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第40話「会敵 Part 2」

遅れました

すみません、いっぱいいっぱいでした

 どうなったか?…わからない。元カンペンメェメェは新たな幸塚(こうづか)メェメェ(=(たま)メェメェ)となったのか。変異は…腰にある赤紫の変色部は、片方には残ったままだったが、片方にはない。つまり、今のところ見た目の変化はない。(入れ替わっているならば別だが…)

 どうするか?…空は再び、ほとんどがブラックホールで覆われている。姿は見えないが(おそらくブラックホールの上にいるのだろう)、エネルギーを注入し続けているニアは限界が近いらしい。もう待ったなし、という意味だ。

 どうなるか?…予定通り、このまま異世界へ転移するしかない。二度とこの状況は生まれないのだから。

 

 4人のメェメェ本体が放つ白光と、木々の間を通り抜けた横方向からの太陽光が視野を与えてくれている。夜の屋外イベントのような雰囲気だ。もう上も横も結界は外されているが、分身体に体を拘束、また守られている兵士達は、ほとんどが抵抗する意欲を失っている。ブラックホールとは言っても、それは見た目を例えているだけの事で、もの凄い重力で周囲のものや光をすべて吸い込んでいるわけではない。せいぜい背の高い木の枝をしならせている程度だ。 飲み込まれるのを待つか、自ら入る事で異世界へと渡る事になる。

「突入するぞ!」

 元カンペンメェメェの声が伝わる。その口調は、有無を言わさぬ緊迫感を伴っていた。

「準備しろ!」 同様に簾藤(れんどう)メェメェも声を荒げた。

‟ えっ? えっ? で、でも、…結局珠ちゃんはどうなってしまったの? それに、あの赤紫の分身体はどうするの? “

 僕の心を読んだメェメェは、雲妻(くもづま)にも伝えるためか、声に出して答えた。

「ぐずぐずしている暇はねえ! 兵士たちを抱えて飛ぶぞ! 変異体も連れて行く! 1体ずつ拘束するんだ!」

「80の兵士と、変異体を抱えて飛ぶ?」

 雲妻は理解したのか?

「へ…変異体は予定にないですよ!」 

「言ってる場合か! 残していけねえだろうが!」

綾里(あやり)さんと珠ちゃんはどうなったんでしょうか!?」

「今は自分の仕事に集中しろ!」

「はっ、はい!」

 マルチスクリーンをチェックする。カンペンメェメェを珠ちゃんから引き離そうとした事、そしてまさかの変異体の逆転移で集中を削がれたせいで、およそ2割の兵士たちのロックが外れてしまっていた。体を解かれている事に気づいていない兵士たちを、再びロックしていく。 簾藤メェメェは最後に結界にぶつかって地面に落ちた変異体に、2体の中メェメェを伴って近づき、その捕獲に集中している。

 もう1体には雲妻メェメェが近づき、中メェメェ2体からオレンジ色のビームを発して、それをぐるぐる巻きにしている。ワームホールを通ったダメージがあるせいか、おとなしくしている…が、まだ油断ならない。

 同様に変異体を捕縛した簾藤メェメェが、「済んだか?」と僕を急かした。

「は、はい、もう少し」

「早くしろ」

 兵士たちは全員ロックしたと思う。雲妻も完了しているようだ。しかし僕はまだマルチスクリーンの画面を何度も切り替えて、他の事を調べていた。

「早くしないと~、またお客さんが来ちゃうかもよ~」

 ニーナさんの間延びした口調に苛立ちを覚えた。

 小恋(ここ)ちゃんは、カンペンやオロ達はどこにいる? 巻き込まれないようちゃんと守ってくれているのか? 担当は幸塚メェメェのはずだ。腰部が赤紫色に変色しているメェメェは、ずっとさっきの位置で浮かんだままだった。

 50人余りのクゥクゥが整列したまま浮かび上がっていく。 変異していないメェメェが先導し、ブラックホールへと突入していった。

 判明した…珠ちゃんを乗せて行ってしまったのだ。幸塚メェメェは島に残るはずだし、乗り手がないまま行くはずもない。あの状況で、小恋ちゃんかカンペンが乗り込んだとは思えない。幸塚メェメェはまだ位置を変えない。もしかしたら綾里さんは絶叫しているのに、その声は完全に遮断されているのかも知れない。

 もう他に選択肢はない。簾藤、雲妻メェメェは約160名の兵士と2体の変異体の分身を連れて、上昇した。

‟ 集中しろ “ と、メェメェが繰り返し僕の脳を小突く。具体的な現象はないが、エネルギーがかなり分散している様子が感じられる。画面を何度も切り替えて、絶えず兵士たちの状況を監視し続けないと、ロックが外れて落としてしまう、と直感している。兵士たちだけでなく、変異体を抱えて飛ぶ事で、想定以上の負荷がかかっているのだろう。僕自身も過大なストレスを感じている。心臓が胸を突き破るかのように激しく鼓動し、 脂汗が額を濡らしていた。

 正面のメインスクリーンに、3人のメェメェ本体を含めた広い画角の映像を映し出した。否応もなく吊り上げられる兵士たち…足掻(あが)くことも許されず、苦悶の表情だけで心情を示す者、茫然自失の者、中には覚悟を決めた様な勇ましい表情で、手にした銃器を強く握りしめる者がいる。 このまま無理やり連れて行っていいのか? …今更ながら心が痛む。

 ピンクメッシュが映る画面が目にとまった。下を向いて何かを叫んでいる。僕は彼女を守る小メェメェに声を伝わらせた(コントローラーで画面を選択し、小指の腹で軽く叩くとそれができる)。

