第31話「二朱町クイーン」
ずいぶん間が空いてしまいました
病気療養中だった故、何卒ご容赦ください
発電機に繋がった投光器が、突堤の各所に設置されていた。白い光に照らされた約50人の島民の表情は、どれも歓待しているものとは言えない。敵を迎え撃つような険しい顔、不安で恐れているような顔、それでいて、いずれも確かめずにはいられない好奇心を滲ませていた。つまり新たな観光客がやってきた…訳ではない事を知っていたのだ。
僕と雲妻、つまり2人のメェメェが幸塚メェメェの近くに着地する時に、綾里さんと珠ちゃんを乗せたままメェメェの蓋(?)が閉まった。僕らを警戒したかのように思えた。兄弟のような関係性の3人だが、その意思疎通は不明だ。 しかし彼らが互いに敵対する理由はないはずだ。 3人ともクゥクゥ側に戻らないのは、きっとボディカラーの一部が変異した事が原因だろう。
そう、例にもれず幸塚メェメェも変異していた。簾藤メェメェと同じく腰部に、簾藤メェメェとは違ってくっきりと横一文字に… いや、胴を一周する幅10センチほどの帯のような…変色部分があった。もちろん赤紫色だ。 となると、変異は彼らの誕生のプロセス、つまり地球生まれの地球育ち、または彼らにとって異世界人…つまり僕ら地球人をパートナーとしたこと、もしくはその両方が原因と考えられる。じゃあ異世界の戦争を引き起こしたと思われる、全身赤紫色の変異体の中にも地球人が乗っている、という可能性があるのか? なんで? どうやって10年以上も前に…。この事について3人のメェメェ自身はどう考えているのだろうか? クゥクゥはきっと変異を危惧して、3人を徹底した管理下に置こうと考えたのだろう、また、それぞれから僕たちを引き離さなければならない、と考えているだろう。それに3人は抵抗して、この場にいるという事だろうか?
雲妻や綾里さんはわかっているのか? いや、雲妻は異世界事情をなんら聞いていない様子だった。綾里さんは…メェメェから、もしくは町長や小恋ちゃんから色々聞いているのだろうか? そもそも町長たち自身、どこまでの事を知っているのか。 幸塚メェメェは以前僕と話してくれた。雲妻メェメェはまだひと言も話してくれていないが、どこかで彼らの真意を確かめないと…。
フェリーが接舷し、タラップから降りてくる一団の先頭は曽野上だった。両手を大きく振りながら、自身が無事である事を、ケガ人は1人もいない事、そして警戒心を解くことを大声で伝えた。すぐ後ろに顔を腫らした笹倉がいると言うのに…。
とは言っても、武器を携帯している軍人が混ざっている光景に戸惑わないはずがない。突堤は騒然としたが、明日川町長が喝を入れるように「みんな、落ち着きなさい!」と大声で呼びかけると、皆が黙った。
「何もなかった訳じゃない。 これから島は様々な面倒事が増えると思われる。 しかし今は、疲れた家族を連れて帰って、ゆっくり休みなさい。明日からは連休でもある事ですし、皆仕事を休んで自宅待機してください。改めて後ほど島内放送を行うが、帰ったら隣近所に伝えてほしい。 安心しなさい、この島の、二朱町住民が危害を加えられるような事には、財産を脅かされるような事には絶対にならない。わしが命に代えても保証する!」
全員に伝わると、皆がそれ以上騒がず、船から降りた家族を速やかに車に乗せて、直ちに帰って行った。曽野上が苦々しい表情でその様子を見ていた。
残ったのは島の行政に係わる者たち…つまり町長と町長の秘書、小恋ちゃん、鷹美さんと50代以上に見える男2人、曽野上と彼のボディガードの木林(笹倉は負傷しているため、自宅へ帰ることになった。彼を迎えに来た軽トラックには、奥さんらしき女性が乗っていた)、その他にも曽野上の部下らしき7~8人のガラの悪い漁師たちが残っていたが、彼らは曽野上をそっちのけでこちらに近寄って来ると、幸塚メェメェに「お疲れ様です」と口々に言って頭を下げていた。
