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第29話「ただいま混線しております」

 停船し、右舷側に梁神(はりかみ)が監視させていた船が並ぶまで、1時間が経過した。その白い船はフェリーよりも幾分小さいが、それでも全長が80mほどある。それはニュース等で密漁を取り締まる様子を見たことがある…官公庁の船に見えた。(ただし船体にそれを示す表記はなかった)

 タラップを甲板(デッキ)上に渡して、観光客のほとんどが船を乗り換えた。彼らを誘導、そして監視する者たちもまた軍服らしき黒い制服の上に、防弾防刃のライフジャケットや関節部にプロテクターを身に付けて、銃器こそ手にしていないが、代わりに警棒やスタンガンらしきものを腰にぶら下げていた。

 ‶観光客のほとんど” と言ったのは、その中にも数名、梁神の手の者が潜んでいたからだ。とても軍人(それとも梁神の私兵?)には見えない無害そうな年配の夫婦や、中年の釣り友グループ、大学生カップルを演じていて、早々に擬態を解くはめになった展開にえらく不満げな態度を表していた。島に到着した後、彼らが観光客や島民を人質に取るつもりだったと思うとぞっとした。この段階で無関係な観光客を下船させられた事は幸いだった。彼らはメェメェやクゥクゥに武器が通じなかった場合は島民を、それも無理だった場合は観光客を人質か盾にしようと考えていたかも知れない。…いや、梁神の言葉からはそうとしか思えない。 なんてヤツ…敵認定だ。

 さて、そんな外道の手先、配下、三下、(ふんどし)かつぎであろうこの男を、どう捉えるべきだろうか。呑気にミートソーススパゲティなんて食っていやがる。しかもそれを作ったのはクゥクゥだ。ってか、あんた達もいったい何をしているんだ。観光客と入れ替わるように移ってきた者もいて、50名以上に増えている兵士全員に食事を配膳している。スパゲティの他にカレーライスやハンバーグ、野菜あんかけうどんにチーズケーキまで…3人だけでやっているから大変だろうに。なぜ敵にまでご馳走している? 人道主義も程々にしなさいよ。

 と思っているのに、僕にまで具だくさんのカレーライスを持ってきてくれた。

「あ、あの…頼んでいませんが」

「お腹はすいていませんか?」と、梁神と言い争っていたクゥクゥがたずねてくれた。

「すいてますが、でも…」

「では食べてください」

「…ありがとうございます」 僕の事を怒っていないのか? いや、飢えと病の解消を至上命題と考える彼らは、そこに敵味方の区別を置かないのだろう…か?

 隣のテーブルでは、

「ちょっとこれ、野菜だらけじゃん」と文句を言った青メッシュに、

「食べなさい」と彼女に配膳したクゥクゥが、厳しめの母親のように言った。

「文句言うなー」と隣に座っているピンクメッシュが姉のように諫めて、

 末娘はトマトや玉ねぎ、人参、セロリ等でつくられたソースがたっぷりかかったハンバーグを箸でつまみ、しぶしぶ口に運んだ。

 ピンクも同じものを食べて「すっげーうまいじゃん」と言うと、

「うん、けど…野菜だとわかってるとどうもな~」

「ガキかお前」と笑われていた。

 なんだか…イマイチ緊張感がないな。

 観光客を乗せた船が去った後、光学迷彩を解いたメェメェを外の前甲板上に残して、悠々と船内に入ってきた雲妻(くもづま)は、梁神や町長、他の兵士たちへのあいさつはそこそこにして、

「どうか何か食べさせてください。ずっと隠れていましたので、ろくなものを食べておりません」とクゥクゥや島民に懇願した。そして同じ5デッキにあるレストランエリアに移動し、僕を隣の席に呼び寄せると、皆の注目にも関わらず、20分あまりの時間を僕との会話(島民や梁神たちにはチンプンカンプンな内容)だけに費やした。

 雲妻はあの灯台での騒動については、何もわからないまま、メェメェの中で七転八倒していただけらしい。雲妻メェメェはかなり無口らしく、宇宙にまで上がった時も、カンペンメェメェとチェイスした時も、ワームホールを探した時も、何をやっているのかほとんど説明してくれなかったという。カンペンメェメェと戦っている時だけは様々な指示を出されていたらしいが、あまりにも興奮してしまってシートから身を乗り出した時、ちょうど激しい攻撃を受けて内部のあちこちに頭をぶつけ、意識を失わないまでも朦朧(もうろう)として何が起こったのかわからないまま、瓦礫の下に埋まってしまったのだった。

