、すみません!」

「死んじゃいない。中にいる限り、乗り手の命は絶対に守られる」

「は、はい」

 そうだ、まだ雲妻メェメェがやられたとは限らない。成長した僕らならすぐに探し出せる。珠メェメェとも連絡を取って、3組で一斉にかかれば、いくら変異体相手でもその動きを抑えられるだろう。取り付く事さえできれば…。

 手が空いた分身をすべて雲妻と変異体の捜索にまわして、僕は珠メェメェを映した数画面を正面に配置した。

 どうした? なにか様子がおかしい。珠メェメェの後ろに、クゥクゥのみんながいる。サドルが右腕を負傷している。他にも地面に横たわっている人がたくさん… まさか、死人が出ているのか?

「メェメェ様!」

「仕方ねえ、一気に片づけるぞ! ふんばれ!」

 メェメェは脚部の底面からピンク色の光るカーペットを空中に敷いた。幅1メートルほどのそれはいくつも枝分かれし、直線だけでなく、曲線や弧も描きながらどこまでも伸びていく。Uターンや交差を繰り返し、少し暗くなっていた大空にピンクの網が広がり、500以上もの赤紫の分身体はすべてその中に捕らわれた。簾藤メェメェとその分身体が3つの部隊に分かれて、網の上を走る。 各部隊が選択したルートは、赤紫全員の死角を通っていた。

 超高速かつ不規則な移動と、本体及び連結した3本足から発するエネルギー波の反動が内部にも伝導する。手足の骨が小刻みに振動し、心臓に微量の電流が流れ込むかのような不快感が襲った。本体チームは圧倒的なパワーで敵を粉砕していったが、小、極小メェメェ達は自身をすりつぶしながらルートを突き進み、2分ほどで500もの敵を消し去ったものの、彼らもまたエネルギーを使い果たし、存在を失った。

 僕は彼らの犠牲を悼んだ。分身体は異世界のエネルギーで組成されていて、実体を持っていない。あくまで本体の外部パーツであり、個々に人格はない…らしいのだが、本体たちのあまりに人間臭いキャラクターのせいもあって、僕は皆に親しみを感じてしまっている。1週間しか経っていないのに、人間じゃないのに、円柱なのに。

 下降し、雲をいくつも抜ける間に雪と雨を見た。周囲を取り囲む氷と水が、本体の光を反射して赤く輝いていた。赤紫色の変異は、さらにその範囲を広げているようだ。しかし今それを確かめて、憂慮したところで意味はない。

 珠メェメェとクゥクゥがいる場所は、やはりもとの戦場だった。日の光はまだ遠いが、本体と分身、さらにクゥクゥと敵が身に付けている紅白の極小~小メェメェがそれぞれ光を放ち、戦況を十分に照らし出してくれている。

 クゥクゥ達の前に、中サイズの3本足と、さらに多数の小~中メェメェ従えた珠メェメェが立ち、前方と左右…それぞれ50から100メートルほどの間を空けて、ビチラが取り囲んでいる。 その数はクゥクゥの十倍…300人以上はいる。陣営には地球にあるものと同じような車両や重機が十数台あって、それらを戦争に利用している事が窺い知れた。クゥクゥもビチラも負傷者が多くいる。分身以外の装備をろくに携行していないクゥクゥは、ほぼ全員が満身創痍の様子で、足を引きずったり、立つことができず、地面に尻もちをついていたり、仰向けに寝そべってしまったりしている。

 数に押され、劣勢になっていたところに変異体のニセモノを始末した珠メェメェが現れ、間に入って膠着している、という状況か。ならば変異体本体が来ない限り、この優勢はひっくり返らない。

 僕らは敵陣営との距離がもっとも詰まっていた右翼側に降下していった。メェメェがもう1人増えて、ビチラは明らかに動揺している。 いたずらに刺激しないよう速度を緩め、音をほとんど立てずに着地したが、僕はすでに全員をロックしている。きっと珠メェメェも同じだろう。