…なにしてんの? こいつら。
梁神と彼のボディガードらしきスーツ姿の大柄な男数名が、兵士たちに指示を出した。船からごついタイヤを付けた20台程のRV車が出てきた。車種は様々だったが、どれも実は防弾仕様に思えた。兵士たちが改めて装備を確認しつつ、次々と車に乗り込んだ。その中にはあの不良女兵士たちもいた。
梁神がもっとも大きくて頑丈そうな車に乗り、ボディガードと兵士たちのリーダーが同乗した。どうやら30名ほどの兵士が梁神に同行し、明日川邸か役所、もしくはホテルへ移動すると思われた。町長や鷹美さんと数分間相談していた小恋ちゃんがこっちに、3人のメェメェの前に歩いてきた。白いTシャツに明るいチョコレート色のカーディガンを羽織って、黒いスキニーパンツを履いていた。
僕の指が自然に動いて、前方スクリーンの映像がズームアップした。化粧を落としているので少し幼く見えたが、(実際の性格よりも)清純そうなルックスに変わりはなく、改めて見てもかわいかった。昨日別れたばかりなのに、やけに懐かしく感じる。しかし、やはり再会を喜んでくれているような笑顔ではなかった。
「響輝さんと雲妻さん、なんですね?」と、彼女は僕らを見上げて、大きめの声で呼びかけた。
「は、はい! そうです! こっちが簾藤です!」
と、はっきり返事したが、小恋ちゃんは反応しなかった。
「明日川さん? あれ? 聞こえてないの?」
「外に出てきてもらえませんかー」
小恋ちゃんは両手をメガホンにして、さっきよりも大きな声を出した。
「あれ? ちょっと、こっちの声は聞こえてないみたいですよ」 僕は訴えるようにメェメェに言った。
「お前の声を外に出していないからな」
「できないんですか?」
「できるが、別に頼まれていない」
「それくらい気を利かせて! 臨機応変に!」
「あっちの声は聞かせてやっているだろうが」
「会話したいんですよ!」
「勝手にやれ、外に出ればいいだろう」
「じゃあ開けてくださいよ!」
「お前、ちょっと気を抜くと、すぐに偉そうな態度を取りやがるな。もう少し弁えろ」
あ~も~、めーめーめんどくさいな~
「すみません、謝ります、ごめんなさい、出してください」
「全然誠意が感じられん…。 まあいい、勝手に出ていけ」
「勝手にって言われても…」
「人間に選択を強制する事はしない、後ろを見ろ」
「後ろ?」
言われた通り後ろを見た。透明の背もたれを通して、そこに20~30センチほどの、やや太めの白い小メェメェが浮かんでいる様子を見た。 こんなのあった?
「それを外に向けて押し出せ、そうすれば中から開く」
「外にって…」
「通り抜ける。それは分身体との連結機構の役割を持つ、重要な部分だ」
「へえ~」 なんだかわかんないけど…
左手で押してみたが、びくともしなかった。
「重要と言ったろ。そんな弱い力じゃびくともしないぞ、力一杯押せ」
「そんな事言ったって…」
きちんと後ろを向けないから両手を使えない。僕はシートから背を離して後ろに体を向けると、背もたれに抱きつくような姿勢になった。それでもやりにくくて、なかなかうまく押せない。こうなったら…と、背もたれに両腕をまわしてしがみつき、曲げた左足を上げたところで
「もしも足なんかで押したら、海へ放り投げてやるからな」と制止された。
背もたれに顔を押し付けて、精一杯両腕に力を入れると、ようやく動いて、小メェメェは内殻に埋まり、そして外殻を通り抜けた。 座りなおしている間に全方位を映していたスクリーンがすべて消えて、上半分が機械音等を鳴らすことなく静かに、ゆっくりと(7~8秒ほど時間をかけて)後ろへ開いた。島の海沿いに吹く夜風が顔に当たった。これまで味わったものよりもずっと冷たく感じた。
左に雲妻メェメェが、右に幸塚メェメェが立っていた。それからゆっくりと、視界が横に回転していった。僕は上体を起こして、開口部の縁に両手を乗せて前屈みになり、右から視界に入った彼女を見下ろした。