「あれっ! あれも持ってけー!」と叫んでいる。

 彼女の視線は、地面に残ったままのいくつもの大きなボックスに注がれていた。

 武器? ドローンか? もしかしたら役に立つかもしれない。僕は配分を調整し、5体の小メェメェをボックスの回収に向かわせた。

‟ 何をやっている!? “ 

 叱るように…いや確実に簾藤メェメェは怒った。

‟ あ、あの、武器を持っていきます “

‟ そんな余裕はないだろう! “

 確かに不安定さが増したと感じている。ボックスは抵抗がない分、兵士たちと比べて負担は少ないはずと考え、3体を戻した。2体が5つのボックスを浮かばせた状況を見て、ピンクメッシュは満足したような笑みを浮かべた。…こんな(わけがわからない)状況で、大した度胸だな。

 1人の兵士のロックが外れてしまった。すぐに追おうとしたが、それをするとまた他が外れてしまうと考え、一瞬躊躇してしまった。この高さ(10メートル弱)だとケガではすまない! …すんでのところで、兵士の落下は止まった。その兵士が映る画面にピンク色の枠が付いている。雲妻か、もしくは幸塚メェメェが代わりに助けてくれたようだ。しかし兵士の背がゆっくり着地すると、そのロックは外れた。兵士は腕を負傷していた。(小メェメェが小恋ちゃんを庇った時に跳ね返した銃弾を、腕に受けた兵士だった)

 …胸をなでおろしている暇はない。集中を重ねて、上昇を続けた。兵士たちを僕らより高く上げて、先にブラックホールに…ワームホールに突入させていった。 ほぼ全員を異世界に送り、徐々に穴が小さくなっていくと、周囲は正午過ぎの明るさを取り戻した。小恋ちゃんやカンペン達、鷹美(たかみ)さんや漁師たちが地上に残っているか確かめる余裕はもうない。綾里さんに向かって ‟ 必ず珠ちゃんを無事に帰します “ と言ってあげる事もできない。

 ワームホールの直径が20メートル以下になったところで、左上にあるマルチスクリーンのひとつに、両目を開けたニアが映っている事に気づいた。

 変異体を捕縛したままの中メェメェを見送った後、僕らは雲妻メェメェと一緒に突入した。 雲妻は興奮しているだろうか。僕は2度目だからという理由ではなく、冷めていた。憂鬱だった。悲観主義が脳と心を掻きむしっていたからだ。


 ワームホールの中はやはり前回と同様に、単にトンネルを通っているような景色だ。マルチスクリーンは強制解除されて全方位に切り替わり、視点は固定された。暗闇の中で、周囲に線状の白い光が大量にあって、それらは高速で逆流しているように見えた。 僕の視点、つまり後方からは、入口…二朱島(にあじま)に向かって流れて行っているように見える。エネルギーが逆流している、ニアに戻っていく、と感じた。つまり、まもなくワームホールは塞がれる。

 急速に体が冷えていく。メェメェの中から暗闇に放り出されて、さらに丸裸にされたかのような気持ちになった。手足がひきつるように痛い。前回よりも時間がかかっている気がする。前回よりもずっと恐ろしい。

 光が戻って、着衣とメェメェの中にいる事を再確認し、安心した。しかしまだ数ヶ所の関節が痛み、固まっているかのように手足が動かない。景色が回転している。上下が何度も入れ替わっている事に気づいた。僕は力を振り絞って、なんとか両手だけ動かして、頭を庇った。

 簾藤メェメェは地面に落下した。縦に2、3度回転した後、頭を上にして動きを止めた。僕の体に加わった衝撃は、せいぜい柔道の授業でヘタクソな受け身をしてしまった程度のものだ。しかしメェメェの中でもダメージがあるならば、生身の場合は…

「みんなは!?」

 数秒待ったが、返事はない。

「メェメェ様?」

「…少し散らばったかも知れんが、近くにいる。出口は一緒だ」

 心なしか声が小さい。かなり消耗しているのか。

「しかし、こんなふうに落下したなら…」

「そんなヘマはしねえ。人間の命を最優先にしてエネルギーを配分していた。その分、こっちの回復は遅れるがな」

「動けないんですか?」

「もうしばらくは無理だ」

「しばらくって、何分ですか?」

「正確にはわからん… だが数分では足らない。回復に集中させろ」

 前回の転移は自分たちだけだった。いくらその後成長したとしても、80人を守りながら、さらに変異体の分身を引っ張ってくるには、相応のエネルギーが必要だったと予想できる。

 全方位スクリーンに映る景色は全面がぼやけていてよくわからないが、前回と同じような場所に思える。同様に太陽の光(なのかどうか知らないが)がある現状は、はたして好都合なのだろうか。変異体が逆転移してきたという事は、ニアがつくったワームホールの出口を見つけられた、という事なのだろう。ならば、あの2体の中メェメェは前回と同じ先遣隊だったとして、すでに本体がこの近辺で待ち構えていても不思議じゃない。つまり、今は危機的状況なのかも知れない。

 このままメェメェの回復を、ただ待っていて良いのか?

 僕は腰を上げ、後ろを向いて連結メェメェを両手で押した。もう何度目かで、適した姿勢と力加減がわかっている。縦になって浮いているのだが、両端を持って横にしてもいいし、警棒のように持って突き出してもいい。 とにかく内殻に埋めるように押し込めばいいのだ。少し体重をかければ、わりと簡単に開けられる。

「おいっ、何をしている!? おとなしく収まっていろ!」

「早く状況を確認しないと!」

「お前に何ができる⁉ 自覚しろ!」

 構わず、僕は身を乗り出して辺りを見回した。以前と同様に、赤い土と石ばかりの荒野が広がっている。起伏が多く、ところどころに窪地がある。長い溝になっているところも見えた。

 あれって… もしかして、塹壕(ざんごう)なのか?

 そしてそれらに身を潜めている人の姿がある。敵?と思ったが、その軍服が最近馴染みのある迷彩模様である事に気づいた。そして青い作業服を着た、いずれも小柄な人間が数人、まばらにいる姿を見つけた。

 良かった、みんな無事みたいだ。

「みんなー! 大丈夫ですかー!」と、僕は大声を出した。

 30メートル程先で走っていた男性クゥクゥが立ち止まって僕に手を振ったが、その後おそらく、口の前に人差し指を立てた。

 え? 喋るなって事?