 僕や幸塚(こうづか)親子がメェメェに乗ったままだと思ってはいたが、その時は通信手段がなく、メェメェから出る事もできなかった。つまり、僕のように幸塚メェメェやカンペンメェメェと会話する事はなかった、という事だ。それはさぞ不安だったろうと思うのだが、雲妻はこの2日もの間、テンションがトップギアに入ったままのようで、話している間はずっと興奮気味だった。

 雲妻はあの灯台で見たブラックホールを、もしやワームホールではなかっただろうか、と推測していた。明日川(あしたがわ)邸でサドルと会話した内容と照らし合わせるとおかしくない発想だし、実際当たっている。しかし彼はその後、簾藤(れんどう)メェメェとカンペンメェメェが異世界に転移したことを知らないようだ。雲妻メェメェは知っていると思うが…

 僕は聞き役に徹し、自分側の情報をいたずらに雲妻に伝えなかった。僕が異世界に行ったと話すと、雲妻がさらに興奮してしまうと予想した事も理由のひとつだが、彼が味方か敵がわからない事が一番の理由だ。少なくとも正体が露見し、自分が属している側がこうして攻勢に出ているからと言って、威圧的な態度に切り替えてはいない。言葉遣いも振る舞いも柔らかいが、油断ならない相手であるのは間違いない。守勢に回ってはダメだ。僕の方は多少厳しい、(から)い態度で挑まなくては…。辛い…

「甘口のはずですが?」

 配膳を終えて、僕の向かいに座ったクゥクゥの代表者が不思議そうに言った。

 僕はすでに3~4口食していたカレーライスを見た。じゃがいもと、玉ねぎや人参が新鮮で甘く、ラム肉もジューシーで、マイルドかつ深みがあって美味しい…確かに甘口だ。

「そうですね …おいしいです」

「いやあ、おいしそうですね~。 わたしも食べたいな~」

 雲妻はすでにスパゲティを食べ終えていた。

「お持ちします」そう言って、クゥクゥはまた厨房に戻っていった。

 嬉しそうに礼を言う雲妻を見て、僕は反するように表情を厳しくした。

「それで、その後はどうして身を隠していたんですか。 この人たちを呼び寄せたんですか? メェメェの力を手に入れたとかなんとか言って…」

「い~え~、滅相もない。マエマエ様が私なんかの、いえ、地球人なんかの麾下(きか)に入るわけないじゃないですか。簾藤さんもご存じでしょう?」

「ええ、 まあ、それは…」

「本日のこの上陸作戦は、ずっと前から決まっておりました。確かに事前に潜入し、情報を流したのは私ですが、私がやらなかった場合は代わりの者が、そう、そこにいらっしゃるお嬢さん方がその任を担っていただけの事です」

と言って雲妻が隣のテーブルをふり返ると、

「こっち見んじゃねーよ」と小銃をかまえるブルー。

「きもち悪ーい」とナイフ(食器)を指でくるっと回すピンク。

「ほらこの通り、異常とも思えるほどに嫌われておりますので、共同任務は無理でした」

 じゃあなんで最初からチームを組ませたんだ。しかし…そうか、あの時、雲妻は集合時間にかなり遅れてきた。フェリーの各部…操舵室なんかを調べていたのかもしれない。メッシュコンビがスマホを預ける預けないで駄々をこねたのは、目眩ましのためだったのかも。