「こ…こんばんは」
僕のマヌケな挨拶を聞いて、彼女は一瞬険しい表情になった。どんな表情でも美人だけれど…。 それから彼女は下を向いて(ため息をつく顔を隠して)、改めて僕の顔を見上げた。
「響輝さん… あの… はやい」
ああ… 言われてしまった。
町長や小恋ちゃん達を乗せた車と梁神たちの車に続いて、僕と雲妻を後部座席に乗せた車が突堤を出た。前後を数台ずつ兵士の車が挟んでいた。雲妻もまたメェメェから降りたのだ。僕と同じく、自ら外に出る方法を教えてもらったみたいだ。
幸塚綾里、珠親子もまたその姿を現してくれたのだが、おそらく彼女はとうに自ら外に出る方法を知っていて、かつ幸塚メェメェは彼女の要望におとなしく従い、頭(?)を開けてくれたように思えた。
お互いにメェメェに乗ったまま、綾里さんは僕と雲妻に頭を下げて挨拶した。言葉はなかったが、優し気な笑顔を見せてくれた。短めの丈の、グレーのカーディガンを着ていた。前ファスナーの胸元が少し開いている。風にあおられた長い黒髪から覗くアーモンド形の瞳が、10メートルほど離れているというのに、僕の胸に突き刺さった。ヤバい…こっちも相変わらずかわいい。彼女に抱っこ紐で前に抱えられていたアイボリーのパーカーを着た珠ちゃんが、(勘違いだと思うが)冷ややかな表情で僕の顔を見ていた。幸塚親子はメェメェに乗ったまま移動し、僕と雲妻を降ろした2人も後ろをついていった。
数十の兵士たちはフェリーに残った。彼らの船はもう1隻(もしかしたら他にも)あるのだが、島に接舷せず、200メートル以上離れた海上で待機している。上陸した兵士たちよりさらに数が多く、また強力な装備を携えているかも知れない。 護衛艦には見えないが大きく、やはり海上保安庁が使っているような船の形に見える。梁神の指示によってどういう動きをするか、予断を許さない。
そしてクゥクゥ達は、島民よりも先に迎えの車に乗車し、さっさと帰ってしまっていた。彼らを止める者はいなかった。僕と雲妻が空で能力を競っている間に、話がついたのだろう。しかしそれはなんらかの解決を伴った結果ではなく、とりあえず互いに問題を持ち帰っただけの事に違いない。クゥクゥは島の資源を狙う兵士たちの上陸も、3人の変異体の解放も、認めるはずがないのだから。
この先どうなるかまったく予想がつかない、と不安を漏らした僕に対して、隣席の雲妻は答えた。
「梁神様も島民の皆様も、二朱島の資源を最重要視しております。武力を以て強制する事はわたしが…いえ、マエマエ様が許さないでしょう。時間はかかるかも知れませんが、平和的な話し合いで進むと思います」
「そんな事言ったって、クゥクゥが黙っているはずがない」
「もちろん話し合いの場にクゥクゥの皆さんは欠かせません。彼らの意も尊重されるべきです。互いが譲歩しあって、納得いく未来像を描くことが重要です」
「未来像…それが雲妻さんが思い描くような理想と同じだと?」
「少し辛辣に聞こえましたが…まあ、無理もありません。オタクのヒーローシンドロームと、私自身思わないわけでもありませんから」
「いや、なにもそこまでは…」
「しかし、それこそオタクの願望を、これまでの現実ではありえなかった強大な力を与えられて…まあ、与えられたのかどうか定かではありませんが、それを有効に、自身が正しいと思える事に活用しないのでは、わたし達がこれまで楽しませてもらってきた、学ばせてもらってきたアニメや漫画、映画や小説でもいいです、それらフィクションに対して、申し訳ないと思いませんか?」
「また変な事を…」
「簾藤さんだって、一度本土に帰られたのにこうして戻って来たという事は、そういう意識があるのではないですか? 自分なりの正義感に従って行動されているのではないですか?」
