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第35話「ニーナズ・リサイタル」

お正月

執筆遅れて

あまり休めず

 枝を伝っていくつも吊り下げられたオレンジ色の電球が、縁日へ誘う提灯のように、進む方向を示してくれていた。

 森の中は当然のごとく木が密集していて、切り倒しようもない大木も多く、土と落ち葉の地面はところどころに傾斜があるため、大型車両を進入させる事はできない。兵士たちは徒歩か、よほど重いものは数台のオフロード用バギーに括りつけて、荷物を運搬している。

 梁神(はりかみ)陣営の最前線、つまり現状でもっとも深くクゥクゥエリアに踏み入った位置に、軍用と思われる深緑色のテントがいくつも設営されていた。どれも横幅が5メートル以上、奥行きも3メートル程ある大きくて、台形型のシンプルなものだ。折り畳み可能なアルミ製のテーブルと椅子、車輪がついた発電機、様々な通信機器やノートPC、モニター等が各テントの中を埋めてしまうほど多量に運び込まれている。いくつも積み重ねられた大きなアルミボックスの中身は、銃器や弾薬、またはドローンなのかもしれない。

 100人以上いる兵士たちの中には、科学者らしき白い作業着を着た男達も数人混ざっている。彼らがメェメェ用の兵器…あのドロドロを開発したのだろうか。彼らが入っていったテントはひと際大きく、中の様子は見えない。閉じた出入口の前には、銃を持った衛兵が2人立っている。

 さらに奥に進み、陣営からやや離れた場所にポール状の梁と柱、三角の天幕だけの白いテント(屋外の集会やイベントの本部に使われるような)が張られていた。梁に吊り下げられた数個の電球の他に、浮遊する複数の小メェメェが、十分な光束を供給している。

 テントには十数人の男ばかりがいた。僕をそこへ連れて行ったリーダーは、パイプ椅子に座っている銀髪セミロングの異世界人の性別を誤解していた。無理もない、服装以外は海外の女優かモデルにしか見えないもの。 彼女の…じゃなくて彼の両脇に座っているクゥクゥもまた、共に若い男たちだ。彼らは皆実年齢よりさらに若く見えるのだが、僕は彼らの年齢を知っている。両脇の2人はまだ20代前半だ…どうしてここへ?

 3人の異世界人以外はほとんどが兵士で、他には梁神と明日川(あしたがわ)町長だけだ。小銃を手にした3人の兵士以外は、皆イスに座っていた。

「お~、やっと来た」

 気づいた町長が大きな声を出して、皆が僕に注目した。サドルは一瞬、僕と視線を交わしただけだったが、ザッサとクルミンは笑顔に加えて、手を振るほどの愛想を見せた。僕は戸惑ってしまい、表情は固まったままだったが、なんとか手を振り返した。

 兵士たちが座ったままの姿勢でイスを引きずって移動し、場を空けた。そこへリーダーがさっと運んできたパイプ椅子を置いて、腰を下ろすよう促す。 僕はおとなしく従い、対面している梁神、町長と3人のクゥクゥを左右に置いた…司会者のようなポジションに座った。クゥクゥ共々周囲を兵士で取り囲まれている状況だったが、彼らと僕には小メェメェという護衛が付いている。しかし兵士の中には、ドローンやランチャー以外で、あのドロドロを使用できる武器を持つ者がいるかも知れない。

「では、お目当ても現れた事だし、協議を続けよう」と、梁神が両腕を組んで言った。

「では先に、彼に申しあげます」とサドルが言った。

 僕に?

「どうぞ」と、梁神が僕に対して、少し嘲るような笑みを浮かべて言った。

簾藤(れんどう)さん、カンペンを助けて頂いて、ありがとうございました」

「え?」

「本人が直接お礼を言うべきなのですが、かなり疲弊しておりますので、どうかご容赦ください」

「いや、そんな、 お礼なんて。 その、そもそも僕が…」

 サドルは制するように片手を上げた。

「あなたに非はございません。こちらの世界の価値観を考慮せず、過ぎる事をあなたに願ってしまった、私たちの誤りです」

「価値観…ですか?」

「気になさらず」

 こっちの世界の価値観? 自国以外、いや、家族や身の回り以外の事は、すべて他人事と割り切る事か? 都合の良い所だけ関わって利益を得ておきながら、悪い所には知らんぷりして、触れようとしない事を言うのか? それは皮肉なのか? 

