第34話「交戦 Part 2」
ない
「カンペンさん! 大丈夫ですか?」と語りかけたが、彼女は返事してくれなかった。 しかし、カンペンメェメェの外殻に触れた小メェメェを通して、すすり泣いているような声が聞こえていた。
「大丈夫だ。中身までは壊れちゃいねえ。多少痛い思いはしたろうがな」
「ホントに? ケガは?」
「大丈夫だって言ってんだろ。俺たちの硬さを甘く見るな」
用心のため、5メートル以上の距離を空けつつ、3兄弟はカンペンメェメェを取り囲んでいた。
30分もなかった争いの中で、メェメェは各々レベルアップしていた。空中に漂う分身体の数が、それを証明していた。カンペンメェメェの分身体すべてが身を隠したとすると、スクリーン上で見える範囲でも2倍近く、視認できない極小メェメェまで含めると、さらに倍に増えているかもしれない。カンペンメェメェに激突された際にダメージを受け、地面に横たわっていた中メェメェ3体が復活し、簾藤メェメェの傍に戻ってくる時、5~6体の仲間を引き連れていた。それらは今まで見かけていなかった、全長60~70センチほどの大きさの分身体だった。小メェメェが成長したものなのだろうか、それともこの戦いで新たに生まれたものだろうか。 (小と中の間の彼らの事を何と呼べばいいのだろうか、今まで中と読んでいたものを高メェメェにして小中高と呼ぶか) 小メェメェはもう30体以上いた。 幸塚メェメェの分身体は(中改め)高だけでも15体はいるし…小は100以上。もうカンペンメェメェと同等くらいになっているんじゃないだろうか。 雲妻メェメェは僕らと同じくらいと思われるが、あの5体の…今はバラバラになって転がっている高メェメェは、一体何をしたんだろう。合体して、鐘を突くように… いや、でっかい右腕になって前に突き出し、それに合わせて本体もやや捻りながら前傾する、ストレートパンチの挙動に見えた。あんな技(?)があるのか? 中身は大丈夫と言ったけれど、本体を動けなくするほどの攻撃力となると、これまでの衝撃波や電撃、レーザービームなんかとは比較にならない。 もしかして、大量殺戮用の武装なのか? とすると、雲妻はまさか、メェメェの中にいるカンペンを…殺そうとしたのか?
雲妻メェメェは未だ口を聞いてくれていない。だが彼もまた、通信メェメェを介してコミュニケーションを取ることくらいできるはずだ。外側は無口だとしても、中身は違う。
「雲妻さん、応答してください!」
僕は大声で呼びかけたが、反応はなかった。
「雲妻さん! 聞こえないんですか! …って、マエマエ様、この声はあっちに届けてくれていますか?」
「いや?」
「も~、だから、察してくださいよ! 僕の考えを読めるんでしょう?」
「読みたくない時は読まん」
「もっと連携を取らないと! 無駄な時間は省きましょうよ!」
「話したけりゃ勝手にしろ。教えてやったろう?」
「あ、ああ、そうか…」
僕は透明のシートから腰を離して後ろを向いた。背もたれに胸をつけて抱きつくようにして、その向こうにある…開頭レバー(小メェメェ)に両手を伸ばし、それを力いっぱい(力を入れ難いんだけど)外へ押し出した。
これ、めんどくさいな~。
メェメェの頭が開くと、ふり返った僕は腰を上げたままコントローラーを握って、両方の手首を軽く左右にひねらせた。ゆっくりと、本体を移動させてもらったのだ。空気中にわずかに残っていた催涙ガスが、目と鼻の穴、喉を掻きむしった。僕は両手で顔を覆ったが、すぐに体が反応して、咳とくしゃみを繰り返した。すると傍に飛んできてくれた極小メェメェ数体が(たぶん)強風を起こして、周囲をクリーニングしてくれた。ひとしきり溢れ出る涙でガスを洗い流した後、ようやく肉眼で外を見た。つい先ほどまで壮観だった高原は、至るところにめちゃくちゃなバリカンラインを入れられて、すっかり荒れ地になってしまっていた。
こんな事をやっていては、島の自然環境なんてあっという間に破壊されてしまう。それは双方が望むものじゃないはずだ。