「…雲妻さんのように世界平和のために、なんて大きな事は考えられませんよ。せいぜい島に住む人たち、異世界の人たちがこれまで通り平和に、資源を守りながらひっそりと暮らしていけるようにしたい、と願っているだけです」
「なるほど、では多少…わたし達は対立する事になるのですね」
「対立って…」
「わたしは簾藤さんがおっしゃる事も理解できます。できればそうしておく事が一番良かったのかも知れません。しかしこうして島の経済発展、島民の生活向上と引き換えに外部に島の秘密を漏らしてしまっている現状に対して、それは都合の良すぎる甘い考え、と捉えております」
「それは確かに…」
いまさら島の秘密を守ろうとするならば、ここで梁神たちを皆殺しにして、船を沈め、さらに本土にいる黒幕…つまり梁神の父親と、その他一族郎党をも殺してしまわなければならない。それでも足らない可能性が高い。そんな事ができる訳ない。もう引き返す道はないのだ。となると、雲妻が言うように梁神たちを取り込むしかない。それが一番平和的な方法なのかもしれない。しかし主導権争いは必ず起きるだろう。梁神はそのために息子と兵士を島に上陸させたのだから。梁神らとクゥクゥの間で武力による争いが起きる可能性は高い。雲妻はクゥクゥは平和的で争いを避ける、と見なしているのだろうが、クゥクゥだって戦う意思を持っている。戦闘の準備をしている。地球人相手を想定してはいなかったろうが、人を殺すための訓練をしているのだ。
彼らにはどんな戦闘方法があるのだろうか、武器を所有しているのか。いや…彼らは大昔に武器の技術と知識を放棄した。異世界の戦争で使っていたようなライフルじゃ話にならない。なにか異世界の技術を使った特別な…つまりメェメェのエネルギーを利用した武器を持っているのかも知れない。それは…カンペンメェメェやニアの力によるものだろう。とすると、それに対抗できるのは3人のメェメェ(変異体になる危険性あり)しかいないかもしれない。…彼らは敵対するのか? 雲妻や綾里さんは? 僕は?
ああ、なんだか訳がわからない。どうしてこうなった? メェメェ同士で敵対なんかしている場合じゃないだろう。クゥクゥは故郷を救わなくてはならないんだろう? でも、だからってこっちをほっとくわけにもいかないだろうし…。
どうやって解決するんだ? たった4日で…。(まあ4日というのは僕の勝手な都合なんだが)
「わたしは簾藤さんや、クゥクゥを含めた島の住民に危害を加えるつもりはございません。マエマエ様もきっとそうお考えでしょう。わたし達は絶対的なマエマエ様の力で以て、決して暴力が発生しないよう全体を監督する事が義務だと思うのです。いかがでしょうか?」
「え…ええ、まあ、確かに」
「賛成してもらえて良かった。綾里さんにもお話しなくては」
話すか? クゥクゥの事を詳しく…。 雲妻なら理解してくれると思うのだが、余計にややこしくなりそうな気もする。
メェメェやクゥクゥの多くが異世界に帰ってしまえば、梁神たちが島を支配してしまうかも知れない(唯一残るであろうメェメェ、ニアの力はどのようなものなのだろうか…年老いているようだし)。しかし雲妻が言うような監視による態勢は、きっと膠着状態が長く続く。それこそ1年や2年で済まないと予測できる。その間クゥクゥが故郷の戦争を放置できるはずがない。変異の疑いがある3人のメェメェ兄弟を、なんとしても管理下に置こうとするはずだ。つまり…早い段階で争いが起きてしまう。もしも島でメェメェ同士の争いが起きてしまったら… 時間がないクゥクゥが人を攻撃する…殺す覚悟を決めたとしたら… もしも赤紫の変異が、異世界で起きた事と同じものになったら… 異世界の戦争を終結させる前に、こっちでも戦争が起きてしまう。
考え過ぎか? いや、でも…。
