表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/49

第39話「会敵 Part 1」

 カンペンはまだメェメェに乗ろうとしていない。それは当然だ。梁神(はりかみ)とサドルが再び歩み寄り、改めて握手を交わしている状況でもしもメェメェが動けば、それは交渉の即時決裂を示す事になりかねない。だから彼女は姿を現しておかなければならない。実際はメェメェに人が乗ろうと乗るまいと、メェメェ自身の意思で兵士たちを殺さない程度に蹴散らすことはできるし、兵士たちもそれを知っているのだが、それでも昨日の戦闘で、カンペンが乗ると本格的に戦闘態勢に入る事を意味する、と認識しているだろう。

 カンペンは堪えているかのような、苦々しい表情を隠せないでいる。それは梁神たちや僕を自身で成敗できない事に対してのもの…だけではないように思える。きっと彼らの手を借りて変異体と戦う事に、抵抗があるんだ。領土と資源を奪うために武器を携えて奇襲をかけてきた梁神らの姿は、故郷を襲った変異体、及び反乱軍と重なる部分があるのだろう。 ‟ 毒をもって毒を制す “ ということわざは、清廉なクゥクゥ、とくにカンペンには理解できないのかも知れない。

 昨晩の会議にいなかったカンペンやオロ、他数名の若いクゥクゥは、島に残されることを知らない。 きっと…凄く怒るだろうな。 2人には嫌われたままになりそうだ。…いや、それで終わっちゃいけない。もしも変異体に負けてクゥクゥらが殺されてしまったり、二度とこっちに戻って来られなくなったら、カンペンは僕よりも自分を責めて、メェメェがいなくとも戦おうとするかも知れない。それでは本末転倒だ。僕らは彼女らを戦争から遠ざける、これ以上関わらせないために転移するんだ。だから、必ず勝たなくてはならない。そして全員無事に帰って、僕は彼女に叱られなければならないんだ。全員無事…そう、クゥクゥも、兵士たちも、梁神でさえ守らなくちゃならない。

 そんな事が可能か? やはり僕らだけで行った方がいいんじゃないのか?

 兵士たちがわずかに銃口を上げている。(おそらく実弾を込めている)拳銃や小銃も身に付けているが、多くは殺傷能力のないネットランチャーや催涙ガス弾を込めたショットガンを手にしている。ドロドロ弾を込めたものもあるだろう。クゥクゥらは両手をおろして整列したままだが、胸ポケットや各部に忍ばせた分身体が、それぞれ彼らの全身を包むようにバリアを張っている。

 双方警戒態勢のまま、立ったままの会談が数分続いている。梁神の隣にいる明日川(あしたがわ)町長は、いっさい口を開いていなかった。梁神は昨日話した内容をまた繰り返し、あくまで協力姿勢である事をアピールしていた。そして双方の武装と共に警戒を解くことを提案したのだが、メェメェと分身体の随行はクゥクゥ側の絶対条件となるため、サドルは兵士の武装を認めた。

 …武器を持ったまま転移してくれないと困るからな。

 梁神の指示で、兵士たちは再び銃口を降ろした。それをきっかけにしたかのように、カンペンメェメェがスピーカーを通したような大きく、重い声で、

「それでは案内しよう、未知なる世界へ」と発し、それは森の中で木霊した。

 梁神や兵士たちはそれがメェメェの声だとわからないまま狼狽し、ひたすら周囲を見回した。

 僕はコントローラーを両手とも強く握った。正確な数は分からないが、100以上ある極小~小の分身体を兵士たちの周囲に配置した。気づいた兵士が銃を向けるが、発砲するまでは至らず、僕はほっとした。

 どうか抵抗しないでくれ、守る事に専念させてくれ。

 地震が起きているわけでも、強風が吹いているわけでもないのに、周囲を取り囲む木々が蜃気楼のように波打って揺れている。 その奥からざわめきが聞こえて、それは徐々に近づいてくる。 両翼、後衛にいた大勢の兵士たちが、次々と蜃気楼を破って木々の間を抜けてくる。 本隊と距離を空けていた後続部隊は待機したままか、もしくは遮断されてしまったようだ。

 兵士たちは再び銃を胸や頭の位置まで上げたが、どこを狙えばいいのか、そもそも何が起こっているのかわからない。 左右と後方から来た兵士たちも、おそらくこの場と同じように、湾曲する木立と緑葉に取り囲まれ、後退して来たのだろう。前方…クゥクゥらが背にしている木々もまた、前にビニールの幕が張られているのかのように、明瞭度が落ちている。