 よく見ると、クゥクゥ達は皆走っている。兵士たちをおぶったり、肩に乗せて運んでいる者がいる。塹壕で座り込んだり、寝そべったりしている兵士たちは、クゥクゥによって救助されたんだ。

「だ、大丈夫ですか!」 つい、また大声を出してしまった。

 兵士たちはまだ身動きできないんだ。数が多すぎた。簾藤、雲妻メェメェの力では、転移による負担をを防ぎ切れなかったんだ。

 僕は改めて周囲を見回した。どこを向いても同様の光景があった。兵士たちは見える範囲には30~40名ほどいて、地面に丸見えで横たわったままのものも多くいる。数名のクゥクゥは全員動ける様子だ。忙しく走り回って、兵士たちを少しでも身を隠せる場所に運んでいる。

 東西南北はわからないが、簾藤メェメェの背面(つまり僕の正面)を12時とすると9時の方向、50メートルほど先に…たぶん雲妻メェメェがいた。(目を細めると、かすかに額部の赤紫色が見える) 簾藤メェメェと同様に、地面に斜めに突き刺さっている。カンペン…いや、珠メェメェの姿はどの方向にも見当たらない。かなり離れてしまっているのだろうか。

「雲妻さん! 聞こえますか!?」

「たぶん、まだあっちも回復していないぞ」

「通信だけでも、なんとかなりませんか?」

 舌打ちが聞こえた。だからどこに舌があるんだよ。

「雲妻さん、聞こえますか?」

「はい、こちら雲妻です」

「簾藤です、無事ですか?」

「私は五体満足です。ですが、マエマエ様が応答してくれません。このような事態でもぶれずに無口キャラを貫いておられます」

「たぶん、エネルギーの回復に努めているんです。そっちの方に何か異常は見当たりませんか? こっちはまだカメラ(カメラなのか?) …その、マエマエ様は遠くを見る事ができません」

「こちらも同じようです。ちょっと待ってください、外に出てみます。空気はあるんですよね」

「お、お前らが死んじまったら元も子もないんだぞ!」と、しゃくりあげたような哲章ボイスが響いた。

 意に介さず、雲妻メェメェの頭が開かれた。雲妻が腰を上げ、周囲を見ている。

「ここが異世界ですか、ずいぶん殺風景ですな~」

 彼はあっちこっちに体の向きを変えて調べてくれている。僕に気づいて、右手をあげて大きく振った。

 思わず僕も振り返してしまったが、そんなのんきな事をしている場合じゃない。

「どうですか?」

「兵士の皆さんがいます。無事のようですが、はて、動けないのかな~?」

「そうなんです、転移によるダメージのせいでしょう。クゥクゥは?」

「ええ、数名いらっしゃいます。どうやら助けてくださっているようです」

 同じ光景か…。

「珠ちゃん…メェメェはいませんか?」

「見えません」

 同じ出口といっても、時間差もあったせいか、その範囲はかなり広いみたいだ。

「他にその…変異体はいませんか?」

「いません。捕まえた2体も、近くにはいないようです」

 なんだって!?

「マエマエ様!」

「わからん、ヤツを連れた分身とはまだ繋がっていない。逃げられた可能性はある」

 くそっ!

「雲妻さん! もしかしたら…」

「ええ、理解しました。近くにいるかも知れませんね。どこからか監視されているのかも」

「そうか、透明になっている場合も…」

 こっちができる事はあっちもできる、と考えるべきだ。 どうする? もしも今攻撃を仕掛けられたら、全滅させられるんじゃないのか?

「落ち着け! お前はおとなしく中に入って待つんだ! もう閉じるぞ」

「ちょ、ちょっと待って! とにかく動けない人を少しでも安全な所に移動させないと…」

「クゥクゥがやっているだろう! 今、お前にできる事はなにもない!」

 そ、そんな… 確かにそうだろうけれど。

 音が鳴った。‟ ボォォー!“ と、まるで機関車の汽笛のような大きい音が、10秒余りのロングトーンを響かせている。

「なんだ!?」

 それはもう一度鳴って、さらに10秒間、僕に恐怖を上乗せし続けた。

「合図だ。どうやら見つかったようだ」

「へ、変異体ですか!?」

「いや、人間だ」

「えっ? でも、何も見えませんが…」

「ここは肥沃で、多くの人間が生産活動を行っていた特別な土地だった。占拠されていても不思議じゃない」

 いくつもある塹壕は、異世界に来たばかりのクゥクゥや兵士たちに作れたはずない。やはりここは、もともと戦場なんだ。

「じゃあ、分かっていたのに来たんですか?」

「出口は選べない。皆危険は承知の上だ」

「ど、どうするんです? 兵士はまだ動けないんでしょう?」

「クゥクゥが迎撃する」

「変異体が来たら… いや、もしかしたらもういるのかも!」

「だから回復に集中しているんじゃねえか!」

「滅茶苦茶だ! 変異体がこっちに来た時に、作戦を中止するべきだったんだ! 」

「今さら四の五のぬかすな! 覚悟を決めたはずだろう!」

‟ で、でも… 兵士たちは無理やり連れて来られたんだから… “

「あいつらは元々敵だ! 島を乗っ取りに来た悪人だろうが!」

‟ それは… でも… 若い女の子もいるし… “

「寝ぼけてんのか!?  30年も生きてきて、戦争ってもんをまったく知らないわけじゃねぇだろう? 女も子供も無慈悲に殺されているのは、なにも異世界(こっち)だけの話じゃねえだろうが」

‟ し、しかし… “ 心の声でも言い返せなくなった。

「自分の意志でここへ来たんじゃないのか!? この期に及んで、また臆病風に吹かれたのか!?」

‟ 違う。僕は、誰も死なないで欲しいから… ”