とりあえず前と後ろに兵士たちがいる車内で、雲妻に話すわけにはいかない。そしてなによりも先に行うべきは、3人のメェメェの意図を確認する事だ。それまでは話すべきじゃない。メェメェ自身が雲妻に説明していないのも、なにか理由があるのかも知れない。なら綾里さんは? 彼女はどこまで聞いているのだろうか。
日が暮れた島の道路は、以前より少し明るく見えた。十数台分のヘッドライトが連なっているという原因だけじゃない、街路灯が増えているのだ。さっき通ったトンネルの中も、以前より明るかったような気がした。 それに、確か対面道路にしては狭くて危ないなと思っていたところが、少し広くなっていたような気が…。 以前って言ったって、ほんの2日前の事だぞ。いくらなんでもそんな短期間で工事ができるわけないと思うが…。
午後7時を過ぎて、僕たちは明日川邸に到着した。十数台の車が裏門から入って、駐車スペースのほぼ全体を埋め尽くした。およそ30名の兵士たちが無遠慮に、敷地内と邸宅の周囲に散らばった。梁神が注意しなければ、土足で邸内に上がり込みそうな勢いだった
町長と小恋ちゃんが先導し、梁神とスーツ姿のボディガード2人、リーダーを含めた3人の男性兵士、曽野上、そして雲妻と僕を大広間に招き入れた。二~三間の仕切りを外したような、150㎡ほどある畳敷きの和室で、木目調の長い座卓が4卓と、数十もの座布団、奥には演台が設けられている。島の会合等に度々使用されている部屋なのだろう。
町長の秘書とお手伝いさん数名が丁寧に座布団を並べていると、部屋に複数の島民が入ってきた。おそらく代表としてやってきた3人の年配の男性と、曽野上の部下である漁師たち(曽野上の護衛である木林の他に、柄の悪い男たちが6人も)、そして鷹美さんも現れた。
彼らが座卓を合わせて座布団を改めて並べている間に、梁神はさらに兵士たちを4人、部屋に呼び入れた。部屋の四隅に拳銃をホルダーに収めた兵士が配置され、町長と梁神が対面に、各陣営が寄って20名が卓を取り囲む状態となった。僕と雲妻はなぜか梁神陣営の側に座るはめになった。雲妻はともかく、僕は町長や小恋ちゃん側の席につくべきじゃないか、と思ったのだが、つい流されてしまった。なぜか木林以外の漁師たちは曽野上の傍に座らず、町長と小恋ちゃん、鷹美さんを間に挟んで、曽野上の反対側に陣取っていた。曽野上も奇妙に思っている様子だった。
「それで、やはり先方は応じてくださらないのですかな?」と、梁神が肩肘を卓の上につき、拳の上に顎を乗せて話し始めた。
「そうですな、無理もないでしょう」 明日川町長が両腕を前に組んで答えた。
「あちらだって緊急に対応を相談している事でしょう。そう簡単に返事できるはずはない」
「とは言っても、のんびり待ち構える訳にはいかない。強硬策に出ている事は隠しようもない事だ。明日の朝までは返事を待つことにするが、正午を迎える前に、島のあちこちを見させてもらうつもりだ。もちろん、立入禁止区域とされている場所にも」
「どんな事になるか、想像もつきませんな」
「こちらも、ある程度の節度は守るつもりだ。しかしそれは相手の、それなりの対応があっての事だ」
町長は数秒間考え込んだ。
「まあ、努力しよう。 しかし…」
「何だ?」
「異世界人なんて得体の知れんものを相手に、よくも武器を携えて自ら乗り込んできたものだ。親父さんならともかく、息子がこれほど度胸のある人物だとは知らなかった」
「それだけ島の資源は魅力的だという事だ。命をかけられる程にな。それに、何の準備もしていないわけじゃない」
「ほう、どこまで調べたと?」
「それは言えないが、長年かけて色々と調べ上げたさ。スパイを送ったのも今回が初めてじゃない」
梁神は雲妻に少し非難が混じったような視線を向けた…が、当の本人は意に介していない。
「だろうな」
「進んで色々と調べてくれた島民もいた。中には、お宅さんの身内もいた」
「縁はとうに切っておる。身内ではない」
小恋ちゃんが顔を伏せた。
…身内だって?