 この現象の原因を知っている僕らに戸惑いはない。(若干の恐怖はあるけれど…) 所謂(いわゆる)…結界なのだ。 この森は、異世界へと繋がるワームホールの位置を安定させていたあの灯台と、同じ役割を持っている。島のエネルギーが土と根、幹、枝、葉を伝わって常に注がれている一点を中心に、ワームホールが固定されているのだ。そして今、周囲をニアの分身体が空気中に投影しているカムフラージュ(湾曲する木々の映像)に取り囲まれ、集結させられた兵士たちの上を、これもまたカムフラージュの青空が塞いでいる。正午だというのに、こんなに明るいというのに、太陽が見当たらない。 空の裏にある本当の光景には、大きなブラックホールがすでに出現しているのだ。

 この…ニアが張っている結界内に、メェメェと乗り手を別にして、クゥクゥが約50名、兵士約160、民間人約15、総勢約225名がいる。簾藤(れんどう)メェメェと雲妻(くもづま)メェメェチームが担当する全兵士の拘束、及び防衛だが…ちょっと数が多すぎやしないか?

 僕はまたマルチスクリーンに切り替えて、分身体からのすべての映像に目を配った。 雲妻とどうやって手分けすればいい? それに、兵士たちばかりにリソースを割くわけにはいかない。 僕はマルチスクリーンからいくつかを選択する。 小恋(ここ)ちゃんはどこだ… カンペンは…  町長は… 

「これは何だ! 何をした!」

 梁神が整列しているクゥクゥらに向かって叫んでいる。険しい表情…この様子を、異世界の不思議な技術(テクノロジー)の披露ではなく、罠と捉えているようだ。当たっている。

 サドルをはじめ、クゥクゥらは皆黙ったままじっとしている。転移による身体ダメージに備えて準備している。もしも兵士たちが彼らに向けてガス弾や実弾を発射しても、防衛に徹している分身体が、すべて跳ね返すだろう。

「説明しろ!」

「焦りなさんな、移動の準備をしてくれとるんじゃ」

 落ち着いた口ぶりで、町長がようやく話した。

「移動だと⁉ どこへだ!」

「異世界に決まっとるじゃろ」

「なんだと?」

「取引先の地場を把握しとくのは商売の鉄則だに。ちょっと遠いし、10年前から戦争しとるらしいから、ひょっとしたら帰ってこられなくなるかもしれんがの」

「ふ、ふざけるな!」

 梁神は早足でバギーへ向かって歩き出した。

「後退だ。仕切り直す!」

「無駄じゃ、逃げられん。…いや、逃がさんよ!」と、町長が梁神の背に向けて力強く言い放った。

 青一色で歪みに気づけない空が少しずつ色を濃くしていって、部隊上空中央のおよそ10%を占める部分が藍色に変わっていった。 200名以上を飲み込むにはまだ小さい? もう数分はかかるだろうか。

 空の異変にも気づいた兵士たちが、クゥクゥに銃を向け、さらに怒声を浴びせているが効果はないようだ。 足元に実弾数発による威嚇射撃をする者がいたが、すぐに周囲に諫められた。 銃でどうにかなる現象ではないが、各部隊のリーダーの指示の下、兵士は皆個々に装備を再確認し、それぞれ厳戒態勢を敷いた。思いのほか統制が取れている。やはりエリートの要素が多分にあるのだろう。

 後衛にいた青メッシュが 「だから戦車やヘリの2、3台用意しとけって言ったんだよ」と愚痴を言いながら、手にした小銃のチャージハンドルを引いた。相棒のピンクメッシュは中央にいて、まわりの兵士に指示を出している。大きなケースがそれぞれ2~4人の兵士により中央に運ばれている。どうやらドローンの起動準備にとりかかったようだ。

 小恋ちゃんはクゥクゥや町長、梁神らから少し離れた後方で、まだバイクに跨って、ヘルメットを被ったままだ。後退して来た鷹美(たかみ)さんが、彼女に話しかけている。小恋ちゃんは他の島民…曽野上(そのうえ)や漁師たちの面倒を見てもらうよう、彼女に願った。鷹美さんは眉間にしわを寄せながらも、さらに後方へ向かって歩き始めた。サドルは彼女に黙ったまま行くことを選んだのだ。

 空は中央をいっそう濃くしていた。空の異変にほぼ全員が気づき、動揺が広がる。高音の悲鳴がひとつ聞こえた。メッシュコンビ以外にも、女性兵士が数名いる事を思い出した。

 カンペンがメェメェを見上げて呼びかけている…が、メェメェは高度を下げない。彼女の表情が不安で曇っている。傍に寄ったオロが「何やってるの!」と急かす。身に付けた分身体の力を借りればメェメェの位置まで上がれるだろうが、彼女を乗せるか乗せないか、主導権はメェメェにある。

