第36話「設定説明しましょうか ‐完結編‐ Part 1」
遅れました
すみません
複数の極小~小メェメェが僕らの周囲を飛び回り、彼らが発する白と黄色の光線が、彼女の顔を明るく照らした。
黒髪じゃなかった。明るめの茶髪…若干濡れている。髪を洗った後、きちんとブローできなかったように見える。 彼女もメェメェに呼び出されたのだろうか。 僕のように分身体に掴まらせるのは危険だから、本体に乗せている、という事なのだろうか。監視が厳しいであろう町長の代わりとして…。それならば合点がいく。が、彼女の表情は、そういう雰囲気じゃない。緊張した面持ちではある。だがそれは、開口部の縁に手を引っかけ、20メートル下に落ちてしまわないよう必死でメェメェ本体に貼り付いている僕に対してのもので、メェメェに乗せられている事についてのものじゃない。
「小恋さん…」
「響輝さん、とにかく早く中へ」
「は、はい」
メェメェ本体は体勢(真下を向いている、つまり乗り手は上を向いている)をキープしたまま、速度を落とした。ぼくは足から中に入るため、這ったまま頭と足の位置を入れ替えた。念のため、片手で股を探る。(よし、漏らしていない)
「足を入れていいですか?」
「はい?」
「このまま足から入ってって、いいですかー!?」
「あっ、少し…に ず……てくださ…」
「え?」
ニーナさんの歌が邪魔をして聞こえにくい。
「少し右でーす!」
「は、はい、これくらいー!?」
「はーい!」
足の裏が内側に当たる。体の約半分が入った。
「そのままゆっくり!」
僕は体を ‟く” の字に折って、両足で内部の底を探った。
早く乗らないと、彼女にずっと尻を向けているじゃないか。
本体が起きるように上に傾いた。重力が働き、僕は反射的に両腕を突っ張って、後ろに全体重をかける。(でないと前に落っこちる) メェメェに飲み込まれるようにして中に入ると、すぐに口は(頭は)閉じられた。彼女がやったんじゃない、メェメェがしびれを切らしたんだ。
上半身の左半分が、小恋ちゃんの上に重なってしまった。咄嗟に僕の背を支えようと、彼女は右手と胸を当てて抱き留めてくれたのだ。革製のジャケット越しとはいえ、わずかに感触がある。柔らかくて、かつ力強く、でも細くて…そして僕のうなじに、くすぐるように息があたり、石鹸とシャンプーが香った。
「ごめん!」
僕は慌てて背を離すと、すぐに足場を確保し、彼女の右隣へ立った。メェメェ本体は重力に対してほぼ垂直に、姿勢を安定させている。
「大丈夫ですか? おケガは?」 彼女は前を向いたまま尋ねた。
「ありません、大丈夫」
「すみません、狭いですよね」
「いえ、平気です」
確かに狭い。 内部の横幅は1メートル半あるかどうか、隣り合うとほとんど隙間がない。足場はさらに狭くなっているので、どうにもバランスが悪い。これではメェメェが急加速や上昇、下降をする時に、また小恋ちゃんの体に触れてしまうだろう。ただでさえちょっと興奮気味になってしまっているのに、万が一(いや、百が一、十が一くらいになっているかも)体の一部が反応してしまったら、もう取り返しがつかないぞ。スウェットだから隠せないぞ。
僕は透明シートの右側後方に下がった。内壁と透明の背もたれの後ろに掌を付けて体を支え、少し腰を落として、彼女の顔の高さに自分も合わせる。すぐ左に、連結メェメェが浮いている。
よし、これでもしもの時も気づかれないだろう。 …バカなことを考えている場合か。
「あの… このメェメェ様って、カンペンさんが乗っていた…」
「え、ええ、そうです」
「小恋さんもクゥクゥに呼び出された、って事ですか?」
「そうです」
彼女は視線を、正面だけ映っているスクリーンに固定している。気まずそうにしている様子が見て取れる。 しかし、球形コントローラーに両方とも手を置く姿は、なんだか堂に入っている。メェメェに乗っている事について、 少しも動揺していない…つまり、彼女は以前にも乗った事がある。何度も乗った事がある。僕が二朱島に来るずっと前から…。
「あの、聞いてもいいかな」
「あ、あの…」
「ダメ?」
「いえ、きちんとお話しなくちゃならないのですが、皆を待たせておりますので、後ほどでよろしいでしょうか…」
「あ、うん…」
