第30話「二朱島上空大勝負」
毎話読んでくださっている方
遅れてすみません
まだ負傷中故、ご容赦ください
霧と雲のせいで、全方位スクリーンはまるで意味をなしていなかった。どの方向に顔を向けても、どれだけ左右の球形コントローラーを弄っても、景色に変化がなかったからだ。ほぼ全身を支持する透明シートの安定性能は以前と同じく、加速度や重力をほとんど感じない。つまりこの時、僕はただ単にメェメェの中にいるだけだった。
黒い雲の底はとうに突き抜けていて、雲の中に入ったまま2~3分が経過した。 ‟勝負をつける“ なんてメェメェは言ったが、雲妻メェメェの姿はどこにも見えない。彼を…おそらく雲妻も含めて ‟敵” と呼ぶとは、一体どういうつもりなのだろうか。それは彼が裏切った、という意味なのだろうか。雲妻や梁神の側に立って島を支配しようとしている、と言うのか? いくら変わり者だとしても、そんな事をする必然がないと思うのだが…。
フェリーから遠く離れてしまって、実はもう二朱島の上空まで来ているんじゃないだろうか…。明るいオレンジ色と、青みがかった灰色の複雑な陰影で彩られた雲海が広がり、それがゆっくりではあるが、上下左右に回転した(姿勢を固定してくれなかった)。散乱する太陽光が、幾度も七色の光輪をつくった。
雲海を下に降り立つようにして、メェメェは動きを止めた。ここで僕は初めて簾藤メェメェに2本の足が…つまり1メートルクラスの中メェメェが2体備わっている事に気づいた。まさしく両足のように本体下部に(連結されてはいないが)、支えるように下に向けて斜めに位置している。2体は本体の周りを、速度を揃えて時計回りに回転していた。
確か、カンペンメェメェには同じような位置(脚部)に3体が付いていた。幸塚メェメェも雲妻メェメェも5~6つは中メェメェを備えていたな。この数の差がそのまま成長の差となっているのだろうか。
「あの…」
返事はなかったが、もはや遠慮している場合じゃない。
「敵って、どいういう意味なんです?」
メェメェはそれでも返事しなかったが、挫けず何度も尋ねる僕にようやく根負けした。
「説明は後だ! 今は勝負に集中しろ!」
「どうして戦わなきゃならないんです? 僕も雲妻さんも、そんな気はないですよ」
「お前らになくても、こっちにはある」
「だからその理由を聞いてんですよ」
「だから後にしろって言ってんだよ」
「話にならないじゃないですか」
「おっ、お前がそういう屁理屈ばっかりで、いつまでも覚悟を決めないからこんなに苦労してんだろうが!」
「それも意味が分かんない」
「やたらにブレーキをかけすぎなんだよ、お前は。 もうそんな時間の余裕はねえってんだ。あっちの男も、あの親子だって、もうとっくに蛇口を緩めている。あとはどれだけひねるか調整するだけなんだよ。なのにお前はいつまでもグダグダ言って…」
「だから~、どういう意味なんだってば」
「望んでいただろう? うだつの上がらない、周囲に振り回されるばかりの生活から脱却することを。なんら苦労せずに強大な力を手に入れて、周囲からその力を求められて、誰よりも敬われたい、わかりやすく言うとモテたい、それでいて決して悪者にはなりたくない、正義と平和の味方でいたい、そんな分不相応な、タチの悪い欲望を、これまでずっと持ち続けていただろう? この先もずっと持ち続けていくんだろう?」
「はい?」
いや、 そりゃそうだろうけれど、そんな露骨には…。
「もういい、説明したら余計にうまくいかなくなる。とにかく実践で思い知れ、ただボーッと乗ってりゃいいなんて思っていたら、多少は痛い目を見るぞ」
そう叱られた後、すぐに雲海の中から次々に雲妻メェメェ(本体+分身体)が現われ、太陽を浴びた。小メェメェを入れて全部で20体、いや、邪魔する背景がないからもっと小さいものもよく見える…30体以上あった。
そんな事言ったって、あっちの方が強いんだろう?
