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第41話「ご都合はいかがですか? Part 1」

 周囲を取り囲んでいた虹色の光線(ビーム)が薄く、そしてメェメェ本体に吸い込まれるように収束していくと共に、赤い景色が戻ってきた。光はメェメェ本体の表面に纏わりつくように溶け込みながら、光量を徐々に弱めていく。やがてそれらの大部分は腰部に集結し、赤くなって帯状の形(正面中央部が楕円形に大きく膨らんでいて、子供が描く太陽の絵のように、トゲトゲで囲んでいる)に変化し、残りは七色のまま細かい光となって、表面を走り続けた。

 (たま)メェメェから発せられたであろう七色のビームは、変異体だけでなく、その周囲をも支配していたように思う。あの虹の中に取り込まれた時、どれだけ抵抗しても、キック(?)の射線からは逃れられないのではないか、そんな風に思えた。

 数々のビームの原理はなんなのか。それを尋ねても、メェメェはどうせ理解できないと言って説明してくれない。確かにそうだろう。理屈があったとして、その理屈そのものが別次元のものに違いない。異世界とはいっても、クゥクゥと僕らには生物学的な違いはほとんどないと思われる。地球とこの異世界においても、自然環境や物理法則において根本的な違いはないはずだ。僕ら人間にとってメェメェとは、なにもかもがでたらめで、ご都合主義が過ぎる存在だ。理解不能な存在が、理解不能な理屈で消滅した…そう捉えていいのだろうか。

「油断するな!」

 男の声が被さった。簾藤(れんどう)メェメェと珠メェメェのものだ。

「姿を消しただけ、ですか?」

「手応えはあった…が、本体があんなふうに消滅する事はない」

「でも、あの大きさは…」

「同じ大きさの分身、という可能性がある」

「分身!?」

 珠メェメェは本体の3倍くらいある大きな分身の上に乗っかっている。説得力はこの上ない。

 それじゃあ本体はどこに? いや…

「それよりも、珠ちゃんは無事なんですか?」

「当然だ」

「声を聞かせてくれませんか?」

「なに~?」と、これまたこの上ない呑気な声が聞こえた。

「珠ちゃん! 大丈夫? ケガしてない?」

「してない、だいじょぶ」

「ホントに? どこも痛いところはない?」

「ぜんぜん」

「お母さんと離れちゃって、泣いちゃったりしていない?」

「泣くわけないじゃん」

 泣けよ、少しは子供らしく。

「すぐにお母さんのところに返してあげるから、もう少しだけがんばってね」

「敵をぶっ殺してから!」

「そ、そんなこと考えなくていいから…」

「彼は自分の役割を理解している」

「そんなわけないじゃないですか、幼児ですよ」

「弱い存在だからこそ、純粋な生の渇望を備えている。この子はそれを否定するものへの抵抗心がひと際強い」

 ずっと病気だったからか。でも、それだけなのか? 純粋な生の渇望…僕や雲妻が乗り手に選ばれた理由とは思えない。そりゃ僕だって死にたくはないけれど…。

「もう一人いたとは驚きだ」

 その舞台女優のようなくっきりした言葉は、拡声器を通したように大きく響いた。

「情報不足だったな。いや、そちらの世界に仲間は2人しかいない、と思い込んでいた私が愚かなのだ。多くの人間達を引き連れてきたのは囮、すなわち目眩(めくら)ましだったというわけか。見事にひっかかったよ」

 周囲に遮るものがほとんどないため、少なくとも500メートル先までは届いているだろう。メェメェと乗り手だけじゃなく、ほとんどのクゥクゥや兵士達にも聞こえていると思われる。敵には…どうせ日本語は伝わらないだろうな。

「しかも内1人はかなり強い。いささか特異な成長を遂げているようだ。3対1では負ける可能性もでてきたね」

 簾藤、珠メェメェそれぞれと50メートル程の距離を取った位置に、雲妻(くもづま)メェメェが両目を開いて飛んできた。

「雲妻さん!? 乗っているんですか?」

「ご心配をおかけしました。どうやら、いよいよ決戦のようですね」

「でも、相手がどこにいるのかまだ…」

「マエマエ様は感知されているようです」

「え?」 ホント?

「ああ、うじゃうじゃいる。大中小…本体サイズのものも他に数体いる。紛らわしいったらありゃしねえ」

 スクリーンを通してあらゆる方向を見たが…

「僕には全然見えない」

 首を伸ばした時にシートの背もたれを掴んだ左手に、ザッサが自分の手を重ねた。

「私がここに座っているからです。もう大丈夫ですので、どうか降ろしてください」

 彼は凛々しい表情で僕を見つめた。 傷はある程度塞がり、意識もはっきりしているようだが、とてもまだ大丈夫そうには見えない。額には大量の汗が滲んでいて、両目は潤んでいる。

「クゥクゥに任せろ」と、メェメェが言った。

「でも、まだ治っていないよ」

「早く!」

 ザッサが強く言って、傷口を両手で押さえながら腰をあげた。

「ちょっと! ダメだって…」

 さし伸ばした僕の手を押し返し、慎重に体を縮めて、狭い床の上に座った。

 ザッサの決意は固い。この上で彼を無理に抱え上げて、もう一度シートに座らせている猶予はない。僕は素早くシートに座り、左右の球形コントローラーを強く握った。

 すぐに電流が流れたような感触があった。それは痛いものでも、こそばゆいものでもなく、丁度いい程度の刺激で、掌にあるいくつものツボをマッサージしてくれているように感じる。そしてその快感は両腕を通り、脳を経由して全身に伝わっていく。手足に力が漲っていく。心臓がテンポよいリズムを刻み始める。頭の中が一旦クリーンアップされたように軽くなった後、左右の目が別々に動いて(そういう感覚になって)、無数の情報を吸収し始めた。