メェメェがゆっくり高度を上げた。白い内壁がじわりと消えて、全方位スクリーンに切り替わった。
まだニーナさんのライブは続いている。遮断していた外部の音が、ボリュームをかなり落とした状態で聞こえてくる。曲調が変わっていた。スローテンポでどこか感傷的な、バラードのようなメロディー。歌と伴奏が混じり合っているような不思議な音が、やさしく気持ちを落ち着かせてくれる。さっきよりもずっと低い声で歌っている。変わっていない衣装が余計に浮いているが、ニーナさんは曲調に合わせたような、憂いを帯びた、悲し気な表情に変わっていた。大きな丸い瞳が、子犬のように潤んでいる。
「なんか、いい歌だな~」
と、呑気な言葉がひとりでに出た。
「…ええ」
「なんて歌っているんだろう? ホントに梁神さん達を迎え入れるつもりなんだろうか…」
小恋ちゃんが少し笑った。そして下を向いて両目を閉じたまま、リズムに合わせるようにゆっくり言った。
「みんな、一緒に、地獄へ行くのね。 わたしは、とても悲しい」
「え?」
「寂しくなるけれど、それでもわたしには、歌がある。 歌さえあれば、生きていける」
「小恋さん?」
「せめてもの贐に、声と心が枯れるまで、歌ってあげましょう。 …そう歌っています」
彼女は両目を開いた。
「内容が分かるの?」
「少しだけですが…。教えてもらいましたので」
「ニーナさんの事も?」
「…ええ、わたしが生まれる前から島にいらっしゃいましたから。小さい頃は親戚のおばさんかと思っていました。ずっとその時の姿のままですけれど…」
「みんな一緒に地獄へ… それってまさか」
返答しない、それが答えになっていた。
「クゥクゥは…戦場へ行くんですか? 皆?」
「…全員じゃありません」
七割以上が行くんだろう? カンペンも…
「でも、メェメェが1人じゃ、変異体には勝てないんじゃ…」
「お前たちも行くのだろう?」
「え?」 カンペンメェメェ…いや、今は小恋メェメェか。
「お前と… 簾藤メェメェと呼んでいるのか。 行くつもりなのだろう? 戦うつもりなのだろう?」
「あ、 はい …まあ」
「昼間の戦いの最中で、お前たちの会話を聞いた。それがお前を呼び寄せた理由だ。我々の協力者として、同志として、その意思を明確にしてもらう」
「同志… 一緒に異世界に行くという事ですか」
「自分たちだけで勝てると思っているのか? お前たちこそ無謀だ」
「やはり、そうでしょうか」
「今の状態ではおそらく勝てない。成長がどこまで進むかだが、不確定要素が多すぎる」
「ええ、自覚はしているんですが…。 その、時間がないっていうか…」
「確かに時間がない。賭ける必要が生じている。可能な限り勝つ要素を増やしてな…」
時間がない、ってところに、僕には不実な理由(転勤に間に合わせる)が絡んでいる事に引け目を感じるな。 勝つ要素か、つまり僕ら以外…雲妻メェメェと幸塚メェメェの事なんだろうけれど、確かに成長の問題があっても、さすがに4人がかりなら勝てるんじゃないだろうか。しかし乗り手も含めて、3兄弟には変異というリスクがある。まさに賭けだ。 それに、雲妻さんと綾里さんの意志もまた関わってくる。メェメェは強制しない。彼らが異世界の戦争など参加したくない、乗りたくないと言えば、彼らを降ろすしかないのだ。 僕はカンペンやサドルと、オロやザッサ、クルミンと、皆と交流を持ってしまった。わずかな時間で、彼らがどれほど優しくて、面白くて、美しい人たちかを知ってしまった。なし崩しだったが異世界に行って、そして異世界の人々を殺してしまった。…いくらただのサラリーマンでも、この気持ちと責任感を放棄する事はできない。 そして、僕はクゥクゥに戦場に行ってほしくない。この世界で、二朱島で、平和に暮らしてほしい。せめて若い人…オロ達は、せめて未成年…カンペンは。
僕ははっと気づいた。僕でさえそういう気持ちを抱いている。ならば、もっと彼らと親しくしていた、カンペンを妹のように思っていた彼女は…。
「小恋ちゃん、君は…」
「後で、お話しましょう」
「後にすることはない」
小恋メェメェは速度を落とした。
「説明してあげなさい。どうせニーナは、まだ満足していないだろう」
ほんの1分ほど逡巡したが、彼女は意を決したように話し始めた。