10体以上の小メェメェが打ち上げ花火のように高く上がって、やがて急な放物線を描いて降下した。その軌跡に気を取られていたのは僕だけで、それらを囮にして下方から雲に紛れて迫っていた複数の小メェメェを、簾藤メェメェは探知していた。脚部に位置していた2体の中メェメェがジェットエンジンに変化したかのように本体を突き上げて躱すと、そのままハイパースピードで上昇し、あっという間に周囲が暗くなった。一気に引き離した分、逆に降下途中の小メェメェ達との距離は縮まっていた。1秒の間もなく2体の小メェメェを次々に体で弾いた時、全身に微量な電気が流れるような痛覚があった。それをきっかけに、僕の脳内が興奮物質で満たされた。周囲を包むスクリーンすべてに目を向けて、とにかく認識する事に務めた。言葉を発する必要はない、すべて瞬時に伝達される事を覚えている。
全方位から半透明(まだ周囲は若干明るいからか、くっきりとは見えなかった)のピンク色のレーザーポインターが照射されている。それは13本あって、すべて直線ではなく、カーブしていたり、何度も曲がりくねっていたりしている、と認識した。すると、今度は簾藤メェメェの本体腰部から、比較的くっきりしたピンク色の幅広の光線が発されて、いくつも枝分かれした光のカーペットを宙に描いた。そうだった、これは回避ルートだ。
簾藤メェメェがどのルートを選んだか、すぐに僕に伝わった。カーペットはずっと先の…スクリーン上に見えない所まで続いているので、道筋をすべて理解したわけじゃないが、ルート上を滑走している間、ずっと脳に次とその次、そのまた次の進路が伝わってくる。レースゲームの画面上部に矢印が表示されるようなものだ。だから僕はそれに合わせて、細かい光を散らばせているスノードームのような球形のコントローラーを感覚的に(つまり適当に)指で弄って視点を、姿勢を安定させる。メェメェを操縦しているわけじゃない。彼は自分の意思で動いている。しかし、どう動くのか前以て伝わってくる感覚は、彼と同化しているような気持ちにさせた。僕が大空を、空と宇宙の境目をハイスピードで自由自在に飛び交い、レーザーとそれに続く小メェメェの体当たりを華麗に躱している。ローラーコースターのように何度も曲がりくねった鮮やかな光のレール上を、超一流のスノーボーダーになった気分で滑った。
赤い夕日が気持ちを昂らせ、逆にスクリーンを滲ませる雲粒が不安を掻き立てた。欠けた部分も幾分か見える月と、深藍色の中にキラキラと瞬く星の光が、普段の自分ならほとんど持たないはずの自己愛を刺激していた。
2体の中メェメェが付かず離れず周囲を旋回してくれている。位置を変え、角度を変え、本体のあらゆる方向への移動、転回を補助しているように思える。おそらく時には外側に向けて噴流だか未知のエネルギーだかを放出し、バリアにしているようにも思えた。
重力や加速度をほとんど感じないから、方向や距離、高度がイマイチわからない。今、自分たちはどこにいるのだろうか? 太陽は沈みかかったままだから、日本からそう離れていないだろう。また自衛隊やどこかのレーダーに引っかかったら面倒だから、やっぱり二朱島周辺にいるのだろうか。さんざん飛び回っているようで、実は同じところをぐるぐる回っているだけなのか?