「簾藤さん!」分身を通じて、後方にいるサドルの声が伝わった。

 クルミンの肩を借り、足を引きずるサドルの姿が正面に映った。あまりに整った美女の顔が、乾いた血で汚れてしまっている。腰と右足もまた、血に染まっていた。

「サドルさん! だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫です、命に別状はありません」

「ホ、ホントに? じゃあその…みんなすぐに後退してください、はやく治療を」

「しかしまだ…」

「メェメェが2人もいるんです! もう手出しできないですよ」

「それはそうなのですが、マエマエ様は今、もしかしたら敵を皆殺しにしてしまいそうな雰囲気なのです」

「え?」

「さっき…彼らが撤退しそうになった時、50人ほど背後からぶっ飛ばされました。死んでいなければいいのですが…」

「ええ!? じゃあ…」

「ええ、 蛇に睨まれた蛙、または車のヘッドライトを浴びた鹿、という状況なのです」

 僕は敵陣を調査した。隠れる所が少ない荒野では、多くは集まって車両の陰や浅い塹壕に隠れるか、屈んだり、地面に身を伏せたりしている。だがある一角では、50人以上の軍服を着た敵兵が、皆倒れたまま動かなくなっている。彼らを映した数十の画面の中心に、青枠のサークルが表示される。枠線が伸縮し、それは生命反応だと理解した。

 良かった… 死んではいないようだ。しかし、腕や足が妙な方向を向いている者がいるし、ほとんどが意識を失っている。重症なのは間違いない。

「あの、メェメェ様、それに珠ちゃん」

 ……あれ? 繋がっていない?

「聞こえている」 珠メェメェの声が届いた。

「あの、逃げてくれるなら、もう追撃する必要はありませんよ。それよりも…」

「逃げてくれる、だと?」

「え? いや、その…」

「こいつらは多くの人間を、同胞を殺してきた。この戦乱は変異体の他に、こいつらの欲深さ、利己的で、卑劣、残虐な本性が引き起こしたものだ。報いを受ける必要がある。…死を以て!」

「え…いや、あの、そういうのは、責任を問うのは、変異体を倒してからにしましょう。今はそれよりも優先するべきものがあるんです」

「1秒で済む」

 …マジなのか?

‟ あの坊主、トリガーに足をかけているぞ “

‟ ええ!? ”

 珠メェメエの分身のおよそ8割が、底部をビチラに向けている事に気づいた。

‟ 全員地面ごと消し飛ぶぞ ”

「ちょ、ちょっと待って! この人達だって何度もひどい目に合って、ずっと疑心暗鬼に捕らわれてしまっているって、本当はもう戦争なんてやめたい人がほとんどだって、そういう話だったじゃないですか。だからクゥクゥのみんなが彼らも助けようと、こうやって苦労して…。

 サドルを支えているクルミン自身、傷だらけだ。

「皆、殺されるところだった! こいつらは変異体を信奉し、望んで殺戮と略奪を繰り返してきた。害悪なのだ!」

「いくらメェメェ様だからって、すべての人間の本質がわかるわけじゃない。そうなんでしょ!?」

(変異体がそう言っていた)

「人間が裁くよりは確かだ!」

「それじゃあ変異体と同じだ!」

 珠メェメェの変異は範囲を広げていた。ライダーベルトを模した(?)腰部はそのままだが、それ以外にも帯状の模様がある。(胸部と背中でクロスしているもの、連結する3本の脚部、周囲にいる中以上の大きさの分身すべてに一周する赤紫色の模様がある)

 まさか、変異体と同じようになってしまうんじゃないだろうか。

「…長い間連れ添った乗り手が殺された。傷を負った人間を助けようとして、制止を振り切って自ら外に出てしまった。なのに、助けた相手の家族に殺された。 疑心暗鬼? そんなものが他者を殺める理由になるのか? 人間とは、それほどたやすく堕落するものなのか?」

 …残念ながらそうなんですよ。

「お気持ちはよくわかります。でも、トリガーを引くのは珠ちゃん…まだ5歳の子供なんです。何もわかっていない子に、そんな事をさせてはいけません。 綾里(あやり)さ…お母さんに申し開きが立ちませんよ」

「やるよ!」 元気な声が聞こえた。

「へ?」

「わるいヤツらなんでしょ? ぶっ殺すよ!」

「珠ちゃん?」

 いやちょっと待って、何言ってんの? 