 マルチスクリーンに切り替わっていて、それは20から30へ…2秒挟んで50、また2秒挟んで100以上へと増えた。大量の画面が揃って上下左右にスクロールする。赤く、そして暗くなっていたそれぞれの画面に、大量の蛍が飛び交っているかのように、白と黄色、オレンジ色の細かな蛍光が映った。それらは各所で磁石に群がる砂鉄のように集結し、様々な大きさの円柱形を成していく。

 蛍はメェメェらが発した探知ビームなのか、それとも変異体が発しているエネルギーなのか、僕には判別できない。光が一斉に消えると、大量の赤紫色のメェメェ達が同じ位置に姿を現した。簾藤メェメェが言った通り、様々な大きさのものがいる。背景と同系色なので分かりにくいが、各画面にそれぞれ数体が写っている事が確認できる。だぶり(・・・)を考慮しても200は下らないだろう。本体はひとつ…のはずだが、本体と思えるほど大きいものが、ざっと5体はいる。どれかが本体なのか、それともすべてが、さっき珠メェメェが倒したものと同じ分身体なのか…。

 珠メェメェの巨大な一本足の表面に、ひびが入ったように縦横にピンク色の光線が走ると、たちまち50ほどの中~小メェメェのサイズに分離した。さらに加えて50ほどの分身体が現れ、宙に浮いた彼を囲む。 そして雲妻メェメェもまた地面擦れ擦れでホヴァリングしたまま、数十の分身体を周囲にビュンビュンと飛び交わせ、赤い土煙を巻き上げていた。

 簾藤メェメェの傍には、3体の中メェメェだけが姿を現わした。しかしスクリーンに映っている情報の数々は、それだけではない事を示している。簾藤メェメェの分身体のほとんどは、兵士とクゥクゥを防護する責を担っているのだ。

 変異体との対決において、僕らはそれぞれの役割を決めていた。本体同士の戦闘はなぜか物理的な攻撃(体当たりとかパンチとか)が決め手となるらしい。ならば先のカンペンメェメェとの戦いで、通常を超える戦闘力を発揮した雲妻メェメェ、そして珠ちゃんが乗り手になる事で急成長する、と考えられていた(実際そうなったみたいだ)珠メェメェをオフェンスの主とするべきだ。つまり、簾藤メェメェの役割はディフェンスとなった。 彼自身はかなり不満な様子だったが…

 ディフェンスの主な役割は、クゥクゥと兵士達がメェメェ同士の戦いに巻き込まれてしまわないよう守る事だ。50人余りのクゥクゥは、すでにそれぞれ珠メェメェの分身体(極小~小)を身に着けているが、それでも変異体の攻撃を完全に防ぐことは無理だろう。兵士たちは…もしも直接狙われたらひとたまりもない。 僕と簾藤メェメェは彼らの身を守り、彼らは他の…僕らを攻撃している他の異世界人を(変異体と僕らを含めた)メェメェに殺されないよう追い払う…いや、避難させる。

 かなり混沌とした状況だが、やるしかない。僕は守る事に、殺さない事に集中する。まずはザッサの身を安全なところ…はないだろうが、できればクルミンかサドルに預けたい。

 陽光は一層弱まっていった。こっちでは太陽(に該当するもの)の動きが少し早いように思える。星の大きさが違うのか、または自転の速度が違うのだろうか。しかし4人ものメェメェ本体と、数百もの分身体から発せられる数種の光が、塹壕に潜む兵士たちの顔までもカラフルに照らしている。

 本体や中以上の分身体表面から発する白、またはワインレッドの強い光の他に、各分身体が暖色系の光る航跡を空中に残している。すでに小以下の分身体は敵味方入り混じるように周囲を飛び交い、互いをけん制している。味方はもう、どれが誰の分身体か判別できない。今のところ数ではこちらが優勢に見える。しかし中以上のメェメェの数はほぼ同じ、そして(分身だとしても)、本体サイズのものは敵の方が1人多いようだ。

「それぞれ準備は整ったようだね、それでは、決戦を開始しようか」

 変異体の声は、どの方向から発せられているのかわからない。

「ずいぶん芝居がかったセリフですね。わたし達と同じようにどなたか…もしかして日本人が乗っていらっしゃるのでしょうか?」

 雲妻?

「もしもそうなら、強大な力を手に入れてしまったせいで、舞い上がっていらっしゃるのだと思います。このような争い…戦争など、まともな人間ならば、マンガ、アニメ、映画、ドラマ、ゲーム、ラジオ、小説、絵本、歴史の教科書…その他多種な創作物にどっぷり浸かって育った50代以下の日本人ならば、あまりにも無益で愚かだと、妄想内で済ませておくべき事と分かっているはずです」

 …教科書は入れるなよ。

「どうか外に出てきてください。危険を知って、恐怖を直に感じてください。そうすればきっと目が覚めます。マエマエ様の力は、このような事に使われるべきではありません!」

 やけにまともな事を… 自分にも言っているのか?