「その、 マエマエ様には、2年ほど前から…ちょくちょく乗せてもらっています」
「は…あ。でもそれって、その、カンペンさんや他のクゥクゥも知っている事なの?」
「内緒です」
「え?」
「誰にも話していません。お祖父ちゃんにも」
「小恋ちゃ…ん、 もしかして…」
「わたしからお願いしました。他に誰もいなかった… あの、響輝さんと珠ちゃんがはじめてマエマエ様に会った時と同じ、あの海岸でお会いした時に、その…」
「カンペンさんの代わりになりたい、って…言ったの?」
「そう…です」
「異世界に行って、変異体と戦うって? 敵を、異世界の人を殺すって?」
「はい…まあ」
「まあ、って…。カンペンさんを想っての事だろうけど、それでも無茶だよ」
「でも、響輝さんだって、そう思ったわけでしょ?」
「まあ、そうだけれど…。 でも、僕は深く関わっちゃったから…」
「わたしの方が深くて、長いです」
でも、君は誰も殺していない。
「カンちゃんだけじゃない。わたしがなんの苦労もせず、今まで無責任に生きてこられたのは、お祖父ちゃんや両親だけのおかげじゃない。島の人々のおかげ、その中には、クゥクゥやマエマエ様も含まれています!」
「君だけが背負う道理はないよ」
「わたしは町長の孫です! そして、マエマエ様の乗り手は1人だけです。…いや、でした。 まさか3人も新しく生まれたなんて、聞いてなかった!」
小恋ちゃんが球形のコントローラーを強く握った。…握りつぶすかのような勢いで。
「お前を乗せたのはテストだった。こちらの世界の人間を乗せた場合、どういう影響があるか。もしも問題が生じたなら、即座に降ろしていた」
「問題って、変異の事ですか?」
「そうだ」
「小恋ちゃんを乗せても、変異はなかった。…つまり成長もなかった」
「今のところはな」
「じゃあどうして僕らが乗ると、すぐに成長したんだろう?」
「彼女を乗せた時間はお前たちよりずっと多いが、戦闘などの経験は当然ながらない。事を慎重に運び過ぎたせいかも知れん。 お前たちを乗せた3人は変異しているが、今のところ敵対するそぶりはないようだ」
「荒療治が成長の鍵、ってわけですか」
「わたしにも荒療治すればいいじゃない!」
やっぱり気が強いなあ…メェメェ様相手に凄んでいるよ。
「それだけが原因じゃない。根本的な問題はわたしにある」
「どういう意味!?」
口調が厳しいって…。
「彼ら3人は、もともと遠い昔に私たちが備えていた戦闘能力を蘇らせるために、その情報を注入し、改良を経て生み出された」
ああ…そう言えば、そんな事を言っていた。
「生まれが違う、って事?」
「そうだ」
「じゃあ、わたしが乗っても、強くならないの?」
「いや、そんな事はない。わたしにも能力が備わっている。10年をかけて、奥底に眠っていた知識を徐々に引き上げていった」
「だから~、どういう意味なの?」
「3人より発動に手間はかかると思われるが、準備はもう整っている、という事だ」
「じゃあ、やっぱりわたしの問題なんじゃない」
「互いの問題だ」
はあっ、と小恋ちゃんは大きくため息をついた。
「カンペンさんには無理、という事なんですか?」
「あの娘に人は殺せない。 いや…」
「殺させない! 絶対に!」 と、小恋ちゃんが強く言った。
小恋ちゃんはそのために…。メェメェも…。
本来なら数分、本気(?)を出したら数秒で目的地にたどり着くのだろうが、メェメェは島の夜を案内するように、ゆっくり遊覧飛行をしてくれていた。 もっとも、今までは会話に夢中で、ほとんど景色は頭に入って来なかったが…。 外殻は透明になっているから、接触しない限り気づかれる事はない。町中を飛び、山を越えて、周辺海域を飛んだ。梁神のものらしき船が2隻ある。 近距離まで近づいても、彼らのレーダーには引っかからない。つまり、いつでも撃沈できるという事だ。
そう言えば…
「メェメェ様…いや、マエマエ様、その…おケガ(?)はもうよろしいんでしょうか?」
「なんの話だ?」
「あの、黒い、ドロドロしたものをかけられて」
「あれがどうした?」
…やはりあんなもの、大して効いていなかったんだ。という事は、あの溶けるように消えた小メェメェも、梁神たちに捕まっている複数の分身体も、すべて演技なのか?