 雲妻メェメェが部隊後方にある森の中に、身を隠すように降下した。僕と同じように兵士たちの位置を確認しつつ、その動向を注視しているのだろう。

 右翼にいた幸塚(こうづか)メェメェが、自分の周囲にいる、あきらかにビビり始めていた曽野上と漁師たちの近くに分身体(小メェメェ)を5体ほど配置し、それから5~6メートルほど浮かび上がって、前方…クゥクゥと梁神らがいる方向へゆっくり進んだ。

 僕らは雲妻メェメェの対極…左翼前方に向けて、兵士たちの上空を進んだ。全部隊を斜めに切って、左翼と前衛を簾藤メェメェが担当する、という意思表示をした。メェメェを経由して、それは雲妻に伝わっているはずだ。

「なぜ動かん! どうなっているんだ!」

 梁神の怒号が響く。

「後退できません。バリアのようなものが全方位に展開されています。閉じ込められているようです」

 ガタイの良い、よく見知ったリーダーが努めて冷静に、バギーに片足を乗せた梁神に報告している。

「バリア? 何をバカな、寝ぼけているのか!」

「しかし、実際にあるのです。銃弾を通しません」

「ではバズーカでもミサイルでも、なんでも試してみろ!」

 梁神が一番平静を欠いているようだ。

 町長が笑う。梁神らを嘲るように。

「今さら怯むな。多少の危険は覚悟しとったんじゃないのか? もっともこの島の、異世界の力なんてものを自分が…いいや、人間がどうにか制御できるなんて、本気で思っとったとしたらお笑い(ぐさ)じゃ。 若返っておったつもりかもしれんが、脳みその方は老いたままじゃの。知識と経験の範疇を超えたもんに対して力づくなど、馬鹿がやる事じゃ」

「なんだと!」

「メェメェ様のご加護を(たまわ)るには、わしらは何もかも不足しとるんだに。分不相応なんじゃ。とくにお前のような、人間としての役割から逸脱した欲を持つ者はな。本来はお目にかかる事も許されん」

「人間としての役割?」 梁神が鼻で笑う。

「偉そうに、意味不明な事を言いおって…」

 そして怒った。 「ボケてしまったなら、病院を紹介してやる!」

「そうだな。もしも無事に戻れたなら、一緒に介護施設にでも入るか。確かわしより1つ年上だったな」

 梁神だけじゃなく、リーダーやバギーの運転席に座っている兵士も表情を歪ませた。

「あんな頼りない息子に任せるわけがない。自分の手で奪いにくるに決まっとる」

「…何を言っている」

「キロメを毎日バクバク食いまくっておったんだろうが、老化を防ぐどころか若返るとはな。そこまでの効力があるとは知らんかった」

 ???

 梁神はサングラスを外した。ズームアップした映像が右下に表示される。きりりとした二重の目を、蜘蛛の巣のような多量の小じわが取り囲んでいる。

「口を閉じろ」

「食い過ぎは体に毒だと聞いとるぞ、今にきっと反動がくる」

「黙れと言ってる!」

 梁神は…梁神父?

「このジジイを撃ち殺せ!」梁神は裸眼で町長を睨みながら、リーダーに命令した。

「しかし…」

「なんだ!」

「民間人です」

「だからなんだ!」 再びサングラスをかけて、今度はリーダーを睨む。

「お前、まだ自分が自衛官だと思っているのか?」

 リーダーは拳銃を抜いたが、町長に銃口を向けはしなかった。

「拘束します」

「殺せと言ってるんだ!」

「個人の倫理観を無理やり捻じ曲げようとする…思い上がった権力者の典型だに。 介護施設よりも地獄に行くべきじゃな」

 町長は憐れむような笑みを浮かべながら、作業着の襟元からペンダントに繋いだ点棒メェメェを取り出して見せた。

「悪いがわしはお前さんよりも少しだけまともでな、こうしてご加護を賜っておる」

 梁神は無視するようにバギーに乗ったが、エンジンがかからない。

「何をやっとる!」

 ぶつかり、ひっかき、砕いた上に、何かが外れたような金属音が複数回鳴った後、バギーの下から出てきた点棒メェメェが、町長の傍に戻った。いつの間にかペンダントから分離していたのだ。

「…かかりません」と兵士が力なく言った。

 町長はカカカと大笑いした。

 夕方のように暗くなって、もはやカムフラージュはその意味をなくしている。異常事態であることを、誰もが認識していた。

 カンペンがしびれを切らしたのか、分身体の力を借りてその身を浮かせた。上昇する異世界人を不審な動きと判断した前衛の兵士2人が、とうとうカンペンとメェメェに照準を合わせる。それぞれ手にしているのは、ネットとドロドロ弾を込めたランチャーだ。