「皮肉じゃありませんよ」

 なぜ心を読める?

「いったい何の話をされているのかな?」

 梁神が口を挟んだ。

「わたし達も、あなた方とそれほど違いはない、というお話です。こちらの住民の皆さんと親しく交流を持った時から、いつかこういう日が訪れる事を覚悟しておくべきでした。島の外の人間社会の存在を、いつまでも無視し続ける事は適わない、という事です」

「その通り!」と、梁神が左右ともに拳をつくって、力強く言った。

「いや、話が分かる人がいらして良かった。明日川さんには何度も言った事だが、わたしは島を支配するつもりはない、守るつもりなのです。 この島の事は、資源の価値は、情報を最重要視するこの世界では、いつかは知れ渡ってしまう。 この島を隠している技術も、いつかは明かされてしまう。その…マエマエ様? そいつを無力化する方法も、きっとこっちの人間は、いつか発明してしまうだろう」

 得意げな表情をしている。ドロドロの事を言っているのか?

「その時はもう遅い。問答無用で取り合いが、殺し合いが始まってしまう。日本という国はまるで役に立たんぞ。大国の言うがままに、権利をすべて譲り渡してしまう。いい加減なナントカ安保条約と引き換えにな。その前に島を国から買い取って、法的にも物理的にも独立させた上で、全世界に向けて発表してしまうんだ。この先、島を守る方法はそれしかないのだよ」

 実際、梁神自身が知れ渡らせているんじゃないのか? 数々の装備や兵器、軍用ドローン、ドロドロ…金を積んだだけで準備できるものなのだろうか? 背景にいるのは梁神の父親だけではなく、また国内規模ではすまないものなのかも知れない。

「独立って、クーデターでも起こすつもりですか?」

「何をバカな。 島を会社に、巨大企業にするんだよ」

 こいつ、何もかも出し抜いてやろうと思っているんじゃないのか? どうせCEOは自分がなるつもりだろう?

「でもそうすると、住民はどうなるんです?」

 訴えるようにさらに問うと、梁神はうるさそうにした。

「べつに追い出したりはしない。これまで通り暮らせばいい」

「島の仕事を全部、梁神さんが取っちゃうわけでしょう?」

 梁神が鼻で笑った。

「人聞きの悪いことを言わんでくれ。異世界人の方々と一緒に、島の管理や技術研究をするんだよ。これまでよりずっと確実な研究開発が行えるはずだ。島民の皆さんには、従事する者たちの生活をサポートして頂く」

「確実な研究? その保証がどこにあるんです? 過剰で性急な開発が、資源そのものを破壊してしまうかも知れない」

「研究方法の詳細を知りもせずに、どうしてそんな否定ができるんだ? 何物でもない、一介のサラリーマン風情が」

 …確かに。でも危険を感じるんだよ。 あの…キロメを食べる姿、他人の分まで奪うあんたの姿に、言いようのない恐怖を、底知れぬ人間の欲望を感じたんだよ。

「言い過ぎた。気を悪くしたなら謝ろう。しかし、資源を失っては元も子もないのは当然だ。そこを熟慮しない開発など、するはずがないだろう?」

 …それも確かに。しかし資源のコントロールが、人間には無理と判明した場合は? 資源をめぐる戦争が起きてしまった場合は? 他人に取られる前に、根こそぎ取り尽くそうと考えるんじゃないのか?