「残念ながら、愚者は目を覚まさない」

「休憩おわり!」

 幼い子供の元気な声で、最後の交渉は打ち切られた。珠メェメェの赤いベルトの中央部が強く光り、そこから発した寒色を含めた七色の光の帯が縦横、斜めに本体の表面を3秒間ほど這いまわった後、方々へ放射した。そのビームは7本だけではなく、数十…50本以上はある(つまりそれぞれの色は5本以上ある)。その進路を邪魔しようとした赤紫色の極小~中メェメェをすべて弾き飛ばし、200メートル以上離れた空にいる本体クラス1体を取り囲むように幅を広げていく。

 あれに取り囲まれたら、もう逃げられないのだ。変異体はそれを間一髪のところで躱したが、複数かつ幅広のビームは曲がりくねって重なっても、追尾ミサイルのようにしつこく追いかけ続ける。自らが発したビームに引っ張られるように、珠メェメェが急上昇した。

 それを追って3体の本体クラス(変異体)が動くが、さらにそれらを追って雲妻メェメェが動く。彼(…いや、雲妻メェメェも彼女だったか)は周囲にいた分身体を周囲に集結させると、本体よりひと回り細いが、1.5倍ほど長い…()腕をつくった。それらは本体の周囲を乱雑に動いて…つまり左右の腕をぶん回しながら突撃し、編隊を崩した。が、まだその拳は当たっていない。

 数百の分身体は入り乱れ、ところどころで色とりどりのビームや衝撃波を撃ち合い始めた。十数の小メェメェが集まって放った衝撃波で赤紫の中メェメェを吹き飛ばし、逆に極小メェメェ数十が赤紫の拘束ビームで一束にされて振り回されている。中メェメェ同士のタイマンは、本体同士のように互いの体をぶつけあっている。打ち負けた白い中メェメェが落下する。雲妻メェメェの分身体と思われるそれを、4体の小メェメェがそれぞれ四隅になって放ったビームネットが拾った。

 僕らはひとまず乱戦空域から離れ、200メートルほど高くあがって状況を分析した。

 おそらく、半径1kmメートル内は危険区域と言えるだろう。兵士やクゥクゥの多くは区域内にいるはずだ。どの方向へ避難させる? 敵は…他の異世界人はどの、いくつの方角から攻めてきているのだろうか。

 100を超えている簾藤メェメェの分身体は、それぞれ兵士たちを探し出して防衛してくれている。転移時には雲妻メェメェが半分を担当していたから、簾藤メェメェだけでは数が足りていないかもしれないが、兵士の多くは数名から数十名で集まっている。まとめて防衛できるならなんとか賄えるかも知れない。ザッサをクゥクゥに任せて、皆を安全な所まで移動させてから、僕も戦いに参入しなくちゃならない。

 床に坐っているザッサを見た。傷口の出血は止まっているようだが、まだまだ予断を許さない状態だろう。意識を失いかけているのか、頭をフラフラ揺らしている。

 目を皿のようにしてマルチスクリーンを見る。 サドルは… クルミンは… そして町長、梁神(はりかみ)はどこにいる?

 今のところ、雲妻、珠メェメェが変異体を抑え込んでくれている。その間に近辺にいる兵士を退避させるべく、分身体を通じて指示を出した。最初に決めた12時の方向を北として、南東には敵…人間はいないようだ。4キロほど先に、廃墟になっていると思われるビル状の建物がいくつかある。 危険じゃないとは言い切れないが、少なくとも現状よりはマシだろう。さしあたってそこに集まって籠城してくれれば、バラバラになっているより守りやすくなると思える。

 兵士たちの多くは素直に従い、移動を開始した。 他に指針が得られるはずないのだから、従うほかないだろう。銃弾だけでなく、メェメェが飛び交う戦場なんて、たとえ彼らが傭兵だとしても経験したことがないはずなのに、恐怖と混乱に背を押されながら、決して歩みを止めない。やはり彼らは訓練された兵士なのだ。

 僕もまた、彼ら全員の身を守るため全力を尽くしている。とは言っても、やっている事は細かく区切られたマルチスクリーンを、ただ注意深く見ているだけだ。僕が認識したすべての情報は、瞬時にメェメェに伝わっている。もしもそれらの情報にメェメェの意識から漏れていたものがあったならば、僕は彼を補佐している事になるのだが、どうにも実感がない。ホントに僕は役に立っているのだろうか。雲妻や珠ちゃんのようにメェメェの成長に寄与できていないなら、ただの能無しじゃないのか。

「またくだらない劣等感を抱いているな。 情報にノイズが混ざり始めているぞ、もっと集中しろ」

「す、すみません!」

「…お前はよくやっている。完璧とは程遠いが、人間とはそんなもんだ」

「はあ…」

「だが俺たちも程遠い。人間を殺さずに導く、それがマエマエの存在目的になったはずだ。それがどうしてこうなった? どうして退化させるんだ?」

「突然変異、イレギュラーって事でしょう」

「変異が原因なら、俺たちだってそうだ。だが俺たちは、お前たちも争いなんて、人殺しなんて望んじゃいない。そんないい加減なものじゃないはずだ」

「マエマエ様!」

 変異体の中メェメェ1体が急上昇し、僕らに迫ってくる。脚部に位置していたこちらの中メェメェ2体が迎撃し、互いが衝撃波を発したため、変異体は僕らに接近できない。2対1で優勢だったが、やがてもう2体の赤紫の中メェメェが参戦し、こちらも残りの1体が加わって3対3になった。気のせいかもしれないが、加わった2体は、転移の時にワームホールを通って来た奴らに思えた。

 6体の紅白メェメェは超高速でドッグファイトを繰り広げた。こちら側の3体は薄黄色の光跡を描き、変異体はやはり赤い光跡を描いている。それらはかなり暗くなっていた空に、解読不能なサインをいくつも記した。