雲妻メェメェの後方(両目がある位置の反対側)に回ると、僕は小メェメェ達から許可を得た(様な気持ちになった)上で大きく息を吸い込み、声と共に吐き出した。
「雲妻さん! 大丈夫なんですか! 開けてください!」
外の音を遮断しているならどうしようもないが、僕がこうして身ぶりを加えて大声で叫んでいる様子は、きっと見ているだろう。 それでも無視するというのなら、その場合は… 雲妻メェメェは外も内も危険、少なくとも味方と思ってはならない。
雲妻メェメェの頭はすぐに開いた。雲妻が開けたのか、メェメェが自ら開いたのかわからないが、正面に立っている雲妻の表情を見て、僕は少し安堵した。彼は困惑していた。
「簾藤さん! あのっ、 異世界のお嬢さんは! もしや、死んでしまったのでしょうか!?」
「死んでいません、大丈夫です」
「ああ! わたしはなんて事をしてしまったのでしょうか!」
雲妻は顔を伏せて、両手を握り拳にした。
「雲妻さん! 大丈夫ですって! 彼女は死んでいません。ケガもしていないでしょう」
「なぜあのような事を… 頭に血が上ってしまって、 自分が、支配者の様な気持ちになってしまって…」
聞こえていないのか? ずいぶん取り乱している。 こんな様子の彼は初めてだ。
僕はまたコントローラーを握った。まだ雲妻メェメェに対する警戒心はあったが、それでも雲妻を正気に戻す方を優先させて、メェメェ同士の外殻が触れる間際まで近寄った。
「雲妻さん! 大丈夫! 彼女は無事です!」
「え? ほ、本当ですか!」
「マエマエ様がそう言いました。ケガもないようです。彼女の声も聞こえましたし…」
「ああ…」 雲妻は力が抜けたように、シートの上に腰を落とした。
「良かった…。 取り返しのつかない事をしてしまったと思いました」
確かに… カンペンに限ったわけじゃなく、クゥクゥが1人でも殺害されてしまった場合は、もう平和的な交渉など見込めないに決まっている。なのに、梁神は兵士たちに実弾を使わせた。しかし、先に攻撃を仕掛けたのはクゥクゥだった。変異体を早急に確保しなければならない状況だし、武器を持った兵士たちを危険視するのも当然だろう。それでも話し合いを完全に拒絶して、彼らから先に実力行使に訴えるというのは…らしくないと思える。 それに雲妻の様子も… 彼は交戦を避けようと考えていたはず。カンペンメェメェの暴走を抑えようとしたとしても、あそこまでやる必要があっただろうか。 あんな攻撃ができるようになったのは……僕が異世界人を100人以上誤って殺してしまった時と同じような、激しい殺意を持ったからじゃないだろうか。
「簾藤さん!」 綾里さんの緊急を伝える声が聞こえて、僕と雲妻はメェメェごと横を向いた。(頭を開けていたからか、綾里さんの声は雲妻にも届いていた)
カンペンメェメェが動き始めていた。とは言っても、地上からほんの少し浮き上がっただけで、すぐにまた着地、そしてまた浮くのを繰り返している。少しずつ高度は上がっているみたいだが、それでも10~30センチ程度のものだった。
「カンペンさん! まだ無理みたいだよ、じっとするようにマエマエ様に言って」
返答がないまま、カンペンメェメェは少しずつ後退していったが、それは人間が歩く程度の速度だった。
「これ以上攻撃なんてしないから! 仲直りしておとなしく話し合おう!」
「そうです!」と雲妻が大きな声をあげた。
「乱暴な事をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした! わたしとしたことが、あなたのような金髪翠眼の見目麗しい、まさにアニメから飛び出てきたような美少女に対して暴力を振るうなんて、…オタクとしてあってはなりません!」
雲妻は再び腰を上げて、落っこちそうなくらいに前に乗り出し、外殻に手をついて両肘をいっぱいに折り曲げた。
「これこの通り、ひらに謝罪申し上げます。 何卒お許しを~! どうか行かないで~」