「じゃ、じゃあ、 いったい何をするつもりなんです? メェメェを連れてきて、兵隊を引き連れて、島をどうするつもりなんですか!」

「メェメェ様のご意向はわかりませんが、私の希望を…言うだけはしております。その内容は、簾藤さんだけならお話できますが、この場ではちょっと…」

「どういう意味だ」

 強い口調で言ったのは、同じテーブルに着いている梁神だった。彼は何も食さず、カップに入れたホットコーヒーだけを自分の前に置いていた。まったく口をつけていない。

「あんたを裏切るって意味じゃないのか?」

 その左隣に座っている町長が、不敵な笑みを浮かべて言った。

「この人は、しっかりした良識と正義感を持っとる。わしには分る。いつまでも欲に溺れた権力者の手先などやっていられるか、のう?」

「ええ…しかし残念ながら、そう単純な話ではありません。わたしは、梁神様の言う事にも一理あると考えております」

「ほう…」

 町長は笑みを崩さなかったが、少し無理しているように見えた。

「一理あるだと? お前、いつまでそんな偉そうな態度を取っておるつもりだ。雇い主は誰だと思ってるんだ?」

「わたしの雇い主は日本国民だったはずですが、いつの間に梁神様個人になっていたのでしょうか?」

「何を今更とぼけた事を。上級士官でもない者が、あれほどの高給が得られると思っているのか」

「わたしから望んだ覚えはございませんが」

「お前…」

 近くのテーブルにいる数名の兵士が席を立った。メッシュコンビは座ったまま、かったるそうにしていた。

「ちょ、ちょっと!」

 僕は両手を広げて、周囲に待ったをかけた。

「たぶん、この場にいる皆が知っている事と思いますが、メ…マエマエ様のその、不思議な力によって僕らの身は守られていると思います。うまく説明する事はできませんが、僕と雲妻さんも実際にその力を見ています。この場で争った場合、お互い無益なケガ人が出るだけです」

 多分、‟殺す“ と ‟殺される” はないだろう。

「勝手なマネは許さん。そのマエマエ様とやらを引き渡してもらう」

 梁神は完全に気分を害し…怒っていた。クゥクゥや町長たちと対峙していた時と比べて、感情が露骨に表れてしまっている。雲妻(へんじん)には適わないという事か。

「さっき申し上げた通りです。マエマエ様が人間の指揮下に入る事はありえません。疑うならばどうぞお好きにやってみてください。無遠慮に近づいたり触れたりした場合、おそらく海に叩き込まれると思います。なにを隠そう、わたしも3度経験済みです」

「えっ マジで?」と、思わず声が出た。

「マジです。簾藤さんは経験されていない?」

「ないですよ。 多少その…叱られるくらいで済んでいますが」

「こちらのマエマエ様はその、ずいぶん寡黙(かもく)な方でしてね。 わたしが四六時中オタトークをしかけるものですから、もしかしたら、ちょっとうるさかったのかな~」

「それしかねーだろ」と納得したようなブルー。

「マエマエさんって、たぶん女だねー」とピンク。

「ですから、今こうして島の外まで出て、この船に同乗してくださっている事にただ感謝するだけにしておきましょう。それはつまり、わたしの望みを少しは考慮してくださっている、という意味だと思います」

「お前の望みとはなんだ」と、梁神が責め立てるように言った。

 薄い色のサングラスの奥の目がうっすら見える。柳葉の形をしていて力強い…目だけはえらく男前だ。

「それはもうしばらく黙っておきます」

「キャスティングボートを握っているつもりか?」

「いいえ違います。すべては…」

「マエマエ様のお導きです」

 クゥクゥはそう挟んで、雲妻の前にカレーライスを置いた。ほかほか湯気を立てていた。


 雲妻の忠告をよそに、梁神は銃を携えた兵士3人で甲板上のメェメェを取り囲み、拘束しようとした。3メートルの空飛ぶ円柱を、何をどうやって拘束するつもりだったのだろうか。案の定、あと2メートル程まで近寄った3人は謎の力で跳ね飛ばされて、海に落ちた。その救出のために30分以上を要したのに懲りず、今度は兵士には見えない、おそらく技術者か科学者のような白い作業着とヘルメットを身に着けた5人の男たちが表れて、いくつものアルミケースや大きなトランクが甲板上に一緒に運ばれてきたが、それらを開ける前に無作為に選ばれた4~5名の兵士たちがまた海に吹っ飛ばされて、それを見た技術者か科学者たちは緊急避難した。その後は…さすがに諦めたようだった。

 メェメェの計り知れないパワーの事は、梁神や兵士たちも以前から知っていたようだ。長年調べてきたのだろうから、それは当然の事だろう。しかし実際にそのパワー(ほんのさわり程度のものだったが)を目の当たりにした上、20~30の小~極小メェメ達が船内外のあちこちで浮遊し始めた事が、彼らの不安をさらに募らせた。不規則に動いたり、消えたり、いきなり現れたりするメェメェ達に驚いた兵士が銃を向けてしまい(1度は発砲にまで至ってしまい)、報復を恐れた周囲が慌ててそれを制止していた。