「お嬢さんの経済的損失を補填するため、と聞いた。父親として納得できる行為じゃないか」
「わしの気分を害させて、何か得があるのかな?」
「悪かった、もう止めよう」
「梁神さん!」 そう大声をあげたのは小恋ちゃんだった。険しい眼差しで梁神の顔を見ている。見かけよりもきつい性格だと知っていたが、今まで以上に見えた。
「父がどこにいるかご存じなのですか?」
「小恋!」と町長が強く諫めたが、彼女は続けた。
「まさか、今も梁神さんのもとにいるのですか?」
「いいや、とうに去っておる。が、居場所はわかっている」
「え…」
小恋ちゃんの表情が一気に気弱になった。
「君のお父さんだけじゃない。他のスパイも、島と縁を切った元島民も、関係者は徹底的に身辺を調べ上げている。ちなみにここにいる兵士たちの事も、その家族も、すべて手の内だ。わかっているのか」
その言葉の後半は、雲妻に向けられていた。
「ええ、一応離婚届は妻に預けておりますが、それでも、わたしの縁者に何かが起きた時は、それ相応の報復を必ず行う覚悟です」 しれっと雲妻は答えた。
バン、と強く叩くようにして小恋ちゃんが卓上に両手をつき、腰を上げて身を乗り出した。
「この卑怯もんが! わたしも、お父さんも、あんたが嵌めたんだら!」
びっくりした~
部屋の隅に控えていた兵士がすぐさま小恋ちゃんの背後に近寄り、肩に触れようとした時、その手首を小恋ちゃんの隣にいた鷹美さんが掴んだ。
「さわんじゃねえよ!」
掴んだまま立ち上がる鷹美さんに、もう一人の兵士が駆け寄ろうとした。すると柄の悪い漁師たちも立ち上がって、兵士の進行を阻止しようとした。
「島の女に気軽にさわんじゃねえよ!」「とっとと帰れボケ!」との漁師たちの怒声に、兵士が「なんだコラ」「撃ち殺すぞ!」と応戦する。兵士たちも相当柄が悪い。
「よさんか!」と町長。
「騒ぐな! 落ち着け!」と梁神。
「やめろお前ら! こら! 社長命令だぞ!」と怒鳴る曽野上には、
「知るか!」「引っ込んでろ!」の罵声が返された。
「お、おい、いま言ったの誰だ?」曽野上が焦った様子で立ち上がった。
もう2人の兵士たちが駆け寄りながら拳銃を抜いた瞬間、彼らは強い力で抑えつけられたかのように畳の上に伏した。拳銃を握る手の甲に強い圧力がかかっているようで、離すまでの数秒間、それは続いた。
部屋の中に、いつの間にか5~6体の小メェメェが浮かんでいた事、そして騒動の間に入口の襖が開かれていて、幸塚綾里、珠親子が手を繋いで立っていた事に気づいた。
「あの、暴力はやめてください。子供の教育に悪いので…」と、綾里さんは静かに言った。
すると漁師たちが全員笑顔になって彼女に駆け寄り、親子を取り囲んだ。
「綾里様! 坊ちゃんも、どうもお疲れ様です!」
「ささ、どうぞこちらに!」
「お荷物はございませんか?」
「綾里様、今日はどうもありがとうございました」
「綾里様!」
「綾里様!」
見えない力による拘束を解かれた兵士たちが直ちに腰を上げたが、近くで浮遊する小メェメェを見て、おとなしく拳銃をホルスターにしまった。
綾里様? 初めて養殖場で会った時、僕をはげしく睨みつけた色黒でミリタリーカットの男が、同一人物とは思えない優しい笑顔を珠ちゃんに向けていた。 なんだ? 何があったんだお前ら。
「その…何度も言いますように、‟様“ はやめてください」 俯き加減にして、綾里さんが言った。
「いえ、島の仕事をあれほど手伝ってもらって、船をあげたり、漁まで手伝ってもらったりして、しかもこんなに美人、かわいらしいお子さんとなると、様でもつけないと、僕らはどうお呼びしていいのやら」
‟僕ら“ だって? ミリタリーカット…こんなに饒舌だったのか。
「普通にしてください」
「いえいえ、とんでもない。‟様“ がお嫌ならば、‟姫” 」
「や、やめてください」
「ああ、お子さんがいるのに失礼いたしました。じゃあ女王…クイーンですね」
「二朱島のクイーン!」と、他の漁師がはやし立てると、輩たちのクイーン連呼が始まった。
「ちょ…ホントにやめてください。 どうかお願い…」
本気で嫌そうだ。そりゃそうだよな。 珠ちゃんが一緒になって連呼しているけれど…。島の仕事を手伝った? メェメェの力を使っての事だろうけれど、となると、まさか街灯の増設や道路を広くしたのって…幸塚メェメェがやったのか? たった1~2日で?