 今はまだ変異体との戦闘に気を取られていてはならない。兵士とクゥクゥの防衛を最優先とするため、中メェメェを残して僕らはその場を離れた。

 雲妻と珠ちゃんの状況も気になるが、先にザッサを預けないと…。 メェメェの言う通り、今はコンプレックスに悩まされている場合じゃない。簾藤メェメェの周囲にもう分身体はいない。分身相手ならともかく、本体との遭遇は絶対に避けなければならない。

 北へ2キロ程の位置…異世界人と交戦中のエリアに向かって飛行する。サドルの姿を見つけたからだ。ずいぶん離れてしまっているが、メェメェにとってはほんの数秒の距離だ。(本気を出したら1秒もかからないのだろうが、無闇にエネルギーを消費するわけにはいかない)

 メェメェ本体の白い光が、サーチライトのように50平方メートルほどの窪地を照らす。クゥクゥと兵士がそれぞれ10人ほどずつ集まっている。兵士はほとんどが回復し、銃を持った4人が応戦している。光量を弱めながら窪地の真ん中に降下すると、周囲にクゥクゥ達が駆け寄って来た。その中にサドルだけじゃなく、クルミンもいてくれた。

 300メートルほど先にいる敵陣の映像が、正面スクリーンに映る。メェメェを見た敵はやがて発砲を止めた。ライフルを手にした異世界人が50人以上…やはり僕らにとっては前時代的なものに見える。射程距離もそれほど長くないだろう。暗く、皆顔を伏せているからよくわからないが、好戦的な様子ではない。むしろ突然の侵入者に脅えているように見える。突如メェメェが4人も、さらに異世界人を含めた人間が200人以上も現れたのだ。無理もないだろう。

 メェメェは着地せずに体を傾けて、頭を開いた。ほとんど横になるくらい傾けても、内部のシートや床は水平を保つようよう自動調整される。僕は立ちあがるとすぐにザッサの後ろにまわって、彼の背を支えた。

 その様子を見たクゥクゥの内、男性2名が急いで中に入って手助けしてくれた。1人はクルミンだ。彼は僕と目を合わせると、表情で「あとは任せてください、ありがとう」と言ってくれた。

 クルミン達に預ける時、ザッサが少し振り返って口を開いた。

「あんな風に言ってくださいましたが、わたし達も、それほどできた人間じゃありませんよ」

「…聞いていたの?」

「怒るし、憎むし、妬みます。差別や偏見だってあります。島の人達とも、過去に何度もいざこざがあったと聞いています。最近だって、いや今でも…」

「うん、わかってる。それでも僕から見ると、君らはすごくいい人達なんだよ。だから、どうか死なないでくれ」

「大丈夫、さっきよりずっと良くなっているのが分かります。マエマエ様と簾藤さんのおかげです」

 そう言って、彼はクルミンの肩を借りながらも、自分で立って歩いた。

 彼らと入れ替わりに、サドルが少し遠慮がちにメェメェの頭の内側に足を乗せた。

「どうやら思い通りにはいかなかったようです」

 珠メェメェの奇襲の事を言っているのだろう。

「その作戦は聞いていなかったよ」

「臨機応変に、と申し上げましたよ。 当初の囮役は我々と兵士の皆さんの予定でした。転移後すぐには変異体の存在を感じられなかったため、マエマエ様は姿を隠したのです」

 その後に大勢の兵士と2人のメェメェが続いて、しかも分身2体を捕えた状態でやって来たから、完全に変異体の気を引けたんだろうな。転移時の混乱が功を奏したというわけか。…でも、倒したのは分身体(ニセモノ)だった。

「変異体の本体を見つけられない」

「もうマエマエ様に賭けるしかございません。わたし達の役割は邪魔にならないようにする事です。敵の人間も…」

「彼女の…変異体の言いようでは、もう自身が人間を殺す気はないみたいだ。ただ自滅を待っていると…」

「変異体と話されたのですか?」

「あ… はい」

「マエマエ様じゃなく、簾藤さんが話されたのですか?」

「ええ、まあ、その、マエマエ様の回復のために、時間稼ぎをしようと思って…」

「やはり、あなたは選ばれた方なのですね」

 どういう意味だ?

「サドルさん、後方に廃墟があるので、みんなそこへ移動して…」

「いえ、兵士の皆さんはともかく、我々は敵をマエマエ様から引き離すよう誘導します」

「でも、敵だってマエマエ同士の争いに巻き込まれたくはないでしょう?」

「彼らの後方にビチラの強硬派がいます。変異体の信者です」

「信者…。じゃあそいつらが、他の異世界の人達を、無理やり戦わせているんですか?」

「私たちと同じように加護を受けてます。変異体の…」

 サドルの周囲を3体の極小メェメェが、白光を灯しながら飛び交った。

 変異体の分身を身に着けている、という事か。

「彼らを排除する必要があります。その上でなら、争いを一時的にでも止めることができるでしょう」

「僕らがやります、その方が早い」

「簾藤さんはもう人を殺したくないでしょう? わたし達も同じ気持ちです。多少なりともマエマエ様の力を使う相手に、手加減して戦うのは困難と思われます。同程度の力を持つ我々が対するのが適当です」

「でも、それはサドルさん達も同じでしょう? あっちは殺す気なんだろうから、かなり分が悪いですよ」

「10年も訓練してきましたから…」

「相手は10年も殺し合いを続けて来たんですよ!」

 勝てるわけないよ!