‟敵“ をぶっちぎったと思って気を抜いていた僕は、各方位に注意を配る事を1分ほど止めてしまっていた。その間メェメェから注意されなかったのは、今思えば本当に多少痛い目にあわせておこう、と思われたからだろう。
オレンジ色の空が流体になったように歪んだ後、雲妻メェメェの姿が目の前…ほんの5~6メートルの距離に現われた。たとえ光学迷彩で姿を消していても、メェメェ同士なら探知できていたに違いないが、僕はその事に気づかないまま自分の落ち度を呪い、
「うわっ!」と悲鳴をあげた。
本体同士が激しくぶつかり合った。小メェメェが当たった時とは100段違いの衝撃を受けて、僕はカンペンメェメェと戦った時の事を思い出した。レーザービームや衝撃波砲なんかの武装を備えているみたいなのに、どうして本体同士の戦いでは、こんなぶつかり稽古みたいな手法を取るのだろうか。
大地震のような揺れ以外に、全身に伝わる電気ショックのような痛みも微量とは言えないものだった。
「ちょっとマジか! 雲妻さん!」
本体同士が表面を擦り合わせて、お互いに圧力を流し込んでいるように思われた。それまであった内部の安定性はほとんど失われたように、縦に横に、斜めに振動が続き、内臓がシェイクされているように感じた。吐き気がして、それでいて全身がヒリヒリと痛い。首にかなりの負担がかかっていて、僕は思わず体を屈めて両手を頭の後ろに組んだ。すっぽりと(頭と首以外の)全身を包んでいた透明のシートから体を半分離したせいで、連続する衝撃と振動によって上体を何度も前後に揺られて、腰や首を少し捻ってしまった。
「ちゃんと座ってろ! これくらいどうって事ない!」
「は、はい」
僕は両方のコントローラーをもう一度掴んで上体を起こした。正面のスクリーンに貼りつくかのように迫っていた雲妻メェメェの外殻が、擦りつけるようにゆっくり回転しつつ、不快な金属音を伴う荒い振動を加えていた。それは威嚇だと思えた。
メェメェがやってる事なのか? それとも…雲妻…。
互いが突き放したかのように少し離れると、夕日と星を映している雲妻メェメェの全身が見えた。上部の3分の1くらいの位置に平行の横線が引かれて、それは溝となった。その線を境にボディが上下に少しだけ動いて、開いた溝(10センチもないだろうが)の一部、2か所に青白い光が灯った。それはひしゃげた6角形の、メェメェの両目に見えた。
殺気を感じた僕はコントローラーを掴むすべての指の腹を雑に滑らせて、とにかく操作した。小中メェメェ達に包囲されていない隙間を見つけると、それは瞬時に伝わった。すかさずそこを通って距離を取ると、2体の中メェメェが脚部に位置取り、速度を上げてさらに距離を開けた。安定を取り戻した内部で改めて僕はシートに体を納めなおし、左手で首の後ろを押さえた。
「すぐにまた来るぞ、備えろ」
「もうやめてくださいよ!」
「そんなザマで本当に異世界に行くつもりなのか? 戦う覚悟を決めたんじゃなかったのか?」
「味方同士で争ってどうするんですか!」
「敵だと言っただろう。 俺たちは自分の意志だけでは人間を殺さない、人間が人間を殺すんだ。あっちの男は本気でやっているぞ、お前を殺す…まではないとしても、打ち負かしてやろうと思っているんだ」
「まさか」
「そのままじゃあ、次はむちうち程度じゃ済まねえぞ」
「どうすれば?」
「これまでと同じ事を、迷わずにすればいい。目を閉じるな、すべて認識しろ、考え続けろ、反応し続けろ、感情を、攻撃性を解放しろ。 全部掬い取ってやる。 そして、トリガーをひくんだ」
僕はコントローラを握る手に力を入れた。すべての指先に、付け根にも心臓の鼓動のような反応を感じた。
雲妻さん…知り合ってまだ短いけれど、いい人だと、友達だと思っている。 だけどその力を手に入れたのは…あんただけじゃないぞ。
ずっと適温だったメェメェ内部の気温が一気に下がったが、その冷気はすぐに外へ排出されて元に戻った。するとスクリーンに映る夕景の空が滲んで、また辺りが霧で埋め尽くされた。水と氷の粒子が各所で集まって液体化、固体化していくが、それらは落下しない。そこへ未知の、おそらく異世界のエネルギー粒子が加わっているのか、氷の塊の表面に赤や黄、緑といった光の粒が混じっていって、数回溶けたり、また固まったり、黒くなったり、白くなったりを繰り返した挙句、それらは円柱に形を決めた。
1メートルクラスの中メェメェが2体、そして次々と小メェメェが生まれて、簾藤メェメェの周囲を、自らの誕生を祝うように飛びまわった。すべての分身体からの視点が、正面中央を除いたスクリーンを碁盤状に区切って表示された。20画面以上あったが、僕は2~3秒でそれらすべてを認識した。そう、彼らは敵ではなく、簾藤メェメェの新しい分身体だ。