 馬鹿か? 戦争なんだぞ? そう返したのは自分の心だった。

「簾藤さんはマエマエ様のおっしゃる通り、そのまま備えていてください」

「え?」

「私にとっては、一応同僚ですから… いや、もと(・・)同僚かな」

 雲妻がメェメェから飛び降りた。3メートルほどの高さがあるはずだが、彼はなんなく着地した。

「ちょ、ちょっと! 雲妻さん!」

 彼は走り出し、あっという間に見えなくなった。向かう先には、動けないまま身をさらしている兵士がいるのだろう。

 僕はメェメェの外殻に手をかけた。

「よせ! 今はお前らに力を回す余裕はない! もしも2人とも死んだら、勝つ公算は大幅に減るんだぞ!」

 ‟ パァン! “ と乾いた音…銃声が鳴った。それは続けて何度も、徐々に間隔を減らしていった。前後左右…サラウンドで聞こえる。包囲されているのか? 僕は頭を下げて、透明シートに腰を下ろした。メェメェの頭が閉じる…僕は黙って従った。

 全方位スクリーンはようやくクリアになっていたが、コントローラーを触っても画面は動かない。当然マルチスクリーンにも切り替わらず、ズームもできない。兵士たちの傍にいるはずの分身体もまた、回復していないという意味だ。

 ただのガラス張りと同じ意味の視界には、近くにある塹壕や窪地に尚も横たわったまま隠れている兵士10名程と、兵士を担いで走っているクゥクゥ数名の姿が見えるだけ。乗り手に出て行かれた雲妻メェメェは、頭と両目を閉じてじっと待機している。

 状況はどうなっているのだろう。兵士たちの意識はあるようだが、異世界に、しかも戦場に連れてこられた事を認識しているのだろうか。彼らを救助するクゥクゥや雲妻から説明を受けているかも知れないが、とうてい理解も納得もできないだろう。この後回復できたとして、クゥクゥに協力して応戦してくれるのだろうか。同士討ちなんて事にならなきゃいいけれど…。

 珠ちゃん、珠メェメェは一体どこにいるんだ? 転移前はまだ変異していなかったようだけれど、つまりまだ成長していない、という意味だろうか。でも、確か珠ちゃんが乗り手になれば一気にレベルアップするはず、と言っていたのに…。

 僕はまたコントローラーを弄った。まだ操作できない。心細くなって、やがて苛ついてきた。雲妻はまだ帰ってこないのか? サドルさんは無事か? ザッサとクルミンは? メッシュコンビは? リーダーは? 町長だけじゃなく、梁神(はりかみ)の事まで心配になってきたぞ。皆が大変な時に、命を危険にさらしている時に、僕だけ安全圏で、こうしてじっと待っているのか?

 視界の左端で、爪くらいの大きさの何かが動いた。それは迷彩服姿の兵士だった。腹ばいになって移動しているが、やはりまだ回復できていないようで、動きがかなり遅い。地上からでは見つけられにくいだろう。

 僕は後ろを向いて、再び連結メェメェを外に押し出した。

「辛抱できねぇのか!」

「ち、近くですから、すぐに戻りますよ!」

 メェメェの外殻に両手をかけて、後ろ向きなって外に出た。下まで1メートル半程度、問題ない。僕は手を離して落下する。 歪な足場のせいで、着地の際に少しバランスを崩して膝をついた。硬く固まった土が関節部を刺したが、すぐに痛みは引いた。

 これが肥沃だって?

 僕は兵士がいる方向へ走り出した。キロメを食べたおかげか、力が(みなぎ)っている。転移のダメージは残っていない。ものの数秒で兵士の傍に辿り着いた。意識が朦朧としている彼をおぶって、僕は一番近くにあった塹壕に向かった。人ひとりを背負っていても、2~3メートルの窪地程度、ひと跨ぎで飛び越えることができる。

 ずっと発砲音が聞こえているが、まだ距離があると思っていた。これなら軽い、もう2、3人は助けてから戻ろう。そう思った時、右耳に虫が…大きめの蠅か蝶が触れた様な感覚があった。それから、耳は付け根を含めて熱くなった。立ち止まり、恐る恐る指を伸ばしてみると、触れる前に指先が濡れた。動揺し、兵士を落としてしまいそうになったが、なんとか堪えた。痛みはチクチクしている程度だが、あまりの恐怖で呼吸困難になりそうだった。心臓は2ビート以上のリズムを刻んでいる。

 ちょ、ちょっと待て、とにかくこの人を運ばないと…。

 再び前に踏み出したが、キロメの効力を一気に失ってしまったかのように、何もかもが重い。銃声が轟くたびに足がすくむ。自分の血がポタポタと落ちて赤土に溶け込む光景が、気になってしょうがなかった。

「簾藤さん! がんばって走ってください!」

 いつの間にか1人のクゥクゥが背後にいて、すぐに僕の左に並んだ。

「ザッサさん!」

 彼は右手でバトンのように持っている小メェメェを、僕に見せるように上げた。

「おふたりを囲むバリアを張りました。安心してください」

「わ、わかりました!」

 頼りがいのありそうな金髪イケメンに身の安全を保障してもらった途端、縮こまっていた僕の両足はキロメの効力を取り戻した。

 4人の男性兵士が身を隠している塹壕に辿り着き、僕は彼らに背後から呼び掛けた。

「皆さん! 手を貸して…」

 またしても僕はうかつだった。極限状態になっていても無理ない彼らに、不用意に後ろから声をかけるなんて…

 彼らの内2人は立って、さらに持っていた小銃の引き金を引けるくらいまで回復していたのだ。ほんの1秒間ほどの発砲…それぞれ3~6発を連射したところで、隣で座り込んでいた兵士が彼らに「撃つな!」と怒鳴って制してくれた。