「これを思いっきり踏めばいいんでしょ? 簡単じゃん」

「ダメダメダメダメ! 待って! 絶対やっちゃダメだよ!」

 怖い! あのガキ、ホントにやりそうだ。

「珠ちゃん、ダメ、ちょっ、珠ちゃん、ホントにダメだって、あとでお母さんに叱られるよ!」

「だって、つみもないヒトをきずつけたり、殺したりしたんでしょう? たべものをわけてくれなかったり、すむところをぬすんだりして。そんなのわる者じゃん。ママだって、きっと殺しちゃっていい、って言うよ」

 …どんな表情で言ってるんだろうか。

「珠ちゃん、そんなふうにね、簡単に決めつけちゃいけないんだよ」

「どうして?」

「わるいにも程度があるんだよ。それぞれの事情とか…原因? いやつまり、悪い事をしちゃった理由をいろいろ聞いてね、調べてね、どれくらい悪かったか、みんなでちゃーんと考えてからでないとね…」

「はっ、イミわかんね」

 おい~!

「もうだれにもまけないから。ママをまもってあげれる。いい人は、ミカタはみんなたすけてやる。たべものやすむところをあげるし、しごとも、お金も、ぜ~んぶもってきてやるよ」

 お前こそ意味わかんねーよ! 

「珠ちゃん、いい子だから、僕の話を聞いて」

「あと5びょー!」

 待てって言ってんのに!

「よん!」

 止めなくちゃ、どうする!?

 び、ビチラ逃げろ! 固まってんじゃないよ!

「さん!」

 クゥクゥも固まっている。当然だ、彼らに止める手立てなんてない。僕が守るしか…

「にい!」

 無理だ、間に合わない!

「いち!」

 ………

「あれぇ~?」

 その後5秒経っても、「ゼロ」は発せられなかった。

‟ トリガーをしまったな “

‟ え? あ…マエマエ様!? “

「私怨を晴らすために幼児を利用する…確かに恥ずべき行為だな。 異世界に長くいたせいで、俗が身に付いてしまっていたようだ」

 よ、よ、…良かった~、思い直してくれた~。

「なんだよ~ つまんね~よ~ うたせろよ~、ぶっ殺そうぜ~」 甲高い発音を織り交ぜ、珠ちゃんは素直に不満を吐き出し続けた。

 メェメェ様に感謝しなよ。もしもやっちゃってたら、絶対後悔する事になっていたよ。僕がそうなんだからさ…いや、そんな事を考えている場合じゃない。

「サドルさん! 皆に今すぐ、できるだけ安全なところに避難するように言ってください! その、大災害に備えるように!」

「大災害?」

「敵も味方もないんです! 変異体はまだ、もっと…ずっと多くの人間を殺そうとしています! もう間もなく、とんでもない事が起きます!」

「とんでもない事とは?」

「落ちてくるぞ!」と、簾藤メェメェが怒鳴った。

 えっ! もう!?

 落下物を映したスクリーンが上からスクロールしてくる。違う! ずっと小さい。 しかしそれはあくまで島と比べてのものだ。僕より早く、2人のメェメェは反応していた。珠メェメェの分身数十が、落下予測地点に横たわっている50名余りのビチラをひっぱりあげ、強制避難させる。(…いささか乱暴だったので、さらに重傷化した人がいるかも) そして簾藤メェメェの分身(小メェメェ)6体が追って移動し、ビームネットを展開、墜落寸前でそれを救った…かに見えたが、吸収しきれず、一緒に地面に激突した。

 落下物がメェメェ本体である事はすぐに分かった。そして残念ながら、変異体じゃない事も分かった。

「雲妻さん!」

 白煙が舞う落下地点を注視する全員に、女性の声が降り注いだ。

「避難するって? それはダメだよ。できるだけ多くの人間に、その終焉をしかと目に焼き付けてもらわないと、ここまで準備した意味がないじゃないか。いつも羨望と嫉妬の目で見上げていた楽園が落ちてくるんだよ、さぞ壮観に違いない。そして運よく生き残った人間は己を改め、戒めを心に刻み、新たな世界を築いていくんだ。まあ、ここにいる者はほぼ全滅だと思うが、それは仕方がない。戦争の主動となっていた報いでもある。ほら、異世界人(きみたち)の言葉で話しているから、彼らは何を言っているのか分らず、未だにわたしを崇めているよ。ほら、見たまえあの笑顔、聞きたまえあの歓声、手を振っているよ、涙を流しているよ、まるで推し活だよ。甚だしく愚かだね~。もうすぐだよ~。人類を正解に導くための歴史となるべく、全員みじめに死んじゃってくれたまえ~」