「それに、変異体はわたし達、人間を無視する事はあるとしても、マエマエ様を見過ごす事はないでしょう」

「あ…」 確かにそうだ。

「またそうは言っても、変異体がこれ以上人間を攻撃しない、と約束したわけでもないのでしょう? ならば予定通り簾藤さんは兵士の皆さんの身を…ん?」

 サドルが振り返った。クゥクゥが後方から彼を呼んだからだ。

「ど、どうしました?」

「前方に移動を…どうやら敵陣に攻め込むようです」

「え!?」

「まずいですね、我々も急がないと…」

「ちょっ、ちょっとサドルさん!」

 サドルが降りると、メェメェはすぐさま頭を閉じた。

「俺たちも移動するぞ! いつまでも同じ場所に居るのはマズい」

「特攻? 兵士が?」

 上昇すると、10人の兵士たちがそれぞれ5メートルほどの間隔を空けて、射撃と前進を交代で繰り返している様子が見えた。敵は絶え間ない銃撃に反撃できないでいるが、後退はしていない。このままだと、兵士たちが異世界人を殺し始める。

 今、サドルらクゥクゥが10メートル程上を飛んで、兵士たちを追い抜いていった。女性のクゥクゥに包帯を巻いてもらっているザッサをスクリーン上で確認した。クルミンはサドルと共に前線に向かったんだ。

 兵士たちの傍にいる極小メェメェを一体だけ、サドルの下へ移動させた。

「サドルさん、兵士たちは僕が!」

「お願いします! 我々はこのまま突破して、強硬派の位置を探ります」

「了解、気をつけて!」

「簾藤さんも」

 他の塹壕からも兵士が飛び出し、同じように攻勢をかけ始めている。どうやらほとんどが回復したらしい。メェメェが放つ光の数に負けないくらい、方々で火花が飛び散っている。

 最前を走る4人の小隊の上を超えて、僕は彼らの前に立ちはだかった。彼らは遠慮なく銃弾をメェメェに浴びせたが、効くはずがない。…彼らももう分かっている。

「お前っ! 俺たちをどうするつもりだ!」

 そう怒鳴った長身の兵士は…リーダーだ。

「落ち着いて! 僕は、島から来た人たちはみんな、メェメェも敵じゃない!」

「ならそこをどけ! 敵を殲滅する!」

「いや、あっちにいる人たちも、敵は敵なんですけれど、殺しちゃダメです」

「なにを寝ぼけた事を言っている!」

「せ、説明します!」

「お前らの説明は意味不明だ! 理解などできん!」

「ごもっとも、ごもっともなんですが、ここはひとつご協力を! 敵はあの、さっき女の人の声で喋っていた、赤紫色のメェメェ…テトラポット、土管なんですよ。他はみんなその…騙されて、利用されているだけなんです! 僕らがヤツを倒しますから、その間彼らを、異世界人を守ってほしいんです!」

「守れだと? 撃ってくるやつらを? ふざけてるのか! 負傷者も出ているんだぞ!」

「負傷者?」

 メェメェの回復が間に合わなかったのか。 …もしくは、僕が集中を欠いていたせいだ。

「よ、容体は?」

「命に別状はないが、このままじゃあいずれ死人も出る」

 ああ、良かった。

「だ、大丈夫です。今からは絶対に皆さんを守ります。ケガひとつ負わせません!」

「信用できるか!」

‟ メェメェ様! “

‟ わかった “

 陰から兵士たちを守っていた簾藤メェメェの分身体(主に小サイズ)が、一斉に姿を現した。身を縦にして、前方に向かって地上2メートルほどを飛行すると、本体がいる場所を中心にして半円を描くように並んだ。その数は100を優に超えていて、この前線エリアにいる兵士たち全員の前方を囲んでいる。前進を止めていた兵士に向けて、再び敵の射撃が再開されたが、分身体が築いた透明のバリアは、1発の銃弾も通さない。

「…どうしろって言うんだ」 リーダーは小銃を下ろした。

「え、えっと…」

「しばらくこの位置で応戦して待て。クゥクゥが後衛を叩く。そのタイミングで前進し、敵を武装解除の上、避難させるんだ。タイミングと避難先は状況の変化によるから、追って連絡する」

 メェメェがはじめて兵士たちに向けて話した。

「後衛だと? 敵の数はどれくらいなんだ」

「時間が経つごとに増えるだろう。だがこの戦いは短期決戦だ。後衛にお前たちの武器は通じないから交戦するな。だが前衛は知っての通り武装は乏しく、お前たちの身は守られている。制圧するのはたやすい。だが殺すな、傷つけるな、彼らは恐怖に捕われている。…どうか助けてやってくれ」

 メェメェがはじめて人間にお願いをした。

「…傷つけるな、というのは過ぎる要求だ。約束はできん。だが、努力はしてやる」

 リーダーは後ろにいる兵士たちに向いて、「全員、メイン武装をLTL(=低致死性兵器)に変更しろ」と指令を出した。

 了解した3人の兵士が、他部隊の伝令となるべく散らばっていった。

「あ、ありがとうございます!」

「1時の方向、約200メートル」と言って、リーダーが敵陣方向やや右を指さした。

「え?」

「敵陣から近い位置に、我々の雇い主と町長がいる」

「町長と梁神さんが?」

 スクリーンのひとつを拡大させる。数平方メールのわずかな窪地に、土の壁に背を張り付けている梁神の姿を見つけた。手前にわずかに映っている肩は、明日川(あしたがわ)町長のものなのだろう。