 兵士たちの15メートル程後方にいた小恋ちゃんが、バイクに乗ったまま彼らに特攻する。近づくエンジン音に気づいた兵士たちが振り返ると、小恋ちゃんは直前でアクセルターンをかけた。くるっと車体が180度回転し、後輪に巻き上げられた土が、兵士たちに浴びせられる。

 僕は小メェメェに小恋ちゃんを追尾させた。彼女は兵士の間を縫って走り続けた。異常事態よりも目の前の反抗に気を取られた兵士たちが、彼女を制止しようと追いかける。平静を欠いていた兵士が、小恋ちゃんの背に向けて実弾を発砲した。小メェメェがその身で跳ね返したが、跳弾が傍にいた男兵士の右上腕にめりこみ、叫び声があがった。

 まずい!

 光が薄まっていく代わりに、ところどころで火花が出始めた。銃声を伴っている。

「雲妻さん!」

 メェメェを中継すれば思うだけで伝わるのだが、僕は大声を出してしまった。

「承知!」と、雲妻の声が返ってきた。

 各分身体は兵士たちの防御だけでなく、身体の拘束を始めた。

 乗り手の声を直接伝わらせてしまうと、それは今朝、お互いの通信メェメェを本体に取り込んだカンペンメェメェと幸塚メェメェ、そしてそれぞれの乗り手…つまり今は雲妻だけでなく、綾里(あやり)さんや(たま)ちゃんにも伝わってしまう。彼女らはこれから起きる事…異世界転移の事を知らない。幸塚メェメェはこっちに残る事になっているから、綾里さんには伝えていないのだ。直前まで無闇に怖がらせないため、そして…。

 動きを封じられた兵士たちが苦悶し、方々で悲鳴があがる。

「あ、あの、いったい、 なにが起きているんですか?」

 通信できる事を知った綾里さんが、当然の疑問を投げかけた。僕は…雲妻も返答できなかった。10秒程沈黙が続いた後、「安心して、あなた方の身は必ず守ります」と、幸塚メェメェが優しく言った。彼女(彼?)は中央上空まで移動して、待機していた。

 僕は全兵士の半数をロック(防衛&拘束)した…と思う。梁神は…町長がロックしているのか? フェリーで ‟最後のひと仕事” と言っていたけれど、これがそうなのか?

 兵士たちはほとんど身動きが取れなくなっているが、多くが全身に力を入れて、拘束に抵抗している。 どうか無駄なエネルギーを使わせないでくれ、そして使わないでくれ。抵抗しなければ全然痛くないから… そう願ってもせんない事だった。

 小恋ちゃんがうずくまっている兵士たちを避けながらクゥクゥ達のところまで戻ってくると、バイクを乗り捨てるように地面に倒し、ヘルメットも脱ぎ捨てた。そしてもう夕暮れと言えるくらいまで暗くなった空を見あげると、大声で呼びかけた。

「カンちゃん! 降りてきなさい!」

 カンペンはメェメェ本体に両手で触れて、おそらく必死になって開扉(開頭?)を願っていた。小恋ちゃんの声に気づいて、顔を下に向ける。 …やはり異世界人も、目が赤くなるんだな。

「あ、あなたに係わっている時間はありません!」

「カンちゃん、あなたは二朱島(にあじま)に残るの!」

 えっ、言っちゃうのか?

「なっ 何をとんちんかんな事を! いじわるを言うのは別の日にしてください!」

「それがメェメェ様の、みんなの意思なの! 子供を戦場に行かせるわけにはいかないの!」

「う、嘘です! わたし以外に、誰がメェメェ様にお仕えできると言うんです!」

「代わりがいるの!」

「嘘です!」

「嘘じゃない!」

「マエマエ様! 早く開けてください! お願いですから…」

 カンペンが強くノックするように、メェメェの外殻を何度も叩いた。 しかし頭は一向に開かず、彼女の体はゆっくりと降りていった。彼女の身に付いた分身体が、そうさせたのだ。