 島民、クゥクゥ、そして僕と雲妻も、拘束も監禁もされずに船内で自由に過ごしていた。騒動に疲れた島民のほとんどは個室やドミトリーで体を休め、町長や曽野上(そのうえ)は梁神との協議を続けているようだ。しかしクゥクゥはそれに参加する事を拒み、食事の後始末を終えた後は、前甲板に出て傘をさし、3人並んで立ったままじっとメェメェを見つめていた。

 数名の同僚が全身ずぶ濡れになった姿を見たというのに、青メッシュは甲板上の各所に備えられたパイプ状の手摺に肘を乗せて小銃を構え、20メートル程先で浮遊している小メェメェに狙いをつけていた。

「よせよせ、お前もふっ飛ばされるぞ」と、彼女の後ろにいたピンクメッシュが諫めた。

「泳ぐには早いか…」青メッシュは構えを解いた。

 彼女たちは一応僕を見張っているようだ。一定の距離をおいていて、なにか動きを見せないか泳がされているような気もするが、時折 ‟あちこちうろつくんじゃなーよ” と呼びかけられたり、舌打ちされたりするので、彼女たちにその自覚はなさそうだ。なるほど、確かに不良軍人だな。

 空には変わらずどんよりした雲が居座っているが、雨は小康状態になった。傘をさすほどじゃない。

 僕は少しずつ雲妻メェメェに近づいて行った。兵士たちはさすがに懲りたのか、彼の周囲10メートル以内にはいない。僕はその内側に入ったが、まだ9メートルは空けている。メッシュコンビの舌打ちがかすかに聞こえたが、2人と僕との距離もまた10メートルはあって、それ以上は近づかない様子だ。僕はじわじわとメェメェとの距離を詰めていった。7~6メートルくらいまで近づいたところで、コンビの他にも兵士たちが気づき、危険(メェメェに吹っ飛ばされるかも知れない)区域外で20名程の人だかりができてしまった。3人のクゥクゥ達は位置を変えず、傘をさしたままじっと見ていた。

 彼らを背にして、一応後ろには見えないように胸ポケットから点棒メェメェを取り出し、彼に…雲妻メェメェに見せた。…見せたつもりだ。

 なんとかして彼と会話できないものだろうか、と試してみたのだ。メェメェ達の能力の詳細はまだまだ不明な事だらけだが、これまでの事から、かなり距離が離れていても、メェメェ同士は通じ合える能力があると思われる。幸塚メェメェやカンペンメェメェとは小メェメェを介して会話ができたし、簾藤メェメェはさらに小さなこのメェメェで、本土にいた僕と通話した。ならば見たところ2日前までの幸塚メェメェより成長しているように見える彼にも、そういう能力は備わっているはずだ。

「すみません、お(はなし)させてもらえないでしょうか?」と、点棒メェメェを握った拳を口に当てて、トランシーバーを扱うように話してみた。そして耳に当ててみるが、応答はなかった。その後も数回試してみたが無駄だった。ここまで小さいと、別のメェメェと繋がるというのは無理なのだろうか。

「どうしてこんな所に…どうして雲妻さんに従っているんです? クゥクゥの元へ帰らないんですか?」…やはり回答はなかった。

 そもそも、こっちのメェメェもあれからずっと音信不通だ。いったいどうしたんだ? ちょっと熱くなったり、少し振動したりした時もあったが、結局なにもしてくれなかった。 電話番号があるわけでもないし、こっちからは発信する方法はないのか?

「もしもし?」

「もしもし、二朱島(にあじま)、聞こえますか? こちら簾藤です。 マエマエ様、応答してください」

 返答なし。

「誰でもいいから反応してくれよ!」と、つい声を大きくしてしまった。

 僕は握った拳を上下に数回、やや乱暴に振ってみた。すると、その手の内側に数本の針が刺さったような激痛が走った。

 思わず ‟痛い!“ と悲鳴をあげて、拳を開いてしまった。点棒メェメェは自由落下せず、しばらく僕の頭の周りをスズメバチが威嚇するようにブンブン飛び回った後、頭を両手で庇いながら体を(かが)める僕を尻目に、どこかへ飛んで行ってしまった。

 あれ? どうなった? どこへ行った? また透明になったのか? …まさか、先に島へ帰っちゃったんじゃないだろうな。

 僕は慌てて辺りをキョロキョロして、彼を探した。そんな僕の…事情を知らない人から見れば変なひとり芝居を、20名余りの兵士と3人のクゥクゥ達はじっと見ていた。また恥をかいた。 ちょっとかっこ悪いシーンが多すぎないか?