「じゃあ助けるために?」

「雇い主だからな」

 リーダー…ずいぶん義理堅い人なんだな。

「2人は僕らが助けます!」

「了解」

「変異体、赤紫のメ…マエマエを見たらすぐに逃げろ。防ぎきれるかわからない」

「りょ、了解」

 僕らはすぐに町長たちのいる位置に移動した。兵士たちの前進には怯まなかったようだが、さすがにメェメェが近づくと、敵は後退をはじめた。クゥクゥ達はとうに前衛を飛び越えている。 暗天を駆ける、しかも分身体に守られているクゥクゥになす術もなかっただろう。僕は改めて気づいた。彼らはもう殺し合う意味を持っておらず、ただ恐怖と飢えに追い立てられている。この戦場でもっとも弱く、哀れな存在なんだ。

 敵陣側に着地した。 本体から発する、半径約5メートル周辺を取り囲む透明のバリアが、町長と梁神を範囲内に入れた。

 白光に照らされた梁神は、鉄壁の大元に縋りつきたい気持ちと、得体の知れない危険物から離れたい気持ちが互いにけん制し合い、土壁に付けた頬を離せないままでいる。歪みに歪んで皺くちゃになった顔は、一気に70代まで老け込んでしまったように見える。サングラスを失って露になったままの目はすっかり力を失っていて、目尻が下がり、今にも泣き出しそうな表情だ。

 訂正。この戦場でもっとも弱いのはこいつでした。哀れとは言わないけれど…。

「助けに来てくれたんじゃろうが、気遣い無用だに。年寄りなど放っておけ」と町長もまたそのままの姿勢(土壁に背をつけて、堂々と胡坐をかいている)で、彼らしい大声を出した。

「バカな事言ってないで、後退して、兵士と合流してください!」

「こやつはまだ反省しておらん、もう少し怖い目にあわせるか、くたばるかしてからにする。わしが最後まで責任をもって監督する」

「き、きさまっ! わたしに向かってよくぞ…そこまで偉そうに!」

 梁神は精一杯の虚勢を張った。虚勢とはっきりわかる。

「な、反省しとらん」

「は、反省も何も、なんなんだこれは! なにが一体どうなっているんだ!」

「だから何度も説明しとるだろう。お前さんが一方的な取引をしようとしている相手は、今こういう切羽詰まった状況なんじゃ。その解決に協力できないなら、おとなしく引っ込んでろと言っとるんだに」

「連れてくる前に説明しろ! こんな状況で協力もなにもあるもんか!」

 …ごもっともだ。

「どうせ信用せんかったろう? それに、いつも安全なところにいるくせに、危険で汚い実務はすべて下に負わせる偉ぶったエセ為政者に、熱い灸を据えてやりたかったんだに。こいつは2、3発鉄砲で撃たれるくらいの経験をさせてやるべきじゃ」

「俺はっ!… こうして現場に出て指揮している!」

「偉そうに言うな、食い意地が張っとるからだに」

「なにを!」

「梁神さん、無事に帰ったら、これ以上二朱島(にあじま)に手を出さない事を約束してくれますか?」

「ああ!? 何だと!?」

「聞こえたでしょう? 問答している暇はないんです。約束してくれないならここに置いていきます」

「…わかった、約束する」

 その返答の前に小さく舌打ちした事を、僕も町長も気づいていた。

「嘘をついとるぞ」

「…置いていきましょう」

「嘘嘘嘘嘘、わかった、約束する、絶対に」

 梁神が土壁からさっと離れ、軽快な膝立ち歩きで近づいてきた。キロメを大量に食べていたからな…。

「明日川さん」

 町長はため息をついた。信用していないのだろう。僕も同感だが…

「わかった。だがお前さんの手は煩わせん。こいつ一人くらい、わしが面倒みてやる」

 そう言って、町長はしまってあったペンダントを作業着の襟元から取り出し、極小メェメェを鎖から外した。

「わしから離れるな。勝手なマネをしたら、命の保障はできんぞ」

 梁神の膝立ち歩きは、方向を町長に変えた。

 大きな振動が地面を伝わった。後方…敵陣側ほんの5メートルの位置に、赤く光る円柱が落下してきたかのような速度で降下、着地したのだ。1体だけだが、3メートルクラス…つまり本体クラスだ。両目は出ていない。分身か、それとも本体か。

「こりゃいかん、死ぬだに」と町長がつぶやくと、

「えー!」と、梁神が叫んだ。

 すごい勢いで後ろに引っ張られた。簾藤メェメェが変異体に突進したのだ。シートのバランサーが間に合っていない。僕は急加速と、それに続く凄まじい衝撃と揺れを体験し、シートからずり落ちそうになった。

 揺れはなおも続く。僕はシートに座り直し、コントローラーを強く握った。状況を俯瞰で確認したいが、全兵士たちを守っている状況で、うかつに力を分散させられない。こちらに割ける分身体を急いで探す。僕の思考を読み取ったメェメェは、100程あるマルチスクリーンを次々と切り替えた。各スクリーンに映る兵士たちは、メェメェに言われた通り、身を伏せて前線の位置を維持してくれている。多少は発砲しているが、きっと威嚇射撃だろう。ひとつの小さい画面に兵士の姿はなく、暗い紫色の空だけが映っていた。それを僕が認識すると、すぐに眩い薄黄色の光で画面いっぱいになって、その後飛行する視点に変化した。