その大仰な身ぶりに、「あんたふざけてんの?」と突っ込まざるを得なかった。
「ふざけてなんかいません!」
雲妻が訴えるかのように、僕に(ずいぶん厳めしい)表情を向けた。
「だいたい簾藤さん! どうやら彼女とは以前からお知り合いのようですが、 わたしに黙っていつの間にあんな美少女と? 一体どういうご関係なのですか! 小恋さんや綾里さんだけじゃ飽き足らず、手の早きこと風のごとくですか! さすがに呆れましたよ、このラブコメ大名!」
「誰がラブコメ大名だ! こんな状況でよくもそんなバカな事を! 絶対ふざけてる!」
「ふざけてません! 異世界に行ったり、美少女と仲良くイチャイチャしたり、他にも隠している事がいっぱいあるんでしょう! 白状しなさい!」
「イチャイチャなんてしてない! 色々大変だったんだ!」
「うるさーい!」
カンペンの声がこだました。
「さっきから何をわけのわからない話をしているんです! 簾藤さんはわたし達の敵です! 仲良くなんてありません! それに何度もぶ、び…美少女だなんて、嫌がらせですか! イメクラですか!」
セクハラだっての。
「寄ってたかって馬鹿にして…。 び…み… びくみらないでください! マエマエ様もわたしも、あれしきの攻撃で負けはしません! すぐに、倍にしてお返ししますからねっ! 覚悟してください!」
幸塚メェメェがカンペンメェメェに近寄っていった。
「戦う気はないっていってるじゃない! 私たちは皆、仲良くしたいんです」
「…マエマエ様から降りてください! あなた方にその資格はありません!」
「それは… 嫌です」
「降りてください! 話し合いはその後です!」
「絶対に嫌です!」
綾里さん?
「マエマエ様はわたしを選んでくださったんです。マエマエ様自身がそうおっしゃいました。 わたしはその力をお借りして、二朱島の発展に尽くしたいと思います」
「お、思い上がりです!」
「違います! わたしは生涯をかけて島を、島民みんなを守ります。 息子を健やかに育てあげて、そして珠だけじゃなく、他の…世界中の、病気で苦しむ子どもたちをこの島に連れてきて…」
ちょっと様子が変だ。雲妻と似たような事を言っている。
「あなた達も、異世界の皆さんも大切に守ります。 だからどうか…」
「その力は、私たちの故郷を救うためのものなのです。 あなた方のものではない!」
「カンちゃん!」
えっ? この声… 僕は雲妻と同様に身を乗り出した。
バイクに乗っていた時と同じ白いライダースジャケットとジーパン姿の彼女は、簾藤、雲妻両メェメェの間を駆け抜けた後、速度を徐々に落としていって、やがて立ち止まった。重ねた両手で胸を押さえ、崩れるように膝をついた。退避していたところから、一気にここまで(800メートル以上あるだろう)走って来たのだろうか。
「小恋さん!…大丈夫!?」 吐くなよ…。
「だ、だ、大丈夫です! ちょっと、口を結びながら走ったものでして…」
「あ、この辺りはもう大丈夫! ガスは残っていないよ!」
大声で返事する余裕がなくなったようだ。それから1分近く、彼女の息が整うまで皆が待機した。
「あの… 何をしに来たのですか?」
身もふたもない事を尋ねたのはカンペンだった。でも、さっきまで戦っていた4人のメェメェの真ん中に来るなんて…無鉄砲にも程があるよ。
「あんたを、ハァ… 説得するためによ!」
「説得?」
小恋ちゃんは再び立ち上がると、
「あなたこそもうメェメェ様から降りなさい。 今はもう、子供が関わっていい状況じゃないの!」
「な、何を言うのですか!」
「あんたには戦争なんて無理! 絶対に無理! そんなものは大人に任せておいて、勉強して、友達と遊んでりゃいいの!」
「わ、わたしには責任があります! マエマエ様に認めて頂いているのです! ニアにいるクゥクゥを代表して! 故郷を救うために戦場に行くのです!」
「メェメェ様は強制しない! 降りるのは勝手よ。 あなたが辞めれば、誰かを代わりに選ぶはずよ!」