「どうしました?」

 野次馬兵士たちを避けて、雲妻がエリアの中に入ってきた。食事の後、少し休息をとったようで、髪形が整い、髭もきれいに剃ってあった。服装が深緑色の軍服に替わっていた。

「いえ、少し話せないかと思いまして…」

「マエマエ様とですか? う~ん、わたしともなかなかお話し頂けないので…難しいと思います」

「そうですか…」

 雲妻は後ろを向いて、兵士たちを確かめた。もう飽きたのだろうか、半数ほどに減っていたが、リーダーをはじめ10人ばかりがずっと注視している。この距離でわざわざ双眼鏡を手にしている者もいた。メッシュコンビは任を解かれたのだろうか、それともアホらしいと勝手に判断したのか、船内に入っていく姿が見えた。

「マエマエ様の傍に行きましょう、誰にも邪魔されずお話できます」

「はい…でも」

「大丈夫ですよ。礼節を守れば、わたし達に危害を及ぼすような事はされません」

 僕らは船首部にいるメェメェのすぐ隣まで歩いていった。雲妻は…少し雰囲気が違っていた。軍服を着ているせいもあるが、以前とはあきらかに違う種類の迫力が、威圧感があった。正体はすでに知っていたが、それを視覚的に表されるとこうも違うのか…。

「簾藤さんは、もしかしたらいろいろと?」

 物腰は柔らかく、表情も穏やかだが…奥に底知れぬ野望が秘められているような気がした。自分の雇い主であり、おそらく強大な権力と武力を携えているであろう梁神に一歩も引かない、それどころか反旗を翻すような態度。いくらメェメェという未知ながらも超兵器といえる後ろ盾(?)を得たとはいえ、複雑怪奇、不確定要素だらけのこの状況で、1人で最も支配的な位置に立とうとするなんて、並大抵の胆力じゃない。本当の彼は鍛えられた兵士で、スパイで、そしてその枠にも収まらない ‟誰か“ なのだ。これまで見せていた不自然なほどの極度のオタクぶりは、本人も言っていたが、やはり大部分が演技だったのだろう。

「どうなんです? マエマエ様とお(はなし)されたのでしょう?」

 すべてを見透かしているような鋭い目つき…圧倒される。 役者が違う、辛口なんて無理だ。

「ええ、あの…多少」

 一瞬、雲妻の両目が十字に光った。(もちろん比喩だが)

「ど、どんな内容のお話を! 宇宙へ行った意味はなんなのでしょうか? どうしてあのマエマエ様は、我々を襲ってきたのでしょうか? そしてあれは、あれはやはり、異世界へのワームホールだったんじゃないでしょうか! いや~きっとそうです。 実はご存じなんでしょう? お人が悪い~。 そう! あの後、簾藤さん達の姿がなくなっておりましたが、もしや、もしやー! い、い、いい、いいい、異世界へ転移されたのでは! そうなのでしょう! いや絶対そうです! 簾藤さん、以前と少し雰囲気が違いますもの。 優柔不断で残念なところは相変わらずのようですが、あまり気にしていないような、立ち直りが早くなったような余裕がございます。 いや~やはり異世界転移した人は違いますな~。男っぷりが増したようです。 これなら小恋(ここ)さんも綾里(あやり)さんもイチコロコロリに違いありません! 式には呼んでくださいね。でも重婚はいけませんよ。いや、でも、もしも異世界で暮らすならこっちの法律なんて関係ありませんよね。やはり異世界(あちら)は美女揃いでしたか? で、では、ハーレムじゃないですか! ラノベじゃないですか。 有害図書じゃないですか。 いよっ、このドスケベ無双! まあ~羨ましい~、妬ましい~、 わたしも、わたしもー、どうか連れてってください! どうやって行くんです? あのワームホールはもうないのでしょうか? い~や、壊れたなら直せますでしょう? ひとつだけって事はないんじゃないでしょうか。 あ、いいえ、わたしは既婚者ですから、決して簾藤ハーレムのお邪魔は致しません!」