 サドルがまた右手を軽く上げた。

「梁神さんの見識は理解できます。そして簾藤さんの危惧についても、わたしは同意する部分が多くあります。どちらも間違いではないと思いますが、結局のところ、係るもの皆の意見を取り入れつつ、妥結する道を探る他ありません」

「まあ、詰まるところは、それしかないな」と、町長がようやく口を挟んだ。

「その上で、あえてもう一度、頭を下げてお願い致します」

「何?」 梁神が訝しんだ。

 宣言通り、サドルは座ったままではあるが、細長い足を揃えて、また両膝の上に置いた手も揃えて、深々と頭を下げた。

「どうかこのまま引き下がって、私たちを、この島をそっとしておいてください」

 美貌と相まって、その美しい所作は男たちの心をしばしの間奪った。 ザッサとクルミンもまた、彼に倣って頭を下げている。

 梁神も例外ではなかったが、邪念を払うかのように、首を横に振った。

「だ、ダメだ!」

「どうかお願いします。二朱町(にあちょう)さんとのお取引はこれまで通りで結構です。キロメについては、こちらも可能な限り善処致します」

「さっき説明したとおりだ。もう後戻りはできない。わたしがここで引いたとしても、この問題は後日何倍にも膨れ上がって戻ってくる。その時島の資源と秘密を求める者は、わたし程優しくない。それは保障するぞ」

「そうですか」

 サドルはすっと頭を上げた。 1秒遅れて、ザッサとクルミンも。

「これほどお願いしても無理とおっしゃるならば、致し方ありません。他の解決法を見つけるためにお互い話し合い、行動しなければなりません。そしてそれは当然、早いほどいいわけです」

「同意する」梁神が言った。「で、どうしますか?」

「まず… 明日の正午、我々の施設にご案内しましょう。あなた方が発電所と考えている場所です」

「考えている? ひっかかる言い方ですな」

「我々の側では発電所という認識ではないのです。あなた方が言う電気は、我々のエネルギーとは多少種類が違います。まあ言葉が違う程度、と思っていただいて結構です」

「…よくわからんが、まあいいでしょう。で、そこを我々に解放してくださる、という事ですかな?」

「譲り渡すつもりはありませんよ。あくまで我々の…施設です。しかし、見学くらいは許可しましょう。理解できるかどうかはわかりませんが、説明は致します。平穏無事に事が進みましたら、その先にもご案内します。そこには…天然のキロメが大量に生息しております」

 梁神の眉が動いた。やはりキロメが一番の目的なのだろうか。

「むろん、その場所もご案内するだけです。そして我々の説明を聞いた上で、梁神さんが、こちらの世界の人々が、どれだけ有意義で、建設的で、そして平和的な資源の利用を考え、それに基づく具体的な計画をご用意いただけるか、それが妥結への道となるでしょう」

「なるほど。 …有意義とは?」

「もちろん世界中の人々の生活と環境に、貧富の差別なく役立つ、という意味です」

「素晴らしい!」

 梁神が自分の片膝を叩いた。

「…だが、企業として、営利目的を省く事は不可能ですよ?」

「そこは我々が理解し難い部分なのですが、こちらの社会がそれで成り立っているという事は、考慮致しましょう」

「まあ今のところは、それでいいでしょう」

「まとまったようだな、とりあえず」と、町長が結んだ。

 まとまった…のか? あれ? じゃあ一応、解決なのか? この紛争はこれで終わり? 意外と…平和的に収まったんだな。 良かった良かった…のか? いや、ちょっと待て、なんかおかしい。僕の出る幕がない…とかじゃなくて、 おかしいよ。 あっちこっちに引っかかっている所がある。 よく考えろ、 なんか発言しろ!

「でも、…サドルさんがそう決めたところで、他のみんな、クゥクゥの意見は?」

「ええ、この後皆で真夜中、もしくは朝まで話し合う事になるでしょう。しかし、平和的に収めたいという気持ちは皆同じです。昼間の争いで負傷者も出てしまいました。命には別状ありませんが、足に障害が残る可能性があります」