「どうして… わたし… みんなの仇を討つためにこれまで…」

 両手で顔を覆っているが、涙が溢れ出ている事がわかる。泣いたまま着地した彼女を、すぐに小恋ちゃんが両腕で強く抱きしめた。

 オロがキョロキョロと、整列したまま淡々と転移を待つクゥクゥ達を見ている。サドルをはじめ、ザッサやクルミンも目と口を閉じている。

「そう…そうだったの。どうも様子がおかしいと思っていました。こんな大切な事をわたしに黙っているなんて」

 そして彼女は小恋ちゃんに抱かれたままのカンペンを、さらに後ろから抱きしめて、小恋ちゃんの腕に手を重ねた。

「そう、あなたはクゥクゥの未来を担う大切な存在なのです。ニアを頼みます。マエマエ様は、戦いは、わたしに任せてください!」

「なに言ってんの、あんたも島に残るのよ」

「え?」

 愛おしそうにカンペンの顔に頬を寄せていた小恋ちゃんは、すでにオロに真顔を向けていた。

「オロ、あんたも行っちゃダメ」

「ええ~⁉」

 色白であどけないはずの顔が、目を剥いて、鼻の穴と口を大きく開けて、クゥクゥとは思えないくらいに歪んだ。

「え~ えっへへ~ そんな~ うそ~」 オロは身を離して、日本のおばさんのような濁った声を出して、しつこく疑い続けた。 相当ショックなのか、ちょっとおかしくなっている。

 小恋ちゃんは無視して、カンペンを抱いている両腕の力を緩めると、クゥクゥに向かって大声をあげた。

「それからヨンちゃん! プール君! マチナガも残留! そんなカッコつけてても無駄よ! 置いてかれるんだからね!」

 お湯が沸いたような高音がいくつか上がって、男子2人と女子1人が整列を乱した。(どっちがプール君だ? マチナガは誰だ?) やはり3人とも他のクゥクゥよりもさらに若く、十代に見える。隣にいるクゥクゥの袖を引っ張ったり、異世界語で話しかけるが、返事してもらえない。不安そうで、女の子は今にも泣き出しそうだ。

「皆の邪魔にならないよう、すぐに離れなさい。全員あっちへダッシュ!」 彼女は力強く左腕をあげて、後方を指さした。

「イヤです!」

 カンペンが小恋ちゃんの胸を両手で押しのけた。

「カンちゃん!」小恋ちゃんが目をぱちくりさせた。

「イ~ヤ~!」

 落雷したかのように一瞬辺りが照らされたが、その後音は一向に鳴らない。ずいぶん暗くなっているが、その原因はワームホールが大きくなって、近づいているせいであり、結界の外が急に曇天になったわけじゃない…と思う。不審がっていると、それからも数回閃光が走った。

 もうすぐ転移が始まる、と考えた。もう一度マルチスクリーンで確かめる。簾藤メェメェがロックしている兵士の映像には、オレンジ色の枠がついている。ピンク枠は他のメェメェがロックしてくれている。…メッシュコンビは簾藤メェメェが。 梁神やリーダー、町長、それに島に残る鷹美さんや漁師たちも、他のメェメェに守られている。ロックから漏れた2人の兵士が森の中を逃走している映像に気づいて、急いで分身体に追わせたが、その代わりに別の3人が外れてしまった。数が足りていない?

‟ メェメェ様! “

‟ わかっている! だが、手が回っていない、もっと集中しろ!“

‟ やってます! “

‟ 足りない! 気が散らばっているからだ。 例の件はもう諦めろ “

‟ ダ、ダメです! 職を失っても、家族に会えなくなっても文句は言いませんが、これだけは譲れない。 僕が命をかける、たったひとつの条件です! “

‟ しかし、最強の手札を捨てる事になる “

‟ 僕らで倒せばいいんです! それとも、自信がないんですか? “

‟ そんなわけねえ! “

 マルチスクリーンがさらに10ほど増えた。成長し、分身体が増えたかも知れない。さっき外れてしまった兵士たちを、再びロックする事ができた。

 小恋ちゃん達はどうなった? …まだ揉めている、めっちゃケンカしている、もう時間がないってのに。

「聞き分け良くしなさい!」

「そ、その言葉は習っていません!」

「習ってるわ! 教えたっての!」

「だって、わからないもの!」

「言う通りにしなさいって言ってんの!」

「代わりって誰ですか! ちゃんとマエマエ様が認められたのですか!」

「認めた!」

「嘘です!」

「嘘じゃない!」

「じゃあ誰なんです! 教えてくれないと納得できません!」

「わたしよ!」

 ああ、言っちゃった…。

「はい?」

「わたしなの! 明日川小恋が乗るの!」

「なななな… なにをバカな、 じょう、冗談は、夏休みか冬休みに言ってください!」

「突っ込む気になれんわ!」

 2人とも、数秒使って息と感情を整えた。

「小恋さんがマエマエ様に? そんなの、戦えるわけないじゃないですか、何の訓練もしていないくせに…」

「あなたには内緒で、何度か乗せてもらっているの。 確かに戦う訓練なんてした事ないけれど、反射神経や運転には自信があるから大丈夫」

「乗せてもらった? そんな… どうして…」

 ヤバい… ショックを上乗せしてしまったようだぞ。どうして話したんだ?