……おびき寄せたのか?
「響輝さん」
「あ、はい」
「どうして島に戻って来たんですか?」
「あ…」 そうだ、ちゃんと説明しなくちゃ。とは言っても…
「その、僕はべつに梁神さんや雲妻さんの側にいるわけじゃなく…」
「それは分かっています。響輝さんと綾里さん達は普通の…とても善良な方々です」
「ああ、…どうも」
「こんな事に巻き込むつもりはありませんでした。まさか雲妻さんが梁神のスパイで、しかもこんなに早く、強硬に島を奪いに来るとは思っていませんでした。 考えが甘かった」
意外と、そうでもないかもしれないよ。僕ら…観光客がメェメェに選ばれてしまった事は、誰にとってもイレギュラーだったろうけれど、時期はともかくとして、梁神が兵を率いて上陸する事は、きっとメェメェやクゥクゥは予期していた。おそらく町長も…。
「住民を増やして、発展させて、ある程度島の存在を世間に周知させて、梁神を頼らなくてもいいように、あいつがおいそれと手を出せないようにしたかったけれど、それは呑気な夢物語だったようです」
「そ、そんな事ないと思うよ。いい考えだと思う。ただ、それには時間がかかるんだよ。マエマエ様やクゥクゥの事をすべて明かすわけにはいかないだろうから、慎重に進めなくちゃならない。 小恋ちゃんが島に帰って来てから、まだたった3年なんだろう? そこまで責任を感じる必要はないよ。 そんなに気を張らないで… 君は傍から見て、すごくがんばっていると思うよ。 ホントに、偉いと思う」
「…ありがとう、 ございま…」
え? 泣いてる?
「小恋ちゃん、大丈夫?」
「…大丈夫です」
「ごめん、ハンカチも何も持ってなくて」
「ああ、大丈夫です。チリ紙持ってます」
彼女はポケットティッシュをジーンズの前ポケットから取り出して涙を拭き、もう二枚取り出して鼻をチーンとかんだ。くすっと笑って…
「ああ、恥ずかしい」と呟いた。
…すっげえかわいい。
「良かった」と、また思わず声が出てしまった。
「はい?」
「いや、その…嫌われていると思ってたから」
「わたしが? 響輝さんを? 誤解です。初めてお会いした時から、嫌いになった事はありませんよ。 …まあ、そりゃ少しは苛ついた時もありましたが」
「無理もない、自分でも苛ついたもの…」
「話を戻します。どうして戻ったんですか?」
「それは、小恋ちゃ…さんと同じだよ」
「呼びやすいなら、‶ちゃん“ でいいです。ちょっと恥ずかしいけれど…」
やった!