「それはすまなかった。しかし、こちらも手足を骨折した者が5名もいた。痛み分けという事で、どうか許してほしい」

「ええ、こちらこそ」

「しかし、えらく回復が早いらしい。キロメのおかげなのかも知れないな」

 凄いなキロメ、骨折にも効くのか。 …じゃなくて! 実弾を使用されたんだぞ? たとえ前情報で銃弾は効かない事を知っていたとしても、実際は危ないところだったんだ。仲間がそんな目に遭ったっていうのに、他のクゥクゥは和解する事にホントに納得するのか? そんな気構えで戦争に行くつもりだったのか? 雨あられのように銃弾が降り注がれるんだぞ? そう、そうだよ。大半が戦争に行かなくちゃならないんだろ? 一刻も早くメェメェ3兄弟を捕獲して、徹底的に調べなくちゃならないんだろ? こっちの世界で梁神たちを案内して、相談してって…そんなの何か月も、ヘタすりゃ何年もかかるじゃないか。そんな余裕ないはずだろ? 第一、人間同士で決めたところで意味はない…はずだ。もっとも強い、つまりメェメェの意志が一番重要になるはずじゃないか。3兄弟は変異体の疑いがあるから無視されているとしても、カンペンメェメェ、それと、ニアの意志は? 

「でも、メェメェ様はどう考えているのでしょうか?」

「もちろん、マエマエ様のご意向は重要視します」

 重要視? そんな程度じゃないだろう? マエマエ様のお導き、といつも言っているじゃないか。

「マエマエ様もきっと、平和的解決を何より望んでいらっしゃいます」

「でも…」

「いい加減にしないか!」 梁神が言った、さも疎ましそうに。

「せっかく互いに歩み寄りをし始めているのに、君は対立を煽っているのか?」

「いえそんな、 …すみません」

「もう黙っててくれ」

 くそ… 言い返す言葉が見つからない。僕が間違っているのか? いや、メェメェがこんな奴との和平を認めるはずがない。島を守るだって? 絶対嘘だ! 支配する気満々じゃないか! こいつらはあのドロドロがあるから調子に乗っているんだろうが、あんなもの、避けてしまえば意味はない! ドローンなんか何百機あろうと相手になるものか! 二度と島に手出しする気がなくなるよう、徹底的に懲らしめてやればいいんだよ!

………あれ? どうしてこんな凶暴な考え方をしているんだ? 暴力を否定していたのに…。 そのためにメェメェに乗っていたのに…。 もしかして、全能感に支配されかかっているのか? 今は乗っていないのに…。 こんなんじゃ、いつかまた人を殺してしまうかも知れないぞ。

「簾藤さん」

 親し気に呼びかけられて、少しだけ焦りが和らいだ。僕は声の主…ザッサに顔を向けた。

「今日、オロとも話したんですね?」

「え? あ、はい、少し」

「あいつ、また失礼な事を言ったでしょう。代わりに謝ります」

「いえ、そんな…」

「カンペンの事を思うあまりに言った事なんです。どうか許してやってください」と、クルミンも口を開いた。

「ええ、わかります」

「オロに言ってくださった事、カンペンを守ってくださった事、とても嬉しく思っています。 簾藤さんは、きっと僕らの同志なのでしょう。これを言っておきたくて来ました」

 クルミンの、外見とはまた種類の違ったイケメンボイスが耳に残った。

「同志…」 

「まあ、仲良くやりましょう、という事です」

 サドルが会話を締めるように、少し強めに言った。これ以上話すと、梁神らに何かを感づかれてしまうのを危惧したかのようだ。 何か? …なんだ? 自分でもまだよくわかっていない。しかし、僕はその何かを感づいた。ザッサとクルミンは僕の同志。 僕の目的… 彼らの目的…。


 サドル達は徒歩で帰っていった。森の奥に小メェメェを動力にした空を飛ぶ車が待っているかも知れないし、中高メェメェに直接掴まって飛ぶのかも知れない。どうせ後をつける事は無理だろうが、梁神は兵士やドローンを動かさなかった。むやみに疑いを表し、むざむざ和平への道を閉ざしてしまうわけには行かないだろう。 しかし、梁神はサドルの言った事を全面的に信じたわけではない。 発電設備への案内が、クゥクゥが仕掛ける罠である、という可能性を排除するほど能天気ではない。 兵士たちを撤退させる事はなく、さらなる増員を指示した。部隊編成を増やし、前線を可能な限り広範囲にするつもりなのだろう。 数が少ないクゥクゥ達に対して、それは有効な戦略なのだろう。