「ふ、ふざけるな!」

「ふざけているつもりはないよ。雲妻の話し方を参考にしたのだが、おかしいのかな?」

 く、雲妻~

「かなり弁が立つ、おもしろい人間だね。心配ない、彼らは死んでいない…というか、マエマエは死なないのだ。自らが役割を終えた、または失ったと自覚しない限りね。君たちはやはり強いね。3人がかりとなると勝つ自信はないが、時間が味方してくれるだろう。つまり、私の役割は失われない、という意味だ」

 声だけ… 姿が見えない…。でも、僕らなら見つけられる。マルチスクリーンを100に増やした。おそらく近くにいる、クゥクゥや異世界人が近くにいる方が、僕らにとって足かせになる、と考えているはずだから…。

 本体周辺にいる極小メェメェが、約50増加した。それぞれが散らばり、エネルギーの分布を調査する。 増加した分身は本体能力に準じ、レーダー性能に特化していると知った。様々な図形グラフが各画面に被さる。それが何を示しているか、知らないはずなのに分かっている。すぐさま僕を経由した分析結果が簾藤メェメェに伝わる。本体が強く発光し、周囲を白昼のように照らしつつ、各分身から数十もの青いビームが乱雑に放たれた。それらは誘導されているかのように同じ方向に向かって伸びていく。

 白昼に濃い虹がかかった。 虹は何本にも増えて、やがて組紐を結うようにらせん状に交わり、チューブ状に変化していく。そしてそれは青いビームを追いかけてどんどん伸びていく。虹のチューブは珠メェメェ本体を起点にし、その周囲(およそ半径2~3メートル)をすっぽり包んでいた。少し透けている虹の向こうで、珠メェメェの両目が白く光っている。

「た、珠メェメェ、ちょっと待って!」

 単独で動いちゃダメだ! 倒すんじゃなくって…

 制止は届かず、または無視されて、彼らはチューブの中を猛スピードで上っていった。

 サドルやクルミンたちがさっきの変異体の言葉を翻訳し、拡声器(小メェメェ)を通してビチラに訴えているが、彼らの表情はいまだ大半が憤怒と疑惑に彩られている。僕らは連結を解いた中メェメェ3体を、クゥクゥと動かないままの雲妻メェメェの護衛に残し、珠メェメェを追いかけた。

 先遣していた小メェメェからの映像が届く。珠メェメェは同行する分身たちを集結させて、進行方向、つまり頭上に大きな分身をつくった。それはニセモノを破壊した時の巨大な1本足より小さく(本体の2倍くらい)、形は上下の両端を尖らせた紡錘形になっている。

 突貫に特化したような形状のそれは、チューブ内に捕らわれていた赤紫の分身たちを次々に粉砕していった。3連続で中クラスを破壊した時、少しだけ速度が落ちた珠メェメェを追い越し、チューブの外側から青ビームの到達点を見ると、そこには七色に囲まれた変異体がいた。

 3メートルクラスだが、連結する分身がいないし、あれが……ない! 違う、あれはニセモノだ!

「珠ちゃん! 違う!」

 珠メェメェは一撃でニセモノを貫いた。数片に分かれて落ちていく残骸が、チューブの内側に触れてすべて溶けてゆく。

 ニセモノとすぐに理解した珠メェメェは、本体の表面から虹色のビームを放射した。本物の虹のように淡く、ぼやけているが、それは見える範囲のすべてに波及した。わずかに明るくなっていた空全面が、鮮やかに色付けされてゆく。紫色の日の光、緑がかった雲、カラーセロハンを貼られたような星の光…不気味でありつつ、幽玄とも思える美しい世界がスクリーンに映った。

 移り変わる光が、その変化を吸収しきれない変異体の形を次々とあぶり出していく。観念し、数百が赤紫色を現した。本体クラスはまだ7体もいる。…当然その内6体は、いやすべてニセモノかもしれない。