マルチ画面が中央画面を加えて、さらに細分化された。倍の情報量…それは各メェメェが敵の動きをキャッチした事を示していた。さすがに目と脳が追っつかなかったが、数が拮抗したおかげか、この後は各分身体の力を足した、距離を取ってのエネルギー攻撃の応酬となった。それはつまり、お互いが有利なポジションを取り合うための追いかけっこだった。
彼らに背後や死角があるのかわからないが、互いにいくつものピンク色の光線レールを空中に描いては、それが交わるポイントを競って飛んだ。遅れた方は相手がたどり着く前に別のレールを引いて回避する。有利不利はころころと入れ替わった。中メェメェや小メェメェが、どちらの分身体かわからないほど入り混じってあちこちを飛び回り、周囲に無数の暖色の光線を放っていた。まっすぐだったり、曲がりくねったり、子供の落書きのようにでたらめなそれらの動きは、互いを攻撃、または拘束しようとしていたのだが、それぞれが5~10秒ほど残す赤やオレンジ、黄色の光跡はどんどん暗くなっていく夜空に映えすぎていて、航空自衛隊のアクロバット飛行と、大型テーマパークのナイトパレードがミックスされたような華やかさだった。
僕はその…自分が加わっている、中心となっている光景を見て、恍惚としていた。初めて二朱島に訪れた時よりも、異世界に転移した時よりもずっと多くの興奮と快感に占領されていた。
興奮は集中力を維持する要因となっていた。僕は絶えずマルチスクリーンの情報を、さらに20を超える小中メェメェの効果的な配置まで提案する思考を、メェメェに伝達していた。わずかに機動力に勝ると思われる雲妻メェメェは、何度か有利なポジションを取っているのに、遠距離ではこれといった攻撃方法をもっていなかった。細いレーザービームなど、メェメェ本体にはかすり傷程度すら与えられなかったのだ。ならば、わざと隙をつくってまた効かないレーザーを撃たせて、今度はその隙をついてこちらが大砲を撃つ。相打ちでもあちらの方がダメージが上だ。大砲とは…以前に一度試した事がある。 あれで異世界人100人以上が、殺されてしまったんだ。
僕の思考を掬い上げたメェメェが、思う通りに動いた。10体の小メェメェを散らばらせてルートを空け、雲妻メェメェを誘うと、互いの光のレールの交差ポイントが表示された。すべてが僕の策にはまったと感じた。僕は視点を雲妻メェメェがいる方向に固定したまま、新しく生まれた中メェメェ2体を移動、そして準備させた。 雲妻メェメェが先にポイントに辿り着き、中1体と小4体の分身メェメェが底部をこちらに向けた。 今すぐなら躱せるが、簾藤メェメェはルートを変更しないまま、射線上に入った。こちらの準備はまだだが、中メェメェ2体は線上から外れた位置に配置している。その動きに雲妻は気づいていない。
雲妻メェメェの分身体それぞれから発射された5本の赤いレーザービームが、すべて直撃した。多少の振動、電撃はあったが、やはり大したダメージはない。彼らは武装の威力については、未熟な部分が多いのだろう。その点についてのみ、こちらに一日の長があった。
すでに湾曲していた(平べったくなって、中央を凹ませている)2体の中メェメェが並んで、雲妻メェメェに狙いをつけていた。凹部には凝縮した異世界のエネルギー(?)が生成されている…と思う。それは莫大なエネルギーのはずだ。その事が両方の足裏に、透明のペダルを通して伝わっていた。
これを一気に、思いっきり底まで踏みこめば(浅く踏むと威力が落ちる、踏んでから離すと発射した後でもエネルギーはその時消える、と脳に伝わってきた)おそらくそこそこのダメージを与えられる。異世界の時も思いっきり踏んだつもりだが、それでも最後まで踏み込めなかったと記憶している。けっこう硬いのだ。
大丈夫、それでもメェメェ本体が破壊されることはない。ちょっと中にいるヤツが、雲妻が痛い思いをするだけだろう。それもケガをするほどのものじゃない。あんな…100人も殺されてしまうような事はもうない。さっきは僕がやられたんだし、仕返しをするだけだ。ほんの少し懲らしめるだけだよ。
大丈夫…大丈夫…
「逃げられるぞ!」
その怒声を号令…いや、言い訳にして、僕はペダルを踏んだ。底まで踏み込めない事は、最初から自覚していた。
マルチ画面が統合されて、区切りのない全方位スクリーンに戻った。雲妻メェメェの周囲の雲が…それだけでなく見える範囲のすべての雲がなくなっていた。(わずかに弓なりになった)水平線がくっきり見えて、太陽が半分以上姿を隠していた。
どうやら当たったようだ。雲妻メェメェは動きを止めて、ただ浮遊していた。そして数十の分身体も動きを止めて、1分ほど経ってからゆっくりと、本体のもとに集結していった。外傷はまったくないように見える。ただ単に戦う事をやめた、つまり負けを認めた…のか?