「わたしは選ばれたのです! 名誉なのです! どうして死んだ同胞たちの無念を晴らす役目を、自ら降りなければならないのです!」
「死にたくないでしょう!? 殺したくもないでしょう!?」
「そ、そういう問題ではありません!」
「そういう問題だっての!」
ヒートアップしてきた。 もう止めるべきか? でも、小恋ちゃんの意見には賛成だ。今後どんな展開になろうとも、カンペンら未成年を巻き込むべきじゃない。
‟ 焦り過ぎだ “
‟ ええ、逆効果です “
僕にしか聞こえない声は、それぞれ簾藤メェメェと幸塚メェメェのものだった。それに対して
「 僕もそう思う 」と、無意識で返事した。
「今さらわたしにお説教しないでください! 小恋さんこそ、また島から出て行けばいいんです!」
カンペンメェメェが高度を上げた。2メートル、3メートル、なんとか飛行能力は復活したようだ。
「カンちゃん!」
「ほっといて!」
地上5メートルを超えた時、カンペンメェメェの腹部…ちょうど真ん中あたりにミサイルが直撃した…ように見えたが、それは爆発しなかった。小メェメェと同じくらいの大きさのそれは、危うく小恋ちゃんの頭上に落ちてくるところだったが、誰かの分身体が咄嗟に発した衝撃波が、遠くに弾き飛ばしてくれた。
性懲りもなく、誰が撃ちやがった!?
僕がシートに勢いよく腰掛けると、メェメェはすぐに頭を閉じた。マルチスクリーンに各所の映像が映った。高原に兵士の姿は見当たらない。まだ森の中に残っていたのか? いや、いない。じゃあどこから? ????? 空に何かがいる? メェメェ達じゃないシルエットが混じっている。 4つのローターを備えたヘリコプター型で、底部にカメラと、それぞれ2機のミサイルを抱えた…軍用ドローンだ。しかも複数いる。
ミサイルを1機残していたドローンがその残りを発射し、他2機のドローンもそれぞれ1発ずつ発射した。3発はすべて誘導されているかのような煙の曲線を描いて、3~4秒後にカンペンメェメェに着弾した…が、どれもまた爆発せず、そのままカンペンメェメェの真下に落ちた。小恋ちゃんはすでに衣服に張り付いた複数の極小メェメェにより体を持ち上げられて、数十メートル後方に退避していた。
僕は地面に落ちたミサイルに注目した。弾頭部分が凹んだ様に潰れている。跳ね返らずに下に落ちたのは、衝撃を吸収したせいか? それに、最初から火薬が使われていない…のか?
大きな音が鳴った。宙に浮いていなければ、大地震が起きたような振動を感じただろう。カンペンメェメェが落下したのだ。
どうして!?
「マエマエ様!」というカンペンの大声は、その後聞きなれない高音の連続に変化していった。それは悲鳴だと、メェメェを通じてわかった。
カンペンメェメェの表面に、粘性の強い、コールタールのような黒い液体がへばり付いていた。3発分のそれは、ペイント弾の痕ように散らばって付着していて、本体表面の1割ほどを浸食しているかのように見えた。ズームアップして外見上の詳細を調べる…メェメェ本体の表面を走っている無数の七色の光のラインが、その進行を阻害されて途切れてしまったり、逆流してしまったりして、交通渋滞が起きていた。 それは人間でいう各神経伝達を、血流を阻害されている様子に思えた。
「なんだよあれ…」
「ふん、一応の準備をしてきたってわけか」
「準備って」 …梁神が言っていた。 でも、あれは一体何なんだ? 薬品? 化学兵器? いや、そんなものを使ったら、人間だけじゃなく島の自然が、資源が破壊されてしまう可能性が高いはず。 それじゃあ意味がない。 ……メェメェだけに効く兵器という事か? そんなもの、どうやって開発したんだよ!?
「気を付けろよ! 巻き添えをくうわけにゃいかねぇぞ」
「巻き添え?」
「味方なんて思っていないのはお互い様だろうよ。効くとわかったなら、こっちに銃口を向けても不思議じゃねえだろ?」
40以上あるマルチスクリーンのすべてに目を配った。ドローンは20機以上いる!