 珠メェメェがさらに分身を集結させていく。同じ大きさの紡錘形メェメェをさらに2体生み出し、左右に配置した。周囲にいる分身を、全員使ってしまっている。

「待って! 本物を見つけてから…」

 紡錘形はそれぞれ別方向に動いた。それぞれが本体クラスをめがけて特攻する。群がる小以下の分身はまるで相手にならず消し飛び、中~高クラスでも粉砕を免れる程度で弾き飛ばされている。あっという間にそれぞれが1体ずつ始末し、次のターゲットを目指す。…しかし、すでに2体を倒した紡錘形初号が、かなり速度を落としていた。

 簾藤メェメェにもまた、赤紫の大群が襲いかかってきた。赤いビームと衝撃波が全方向から集まってくるが、すべて50体ほどいる小メェメェがバリアで吸収しつつ、敵陣を縫って飛行している。

「珠メェメェを止めないと、あのままじゃエネルギーを使い切っちゃう」

「通信できねぇ、置いて行かれた。頭に血がのぼっちまってんだろう、乗り手も、マエマエもな…」

 血はどこにも流れてないでしょ…。

「しかし、雲妻さん達がやられちゃった今、2組で協力しないととても…」

「こうなったらあいつらを囮にして、うまく隙をつくしかねぇ!」

「オトリって…」

「お前は本体を探すことに集中しろ!」

「は、はい!」

 そうだ、とにかくそうだ、それをしなきゃ始まらない。他にもニセモノがいないとは限らない。 今度はもっと精度を高くして… え? さっきの青ビーム、どうやるんだっけ? たしかマルチスクリーンを増やして…

 ニセモノを貫いた紡錘形が、その後まもなく自壊した。ばらばらになった分身たちが、エネルギーを失って落ちていく。すぐにもう1つもまた、同じようにして崩れ落ちていった。残りの1つ…おそらく初号は飛行中に自ら分離し、エネルギーをわずかに残したまま、珠メェメェ本体の周囲に戻った。

 …本体クラスは残り1つ。ニセモノか、本物か。珠メェメェが本体を含めて突撃陣形を組んでいる中、僕らは分身数体を本体クラスに接近させた。

 目は閉じたままだが… アレがある! あっちが後ろ…いや前だっけ? とにかく連結部がある。 つまり本物だ! 10センチほど、いや(振り返って実物を確かめてみる) 半分…15センチくらい外に出ている! つまりロックは半分開いている! あれを外から掴んで引っ張り出してやれば、もしかして開くんじゃないのか? いやきっと開く! 変異体も中に入っているヤツも、きっと気づいていないんだ。ちょっとトイレとか、何かの用事で外に出ようとしたところ、緊急事態が起きて…僕らがこっちにやってきたので、そのまま半開きでシートに座り直しちゃったんだよ。 あ、ありえない話じゃない! バカな話じゃない! そういうなんでもない、ちょっと気が緩んだ時のくだらないミスで、人は大失敗をしでかすんだ! びっくりした乗り手を外に引きずり出してしまえば、変異体は人間を殺せなくなる! 

 僕らは珠メェメェの反対側から変異体に接近する。

 とにかくまた接近戦に持ち込めば!

 珠メェメェの分身がすべて消し飛んだ。忘れていたわけじゃないが、改めて数の差に気づいた。かなり減らしたと思っていたが、変異体にはまだ多くの分身がついている。角、羽、千手観音のような何本もの腕、手、指、6本の足、長い尾を連結し、さらに数十の中、数百の小メェメェ、極小は…数える気にもならない。それに比べて僕らは…。珠メェメェはすでに大量のエネルギーを消費していた分身を今すべて失い、あとは本体だけ。簾藤メェメェの分身もまた40ほどに数を減らしており、しかもすべて小サイズ以下だ。

 接近戦だって?‥‥‥‥‥‥‥

 珠メェメェが落下していく。そして僕らもまた、集中砲火と乱打を受け、変異体本体に触れることなく真っ逆さまに落ちていった。

 

 これまででもっとも強い電撃を味わった。あまりの衝撃に何度もシートからずり落ちて、あっちこっちに頭や膝をぶつけた。また落下中にメェメェの外殻を抜けて強風や雨粒が顔に当たり、あやうく溺れそうになった。墜落する前に、僕は気を失ってしまったらしい。…まだきちんと目覚めていないが、声が聞こえる。メェメェの声だ。僕を起こそうとしている。ああ、落ちてくるのか? それとももう落ちてしまったのか? いや怒鳴っているからまだ終わっていないようだ。でも…もう無理じゃないのか? 最強と思われる珠メェメェでも、まるで敵わなかったんだから。

 …ほんの 30年程度だけど、生涯でもっとも精一杯やったよ。きっと今後の人生でも、これ以上はないよ。 

 そんなにギャーギャー責める事はないじゃないか、もう勘弁してよ。 しつこいな~  うるさいな~  泣くなよ~ 子供じゃないんだからさあ~

 …ん? 泣いてるって? 子供? あれ? 