「カンペンさん以外にも、クゥクゥは見た目だけじゃなく若い人が多いだろう? いくら故郷のためとはいえ、戦場なんかに行ってほしくないよ。メェメェだけの力で、なんとか敵を、変異体を倒せないものかと思って…」
「でも、響輝さんは数日間島にいらっしゃっただけです。彼らと交流を持ったとしても、代わりに戦場へ行くなんて考えられるのは、少し理解に苦しむというか…」
「僕自身…そういう気持ちがある事は自覚しているんだ。 戦争なんて、異世界なんて、本来の僕にはとても対応できない。すぐに逃げ出して、二度と島には戻らない。記憶から消して、なかった事にしてしまう。実際、最初はそうしようと思ってたんだ。 …でも、メェメェ様の力を知って、戦闘とか、その…異世界転移とか、いろいろと体験して、たぶんその…言い方は悪いけれど、僕は調子に乗っているんだと思う」
「調子に乗る?」
「その…さ、軽薄に聞こえるかもしれないんだけど、正直なところを言うよ。アニメや漫画の主人公に、ヒーローになったような気持ちが、確かにある」
そう…雲妻が言っていたことが、自分にも嵌っているのだ。
「自分の力じゃない事は重々わかっているし、メェメェ様に選ばれたのもただの偶然、才能があったわけじゃない。僕はただ丁度よくそこにいた、それだけの存在だ。それでも、その与えられた力と立場のおかげで、正しい事ができるなら…。 いや、それもおこがましいな。 自分が好きな…自分よりもずっといい人、親切な人、楽しい人、正しい人、泣きたいほど辛いのにがんばっている人…そういう人たちを救う事ができるなら、与えられた事に感謝して、精一杯力を尽くすべきと思ったんだ。 …わかりにくいな。その…主人公になれるなら、その先に多くの苦難があからさまに見えていても、不安で胸のざわざわが治まらなくても、そのチャンスを逃しちゃいけない、そう思ったんだ」
「主人公… チャンス…」
「不謹慎だと、自分でも思うよ。…でも、そういう考えが拭えない。拭えないから、ここに戻ったんだと思う」
「かっこいい…」
「え?」
小恋ちゃんが振り返って、僕の顔を見ている。かわいい顔で、まっすぐな目で、僕を見ている。
「さすがです。大人だな~、やっぱり」
「いや、全然大人じゃないよ。むしろ子供っぽいと思うよ」
「こんな異常な状況なのに、様々な事を、ご自身の事まで分析して、楽な方に逃げずに対応しようとされていらっしゃる。自信がないだけで、実際はとても有能な方なんだと思います」
「そ、そんな事は決してないよ。さんざん醜態をさらして、ほんと情けないよ」
「情けなくなんてありません。 あ~、本土で生活している時に、お会いしたかったな~」
なんて嬉しい事を言ってくれるんだ、この娘は。
でも、それだけじゃないんだ。僕はすでに彼らの戦争に参加して、多くの人を殺してしまったんだ。償う事はもう無理だが、奪った命の分、異世界に尽くす責任がある。まあそんな風にカッコいいことを考えていても、それは…
「メェメェ様の力があって言える事なんだよ。そんなに過大評価しないで」
「それはわたしも同じです。カンちゃんの代わりに戦争に行くと言っても、死ぬ事、殺す事について、何も考えられません。考えないようにしています。いい加減ですけれど、どうせわかんないもの…」
「…そうだよね」
「じゃあ、わたし達は同志って事ですね」
「あ、うん、そうだね」
「…でも、気になります。響輝さんのお仕事… ご家族、ご友人の事。 きっと、説明されていらっしゃらないでしょう?」
「まあ、説明しようがないから…」
「必ず無事に本土へお帰しします。わたしの命に代えても…」
「命をかけるなんて絶対にやめて。 必ず2人とも、無事に帰ろう」
「ええ、全員無事に」
「そう、全員無事に」