 …やっぱり真正(しんせい)か。能力と度胸を備えたオタクはとても手に負えない。

「あんた、前にも聞いたけど、どこまで本気なんです?」

「ハーレムのくだり以外は、すべて本気ですよ」

「…異世界転移ね。 ええ、行きました」僕は観念したように言った。

「いせかーい!」

 雲妻は両拳を天に向けて突き上げた。ちょっと泣いている。そして選挙に当選したかの如く、僕の手を両手で強く握って何度も頭を下げた。

「異世界は、異世界は本当にあったんだ! …良かった、この年まで信じ続けてきて」

 ラピュタじゃないんだからさ…。

「何を見ましたか? 具体的に教えて…」

「ちょっと待った!」僕は右掌を彼の前に突き出した。

「それ以上はこっちの質問にも答えてもらってからです」

「何でしょう?」

「雲妻さんは、いったい何をするつもりなんですか? マエマエ様を連れて、あの、梁神さん? 島の資源を狙っている奴らと合流して、でも従うわけでもないようですし…」

「ええ、従うつもりはありません。第一、マエマエ様自身が従ってくれるはずがありません。それは簾藤さんもおわかりでしょう?」

「ええ …じゃあどうして」

「さっきも言った通り、島への上陸作戦は最初から決まっていた事です。わたしがマエマエ様とこのような形で接触できたのは、当然イレギュラーな出来事なのです」

「…ん、そうですよね」 

「ですから、わたしとマエマエ様がこの船にいるかいないかを別にすると、今この状況にはなんら変化はなかったでしょう」

「ああ… そう、か…?」なんだか、よくわからなくなってきたぞ。

「簾藤さんがここにいらっしゃる事もイレギュラーですね。てっきり島に残っていらっしゃるかと思いましたが…」

「ええ、色々ありまして…って違う! そういう事聞いているんじゃなくて、雲妻さんは梁神さんと組んで…組まないのかもしれないけど、島をどうするつもりなんですか?って聞いているんですよ」

「何ができるかはわからないんですよね。さっき言った通り、マエマエ様のお導きとしか…」

「マエマエ様に希望を話したと言ってましたね。雲妻さんの希望とは何ですか?」

「まだ固まっていないのですが…」

「僕になら話せると言ってました」

「ええ、そうですね。 ではお(はなし)しましょう」

 雲妻は咳ばらいをひとつして、僕に向き直った。 あれ? やはり雰囲気が違う。真面目な表情…変な髪形をやめれば、やはりこいつは男前なんだな。

「島の、異世界の資源の事ですが、それは、クゥクゥと境界を争っているという事を考慮するとしても、ある程度…半分は所有権を主張する権利はあると思うのです」

「ええ、ですからそれを争って、クゥクゥと島民との間で色々と揉め事が起こって…」

「二朱島だけが所有権を主張するのは、おかしくありませんか?」

「え?」

「島は日本の…いいえ、世界と世界で争っているのですから、異世界と地球の問題ではありませんか?」

「地球の問題?」

「ええ、二朱島は…異世界の影響が強いとはいえ、島は実際地球上に存在しているわけです。ならば、その資源は地球上のすべての国で、人々で共有しなくてはなりません」

「ずいぶんと…壮大な話にしちゃうんですね」

「キロメですよ。単なるめずらしい食べ物だったなら問題にしません。キロメ以外にもたくさんあるのかも知れない。よく調べてみないとわかりませんが、もしも綾里さんが言ったように、キロメか他の食べ物、もしくは島の環境が(たま)ちゃんの病気に…おそらく心臓器官の欠陥による病気にまで作用するならば、こんなにも価値ある資源はありません。私たちも自身の体で実感しましたよね。食した時から、たぶん今もまだ効能は続いています。生命力に著しい作用を及ぼしているのは確かです。しかも今のところ副作用は見られません。そして、まだ私たちには明らかにされていない異世界の資源、技術、そしてマエマエ様、これらを有効に活用できれば、それは世界中の貧困や病気を、一気には無理でしょうが、多くを、いつかはすべてを、解消できる事に繋がるかも知れません」

「そんな…うまくいくわけない。島の資源には限りがある、すべてを助けるなんてできるわけない。その内に枯渇しちゃいますよ」

「そうかも知れませんが、でもきちんと調べて、じっくり、皆が、地球上の優れた頭脳と、異世界人とが協力し合って大切に管理し続ければ、それは可能なのかもしれません。やってみないとわからない! 違いますか? 簾藤さん」

 なんだこいつ…こんなに青臭い正義感を持つ男だったのか。異常なシチュエーションが続いたせいで、頭がイカレちまったんじゃないのか?