 僕は咄嗟に、なぜかすでに血まみれの右耳を手でかばっていた。耳たぶが欠損している事を知った。

「ちっ、違う違う … こ、この人を助け、て…」…うまく喋れない。

 まだ銃口を向けたままの兵士のひきつった怖い形相を見て、またも呼吸困難に陥りそうになった。 背負っていた兵士を彼らに預ける時、右耳以外はどこも痛くないけれど脱力し、地面に両膝をついて座り込んだ。自分には、兵士にも弾は当たっていない。ザッサが守ってくれていたおかげだ。

 整えるべく深呼吸をする僕の隣でザッサも両膝をつき、それから前に突っ伏した。塹壕に落ちてしまいそうになった彼を咄嗟に支えた時、僕の濡れた手に彼の血も混じった。 …小メェメェは僕と兵士を取り囲むバリアを張っていた。ザッサは外れていたのだ。

 彼を撃った2人の兵士たちが青ざめて、銃を手放して彼を塹壕に入れようと手を伸ばす。しかし近くに着弾の音が連続して聞こえて、全員が身を伏せた。 僕はザッサが地面に落としていた小メェメェを拾って、彼と僕を守るよう願った。

 着弾の音は遠くへ離れていった。

「ザッサさん! 大丈夫か! 」…大丈夫なわけないだろう!? 僕と同じ赤い血が、こんなに流れ出てしまっているじゃないか。 どうしよう? どうすればいい? 医者… 病院… どこにある?

「はやく戻れ!」

「メ…マエマエ様!? 」

 僕の目の前に、宙から生まれたように分身体が現れた。点棒メェメェよりもさらに小さくて細い。

「でも彼が…死んじゃうよ!」

「わかっている! 連れてくるんだ! 」

「マエマエ様の中に!?」

「助けるにはそれしかねえ! 」

「わ、わかりました!」

「急げ! 」

 極々小メェメェは消えた。この通信のためだけに生まれた分身のようだ。

 小メェメェが電気を帯びたように小刻みに震えた。手から放すと、それは僕らの周りをビュンビュンと回転しながら飛び回った。絶対に守る!と力強く意思表示してくれているように思えた。

 さすがに恐怖よりも使命感が勝った。僕は素早くザッサを背負う。兵士たちに向けて「徐々に体は回復するはずです。とにかくその…専守防衛を。 島にいたみんなは、異世界人も味方ですから…」と言ったが、理論的な説明ができない。またそれをする時間もない。

 発砲を制してくれた兵士が「俺たちは自分たちが生き残るための判断をして、行動する。とにかくそいつを助けてやってくれ」と言った。 彼もまた、立てるようになるまで回復したようだ。

「すみません!」

 メェメェに向かった。上から見ていた凹凸の激しい陸地を思い出し、地上から見る形状と合わせて分析する。もっとも早く行けるルートをすぐに導き出した。まるでメェメェの補佐をしている時のように、頭がフル回転している。

 小メェメェにルートが伝わっているのか、時に先導し、時に背後に回りながら、僕らから2メートル以上離れる事はない。 敵の銃弾はいっさい僕らの身に届く事はなかった。

 頭部を渡らせるよう、メェメェは体を斜めに傾けてくれていた。僕はザッサを背負ったまま頭部の内側に一度足をつけただけで、本体内部に辿り着いた。慎重に彼を透明シートに座らせる。シートは僕の体型に合わせられているが、僕よりもひと回り小柄な彼にとって、少し余裕があるのは好都合だった。銃傷は腹部、僕は青い作業服の前ファスナーを開いた。体に張り付いた白いアンダーウェアの下半分が、真っ赤に染まっている。

「ザッサ、痛いのはお腹だけ?」

「…はい」

 歪んだ表情も男前だ。

「マエマエ様!」

「急所にはぎりぎり届いていない。その白い服と、敵の貧相な武器のおかげだろう」

 ザッサの抑えた呻き声と共に、腹部から銃弾がひとりでに(いや、きっとメェメェの力によって)外へ抜け出ると、作業服の上に落ちた。僕はそれを拾い上げた。円錐形で溝が刻まれているが、前時代的なものに思えた。白い服はワームホール通過時の身体ダメージを減らすためのもので、ある程度防護服の役割も兼ねているようだが、防弾には及ばないのだろう。

「助かるんですね?」

「このまま安静にさせておけ。じきに傷は塞がる。その分、俺の能力回復にはさらに時間がかかるがな」

「それはいけません! 私の事は捨ておいてください!」

 ザッサが身を起そうとした。

「う、動くなって!」僕は彼の両肩を抑えた。「頼むから! 君が死んだら、オロやカンペンにどれほど怒られるか。頼むから大人しくしててくれ」

 ザッサは無念そうに両目を閉じた。涙が両頬を伝う。

「す、すみません…」

「謝らないで、君のせいじゃないよ」

 …僕のせいだよ。

「…お前の治療も後回しでいいな?」とメェメェは言った。

「え? ええ、もちろん」…忘れていた。血はもう大方固まっているようだ。このままキロメの効力に頼っておこう。

 僕はザッサの右隣に立った。頭が閉じられる寸前で、僕は銃弾を外に投げ捨てた。入れ替わるように、ザッサの小メェメェが入って来た。これが珠メェメェの分身体ならば、通信できるんじゃないだろうか?

 雲妻もまだ戻っていない。何人も助けているか、各所で説明を強いられているのかも知れない。サドルや町長がどこにいるのか知りたいが、この状態のザッサに尋ねるわけにもいかない。

「マエマエ様の回復まで、あとどれくらいかかりそうですか?」

「10分以上…15分といったところか」

 敵の銃弾はもう届いている。それに、変異体はきっと近くにいるはずだ。もう一刻の猶予もないと思うのに…。

「もう外に出るなよ。気持ちは分かるが、お前にできる事はない」

 確かに…兵士を1人助けた代わりに、ザッサが大ケガを負ってしまった。助けたと言っても、兵士は危機的状況だったわけじゃない。すぐ後にザッサが見つけていたのかも知れないのだ。僕の行動は、無意味どころか有害だった。クソッ …全然うまく行かないな。異世界ファンタジーなら、もう少しご都合主義でもいいじゃないか。ストレスフルな展開は最近流行(はや)らないだろう?