すべての分身体を傍に配置しても、雲妻メェメェは動かなかった。
「ふん、まあこれくらいでいいだろう。最低限の目的は果たした」
メェメェの言葉を理解した。勝負とは言っても、これは争いではなく、訓練だったのだ。もっとも成長が遅れていた簾藤メェメェと、それから僕のレベルを上げるためのものだったのだ。そして雲妻メェメェもまた、この経験でいくらか成長したのだろう。はじめて彼ら…二朱島生まれの3兄弟(?)と海で出会ったあの時、彼らは競うように潜行していたのかもしれない。宇宙へ行ったのも、カンペンメェメェにケンカを売ったのも、勝手に異世界へ行こうとしたのも、彼らはとにかく自分たちの成長、強化を求めていた。そういう事だったのか、犬や猫の兄弟が追いかけっこをするようなもんだったんだ。 あ~良かった良かった…
「だなんて、納得すると思ったか!」
「なんだ?」
「紛らわしいんだよ、てっきり仲違いしたと思って、これからどうなっちゃうんだろうかって不安になったじゃないですか!」
「仲違いしたなんて言ってないぞ」
「敵だっ、つった!」
「敵だろう、勝負なんだから」
思わず舌打ちをした。「屁理屈ばっかり言うのはどっちだよ」
「お前、俺に向かってよくそんな口のきき方をするな…」
…やばい。
「すみません。でも~、人が悪いよな~」
「…まあいい、お前もがんばった。最低限、戦えるくらいまではなっただろう」
「じゃあやっぱり、あっちのマエマエ様が裏切ったわけじゃないんですね」
「裏切った?」
「乗っている人…雲妻さんですが、彼はニアの資源を奪おうとしているその…組織というか、影の政府的な、そういう奴らのスパイだったんですよ」
「ああ、知っている」
「雲妻さん自身は悪い人じゃないと思うんですが、彼はその組織の力を利用するみたいな事を言っていて、そうなると彼らと住民やクゥクゥ、ひいてはマエマエ様同士で対立する事になるんじゃないかと、冷や冷やしていました」
「ふーん」
「ふーん、って…軽いな」
「今もあいつが何を考えているかは、実のところわからない」
「え?」
「無口だからな」
方向を調整しながら、ゆっくりと降下していった。まもなく日が暮れる、太陽と共に両方の小中メェメェ達が、宙に溶けるように姿を隠していった。雲妻メェメェはまだ両目を光らせたままだ。横に並ぶまで近寄ったが、僕はまだコントローラーから手を離せないでいた。
「…なんか、まだやる気なんじゃないでしょうか?」
「かも知れんな」
あれ? 僕は2つの異変に気づいた。雲妻メェメェの額(?)にあった赤紫の ‟ノ“ の字が大きくなっているような、目のすぐ上まで伸びているような気がする。まさか浸食されているんじゃないだろうな。そしてもうひとつ、滑らかなボディの表面に、2つの光が反射していた。青みがかった白い光…そうだった、簾藤メェメェもまた、ずっと両目を出していたのだ。どうやら見かけ上では、次男はなんとか三男に追いついたようだ。
空よりも黒くなってしまった海面と、かすかに十文字とわかる島の形が見えると、雲妻メェメェの目の光が消えて、溝が埋まった。すると続けて頭部(?)が前に折れて、手に持った白いハンカチを風にたなびかせつつ、雲妻が姿を見せた。こちらに向けた彼の表情を見て、僕らはようやく警戒を解いた。
彼の声が届かない事を訴えると、簾藤メェメェもまた頭を開いた。
「雲妻さん!」
「簾藤さん! いやあ、参りました。完敗です」
「そんな事より、ケガはしていない?」
「していません、簾藤さんこそ大丈夫ですか?」
「大丈夫です」
「申し訳ございませんでした。わたしは簾藤さんと戦うなんて反対したんですが、本気でやらないと一生外に出さないぞ、と言われまして」
「いえ、…こっちも似たようなものです」
「すごい威力でしたね、びっくりして心臓が止まるかと思いました」
「すみません」