 その間、簾藤メェメェと変異体は互いを縛りつけているかのようにくっ付いたまま、空を飛び回っていた。簾藤メェメェの表面から発している白光が、煙か霧のようになって、変異体に纏わりついている。変異体の方は、赤い光線をあらゆる方向へ次々と発射し、煙か霧を突き破っていくつも穴を開けたが、それらはすぐにまた塞がった。飛ぶ方向は定まらず、何度も宙返りを繰り返し、僕はもう上下がわからなくなっている。しかしおそらく簾藤メェメェは下方、つまり兵士や異世界人がいる地上に変異体を近寄らせないよう抵抗しているのだ。

 飛行する視点の画面はもうひとつ増えた。やがて片方が黒紫の空と、僕が想像した通りの光景(紅白が入り混じった光の塊)を映した。

 2体の白い中メェメェは簾藤メェメェの脚部の位置まで接近し、数本のオレンジとピンク、黄色等の細い光線で繋いで、本体と連結した。途端に、拮抗していた攻防は優勢に移行した。変異体を縛り付けたまま急上昇し、周囲がどんどん黒くなっていく。上昇を止めると、中メェメェ2体は腰より上に移動し、底部を変異体に向けて、近距離から衝撃波を撃ち込んだ。変異体が撃ち続けていた赤いビームが消えた後、さらにもう2発を見舞い、変異体を突き放した。変異体は5メートルほど距離を空けた位置で、力を失ったように棒立ちになった。

 脚部に戻った中メェメェがそれぞれジェットエンジンのように高速回転して、エネルギーを充填する。そして点火したかように本体を突き動かして、変異体に頭から突進した。

 体当たりが直撃した瞬間、僕の頭のてっぺんから足先まで、微量な電気が流れたような刺激が走った。いつごろからか、僕はそれに快楽を感じてしまっている事に気づいた。

 変異体は数十の破片に砕かれ、さらに分解を続けながら色を失い、白い粉にまでになって、宙に溶けるように消えた。

‟ やった!“ …いやでも、こっちが数の上で優勢だったとしても弱すぎる。分身に違いない。

「すぐに戻るぞ!」

‟ え? “

「あいつは囮だ!」

「囮!?」

 マルチスクリーンのいくつかに、赤い光が映っている。広い画角のものを中央に移動させ、大きく広げた。数百もの紅白のメェメェが飛び交っている。だが本体…雲妻メェメェも珠メェメェもいない。 その場所はさっきの…兵士たちがいる前線エリアだ。兵士たちが、町長や梁神が、敵の異世界人たちも大勢いる。変異体の無差別攻撃を受けているんだ。

 こっちの分身と比べて赤が多すぎる!

「10秒で戻るぞ!」

 離れすぎた! さっき ‟絶対守る” と言ったばかりなのに。せめて兵士と町長だけは守れるか。異世界人たちまでは…無理だ。


 もう殺さないと言ったくせに!

 全員を守る、殺させないと決めたくせに!


 変異体と自分への怒りで顔が熱くなった。焦燥感でいっぱいになって、全身が細かく震えているように感じる。実際そうなのか、コントローラーを握る手が小刻みに揺れているのは、単に高速移動による振動なのか。

 落ち着け、冷静に、集中しなくちゃ。戦争なんだ、誰も死なせないなんて、とうてい無理な話なんだ。わかっていたはずだろう? 選ばなくちゃならない。クゥクゥと町長、次に兵士、…梁神は後ろにまわそう。異世界人は… ビチラも後回しだ。僕に見分けがつくのか?

「集中しろ! 戦闘中だぞ!」

 え? ああ…赤紫がいっぱいいる。兵士が攻撃されている。分身体たちが超高速で飛び回ってなんとか守ってくれているようだけど、数が倍以上違う…無理だ。時間の問題だ。 町長が梁神の肩をつかんで走り回っている。ホントに面倒を見ているんだ。 あれ? リーダーが、他の兵士たちも、異世界人を引き連れている。ネットランチャーやドロドロ弾を撃って、変異体を攻撃しているじゃないか。…みんなメェメェに、僕に言われた通りに、命をかけて戦ってくれている。

 簾藤メェメェに実弾が十数発連続して当たった。効くはずなく、当たるはずもなかったが、メェメェは低空で停止して、わざと当たった。動揺していた僕の頬をひっぱたくために。

 正面にある画面に、撃った女兵士の顔が映っている。僕はその画面を拡大し、通信を繋いだ。

「何を無責任にボーッとしていやがる! お前が連れてたんだろうが!」

 ヘルメットを脱いだ彼女は、青く染まった前髪をかき上げ、鬱陶しそうに額の汗を拭った。

「あっちにいるツレの部隊を守れ! ドローンを起動する!」

 彼女はヘルメットを持った右手で後方を指した。

「え? ドローン?」

「せっかくだから、ありったけ使い切ってやるってさ!」

「あ、でも、あのドロドロは…」

「効かないってのは分かってるよ! だけど嫌がらせくらいしてやらないと、こっちの気がすまないっての! お前らに使おうとしていたのを回してやるってんだ。協力しなよ!」

「嫌がらせにはなるらしい、当たればな」とメェメェが答えた。

「でも危険です。それよりも逃げた方が…」

「こうなったら逃げても無駄だ。それよりは応戦する方が可能性は上がる。急げ!」

「は、はい!」

 上昇し、すぐさまピンクメッシュの女兵士がいる位置へ着地する。周囲にバリアが貼られたことを察知した彼女は、他に8人の兵士を呼び寄せた。兵士たちは2人ずつで運んでいたボックスを土の上に置くと、手早く蓋を開けた。通信機器の数々と、6基のローターを装備した航空ドローン、テント内で準備していた四足歩行の地上用ドローンがそれぞれ15機ほど並べられ、兵士たちは直ちに起動を開始した。