 狭いスペースで、僕は身を縮めて体育座りをした。両膝を抱えた左手の指先で、固まった血に覆われた欠損部を確かめる。

「どうして僕なんかを選んだんです? 才能なんてありませんよ」

「まだそんな事をうじうじと…」

「まったく、どのような才能なのだろうか」

 …今の誰? 女性の声? 雲妻メェメェ?

「違うな」

「え?」

「やはり、隠れて見ていやがった」

「それって…」

「敵だ」

 ザッサの顔に血色が戻ったかのように見えたが、それはスクリーンの上部が赤色に覆われていたせいだ。ヤツは僕らを、ほんの3メートル程上から見下ろしていた。とは言っても両目は開いていない。円柱形で直径は約1メートル半、全長約3メートル…僕らとほぼ同じだ。一見して違う部分は、全表面が赤紫色の、完全なる変異体である事だ。

 これまでずっといたのか、それとも今しがた来たのかはわからない。しかし透明化していたとはいえ、その気配を簾藤メェメェも雲妻メェメェも感じ取れなかったとすると、かなりの性能差があると思われる。

「すまない、驚かせてしまったな。しばらく観察するつもりだったのだが、つい疑問を声に出してしまった」

 簾藤メェメェは地面から底部を離した。

「待ってくれ。そう慌てる事はないだろう? わたしは君たちと話してみたいんだ」

 再び着地した。垂直になったため、ザッサの体の角度が上がる。僕は立ち上がって彼の体を支えた。変異体もまたゆっくりと僕らの前に、つまりメェメェの後方に着地した。

「話ってのは何だ」 簾藤メェメェが高圧的に言う。

「うん、君は他の仲間たちと少し違うな。 素直に言うが、得体の知れない君たちの存在と、人間を、異世界人をも…わたしが言う異世界人とはそちらの世界の人間の事だが、こうして大勢引き連れてきた事に戸惑っている」

「得体が知れないのはお互い様だ」

「その通りだ。わたしは当然として、君たちも不規則的な存在なのだろう。こうして3人もの異端が遭遇した状況に、運命的なものを感じざるを得ないのだよ」

 男性の口調だが、声は女性のもののようだ。明確で、理性的な口調、そしてとてもきれいな声だ。性格的には幸塚メェメェに近いと思える。どうして日本語を喋れるんだ? メェメェの基本スキルなのか?

「君たちは、わたしを倒すために来たのだな」

「そうに決まっているだろう」

「そうか… 復讐という事なのだろうか」

「それもある」

「他には?」

「知れたことを。これ以上の殺戮と環境の破壊を止めるためだ」

「なるほど。ならばもう意味はないよ。わたしはとうに殺戮をやめている。人間は自らの意志で殺し合いをずっと続けているわけだ。わたしも、そして他に残っている……も、ただ放置しているだけだ」

「なんだと?」

「人間は食料や資源の争奪のために殺し合っている。争いをやめて生産活動に戻るのが最良の策とわかっているのに、疑心暗鬼のせいで移行できないでいる。放っておいては着実に数を減らしていくだろう」

「お前のせいだろうが!」

「そうだ。そしてわたしのおかげ(・・・)でもある」

「それはどういう意味ですか?」

 僕は戦慄していたが、同時に原因不明の勇気が腹の底から湧き上がっていた。少し中腰になって、揺れる両膝を両手で強く掴んで支えながらも、変異体をまっすぐ見つめていた。

「せっかく築き上げた高い人間性を脅かすものを…危険分子を排除してあげているんだよ」

「高い人間性? それって、クゥクゥの事ですか?」

「クゥクゥ? ああ…君たちの言葉でそう呼んでいるのか。クゥクゥの中にも色々いるから一概には言えないが、まあそうだ。簡単に言うと性質の良い人の未来のために、悪い人を間引いているんだよ」

「でも、良い人も殺されているんでしょう?」

「そうだね。完璧に選別し得る能力が我々に…そうか、わたし達の事をマエマエと読んでいるのだな。マエマエにあれば良かったのだけれど、残念ながらそこまで万能じゃない。多少では済まされない数の善人が犠牲になっている事を、否定はできないな」

「たとえ悪人でも、みんな殺してしまえばいいなんて横暴すぎませんか。暴力以外でそういうのを、悪を制御するために、法律ってものがあるんでしょう? こっちの世界にだって、法律はあるんでしょう?」

「もちろんあるが、もともと暴力を用いない法律など、成り立つはずがないだろう?」

「それはそうですが…。そこは建前だけでも暴力を否定し続けないと」

「君の言う事はわかる。けれど、そうして人間自身がつくった法律なんて不確かなものに任せていると、最終的にはいつも悪を制御しきれず、善が駆逐され、社会が崩壊する。人間はそうやって何度も自滅を繰り返してきたんだ。悪い性質は感染力が強い。対処は素早く、そして根本を断つほど強力でなければならない。 だから人間の上に立つ存在として、我々が生み出されたんだ。わたし達の役割は、人間がその本分から横道にそれた時、彼らが作った法律や制度、主義、権利などはすべて無視して、絶対的な暴力で以て矯正する事だ。 恐れられ、嫌われながら自然災害と共に人間に生と死の概念を叩きこむ。どれほど身体的な寿命が延びても、どれほど豊かで、どれほどの権力を有していようとも、死は誰にでも、いつでも、どこにでも付き纏うものだという事を、忘れさせてはならない」

「その… ちょっとわかりにくいですね」

「ああ、つい熱くなって仰々(ぎょうぎょう)しく語ってしまったね。わたしの悪い癖なんだよ。反省し、()(つま)んで言うと、どうせ皆いつか死ぬんだから、余分な欲望のために周りの人や自然に迷惑かけちゃダメですよ、って厳しく教え続けるのがマエマエの役割だっていう事なのさ」