 200や300の兵士程度で構成される戦略など、メェメェにはまるで通用しないと思う。梁神はドロドロに妄信に近い自信を持ったようだが、手札を知ったメェメェが、弱っていない状況で、あの程度の攻撃を食らうとは思えない。 見えそうな位置まで近づいた黄金に、ヤツはやや自制心を失っているのかも知れない。 黄金程度のものじゃないからな…。

 僕は Near(ニア) Fantasy(ファンタジー) Hotel(ホテル)に戻った。明日の正午までは停戦状態と思われるし、そもそもお互い味方と思っていない。梁神らにとって僕は味方じゃないが、完全に敵にしてしまうとやっかいなので囲っておく、というややこしい存在だ。拘束する事はできないが、自由に放っておく事もできない。兵士たちの監視下にあるホテルに戻るのは、彼らにとって不都合な事ではない。

 ホテルまで車で送ってもらうよう要求した時、リーダーに怖い表情を向けられたが、僕を護衛する小~極小メェメェ達に逆らう訳にもいかない。

「そいつらに運んでもらえばいいんじゃないのか?」と問われて、それもそうかと思ったのだが、頼んだって聞いてくれるか分からないし、もしも断られた時…というか無視された時に、改めて兵士にお願いするわけにもいかないから(実はメェメェにぞんざいな扱いを受けている、とバレたら面倒なので)、僕は応じず、「お願いします」と強気で繰り返した。

 部屋に入ると、すぐにシャワーを浴びてスウェットに着替え、フロントで貰ったカップラーメンに、電気ケトルで沸かしたお湯を入れた。ベッドに腰掛けると、すぐに眠気が襲ってきた。体力はまだ残っているが、精神が疲労していた。日常からかけ離れた時間は、経過速度が遅い。

 雲妻はもう帰っているだろうか?本当は話をしたいところだが、彼の部屋を訪ねると、きっと兵士たちが監視を強めるだろう。盗聴を気にしながらだとさらに疲れるし、話せる内容も限られてくる。 無意味なオタトークを聞かされるのは体にも精神にもこたえるし…。

 今頃、クゥクゥは皆で話し合っているのだろうか。平和的に、話し合いで事が進むならそれに越したことはないが、サドルの提案は性急で、梁神にとって都合が良すぎる。カンペンやオロが、昼間の戦いで負傷した人が納得するだろうか。サドル以外の代表者は、どう考えているのだろうか。…ニーナさんは置いといて。 しかし、彼らには時間がない。さしあたってこっちの問題を形だけでも収束させておいて、異世界の戦いに集中するつもりなのかも知れない。 でも、梁神の事と3兄弟…変異体の事とは関係がない。 梁神と和平を結んだとしても、3兄弟がクゥクゥ側に従って素直に投降する保証はないわけだし…。

 変異… 昼間の戦闘の後、しばらくしてから皆気づいたのだが、赤紫が広がっていた。幸塚(こうづか)メェメェの腰にあった帯状の変異部分は太くなっていて、まっすぐのラインじゃなく、少し形を作っていた…帯というよりも、派手な装飾がついたベルトというような…。 雲妻(くもづま)メェメェの額にあった変異もまた、ノの字の形だったものが太く、長くなって、紡錘形というか、水滴型のような形に変化していた。尖った先端が斜め下を向いて、目の上下を渡っていた。 そして簾藤メェメェの腰部にあったノの字もまた太く、長くなって、形もまた台形型に変化していた。両側が少しだけ内向きに曲線になっていて、他の2人ほど範囲は大きくなっていないが、なぜか5センチほどの隙間を空けて、2本に増えていた。

 個々の形状にとくに意味はないと思うのだが、変異の程度はやはりメェメェの能力、それも武装の向上に比例しているように思える。レベルアップするほどに変異の危険性が増す、という事なのだろうか。 雲妻は全能感に支配され、カンペンメェメェを過剰なまでに攻撃してしまった、と言っていた。僕も…異世界で大量殺人をしてしまった時、そういう気持ちになっていたと思う。綾里さんも、以前と少し性格が変わっている気がする。乗り手の変化が、変異に関係するという事なのか? 人を殺そうと思うほどの攻撃性、激情にかれらた時に、メェメェの殺戮能力が甦るのか? ならばやはり赤紫のメェメェにも、乗り手がいるのだろうか。