「いえ、お互い様ですよ。それよりどのように感じられました?」
「え?」
「わたしが言ったように、この世界では最強だと思いませんでしたか?」
「あ… いえ、そこまでは」
「慎重派ですね、簾藤さんらしい」
「雲妻さんが楽観的過ぎるんですよ」
「ええ、そうかも知れません」
陽が落ちて、雲妻の表情が見えなくなった。
「大声で話すのは疲れます。後でまたゆっくりお話ししましょう」
「あ、はい…」
僕らはシートに背を当てて座りなおした。頭が閉じて、簾藤メェメェもまた両目を閉じた。代わりに双方ともボディを少し発光させて、その後はお互いの位置を確認し続けた。
島が近くに見えてきた。そしてフェリーと、梁神の配下が乗船しているであろう、もう1隻の船も見えた。あと15分ほどで突堤に接舷するほどまで、島に近づいていた。
僕らはフェリーには戻らず、一足先に島に降りる事にした。雲妻メェメェもそうだ。
照明に照らされた突堤には多くの車と、多くの住民たちが待ち構えていた。おそらく梁神たちの事、そして僕らの事も伝わっているのだろう。車は20台ばかり、人は50人以上はいる。しばらく20メートル程上空を旋回した。
ヘリコプターのように下方に風を送っているわけじゃないから、真下以外に危険はないのだが、彼らは2体のメェメェ(直径1.5メートル程度の土管)が降り立つには広すぎる面積…突堤の先、およそ10メートル四方を空けていた。
彼らにとって初見となるかもしれないメェメェが、それも2体も現れるんだから、怖れに近い警戒感があるのだと思った。それも確かだろうが、その場所は2体だけのものではなかった。その中央に初めからいたのだろうか、光学迷彩を解いて、もう一体のメェメェが現れた。続けて中メェメェが2、3、4、え? …7、8…9? 小メェメェがざっと見回しても20、いや30… ちょっと待て、いつの間にか僕らの周りにも飛んでいるぞ。 40…50? これは、カンペンメェメェ? それともニア? 違う、これは…。
突堤に立つ本体の頭が開いて、小さな子供を抱っこ紐を使って前に抱いた女の人が、僕らを見上げていた。僕は思わずコントローラーを弄って、無心でズームをかけた。
め、めちゃくちゃ成長してる。 珠ちゃんが、じゃなくて…。
「ガ、カァ!」と、意味の分からない呻き声を、簾藤メェメェがあげた。
ショックを受けている彼を尻目に、僕はあちこちにズームをかけた。姿を消していた分身体からも、様々な角度の映像が届いた。
当然のごとく、小恋ちゃんがいた。隣に鷹美さんがいて、肩に手をかけている。町長の事が心配だろう、とうとう訪れた島の脅威に恐れているだろう、昨日諭して帰らせたばかりなのに、すぐさまUターンして来た僕を…不審がっているだろう。
あ~、なんかお腹が痛くなってきた。不安だ…いったいどうなるんだろう?
クゥクゥはいないようだが、彼らにもきっと情報は伝わっているだろう。サドルさんは? カンペンは? 彼らはどういう対処を取るのだろうか?
「あの、マエマエ様?」
「クソッ、 クッソ~」
「いつまでも嫉妬していないで、現状どうするか考えましょうよ」
「あん? なんだってんだ」
「マエマエ様、クゥクゥのところに戻るんじゃないんですか?」
「そいつは無理だ」
「え? どうして」
「変異しているのがバレちゃったからな。 出来損ない扱いされた上に捕縛されそうになってよ、大暴れして飛び出してきた」
「え?」
「あの赤紫と同一視しやがって、心底むかついたぜ」
「えー!」
僕は心底驚いた。
そんな~、いよいよ居場所がなくなったんじゃないの? いやマジでわかんない、どうなるのこれ、あと4日足らずで収拾つくの? 絶対無理だよね? え? 誰に聞いてんの?
次回
Side Story「害毒」
は
10月7日までになんとか…
いや、10日にはなんとか