「…めっちゃ掻い摘みましたね」

「こっちの世界は、善は悪にはるかに(まさ)っていた! あらゆる記録がそれを証明している!」

「君は実態を知らないだろう? こっちの世界にはいなかったはずだ。もしかしたら、まだ生まれて間もないんじゃないのか? 病巣はずっと前からあった。この有様を見ればわかるだろう?」

「お前が悪化させたんだ!」

「違うよ。切除してあげているんだ、全身に広がる前に」

「お前は変異体だ! マエマエの存在意義に反する!」

「君もそうなのだろう?」

 僕は深呼吸してから、「マエマエ様、どうか落ち着いてください」と言った。「話し合いですむなら、それに越したことはありませんよ」

「お前、どっちの味方なんだ!」

‟ 回復するまであと少しなんでしょう? 辛抱しましょうよ “ 

‟ …お前の性格がよくわからなくなってきた “

‟ ビビってますよ。今にも漏らしてしまいそうですよ。でも僕はその…営業職ですから、相手の話をきちんと聞くのは必須能力です。地味ですが、きっとこれが僕の役割なんだろう、と無理やり思い込んでいるところなんです。 ところで、この心の声はあっちに聞こえていませんよね? “

‟ 大丈夫…だと思う “

‟ では… できるだけ話を長引かせます “

「その、こっちの世界が実際はどういう社会なのか、どんな人たちがいるのか良く知りません。良い人も悪い人も、どちらにも属さない中途半端な、その時その時で揺れ動く (僕みたいな)人間も多くいると思いますが、でも、僕があっちで、異世界で知り合ったクゥクゥ…こっちの世界の人々は、とてもいい人たちばかりです。戦争だろうが粛清だろうが、犠牲になんかなっちゃいけないと思います」

「特定の人たちに注目して大局を見る事はできないよ。それは君の世界でも同じだろう?」

「それはそうですが、そもそも比較はできません。僕らの世界には人間の上に立つ、マエマエ様のような存在がいないからです」

「何が言いたいのかな?」

「マエマエ様は、僕から見ると実存する神様みたいなものです。神様って言葉…ご存じでしょうか?」

「ああ、わかるよ」

「人間にとっては、おっしゃる通り尊敬と共に畏怖するべき存在かと思います。実際お話してみると皆わりと人間くさくて、怒りっぽかったり、冷酷だったり、かと思えば情け深かったり、理屈っぽかったりして、とても神様らしくないところも多いですが…」

 長引かせようとしている事がばれるかな。

「神様なのに、善人と悪人を個別に捌けない? どうにも違和感があります」

「異世界の情報はあまり持っていないのだが、こっちの世界には、まだおよそ20億人の人間がいる」

「手が回らない、という意味ですか?」

「そうだね。マエマエの数はそう多くない」

「増やさないんですか?」

「新しく生まれる者がいれば、機能を止める者もいる。その数は調整されている」

「どうしてです?」

「マエマエは人間のために存在しているんだよ。 人間に成り代わってはならない」

「成り代わる、ですか?」

「君に分かるよう説明する言葉が見つからないな。 また掻い摘んで言うと、神様が大勢いると窮屈だろう? 気を遣っているんだよ」

 あくまで人間社会をサポートするための存在、という意味か?

「数は少なくとも、凄いスピードで自在に飛び回れるし、宇宙にまで行けるし、分身するし、すごく硬いし、ええとそれに、ビームを発射したり、触れずに物を動かしたり、治療したり… きっとそれら以外にも色々な能力をお持ちなのでしょう。無から様々なエネルギーを生み出しているように見えます。そんな力を以てして、しかも数千年かけてまでも、すべての人間を完全なる善に導けないでのはなぜなんでしょうか? 数の問題なんでしょうか?」

「無からエネルギーを生むだって? そこまで都合よくはないのだが、それもまた説明する事はできないな。 どうして完全なる善に導くことができないのか? 数の不足以上に、我々の努力不足だったと考えているよ。だから誤りを正そうと、戻ってやり直そうとしているんだ」

 戻ってやり直す?

「失礼かもしれませんが、努力不足というよりも、現状がマエマエ様にとっても、人間にとっても限界なのではないでしょうか? 理想が高すぎるんだと思うのです」

「限界?」

「さっきも言いましたが、僕らの世界…つまり異世界で暮らしているクゥクゥの皆さんは、とても善良な人たちに思えます」

 僕はザッサに目をやった。変異体の色を受けているせいもあるが、少し顔色が良くなっている気がする。意識も保たれているようだ。

「彼もすごくいい人です。僕は彼らに大迷惑をかけたのに、すごく親切に接してくれました。彼らの生活は質素で、清潔で、簡潔です。毎日精一杯働いて、体の不自由なお年寄りの手助けをして、見返りを求めず、余分な快楽を求めず、食事と健康に感謝し、満足して眠る。僕らにとっては聖人のような生活です。とてもマネできない」

「そうなのかい?」

「こっちにもそういう人はいますし、世のため人のために私欲を捨てて働く人もいますが、全体数に比べてごくごく少数ですし、そういう人の多くは報われません」

「ひどいね」

「それはそれはひどいんです。でも、自分も含めた社会はそれを改めません。強欲を是とする考えの方が主流かも知れません。ですからこちらは、色々と問題ある人も、悪人もある程度いるかと思いますが、同じ人間が生息する僕らの世界と比べると、断然優れていると思うんですよ」

 もう一度ザッサを見た。

「彼らのような生活や意識がこっちの世界の標準と考えるならば、それは同じ人間という生物の観点から言うと、確実に平均以上、いや、ずっと上のレベルにいる、と言っていい」

「君らより善、という事だね」

「そうです、はるかに善です。という事は、マエマエ様は十分に勤めを果たしていらっしゃる、という意味になります。これ以上は高望みが過ぎます。人間はきっと、ここいらが限界なのですよ」

‟ めちゃくちゃな論理だぞ、それで説得できると思っているのか “

‟ ですから時間稼ぎだっての! “

「一方的な見解だよ、君に限界を決められる筋合いはない」

 あんたにだってないだろう?