 こうして考え過ぎている間に流されてしまっている、それが僕の悪い癖だ。とは言え、メェメェの力があっても、僕自身は流れを変えられるようなリーダーシップやカリスマ性を持ち合わせていない。だからせめて、ただ黙って飲み込まれてしまわないよう、気を付けるしかないのだ。

…という最初からわかっていたはずの結論に達した時には、伸びきった激マズラーメンができあがっていた。一口啜っただけでたちまち食欲は消え失せ、割り箸を置いてベッドに横たわった。


 何か…音がする。不思議な音が聞こえる。もしやメェメェからの通信か?と、部屋の上半分を見渡してみたが、2体だけいる極小メェメェは、隅っこで浮かんだまま近づいてこない。そもそも呼び出し音なんて今までなかった。

 音は徐々に大きく、途切れ途切れだったものが滑らかに連続していって、やがてメロディーになっていった。 木琴を叩くような短音が、それぞれ後を引くような響きを伴っていって、やがてピアノを弾くように、弦楽器を弾くように繋がってゆく。 音楽へと発展したそれは、外から聞こえてくるものだった。

 僕は起き上がって窓を開けた。ダイレクトに耳に入れると、冷たい水が脳の皺に染み込むような心地よさを感じた。

 小メェメェを脅しに使い、監視カメラを拒絶した代わりに、ドアや窓を開けると、直ちに監視の目を向けられるようになっている。しかし、外にいる兵士は一向に手にしているライトを、顔すらも窓に向けなかった。彼だけではない。外にいる5人の男兵士全員が、海の方角を、夜空を見上げていた。

 (たま)ちゃんを追って、初めてメェメェと遭遇した砂浜が見える。そこは今もクゥクゥ側のエリアではあるが、特に注目されていない。照明塔は消えているが、砂浜を照らす煌びやかな灯りがあった。連帯した色とりどりの光が、黒い夜空をキャンパスにして様々な模様を描いている。花火のようにつぼみが開いて、赤やピンク、オレンジ、黄色の光の花が、数十も連続して咲いた。花火よりもずっと長く(20秒ほど)満開を保った後、またつぼみに戻るように集まってから消えた。その後青と緑の光球が数個現れ、同じ色の光跡を残したまま何度も交差し、空を碁盤目状に区切っていく。大量に(1000? 2000? いや、もっと多いかも)できたマス目がゆっくり降下し、迫ってくる。目の中になにかが見える。青緑色の蛍光を枠線にして、半分透けたような映像が映っている。魚群が映っている。海中で見た、不思議な生物たちが映っている。牧場で見た牛や羊が横臥している。ポニーが立ったまま寝ている。それぞれの映像は次々にカットが切り替わり、海、川、森、岬、畑、木、花、木の実、果物、山菜、葉っぱ、土、石ころ…二朱島(にあじま)の夜が、メェメェの中で見るようなマルチスクリーンに連続して映り、そして、ゆっくり頭上に迫ってくる。

 兵士たちが、見上げる自分の顔を見つけて驚く。兵士だけじゃなく、この光景を初めて見るかのような表情の島民たちも映っている。その中で、僕は笹倉(ささくら)の姿を見つけた。他の島民と同じように、(おそらく)自宅の庭に出て、痣が残ったままの顔を歪めて見上げている。傍には奥さんらしき女性と、娘さんらしき幼い少女(珠ちゃんより少し年上かな)がいる。娘さんはすごいすごい!とはしゃいでいるようだ。他のいくつかの画面にも、子供たちが映っている。 島には40人くらいの小中学生がいると聞いた。その全員が映っているんじゃないだろうか。

 島全体がこの光景に覆われている。メェメェが…いや、マエマエ様がこの島すべてを覆っている、と感じた。

 カットが替わって…僕を見つけた。 僕が手を振ると、やはり画面の中の僕も手を振った。視界が5~6画面で埋まるほど近づいた時、すべての画面が一斉に同じカットに切り替わった。アップショットのその美女は、大きく開けていた口を閉じて、それから満面の笑みを浮かべた。