「守らないと!」
「のるかそるか、思うようにやれ!」
「信じます!」
マルチスクリーンが60に増えた。
「綾里さん! 本体は距離を取って、できうる限りドローンを落としてください。数が多い! 当たらないように気を付けて!」
「はい! やってみます!」
「任せろっ!」
?…ああ、珠ちゃんか。
「無口なメェメェ様! 返事はいいから僕の声を雲妻さんに聞かせてあげてください!」
雲妻を乗せたメェメェが、頭を閉じた。
「雲妻さん!」
「カンペンさんをお守りします! しかし今更ながら、変わったお名前ですね~」
「お願いします!」
「で、俺たちは?」
「ドローンがたった20機って事はないでしょう。物量で来られて、万一当たって、皆が動けなくなると終わりです。もとを叩きます」
「乗ってきたぞ、レベルアップだ!」
簾藤メェメェは垂直に飛び上がった。ドローン程度では到底追いつかない速度と高度。ただ殺し合うだけなら、本来は梁神など相手にならない。一斉に吹き飛ばしてやればいいだけの話だ。だがそうすると、この戦いはいずれこっちの世界すべてを相手取る、資源大戦にまで発展するかもしれない。
うまく調整するんだ。
脚部に3体の高メェメェ、そしてその他にもう3体生まれていた。中メェメェが約10体、小メェメェは40を超えた。極小メェメェは優に100はいる。もう兄弟たちに追いついたか? いや、あっちもさらに成長しているかな。
小~極小メェメェが散らばると、マルチスクリーンは100を超えた。二朱島全域の情報程度は、ものの数秒で集まった。僕はそれらすべてを認識し、選別した。目玉がぐるぐる回転しているような感覚があった。視神経がちぎれてしまいそうだったが、回転は止められらない。脳もまた、ルービックキューブになったかのように回って、組み替えられて、揃ったと思ったらまたぐちゃぐちゃにかき混ぜられて…。狂う、このままじゃ絶対頭が狂う。いや、実はもう狂っているのかもしれない。やっぱりメェメェだのクゥクゥだの…全部幻覚じゃないのか? 僕は精神病院にでもいるんじゃないだろうか? そんなふうに思った。
しかし間もなく6面は揃った。二朱島はある。異世界はある。異世界人の美少女は実在する。そして島の各所にポール状の中継アンテナを設置し、それらを経由してドローンを遠隔操縦している場所があった。知らぬ間に上陸させていた大きな軍用の装甲車両…通信車両やトラック、トレーラー等がとめてある。極小メェメェがどこかを通って車内に潜り込むと、モニターを見ながら操縦している数人の兵士たちの中に…ピンクのメッシュヘアを見つけた。
中高メェメェ達を引き連れて、僕らは降下した。島の南東部…突堤からいくらも離れていない位置に彼女らはいた。大きな車体が連なっていて、完全に道路を封鎖してしまっている状況だが、住民のほとんどが自宅待機しているためか、渋滞にはなっていない。しかし海岸近くの平野部には民家が多く、こんな丸見えの場所に基地を構えたのは、もしもクゥクゥらの襲撃があった場合に、住民を人質に取ろうという卑劣な考えがあるんじゃないだろうか、と疑った。 アンテナをいくつか破壊すれば、ドローンは停まるかもしれない。だがさらに次の手があったなら? これ以上エスカレートさせてはならない。頭を冷やさせる必要がある。
となると、多少脅してやらないと…。 落ち着け~、調子に乗るな~、殺意を抑えろよ~。
正面から飛行物体が来る…それくらい予測していた! わざわざ声をあげる必要はない。僕が認識した事はすべてメェメェに通じている。そもそもこの程度の事は、僕が認識するまでもない。軽く躱すと同時に衝撃波で遠くに弾き飛ばし、距離を空けたところで弾頭を潰した。爆発しない、つまりメェメェ用の兵器だ。2発目も、3発目も、4、5、…ほぼ同時に襲ってきた6、7発目もまた海まで弾き飛ばした。そして最後の7発目を発射した、道路上にいる青メッシュヘアの女兵士の正面5メートルまで近づくと、彼女ら十数人の兵士と、周囲の装甲車数台すべてを分身体で包囲した。
青メッシュは片膝をついて、尚も持ち替えたロケットランチャーを肩に乗せて構えた。後ろにいる別の男の兵士が、彼女の腰を支えていた。僕もまた、中メェメェ2体の底部を彼女の顔に向けた。大丈夫、こんな至近距離でも余裕で躱せる。カンペンメェメェがやられたのは、あくまで雲妻メェメェによって動けなくなる程のダメージを受けていたせいだ。