「どうせ欲の皮が突っ張った奴らが獲り合って、殺し合いの挙句にすべてを破壊しつくしちゃいますよ。そういうもんでしょ?」

「そうアニメや漫画のような単純なものではないでしょうが、その危険性は確かにあります。クゥクゥも町長様もそれを危惧して極力クローズドにしていらっしゃるのでしょう。梁神さんは…きっと自分とお仲間だけで独占するつもりでしょうな」

「…クゥクゥや町長が正しいと思います」

「それで、資源の恩恵は彼らだけが享受し続けるわけですか?」

「彼らの島です」

「いいえ、異世界と地球の島でしょう」

「戦争が起きるかも知れませんよ! 小さな島の取り合いで!」

「そこでマエマエ様ですよ」

「へ?」少し間抜けな声を出してしまった。

「体験されたでしょう? あっという間に宇宙まで行きました。大気圏に突入しました。空を自在に飛び交って、なんだかよくわからないビームを発射して、どんな衝撃もほとんど吸収して、無傷で、まだよくわからない事だらけですけれど…この地球上では最強ですよ」

「最強って…」

「おそらく、おそらくですけれど、核兵器なんて目じゃない、と…。そう考えています」

 目がマジだ。

「それで、マエマエ様で世界を脅すという事ですか?」

「抑止力にはなります。まあ、1億人くらいは死ぬ必要があるかと予想しますが…」

「めちゃくちゃ怖い事を言いますね…」

「わたしだってそんな事になってほしくありません。あくまで最悪の予想です。それはいざという時の話です。ゆっくり、じっくり、理不尽な不幸に見舞われている人々を優先して救いながら、マエマエ様の力を、異世界の力を知らしめていくのです。二朱島を中心にして、世界に平和の輪を広げるんですよ」

「…妄想としか思えません」

「実際にひとつひとつ進めて行けば、実感を得られると思います。10年や20年で完了できると思ってはいません」

「僕には、マエマエ様の力がそこまでのものとは思えません」

 …僕らがトリガーを引かないと、人っ子ひとり殺せないんだぞ。でも…こいつなら躊躇(ためら)わずに殺せるのか?

「そこまで話を広げる事はないと思います。不幸な人を助けるなら、秘密裏にやればいいじゃないですか。売り上げから募金したり、薬を送ったり…」

「それでどこまでの人々が救われるのです。規模が違いますよ」

「その…お気持ちには賛同できますが、無理だと思います。 僕にはルートがイメージできません」

「確かに、わたしもまだ具体的にイメージできていません。わたしだけじゃなんともならんでしょう。ですから、梁神さんをお連れしようと思っています」

「え?」

「彼を、彼らを巻き込みます」

「それは…危険でしょう」

「危険です。しかし力を持っている事は確かです。利用しない手はございません。キロメを飴に、マエマエ様を鞭にして扱うつもりです」

「しかし、クゥクゥ達の都合が…」

「もちろん、根気よく、誠意をもってお話しする所存ですよ」

 いや、そうじゃなく…。クゥクゥもメェメェも別の戦いを抱えているんだよ。こっちの世界の事なんか気にしていられないだろう。

 僕は雲妻メェメェを見つめた。…いったい何を考えているのだろう。雲妻の希望…さっきの妄想めいた壮大な話を聞いてここまで来たという事は、まさか同意しているんじゃないだろうな。そんな事をしている場合じゃないはずだ。

 上部…もしも目があそこ辺りなら、額の位置にある…赤紫色のノの字。いったいあれは何だ? 共通している事と言えば、彼らは地球で生まれ育った事と、僕や雲妻、つまり地球人が彼らのパートナーになったという事だろうが、ならば幸塚メェメェにも生じているのだろうか? 全身が変色した変異体は? まさかアレにも地球人が乗っている、ってわけじゃないだろうな。

 急に冷え込んできた。肌を刺すような真冬の寒さだ。 …あれ?

「早いですね、もう着くのでしょうか?」と、雲妻も不審に思ったようだ。

 前よりも2時間くらい早いぞ。…まさか、これもメェメェの力なのか?