 彼女が口を閉じると同時に音楽が止まった事に、少し遅れて気づいた。オリンピックの開会式よりも圧倒的な光景に完全に気を奪われていたが、それはBGMの力もあった。光の…つまり無数のメェメェが描いたアニメーションと映像は、見事なほどに音楽とリズムをシンクロさせて、見る者の感情をコントールしていた。そして不安と安心を交互に供給するその不思議な音色は、大部分が彼女の声だけで構成されていると感じた。 なぜわかる? 以前に一度、聞いたことがあるからだ。

 彼女はハンドマイクを口元に近づけた。

「みなさん! ようこそニアに! ようこそニ朱島に! 歓迎の意を表して、心を込めて歌います! 聞いてください!」

 透き通るような美声が響き、その口の形では発声できないだろう、と思える種々の音が合わさった。それらが徐々に繋がり、テンポをあげて、島を浄化するような音楽が、歌が再開された。ニーナさんが映る全画面が散らばった。見える範囲には数画面だけが低位置に残り、ほとんどが高度を上げて画面同士の距離を取り、半数近くが画面も枠線も消えてなくなった。夜空のここかしこに、ニーナさんの…ライブ映像が浮かんでいる状態だ。

 歌詞の内容はまるでわからない、日本語じゃない。地球の言語じゃない。水の音が混じっているような伴奏、虫の鳴く声が混じっているようなコーラスが体と心を包み込み、心臓の鼓動に合わせたパルスが全身に伝わる。 それは凄く心地いい刺激だった。

 夜空に浮かぶ映像はすべてニーナさんだが、徐々にカットが増えていった。彼女の全身が映っているものも多数ある。

…ちょっと待て。 ひらひらの白いミニのワンピース、腕と足を露出して、シルバーのハイヒールを履いて、頭に白いリボンまで巻いて…何十年前のアイドルだよ! あの人、ニアにいるクゥクゥの中で最年長者なんでしょ? いや、そりゃ若く見えますよ? 僕と同じくらい、アラサーくらいに見えますよ? でもね、アラサーでもそれは、その恰好はキツイでしょ! 

 テンポアップしたメロディーに合わせて、両目を拡大させたかと思うとウインクし、腕を上げてきれいに処理した脇を露にし、腰をふって、片足をあげて、たまに両足でジャンプしてスカートを頻繁に揺らす。ここに来てクゥクゥ唯一のサービスがあなたなのか! なぜだ!

 蛍(極小メェメェ)の大群に囲まれて歌うニーナさんは、どんな加工アプリも適わないほどキラキラしている。知らない人が見れば、二十歳そこそこのアイドルと誤解するかも知れない。 ハーフ美女のような容姿と健康的なスタイル、表情豊かに、快活に踊る姿は確かに魅力的で、老若男女問わず目を奪われるものだろう。しかし彼女の年齢と性格を…実態はカラオケ大好きお喋りおばさん、と知っていた僕は、そのおかげで兵士たちよりも幾分か冷ややか…冷静を保つことができた。

 大音量の中で、僕はかすかな声を聞いた。 僕だけに届いている声…両手とも強く握ると、感触があった左手から腕を通って脳へ、それははっきりと伝わった。

‶ 目の前に分身体がいる、手を伸ばしてみろ “

‶ 目の前? “

 右腕を伸ばすと、窓の外に触れるものがあった。 曲面の手触りから大きさが分かる。このサイズは…中か高メェメェだ。

‶ お前に話がある。連れて行くから掴まれ “

‶ 話なら、このままできるんじゃないですか? “

‶ 私だけじゃない。クゥクゥと、ニアに会うのだ “

‶ 僕だけですか? 雲妻さんや綾里さん、それに、他のマエマエ様は?“

 そう、この声は簾藤メェメェじゃない。でも聞いた事がある。

‶ お前を選んだ “

‶ なぜです? “

‶ 理由を説明している時間はない。ニーナの奇天烈な姿に、今に飽きる者も出てくるぞ “

‶ わ、わかりました “

 左手を開くと、極小メェメェが離れていった感触があった。 両手を使って慎重に形を探る。

 確か…昼間に見た時は、両サイドの上にわっか状のハンドルと、下には棒状のフットバーがあった。ちゃんと出してくれているのか? …あった。 クゥクゥのように片側に掴まるのはちょっと怖いから、両方使用させてもらおう。