メェメェはまだ島中を飛んでいる。すでに外周の30倍くらいの距離を超えているかと思うが、それでも目的地に到着しようとしなかった。住民や兵士が多くいるところには、必ずニーナさんの映像があった。画面があるところには、必ず周囲に極小メェメェが複数浮かんでいる。彼らが映像を空気中に投影しているのか? 空中ディスプレイというヤツだろうか。 でも、いろんな角度からでも見えるし… たぶん地球上の技術とは、次元が全然違うものなのだろう。 容易に躱せるだろうに、メェメェはわざとニーナさんの顔を何度か突き破った。少し映像が歪んだり、消えたりしたのだろうが、一瞬の事だから誰も気にかけなかったようだ。
高度を下げると、今度はあの…ところどころ刈り取られてしまった高原を通って、森の中に入った。わざわざ兵士たちがいる前線基地を通るのだ。木とテントと兵士たちの間を縫って、メェメェは何度も基地を横断した。兵士たちはまだ歌とダンス、そしてメェメェ達の光のパレードに見入っている。
誰も気づかない。3メートルもある大きな体がすぐ傍を飛んでいるのに、その気配すら感じていない。メェメェはわざと体をぶつけて、あるテントを倒した。テントの外にいた数人の兵士と白い作業着の科学者たちが驚いて、ようやくニーナさんから視線を外した。彼らが慌ててテントをめくると、そこには数機のドローンがあった。 昼間のものとは形が違う。関節を持つ ‟く” の字型の細長い足が、4本付いている…地上歩行型。黒い箱型のボディの前方と後方にカメラがついていて、上…背にミサイルを2発載せている。たぶん、あれはドロドロなのだろう。
「あんなものまで…」
しかし、あんなもの意味はない。ドロドロは効かないのだ。メェメェは、その気になれば今すぐにでも彼らを全滅させる事ができる。殺す必要はない。彼らの武器を、ドローンや車両を、船を破壊すればいいんだ。その上で梁神を脅す…いや、説得すれば、ヤツはきっと折れるだろう。これまでの取引に関して、多少融通を利かせてやれば(キロメの値段を少し下げてやるなど)、梁神父も納得させられるかもしれない。
しかし、それはやらない。そんな生易しい手段では済ませない。二度と島に手出しする気がなくなるように、彼らに思い知らせる。異世界なんてものはフィクションだと、現実にはありえないと思わせる。それくらいのショックを与える必要がある。それに加えて、…彼らを利用する。
前線を過ぎて、メェメェは森の中を進んだ。人がいないから、ニーナさんの映像もない。小メェメェを十数体引き連れているが、周囲の光は彼らのものではない。木が、葉が、土が、石が、無数の細かい七色の光を放っている。周囲のすべてが、光線で自らの形を作っているかのように見える。…古いビデオゲームの中にいるような感覚。何百もの赤い光がひと際強く光って、誘導灯のように進む方向を示してくれている。メェメェはそれに従い、蛍光に彩られた木々の間を華麗に縫って進んだ。
速度が落ちていって、やがて止まった。無数の青と緑の光が天を覆っている。光だけで構成された森が、僕らを包んでいる。
メェメェがゆっくり上昇する。僕は…小恋ちゃんも黙っている。まさに文字通りの光景に圧倒されて、言葉を失っていたのは確かだが、それだけではない。まだクゥクゥのところに行かない。ニーナさんが歌っている場所は、きっとあの地下…洞窟の中だ。ここじゃない。メェメェは何かを見せようとしている。それを彼女も感じている。
10メートルも上がっていない位置ですうっと、遮蔽性能がほとんどない風のバリアを通り抜けたような感覚…少し寒気を感じる程度のもの、があった。そしてその後、周囲の光がなくなった。
暗闇の中で、暗闇が見える。それくらい、それは黒よりも黒かった。まだ小さな、サッカーボール程度の黒い球だ。 揺れている。 四方八方から同時に引っ張られているようにも、無理やり抑えつけられているようにも見える。安定させるために、定期的にエネルギーが注入されているのだ。
小恋ちゃんは、これが何かわかっていない。 でも、なにかとんでもないものだろう、と思っている表情だ。
そうだよ、とんでもないものなんだ。
それを、きっとさっきのバリアで、森の中に隠しているんだ。梁神たちに見つからないように…。
次回
第37話「設定説明しましょうか -完結編- Part 2」
は
最近あまり休めていないので
2月3~8日の内、とさせていただきます