 兵士たちが急いで船内に入っていった。あっという間に周囲が真っ白になった。すぐ傍にいたはずの雲妻も、雲妻メェメェの姿も見えなくなってしまった。

「簾藤さん、危ないですからうかつに動かないでください」

「え、ええ、雲妻さんは大丈夫ですか?」

「足元を確かめながら中に戻りましょう。ゆっくり」

「え、ええ」

 足元もほとんど見えない。靴底を床に擦るようして進んだ。

「あ、はい? なんです?」と雲妻が言った。

「え、何?」

「どういう事でしょうか?」

「雲妻さん、どうしました?」

「いえ、マエマエ様が…」

「どうしたんです?」

「乗るのですか? 今?」

「え?」

「はい…でもどうして、はい、ええ、もちろん…」

「どうしたんです? え? マエマエ様に乗るんですか? 今? 雲妻さん?」

 雲妻の声がする方を見たが、やはり真っ白で何も見えない。息を止めて音を探ったが、メェメェが動いているような音もしない。(もともと機械が鳴らすような音は立てない) フェリーのエンジン音と波の音しか聞こえない。寒くて手や顔の皮膚が痛くなってきた。僕は掌を擦り合わせて、それから顔をマッサージした。はやく中に戻らないと凍えちゃうよ。だが方向が定かじゃないから、無闇に走るわけにもいかない。

 心細くなったのはこの霧のせいだけじゃない。雲妻が悪党じゃない事がわかって安心した半面、世界を救うかのごとき過大な展望には安心を覆い隠すほどの恐怖を覚えた。これを聞かされたとしたら、クゥクゥはどういう反応を示すだろう。雲妻の理想は、クゥクゥの理念に繋がっているところもある。もしかしたら共鳴するかも知れない。しかし彼らはわずか70人余りしかいないし、自分たちの戦争の事もあって、とても手が回るとは思えない。町長や小恋ちゃんも島が一番大事だろうし、それだけで手一杯だろう。もしも雲妻の願う通りに事が進んだとしたら、梁神たちに牛耳られるのは明白だ。どうすればいいんだ、僕はどの陣営に付けばいいんだ…。いや待てよ、もしかしたら、どの陣営にも迎えられないんじゃないのか? 一度、それぞれの陣営にとっての僕の立場を整理してみよう。


 カンペン、クゥクゥ側→嘘つき、裏切り者

 小恋ちゃん、二朱島側→優柔不断、イマイチ頼りない人

 雲妻、フィクサー共同側→親友、変な奴


 いやいや、そこまでひどい扱いじゃないだろう。でも、‟メェメェのパートナー” という存在価値を取り除いてしまうと、まったくこの通り、と自分でも思える。 え、どうすればいんだろう。島に着いた後、どこへ行けばいいのだろうか。いかん、頭がこんがらがってきた。まさしく五里霧中、行き先がまったく見えないぞ。

 と考えている内に、いよいよ自分がどこに居るかまったく分からなくなった。やばい、海に落ちたらシャレにならないぞ。かといってこのままじゃ凍死だ。ぼくは両腕を広げ、なにか目印になるものがないかあちこちに頭を振りながら歩いた。雲妻はどこへ行った? ホントにメェメェに乗ったのか? 僕も乗せてくれ。

 心の声が届いたのか、正面の見上げた位置に、青みがかった光が2つあらわれた。その並んだ光の形は、いつか見た…メェメェの両目だった。霧がその周囲だけを避けて、本体も現れた。甲板から30センチほど空けて浮いている。

「雲妻さん?」…いや、違う?

 頭に何かがぶつかった、…いや、ぶつけられた。点棒メェメェが僕の目の前で浮遊し、それを右手でつかむと、腕、肩、首を伝って、僕の頭の中に低い声が届いた。

「早く乗れ!」

「え?」 …簾藤メェメェ?

「さっさとしろ!」

 メェメェが回転し、僕に背を向けた。腰部に赤紫色のノの字があった。他の汚れは取れていて、それはもうはっきりと、変異をさらけ出していた。

「どうしたんです? 雲妻さんも乗ったみたいですけれど、どこへ行くんですか?」

「あいつは敵だ、勝負をつける」

「へ?」 なんで? なにがどうなったの? 



次回

第30話「二朱島上空大勝負」

は、

9月下旬投稿予定です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雲妻の両目がピキーーンッって光ってからのハイテンション真正オタクトークが面白かったです。 [一言] 雲妻の動向や思惑をガッツリ聞けて良かったです。 彼の本性にガッカリするようなことは全然な…
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