 両手両足を使って、僕は透明の中(または高)メェメェに掴まった。ちょっと格好悪いかも知れないがしょうがない。兵士たちはニーナさんの歌と映像に夢中になったままで、まったく気づいていない。外からきちんと窓を閉めた後、「準備できました」と小声で言った。

 僕を乗せた分身体が上昇した。予測よりも急な加速だったので、僕は左足を滑らせてしまった。

「うわあっ!」

 思わず大声を出してしまい、慌てて口を噤む。必死で透明のフットバーの位置を滑らせた左足で探り、再び上に乗せた。あっという間に100メートル上空まで上がったみたいだが…めちゃめちゃ怖い! さんざんメェメェに乗って縦横無尽に飛び回り、宇宙にまで行ったが、生身となると話はまったく違う。冷たい強風に、距離感をつかめない真っ黒な空に、そして何よりまったく予測できない分身体の動きに、恐怖以外の感情が消滅した。頭痛がする。当たり前だが、重力も加速度もしっかりある。死ぬほどある。

 ダ…ダメだ! このままだと間違いなく…漏らす!

「ちょ、ちょっとストップ! いったん止めてー!」

 減速してくれたが、それもまた急だった。両腕だけで踏ん張ったせいで両足がフットバーから離れ、下半身が持ち上がった。前方に一回転する時に両手も離してしまい、僕は仰向けになって落ちて行った。悲鳴をあげる僕を、何人ものニーナさんが笑顔で見守っている。ウインクしている。

 すぐに別の分身体が体の下に入って救ってくれたが、透明なので掴むところがわからず、体が滑って、また落ちて行く。また救われて上がっていったが、また落ちる。何度も繰り返されるその間も、周囲を無数の分身体が飛び交い、七色の光跡を描いている。ニーナさんの歌うリズムに合わせて、僕が上下している気がする。こいつら、わざとやっているんじゃないのか?

 今度は姿を現した極小メェメェ達がスウェットに張り付いてくれたが、徐々に高度が落ちていった。彼らの力では、そこまで高度を保てないのだろうか。どんどん低くなって、20メートル程度になってしまった。 これじゃあ兵士たちに見つかっちゃうかも知れない。

 降下が止まった。体の下に透明のボディがあった。大きくて安定している。立つ事もできそうなくらい…これはきっと、本体だ。 うつ伏せで掴まったまま、再び上昇していく。 風が強く、その上冷たくなってきた。スウエットに靴下なんだよ、もう無理だって!

「ちょっと! また落ちちゃうよ! カンペンさん、中にいるなら助けてくれ!」

 まさか、僕に復讐するために連れ出したんじゃないだろうな。

 透明が解かれて、頭が開いた。開口部が上を向いていたから、少し這って進むと、仰向けの姿勢になっている乗り手の…女の子の姿が見えた。…が、

 …カンペンじゃない。

 黒髪の美女だ。…が、

 …綾里さんでもない。

 斜めジッパーの黒い革ジャケットにジーンズ …ライダーズファッション。

「ゴ、ゴ、ゴ…  いや、コ、ココ…」

 あまりの驚きに、声がうまく出せない。

「こ、こんばんは」と、彼女は気まずそうに言った。



次回

第36話「設定説明しましょうか -完結編- Part 1」

1月20日投稿予定です

→すみません、21日になります

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― 新着の感想 ―
関係者集まっての直接対話、思惑のぶつかり合いは緊張感あり手に汗握りました。 ザッサとクルミン、そしてサドルも簾藤に敵意なかったのですね。 笑顔で手を振ってくれたり、優しい言葉をかけてくれたりして対話の…
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