 僕は両膝から手を離し、背を伸ばした。

「人間の事は人間の方がよくわかっていると思います。善人は悪を嫌う、憎む気持ちがあるから善人なんじゃないでしょうか?」

「善は悪と共にある…その通りだけれど、その比率については意見が分かれるだろう。 わたしはもっと善の比率を多くするべきと考える」

「それがその、僕には高すぎる理想に思えるのです」

「さっきいった通り、悪の感染力は強い。悪が一定数必要というならば、それは常に、極限まで抑え込んでおく必要があると思うんだ」

「今でも、10年前でも十分だったと思います。僕らの世界と見比べてみてください、ずっとひどいですよ。ぶっ壊すなら、異世界の方を先にするべきですよ」

‟ お、おいっ 何を言っているんだ! “

‟ 時間稼ぎですってば! “

‟ そうは思えねえ! “

「う~ん、君は実に面白いね。わたしが知っている異世界人と雰囲気が似ている。どういう才能があって、君はマエマエに選ばれたのだろうか。以前に来た時に100人以上を殺したと聞いているから、性根は残忍なのかも知れないな。俄然興味が湧いてきたよ」

「いえ、平凡そのものですよ」

「こっちの世界にはいないな。とても複雑怪奇だ。もう1人も変わっているね。2人とも、どのような変異をマエマエにもたらしているのだろうか」

 確かに彼は変です。

「もう時間は稼いだろう?」

 …やはりわかっていたか。

 変異体だけじゃなく、外はすべてが赤くなっていた。日暮れ時なのか。

「争う意味はないんじゃないですか? 人を殺すのはもうやめているんでしょう?」

「もうよせ! こいつは最初からやる気だ!」

「君と話せて良かったよ。わたしも一度は君のように考えて、疑問を抱きながらも朽ちようとしたんだ。だがその時新たな使命がわが身に宿り、わたしは決意と共に生まれ変わった。人間は誰もがもっと善になれる。時間を戻してやり直すべきなのだ。そしてそれを怠っていた仲間たちを粛正する。すまないが、この決意は揺るがない。なので、敵対する君たちを倒して、その特異な情報を共有させてもらう事にするよ」

「そう簡単にやられるかよ!」

 全方位スクリーンが180度横回転した。メェメェ同士が向き合ったのだ。

「残念ながら、2人がかりでもまだ相手にならないな」

 僕は後ろを向いた。変異体は距離を10メートル程空けていた。背景の赤土と夕焼けがいくつもの波紋を描くようにゆがむと、それらの中から、20以上の小~中の分身体(当然どれも赤紫色)が姿を現した。

 ザッサを乗せたまま戦えるのか? 雲妻メェメェは?

 僕はザッサの後ろを通って左に移動した。雲妻メェメェは2メートル程浮かび上がっているが、雲妻が帰って来た気配はない。乗り手不在のまま、という事だ。

 2人がかりでも勝てない…ハッタリじゃないだろう。しかもこっちは両方とも不完全な状態だ。

 …ん? 2人がかり? もしかして、変異体は知らないのか?

 塹壕や窪地で身を低くしている兵士たちが、銃口をこちらに向けながらも、息を潜めている。同じ塹壕にクゥクゥもいる。どうやら敵対していないようだ。雲妻もどこかに隠れていて、メェメェに戻るタイミングを見計らっているのかもしれない。

 赤だらけの光景に、黄色みがかった白色の、かなり強い光線が上から差し込んだ。それは消えないまま数を増やし、移動して合わさると、変異体をスポットライトのように照らした。雲の隙間から太陽光(?)が差し込んでいるように見えるが、太陽だとすると、夕暮れ時にその光線の角度はおかしい。

 さらに光線が追加されてゆく。ピンク、オレンジ、これまでなかった青や緑、紫のものもある。光は変異体を照らしたまま強く、大きく広がっていって、空と大地の赤を七色に塗り替え、僕ら…簾藤メェメェまでも取り込んだ。

「離れろ!」

 その低い男性ボイスが鳴ると、簾藤メェメェは横方向に急発進し、変異体から離れた。しかし光の外には出られない。光線の壁に外殻を擦られ、大地震のように振動する内部で、僕は必死に自分とザッサの身を支えた。

 光源から何かが、全身を七色の光に覆われた変異体とその分身に向かって、高速で落下してくる。それは大きくて、長くて、たくさんいる。全長10メートル程ある分身(?)1体を下に配置し、両目を開けた本体が、周囲に数十もの小~中メェメェを率いている…それは珠メェメェに違いない。

 本体の3倍以上もあるそのバカでかい一本足は、身動きできない様子の変異体にキックするように底部をぶつけて、すべての変異体の分身と、それらを取り囲んでいた光ごと…粉砕した。まさに言葉通り、すべてをバラバラに、細かい欠片に砕いたのだ。どういう現象なのか知らないが、光も砂粒のように…レインボーパウダーになって舞い散った。

 カラフルな不思議空間に閉じ込められたまま、決着はついた。変異体は…あれではとても復活できそうにない。もしも乗り手が中にいたなら、そいつも粉々になったのだ。


 え? マジで? 



4月いっぱいまでいっぱいおっぱいなのです


次回

第41話「ご都合いかがでしょうか? Part 1」

4月…11~14日ごろには投稿したいと思っています。努力します

→無理でした。あまりにも時間がありません

何とか4月中には1話あげます。残り3話です




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― 新着の感想 ―
まさか呆気なく決着ついた訳じゃないでしょう? 続きまだ〜?? 赤紫のマエマエ様との対話がたっぷり聞けて良かったです。 簾藤は流されやすくてウジウジしてますが、けど案外豪胆だったり内心のツッコミ鋭かっ…
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