「ごめん。 もしかしたら二度と会えなくなるかも知れないから、騙したまま姿を消したくなかったの。ほら、またあんたをほってどっかに行っちゃった、って思われるじゃない。これでも反省してるんだから…」

「どうして小恋さんが… 関係ないじゃないですか…」

「関係なくないの。あなたは妹。 …いえ、あなただけじゃない、クゥクゥはわたしの家族なんだから」

「イヤです… 小恋さんが行くなんて… 絶対イヤ…」

 また泣く… ああ… 泣いた。

「大丈夫、わたしだけじゃない。簾藤さんも一緒に行ってくれるから、きっと勝って、無事に帰ってこれる」

「え?」

 あれ? 涙が瞬時に乾いたようだぞ?

「簾藤さん? あの人も行くんですか? 出来損ないと?」

「出来損ないじゃないって ……簾藤さんも」

 え? どういう意味?

「ダメです! 絶対に許しません!」

「なに、簾藤さんがどうだって言うの」

「あ、あの人は信用できません! その場しのぎで言う事と態度をコロコロコロコロ変える…コロコロコミックです!」

「そ、そんな事ない! ちょっと優柔不断なだけで、真面目で優しい…イイ人よ!」

「小恋さん、あなたはまた男の人に都合よくコロっと騙されて… コロコロしてないで少しは凝りてください。大学生の時に当時の恋人と一緒に起業して、多額の借金を背負わされた挙句に逃げられたことを、もうお忘れなのですか!」

 え… マジで?

「そ、そんな昔の事を、こんな局面で言う!?」

「そんなコロコロカップルに、お任せするなんてできません!」

「コロコロ言うな!」

「あの… ちょっと、小恋先輩」

 みっともない姉妹喧嘩を傍で見ていたせいか、オロは平静を取り戻していた。…先輩?

「なに!」 …うるさがる小恋ちゃん。

「2人とも熱くなっているところに水を差しますが、マエマエ様が…離れて行っちゃってます」

「えっ?」×3

 彼女らを映していた正面のメインスクリーンを消して、全方位に切り替えた。 高度を10メートル程まで上げて、中央の…もはやブラックホールそのものと化している真っ黒な空の下へと移動している。 彼はもうカンペンメェメェを、そして小恋メェメェも辞めるつもりなんだ。

 まもなく転移が始まる! 小恋ちゃん達にはそれぞれマンツーマンで分身体が付いているから大丈夫だ。だが、また数名の兵士が無駄な抵抗をして、ロックが外れていた。

 いい加減にあきらめろよ! お前らに構う余裕はもうないんだよ! 

 …僕は優先している。救う人間を選別している。仕方ないだろう。‟全員無事に“ なんてどうせ無理だ。最低でも何人か、何十人かが死ぬだろう。いくらメェメェでも、異世界でも、ファンタジーでも、そんな御都合主義はまかり通らない。

 外れてしまったロックをそのままにして、僕らは新しい乗り手(・・・・・・)を求めるメェメェを追った。僕はメェメェと視点を揃える。幸塚メェメェと…その向こうから後方の兵士半数を担当しているはずの雲妻メェメェもまた、近づいてくる。

「雲妻さん!?」

「簾藤さん、実はひとつだけ、マエマエ様に賛同しかねる事がありまして」

「雲妻さん、もしかしたら…」

「ええ、同じ事を考えていたかも」

 不安そうなつぶやきが聞こえてくる。

「ええ… どうして…」

「綾里さん!」

「れ、簾藤さん! メェメェ様が何も説明してくださらなくて。これって、何が起きているんですか!」

「綾里さん、珠ちゃんを守ってください!」

「えっ?」

 メェメェと幸塚メェメェが合流する。反応し合ったかのように2人の白いボディが輝き、その強い光は頭上にあるブラックホールでさえ吸収しきれず、夜から夕暮れ前に戻った。そして、互いが向き合ったまま頭を開く。無人の透明シートが、幸塚親子に向けられた。

 僕らは()カンペンメェメェに、雲妻メェメェは幸塚メェメェに、それぞれ本体周辺に配した数体の中メェメェから十数本のオレンジ色の光線を発射し、ロープのように体に巻きつかせた。

「どういうつもりだ!」響くような低音の男性ボイスと、

「何をするのです!」力強い、それでいて感情を幾分か抑制した大人の女性ボイスが続けて聞こえた。

 簾藤、雲妻メェメェはそれぞれ両目を出して、力いっぱい(?)メェメェ達を引っ張った。幸塚メェメェの開いた頭部を、正面右にあるスクリーンに映す。僕が言ったように、綾里さんが両腕と長い黒髪で珠ちゃんの体を隠すように抱いている。 風が吹いて、彼女の髪を舞い上がらせると、ふり返って前を見つめている珠ちゃんの、口を堅く結んで、ほっぺを少し膨らませた顔が露になった。