「いつまでもバカやってんじゃないよ!」
鷹美さんが怒鳴って、ようやくこの騒動は収まった。
鷹美さんに促されて、彼女の隣に珠ちゃんを挟んで綾里さんが座った。そして綾里さんの隣に、漁師たちが席を争うようにして座った。…呆気に取られている曽野上の方は、かなりスペースが余っていた。
その後、広間には食事が運ばれてきた。もともと梁神は今回のツアーに招待されていたようで(もちろん兵士が随行する予定はなかったが)、他の観光客の分も合わせて祝宴の準備が整っていたのだ。机の上に並べられた豪華な海の幸の中には、やはりキロメの刺身があった。
やや警戒感を表していた梁神だったが、目の前に置かれた一皿を見て、堪えられない様子で箸を取った。
「うん、本物だ」と言って、次々に口に運んだ。
「ほう、息子にもちゃんと食わせていたのか。独り占めしているかと思っていた」
「おとなしく本物を送り続けていれば、今回の強硬策もなかったかも知れん。偽物を混ぜて謀ったせいで、父を怒らせたのだ」
「そういくらでも獲れるものではないのだ、だが親父さんの要求は留まる事がなかった」
「だからと言って、騙して金を取るなんて真似を許せるものか」
「獲れないと言っても納得しなかったのだ。つまり、どっちみち自分で確かめようとして今と同じ状況になった事だろうよ。それまでの間、騙せられるだけ騙してやろうと考えたまでの事よ。 他にも貴重な資源を売ってやったのに、親父さんはキロメばかりに固執した。もうずいぶん長いこと直に会っておらんが、きっと老いて、死を恐れるようになったのだろうな」
「…大した悪党だな。だがそれも今日までだ」
「さあ、どうなるかの」
町長は一切れ食べただけの皿を、向かいに座る梁神に差し出した。
「なんだ?」
「ここに出したものはすべて天然のキロメだ。あと10尾くれてやるから、おとなしく帰ってはくれまいか?」
梁神は高笑いした。そして右手を伸ばして町長の分の皿を取ると、つぎつぎにキロメの刺身をつまみ、2分足らずで自分の分と合わせて(10切れ以上を)すべてを平らげてしまった。
「…10匹どころか、500匹よこされても、これまでの準備にかかった金には見合わない。甘く見るな」
「そうか」 町長はため息をついた。
梁神の両側に座っているボディガードや兵士たち、そして僕や雲妻の前にもキロメが置かれていたが、僕は一切れ食べただけで、それ以上は箸が進まなかった。ひそかに待ち望んでいたというのに…。それは雲妻も同じようで、彼は一切食べていなかった。
雲妻は黙ったまま、梁神と町長のやりとりをじっと見つめていた。双方の真意を測っているかのように思えた。
…梁神の言う準備とは? それに町長も、この事態を予見していたようだったのに、このまま梁神に従うつもりなのか? 小恋ちゃんも梁神と因縁があるようだし。彼女が大学生時代におかした失敗に、梁神が絡んでいたという事なのか? それが原因で、お父さんが梁神のスパイになった?