 僕はなんとか平静を取り戻し(…そう思っているのだけれど)、自分のやるべき事に集中した。数は変異体の方が圧倒的に多い。守る対象も多すぎる。全員を救うのは無理かもしれない。だけど自分から投げ出しちゃいけない。諦めちゃいけない。それに、自分ひとりでやるわけじゃないんだ。敵だったはずの兵士が協力してくれている。敵だったはずの異世界人は敵対をやめてくれているようだ。クゥクゥ、雲妻、珠ちゃんとメェメェ達は、おそらく今はそれぞれの敵と戦っているのだろうが、後できっと助けに来てくれる。

 僕は今自分ができるだけの事を、精一杯やるべきなんだ。それがただ安全なメェメェの中で、大量の画面に目を凝らすだけだとしても…。

 認識力を可能な限り拡大させる。分身体をもっと効率的に配置して… 兵士の動き、戦力を分析して… 変異体の動きのパターンはないか… もっと俯瞰で戦場を見ないと… もっと個別的に… 角度を増やして… もっと必要なんだ。 もっと! もっと!

 頭痛がする。どんどん痛みが増してゆく。針が刺さり、釘が刺さり、ナイフが刺さって、そこに雷が落ちた。頭が真っ二つにされたように感じた。でも…脳の活動を止められない。 止めてはならない。大丈夫…まだ大丈夫だ。キロメをたくさん食べた。他にもいろいろ食べさせてもらった。どれもこれも美味しかった。だから…まだ平気だ!

 マルチスクリーンが上下左右にスクロールする。そして全画面が後ろへ下がっていくと共に拡大し、数もまた2倍に、まもなく3倍以上に増えていった。メェメェ内部の空間が数十倍に広がったように見える。300以上の大画面が僕を取り囲んでいるが、圧迫感は全くない。画面で埋め尽くされているわけではなく、むしろ画面と画面の間がさっきより広がっている。(50センチから1~2メートルは空いているように見える)

 ナイフは3本くらい頭に刺さったままだが、それでもまだ耐えられる。能力が拡大したと直感した。画面と共に分身体の数が増えた。3倍以上、つまり300以上に増えた。簾藤メェメェはまた成長したんだ。兵士たちを、異世界人たちを、オマケに梁神だって守ってやれる。この周辺にいるすべての変異体をマークできる。

 ドローンが発射したドロドロ弾が、赤紫を黒に塗り替える。それは目隠しされたように方向を見失い、くるくる回って、やがて地面に落ちた。おそらくダメージはさしてないのだろうが、確かに嫌がらせにはなっているようだ。他にもネットに絡まって、動きが鈍いものがいる。兵士たちは思いの他、メェメェに効果的な攻撃を仕掛けているように見える。リーダーは深追いせず、兵士たちと異世界人を誘導しながら退避している。その方向が正しいかわからないが、ともかく冷静に行動してくれている。

 負傷者は多数いるようだが、今のところ地面に横たわったままの人は…死者はいないようだ。いいぞ、ギリギリでよく成長してくれたものだが、ご都合主義は大歓迎だ。

 まだイケるぞ。あと2本くらいのナイフは耐えられる。もっと成長させるんだ。僕も雲妻や珠ちゃんのように役に立てる。…主役になれるんだ。

 メェメェ内部はさらに広くなった。そこから画面の増加はわずか10程度だったが、視点はさらに高く、無意味なほど遠くに離れたものがあった。それになぜか…画面に映っている兵士や異世界人、そして変異体を含めたメェメェの動きが遅く…スローモーションになっていた。おかしいと思いつつ、より正確な対応ができるおかげで、変異体の動きを予測し、すべてを完全に防ぐどころか、逆に倒してしまう事が可能になっていった。

 赤紫の中メェメェも、高メェメェもてんで相手にならない。青メッシュもピンクメッシュも、もう援護は要らないよ。早く遠くへ避難してくれ。 まもなく陽が暮れるみたいだが、その前に全部片づけてやる。


 待て! ダメだ! 落ち着け!


 …僕はいい気になっていた。全能感に捕われはじめていると気づき、自身を戒めようとコントローラーから両手を離し、両頬を強く叩いた。するとその瞬間に全画面が消えて、周囲が真っ暗になった。

 僕はひと呼吸おいてから「メェメェ様?」と呼びかけたが、応答はない。

 暗闇をよく見ると、僕の周囲を大量の細かい光線が縦横に走っている。距離感がうまくつかめないが、近くを走っているもの、遠くのものが混在しているように見える。赤、オレンジ、ピンク、紫、青、黄色、緑…それはメェメェの表面に見たものと同じように思えた。

「メ、メェメェ様、一体どうしたんですか?」

 つい情けない声を出してしまった。

「…見つけたぞ」

「え?」

 細かい光線が徐々に消えていった。何も見えなくなったのに、さらに内部が広がっているような感覚になった。ひどく心細い気持ちになった代わりに、頭に刺さっていたナイフは全部引き抜かれた。

 正面に、横に2つ並んだ大きな光が点いた。その形は6角形の、平べったくしたダイヤモンド型に見える。薄いピンク色に輝くそれは…至近距離にある。


 メェメェの両目に違いない。


次回

第42話「ご都合はいかがですか? Part 2」

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― 新着の感想 ―
簾藤メェメェの急成長がコクピットの広さやスクリーン数に表れるという有機的SF設定がすごく独特で面白いと思いました。 そして遂に大ボスとの対決ですか!今ならごぶの戦いができるのか!? あと梁神の兵士た…
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