「メ…マエマエ様! どうか珠ちゃんを、幼い子供を異世界に連れて行くのはやめてください!」 僕は必要のない大声を出した。

「私たちだけで戦いましょう! 仲の良い親子を引き離すなんて、こちらの世界では畜生にも劣る行為とされています!」 雲妻も声を張り上げた。

「罪深いと心得ております! しかし! それでも彼の力が必要なのです!」 幸塚メェメェが悲痛そうに答えた。今度はかなり感情がこもっている。

「どんな説明がつくと言うんですか! 人を殺す才能なんて、子供にあるわけないでしょう!」

 メェメェは両目を開き、折れた頭部で上半分が隠れた眼光を僕らに放った。(まるで睨みつけているようだ)

「余計な欲望を一切廃した、生きる事への純粋な渇望。近親を、隣人を愛する気持ち。それらを否定する者への激しい怒り。われわれが求める人間だ」

「メェメェが求める人間? 珠ちゃんが?」

「そうだ」

「でも…まだ子供だ」

「お前たちには理解できない」

 メェメェが光線を繋いだまま突進してきた。本体同士の激突は、かなりの衝撃を内部(乗り手)にも与える。光線と共に、僕の意識も一瞬消えた。

 どこからともなく現れた3体の中メェメェが、雲妻メェメェが発している光線を断った。

 すんなりいくはずないと分っていたが、転移の際ならば隙をつけるかも、とも考えていた。やはり甘かったか…。

 再び2人が背中合わせになって、近づいていく。

「メェメェ様! 本気で親子を離してしまって構わない、と考えているんですか!」

「彼は、おそらく最強なのです!」

「だからと言って…」

「変異体を倒すには、彼が必要です」

「ふざけんな!」

 言葉に反する澄んだ声は、綾里さんのものだった。珠ちゃんを抱いたまま腰をあげて、真剣な…怒った表情でメェメェを睨みつけている。僕に怒った時よりもずっと怖くて、ずっときれいだ。

「どいつもこいつも、守ってあげるだの面倒を見るだの言ったくせに、いつも最後には裏切る! 珠は絶対に渡さない! ずっとふたりだけで生きてきたんだ! 助けてくれないなら、せめてこれ以上邪魔をしないで!」

「綾里さん、落ち着いてください!」

「では、綾里さんもお連れすればいいじゃないですか」

「く、雲妻さん!」

「仲間同士で争っていても、無益どころか不利益ですよ。ずっと2人を乗せていらっしゃったんなら、そちらのメェメェ様にも可能なんじゃないですか?」

 メェメェが回転し、雲妻メェメェの方に目を向ける。

「ダメだ、乗り手を増やすと却ってノイズになる。それに相性もある。その子をわたしが預かれば、長年かけて蓄積してきたマエマエの知識の蓋が開かれる。わたしは一気にレベルアップするだろう。そして幸塚綾里が乗るマエマエもまた、独自に進化する事になる」

 雲妻メェメェが少し前に傾く。

「ですから、4チームで戦えばいいじゃないですか。ずっと有利になるでしょう?」

 いちいち土管ボディで感情を表現しているように見えるのは、気のせいだろうか?

「それもダメだ。ニアを守る者が必要だ。島に危険を持ち込んでいるのはお前だろう」

 そうだ、転移しても島には多数の兵士が残る。ニーナさんは頼れそうにないし…。

「確かに…それは申し訳ない事をしました。 では、綾里さんと珠ちゃんは一緒に異世界に、代わりに簾藤さんがこちらに残る、というのはどうでしょう」

「はあ?」と、言ったのは僕だけじゃなく、簾藤メェメェも一緒だ。

「ふざっけんな!」 これは簾藤メェメェ。

「それは…」 島に残ったら、小恋ちゃんやカンペンと離れずに済むか。…いやいや!

「ダ、ダメですよ!」 かっこ悪いよ! 全然主人公じゃないよ!