小恋ちゃんの表情は暗く、険しいものだった。梁神を嫌うと同時に、自らも憎んでいる様子に見えた。彼女が二朱島を、故郷を思う気持ちには、贖罪が多く含まれているのかもしれない。
雲妻がいつものおしゃべりを展開させないので、場は緊張感に満ち溢れていて、豪華な食事はほとんどが無駄になっていた。キロメばかりが梁神によって消費され、ボディガードや兵士たちの分まで奪う様が異様だった。見兼ねた町長がキロメの追加をお手伝いさんに命じ、ボディガードや兵士たち、外で見張っている兵士たちにもキロメを少量含めた食事を持っていくよう伝えていた。
「良薬も過ぎると毒になるぞ」と町長に言われても梁神は聞く耳を持たず、6人分もの皿を平らげていた。
梁神と張り合うように食欲を見せて(とは言ってもキロメばかりじゃなく、いろいろ食べて)、ようやく場の緊張を幾分か解いてくれたのは、珠ちゃんだった。度々握り箸を綾里さんに注意されながら、肉や魚、野菜もきちんと食べて、白米をかっこむ姿に、兵士たちでさえ笑みを浮かべていた。
綾里さんが優しく微笑んでいる。わが子の健康を心から喜んでいる様子だった。その聖母のような美しさ…クイーンと呼ぶ漁師たちの気持ちもわかる。彼女の雰囲気に、以前よりも余裕のようなものを感じた。若くして子を産み、離婚して、ひとりで必死で育てている子供が病気なのに周囲の助けを得られず、苦労して、疎まれて、安心して生活できる自分と息子の居場所を見つけられないでいたが、この二朱島に来て、メェメェという不思議な力を得て、わずか数日で息子の健康と、この上ない地位を築けたのだ。まさに突如神様から救いを得た気持ちなのだろう。そしておそらく、彼女をパートナーに選んだ幸塚メェメェは、3兄弟の中で最強と思われる。もしかしたら、この場にいる中で、もっとも優位な立場にいるのは彼女なのかもしれない。
会合の終盤で、話は僕たちメェメェの乗り手たちの立場の確認に及んだ。ずっと黙ったままだった雲妻がようやく口を開いたが、その内容はかいつまんで言うと、これまでと同じものだった。
…マエマエ様のお導きに従います
これしかないのだ。パートナー、乗り手、補佐…どう呼ぼうと、僕らはあくまで従であり、主はマエマエ様だ。僕らが意見やお願いを伝える事ができても、それを叶えるかどうかはメェメェの意向次第なのだ。今は変異という要因により、3兄弟はクゥクゥと距離を取っているが、別に日本人側の味方に付いたという訳ではない。展開次第でどうなるか、当人以外にわかるはずがないのだ。
しかし僕は… いや、雲妻や綾里さんも絶対的に心に決めている事があった。それはクゥクゥを含めた島民と、島の資源、環境を傷つける事は許さない、という事だ。きっとそれはメェメェ達の意志でもある。僕らは、メェメェ3兄弟は暴力の行使を抑えつけるためにいる、という事を示さなければならない。雲妻が車で僕に言った通りの事だ。
雲妻が最後にそれをはっきりと表明し、綾里さんも、珠ちゃんも同意した。僕ももちろん同意した…が、 後で気づいたのだが、僕がこの場で発言したのはこの時の「ええ、そうですね」のひと言だけだった。
そうですね…って、 存在感うす~、 曽野上以下じゃなかったか?
「つまり…」と、梁神が雲妻に向けて言った。
「あちらが我々に暴力を行使しようとした時には、君たちは、マエマエ様は、私たちを守ってくださる、という事にもなるな」
「ええ、その通りです」 雲妻が躊躇なく答えた。
もしもカンペンやオロ達が梁神や兵士たちを攻撃しようとしたら… 彼らと、カンペンメェメェと戦うのか? 僕は…。
次回
第32話「回想おわり!」
は、
なんとか今月中には…