「その弾が当たったとしても、その時には君の顔はなくなっているよ」
なんて言いながら、僕は唾をゴクリと音をたてて飲み込んだ。当然、彼女の頭を消したくなんてない。 っていうか、絶対やらないよ。よく見ると結構かわいいし…。
「命を惜しむくらいなら、最初から兵隊なんかになるかよ」
「こっちは脅しじゃない。僕はもう人を殺しちゃっているんですよ。たぶん君らよりもずっと多くをね」
「お前が? 冗談はよせよ」
「冗談なら良かったんですけれどね…」 全然迫力ないんだろうな。 本心なんだけれど…。
彼女の後方に停車していた装甲車のドアが開いた。彼女の相棒…ピンクメッシュの女兵士が武器も持たずに出てきた。装甲車には数本の細いアンテナや、パラボラアンテナみたいなものも装備されているから、通信指揮車かつ、ドローンの操縦室なのだろう。
「はい終わり~ 全部落とされたよ、いったん休戦だ」と、ピンクメッシュが明るく呼びかけた。
綾里さん、うまくやってくれたみたいだ。
「こいつは敵のようだぞ、今のうちに始末しておくべきじゃね?」
「ば~か、勝てるわけねえだろ。それに、味方だよねぇ? 簾藤クン」
クン付けはやめて。
「敵でも味方でもない。言ったはずです。僕らは暴力を塞ぐためにいます」
「自分だって、人を殺したんだろう?」
青メッシュはようやくランチャーを肩から降ろした。
「やむを得ない場合は…」
ピンクメッシュが近づいてきた。
「無駄な争いはこっちだって望んじゃいない、ってさ。 今回の事は、あくまであちらさん…異世界人?」小バカにするような短い笑い声を挟んで、「…の方から攻撃を仕掛けたんだ。そこんとこを間違えないでくれってさ。うちのボスの弁解ね」と彼女は言った。
「あの武器は何なんですか? あの黒いドロドロの…」
「知らないよ、長年かかって開発したらしいって事だけ聞いた。人間には、頭からかぶらなきゃ無害だってさ」
「ドローンはまだあるんですか?」
「言うわけねーだろ」と、青メッシュが苛ついた口調で挟んだ。「やりたきゃやれよ、こっちだって最低限の矜持ってもんがあんだよ」
「まあまあ」と、ピンクがブルーの肩に腕を回して、僕に背を向けさせた。ピンクが後退しながら振り返って
「あたし達は下っ端だから、何も知りませーン!」と言ったが、続けて小声で言った「って言っとけばいいんだよ」も、メェメェの集音マイク(?)が拾っていた。
「すぐに撤収してください」
「はーい、まったねー」
「まったね~」とブルーが無感情に言った後の、「って言っとけばいいのか?」もまた拾っていた。
メェメェ同士の戦いで消耗していた雲妻メェメェだったが、防御に徹してカンペンメェメェを守り続けた。しかし動きが極端に鈍っていたカンペンメェメェの前に防御陣を展開した時、小メェメェのひとつに、空中で破壊された弾頭から飛び散ったあの黒いドロドロがかかってしまった。その小メェメェは地面に落ちて動かなくなってしまい、やがて土に染み込むように、ドロドロを道ずれにして消えてしまったらしい。しかしそれ以外に被害はなく、雲妻はカンペンメェメェがなんとか飛行能力を取り戻し、ふらふらとしながらでも北東の森の中へ姿を隠すまで、無事に守り通した。去り際にカンペンが、
「これで勝ったと思わないでくださいね」と憎まれ口を叩きながらも、その後に
「どうもありがとうございました!」ときちんと礼を言った事に、雲妻は「いい子です」と感想を呟いた。
攻撃に回った幸塚メェメェは、最初こそ不規則に飛び交うドローンと、四方八方から飛んでくるミサイルに手こずったが、やがてすべてのドローンをロックすると、3倍以上の物量を以て各個を取り囲み、すべてレーザービームで撃墜した。
最初20機くらいだったドローンだが、落とした数は30余りあったらしい。それらとミサイルの残骸は、兵士たちが今も回収作業中だ。ドローンやあのドロドロの弾頭は、まだまだ残っていると見た方がいい。