「それなら雲妻さんが残ればいいじゃないですか!」

「なぁ~! なんてひどい事を!」

 雲妻メェメェが激しく上下に揺れ始めた。頭を開いたら蒸気が噴出しそうだ。

「わたしから憧れの異世界転移を奪おうってんですか⁉ 親友ができたと思って喜んでいたのに、さっそく裏切るのですね。 そんなに簾藤ハーレムをつくりたいのか、このやろー!」

「ふざけてる場合じゃないって!」

「皆でどこへでも勝手に行ってください! 早くわたし達を降ろして!」

 綾里さんがガチギレしている。

「ね~、そろそろ行く~?」

 気が抜ける、のんきな大声が上から降り注いだ。 4人のメェメェが放つ白光があっても、空は全面が真っ黒になっていた。とっくに周辺一帯、兵士全員を覆う大きさに広がっていたようだ。

「遅いぞニーナ! 何をやっている!」と、メェメェが苛ついた声を出した。なんだか…普段から苦労させられているみたいだな。

「なんかうまく行かなくてさ~ ニアお婆ちゃんも疲れてきたみたい~ 中止しとく~?」

「バカな事を言うな! 早くしろ!」

 2人のメェメェが、一跨ぎで渡れるくらいまで身を寄せ合った。転移が始まったら、邪魔をするのは危険すぎる。もう無理か…。

「冗談じゃない! 絶対に渡しません!」

 綾里さんが珠ちゃんを抱いたままうずくまった。しかしそれでも、メェメェが力を使えば引き剥がされるだろう。

「綾里さん、あなたはひとつ、勘違いをしているんです」

 優しく諭すように、しかし申し訳なさそうに幸塚メェメェが言った。

「わたし達は、強制しません」

「え?」

 綾里さんの両腕が、筋力を失ったようにだらりと垂れ下がった。珠ちゃんが母親の両肩に手を乗せて、両膝の上から足を降ろす。そして…

 珠ちゃんは… 二朱島(にあじま)に着いたその夜に… いや、フェリーに乗っている時からメェメェに呼ばれていた。その才能を見出されていたんだ。そして…自らの健康と母親の地位、2人の居場所を求めて、メェメェに乗る事を了承していた。

 また音を伴わない閃光が走った。連続で…10回ほど点滅しただろうか。

「あっれ~? やっぱりなんかヘンね~」

 またしまりがない声が響いた後、空は瞬時に青に戻った。

 あれ?

「な!? 何をしている!」

 メェメェが苛つきを通り越し、怒っている。声から渋みが消えていた。

 ワームホールが消えた?

「いや~、ちょっと待ってね~ 安定していないだけで… あれ?」

 また暗くなったが、黒はさっきよりも小さく…半分くらいになっている。これじゃあ兵士全員を覆えないんじゃないか?

「エネルギーが跳ね返ってくる、おかしいな~」

 なにか…嫌な予感がするぞ。僕だけじゃなく、メェメェ達も感じているようだ。

「あっちから何かが来る、みたいな~」

「な、なんだと⁉」

「敵かも」

 30メートル程上に張ってあった結界がふっと消えるように解かれて、太陽光と共に、真っ黒な、直径150メートルほどに見える真円のワームホールが現れた。それは空気中に空いた穴なのか、球形の物体なのか判別がつかない内に、見る見る小さく、半分以下になっていった。

 えっ、なにが来るって? 敵?

 直径が50メートル以下になったと思われた時、目をやられるかと思うほどの数十回もの(百回以上かも)閃光が走って、何かが2つ、ワームホールから飛び出てきた。

 僕と雲妻は何が起きたかわからなかったが、4人のメェメェはそれぞれ瞬時に反応していた。兵士たちに向かってものすごいスピードで落下するそれらを、誰かの中メェメェが体当たりして弾き、跳ね返って方向を変えた1体を、別の中メェメェが発射した複数本のレーザービームが捕まえる。しかしそれでも完全には止められず、ビームに捕まったまま抵抗を続け、あちこちを飛び回った挙句、力尽きたように森の中に落ちた。もう1体もまた、繰り返し分身体に跳ね飛ばされて何度も方向を変えた後、湾曲する木々を映した結界にぶち当たって、ようやく地面に落ちた。

 僕はその約10秒の間、呼吸をし忘れていた。急いで酸素を体内に取り入れる…やばい、過呼吸になりそうだ。

 その赤紫色の2体(1メートルクラス、つまり中メェメェ)は、まだ死んでいないだろう。そもそも死ぬものなのかわからない。まさかこっちに来るなんて…。

 集中と冷静を欠いたせいか、簾藤、雲妻メェメェが担当する兵士たちの多くが、ロックを解かれてしまっていた。だが兵士たちは恐怖で何もできず、ただその場にへたりこんでいる。

 ワームホールは再び大きくなっている。今さら転移を中止するなんてできない。この作戦に二度目はないんだ。

 メェメェは全員(・・)頭を閉じていた。


 どうなった?

 どうする?

 どうなる?


次回

第40話「会敵 Part 2」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
案の定、色々予定通りにいかず大パニック。 転移の迫力ある情景描写も相まってドキドキハラハラでした。 会敵…まさかあっち側から乗り込んで来るなんて。 どうなっちゃうんでしょうか。 そして、珠ちゃん最強…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