 僕は両目を開けた。が、周囲は真っ暗なままだ

「やっと起きたか」

 ものすごく泣いている。しゃくりあげている。

「た、珠ちゃん!?」

「なんとか通信だけ繋いだ」

「ど、どこ? 助けなきゃ…」

「こっちもボロボロだ」

 全方位スクリーンが表示された。赤土の荒野…メェメェやクゥクゥ、兵士たちの姿は見えないが、同じ戦場だと思われる。もう夜が明けるのか、雲が少なく、澄み切った薄明るい空のずっとむこうに島が…2つある。あの距離…もう時間がない。下は海か? 陸か? どっちにしろ、絶対に大災害が起きてしまう。

 簾藤メェメェが起き上がり、数メートル宙に浮くとすぐに強い衝撃があって、また墜落した。僕はこの時、自身が骨折まではいかなくとも、数か所に打ち身や捻挫を負っていることに気づいた。思わず叫び声をあげてしまったが、珠ちゃんの泣き声が覆い被さった。

 わずか10個に減ってしまっているマルチスクリーンに切り替えると、全画面に変異体が映った。本体と連結したものの他に分身がまだ500、いや400? …極小を除けば300くらいか(少し減っているのか?)。 時折あちこちに向けて、ビームや衝撃波を発射している。僕らと同じように珠メェメェや雲妻メェメェを、そして異世界人、地球人…この光景を、空に浮かぶ2つの島を見ている全員を、逃げられなくしているんだ。

 簾藤メェメェはもう一度浮き上がった。僕もまた、左右のコントローラーを固く握っている。

 無理だ…勝てない。 しょせん僕なんかが、地味なアラサーのサラリーマンなんかが、異世界ファンタジーかSFラブコメか知らないけど、そんなアニメだかラノベだか、マンガだか映画だかゲームだかオーディオドラマだかなんだろうが、そんなもんの主役になれるはずなかったんだ。

 さらにコントローラーを強く握る。掌に伝わる心地よい振動が、僕の心臓に呼応するように激しくなっている。やがてそれらに合わせて、全身の動脈が振動して…つまり、ドキドキしていった。

「どうにも、違和感があったんですよ」

「なに? 違和感?」

「ぜんっぜん出てこなかったじゃないですか、この最終盤…クライマックスなのに」

「お前、頭を打ったのか?」

 僕は1つの画面を正面にスライドし、赤紫色の分身たちの背景にある、空の一部を拡大した。

 高さ20メートルくらいの位置に、それは姿を現していた。

「あ、あれは…」 めずらしく、簾藤メェメェがどもった。

「そんなの変です、ちっとも面白くない、ぜったい売れませんよ」

 あのまま何もせず、僕らの帰りを待っている…なんて思えない。

「ど、どういう理屈なんだ」

 それは暗い空をも吸収してしまいそうなほど黒く、怪しく、どんどん大きく、素早く範囲を広げていく。変異体も気づいたが、対処法を決められないまま、その拡大を見送っている。暗黒の楕円は、ものの数秒で直径50メートル程まで広がった。

「ようやくヒロイン……ヒロイン()の出番です」


 ずいぶん都合のいいタイミングで、都合のいい場所に繋がったもんだ。きっと親子の愛のおかげ… ついでに、男女の愛も含まれていたらいいな。

次回


第44話「シューケツ!」

は、

8月頭ごろ


残り2話

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― 新着の感想 ―
簾藤色々頑張ってる。 盛り上がり最高潮でヒロインズ参戦ですか! メンバー揃って決着つけて、あとはたっぷりラブコメ展開を希望しますー って能天気な感想ですが、このヘビィな異世界転移物語の決着がどう着くか…
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