クゥクゥとカンペンメェメェらが退却してからもう6時間ほどが経過して、時刻は午後7時を過ぎていた。兵士たちもまた撤退…するはずはなく、木を切り倒し、引っこ抜いて強引に道をつくり、荒れ果てた高原を、とどめを刺すかのように重量車で踏みつぶしていった。高原と北東の森の中にテントを張り、通信指揮車を本部とし、100人を超える兵士が集まっていた。島の各所に配置された兵士、そしてフェリーにもまだ兵士が残っている。海上にもまだいるはずだ。明日の朝には200人以上になっているかもしれない。
高原はクゥクゥのテリトリーの入り口だ。森の奥には彼らの高度な技術の数々が隠されている。異世界の技術による発電所があり、さらに森を越えて、断崖を下りて北西の入り江まで行くと、そこには彼らの港があるという。海や空からでは濃霧や激流に阻まれ、絶対にたどり着けないそこには、島に潜む謎のエネルギー源がある。その源に近いエリアの海には、キロメが大量に生息しているという噂だ。 それらの噂の出所は、大昔には島の北部に住んでいたという町長なのだが…それは確かな話だろうか。入り江? エネルギー源? …もしかして、ニーナさんやニアと会ったあの洞窟がそうなんじゃないだろうか?
進軍準備を整える中、ここに来て、ようやく梁神が姿を現した。昼間の戦果を見て、メェメェに対抗できる兵器の効力を確かめた今、攻勢に出るタイミングと踏んだのだろうか。しかしそうは言っても、未知なる異世界の力に対する畏怖を、完全に払拭できるはずはない。あくまでも交渉を有利に運ぶ材料としての戦闘だったという事が、ヤツと町長たちの会話から窺い知れた。
明日川町長は…今朝からもう完全に梁神側に立っているかのような振る舞いをしている。梁神の要求に抵抗する様子もなく、素直に情報を提供している。梁神とクゥクゥの間に立って、なるべく穏便に事が進むよう、島民に被害が出ないように立ち回っているとも思えるが、そこに自身の利を見出そうとしているようにも見える。もはやどちらの味方なのかわからない。小恋ちゃんはどうなのだろうか? カンペンにメェメェから降りるよう、乗り手を辞めるよう求めていた。彼女を心配しての事だと思うが、乗り手を失ったメェメェが、人間を攻撃する事ができなくなると知っていたとすると…。 いや、彼女に限ってそんな思惑はないはずだ。
僕ら…メェメェ3兄弟とその乗り手達は、暴力のストッパーとしての役割をそのまま継続するという立場で、今も梁神側の陣営にいる。ドロドロというメェメェに有効な兵器の存在により、若干パワーバランスに動きがあったかもしれないが、それでもその後あっという間にドローンを全滅させ、通信基地を占拠する寸前まで行った力は、尚も圧倒的だ。今メェメェ達は本体を隠しているが、小~極小メェメェ複数を周囲に付き纏わせている僕らを、拘束できる枷は存在しなかった。
30機のドローンを破壊したとはいえ、カンペンメェメェというクゥクゥ側の最強と思われる武力を完全に抑え込んだのも3兄弟だ。雲妻メェメェのあの攻撃がなかったら、カンペンメェメェは自らの力でドロドロから身を防ぎ、ドローンを破壊できただろう。梁神は僕らを敵に回すわけにはいかないはずだ。少なくとも今のところは。
僕と雲妻の問いに明確に答えなかったが、あのドロドロは化学物質らしい。かなり珍しい鉱物が含まれていると言っていた。どうやって開発したかというと、過去にスパイや島民の協力者によって極小メェメェ数体の捕獲に成功し、それを本土にある厳重な研究室に運び入れ、長年にわたる実験を行って開発したものだという。スパイや島民の協力者…小恋ちゃんのお父さんも含まれているのだろうか。
この上陸作戦にキロメ500尾分でも足りない大金がかけられている、というのはどうも本当らしいが、そんな大金を持っているのに、まだ欲しいものがあるのか。キロメ…いくら滋養強壮、さらに万能薬みたいな効能があるとしても、べつに不老不死になるほどってわけじゃあるまいし。まったく人間の欲望ってやつは…。
何はともあれ、まだ玄関とはいえ、クゥクゥのエリアに侵入できたのは、僕らにとっても重要な進展だった。カンペンメェメェはあれほどのダメージを受けているならば、しばらくはこちらを攻撃できないんじゃないだろうか? ん?…ホントにそうなのか? ならばカンペンメェメェが動けないこの夜の間に、さらに侵攻する方がいいんじゃないのか?
クゥクゥエリアに侵入し、簾藤メェメェが場所を知るワームホールを通って異世界に転移し、速攻で赤紫を倒す! これが僕らの目的だ。今日でかなりレベルアップしたし、ホントに勝てるんじゃないだろうか? もしもうまく行ったら、確かに僕らはヒーローになれる。クゥクゥは故郷の脅威がなくなり、3兄弟の返還を急ぐ必要も、そもそも故郷へ帰るのを急ぐ必要もなくなる。落ち着いてじっくり、平和的に、故郷の復興や、町長や梁神との交渉に取り組むことができる。
しかし、どうにも解せないでいる。数日…えっと、メェメェに乗ってから丸3日…え、たった3日だっけ? まあいいや。その間12~13時間ってとこかな、僕がメェメェの中にいたのは。たったそれだけだけれど、宇宙まで行って、飛び回って、海に潜って、異世界に行って、戦って… 雲妻も言っていたけれど、物理法則を無視した、次元を超越しているような存在だと思う。少なくとも地球上では最強じゃないか? 実際に核ミサイルをくらったわけじゃないけれど、たぶん効かないんじゃないかと思える。なぜだろう? そう信じる事ができる。メェメェと張り合えるのはメェメェだけだ。あんな変なドロドロ…化学物質だって? 地球人が開発した兵器程度が、いや、地球人の理屈そのものが通じると思えない。メェメェを過信しているだけなのだろうか。
メェメェに乗って飛び回り、攻撃を掻い潜っている時は血流が異常にあがって、興奮物質が大量に分泌されているように感じる。不安と恐怖が快感に昇華され、全能感に裏打ちされて、怒りが遠慮を知らずに増幅する。雲妻や綾里さんも同じだ。彼らが世界を救うかのような、傲慢とも思える展望を口にしたのは、それが原因なのかもしれない。雲妻がカンペンメェメェを殺す勢いで攻撃したのも、僕が異世界人を殺してしまったのも…。 過大な力が、弱い人間の奥底に眠る支配欲を刺激したからだ。 気を付けないとならない。僕はすでに一度、100人以上もの異世界人を殺してしまっている。二度とあんな失敗をおかしてはならない。命を…守るために力を使わないと。
「おい、起きろ… おい!」
「はい?」
目の前に迷彩服を着た兵士が立っていた。
大柄な…見た事ある兵士…ああ、リーダーだ。眠っていたつもりはないんだけれど、ずっと回想していて、回想が終わって、それからも考え事をしていて…。 そうか、高原に設置してあるテントの傍で、用意してもらったナイロン製の折り畳みイスに座っていたんだった。それで、いつの間にか少しウトウトしてしまったみたいだ。
「立て、ついて来るんだ」
「な、なんです?」
「皆、お前が来るのを待っている」
僕は立ち上がり、服に付着していた砂埃をはらった。
シャワーを浴びて着替えたい。そう言えばスーツを鞄の中に入れたまま忘れていた、きっと皺だらけになってしまっているぞ。一度ホテルに帰ったらダメだろうか。 お腹もすいているし、またあのレストランの老夫婦がつくる料理を食べたいな~。
「待っているって、梁神さんですか? それとも明日川さんですか?」
小恋ちゃんなら我慢して行ってやるけれど…。
「異世界人が来た。サドルと言う名の女と、他2名だ」
次回
第35話「ニーナズリサイタル」
は
新年1月6日投稿予定です




